15 レオノアとアンネラ
その瞬間リルローズの背を、怒りなのか恐怖なのか、酷く冷たいものが駆け抜けた。
──アンネラ──
それはクララも口にしていた名前だった。
産まれたばかりの赤子がご馳走だと言ったとクララは語ったが、リルローズにはそれ以上の事は何も分からないし知りようもない。聞いた事の全てに対して、ただただ悍ましいと思っただけ。
『……アンネラはね、闇の精霊なのよ』
リルローズの胸の内を読んだのか、レオノアは表情を僅かに曇らせて、ぽつりと呟いた。
「……闇の、精霊?」
『クララ・アダムスの出自は知っているかしら?』
逆に問われたリルローズは記憶を辿り、同級生達の間で囁かれていた噂を思い出し、それがあまり綺麗な話ではなかったものだから少しだけ迷い考えてから、当たり障りのない言葉で答えた。
「いえ……男爵家のご令嬢だとしか」
『そうね。彼女はアダムス男爵の婚外子でね、男爵がアンネラと契約したのを機に引き取られたそうよ。そもそもアンネラはね──』
闇の精霊アンネラ。
レオノアが言うには、残忍で狡猾、非常に気紛れで嫉妬深く、人間の負の感情──特に復讐心など──を何よりも好むらしい。
『そんな所がクララとは波長が合ったのね。相性が良いみたいで、アタシ一人じゃ太刀打ち出来なくて』
「わたくしは……何をすれば宜しいのですか?」
『!! 協力してくれるの? ホントに?』
ぱあっと顔を輝かせるレオノアに、随分と大袈裟に驚くものだとリルローズは思った。共闘しようと持ち掛けたのはそちらなのに、とも。
『あのね、アナタにはね、何度も人生を繰り返して貰いたいの。言葉で説明するのはちょっと難しいのだけれど、そうすれば少しずつアンネラの力を殺ぐ事が出来るの。そうやって前とは違う行動を繰り返せば、自ずと結末も違うものへと変化するの。アナタの死も……止められるのよ』
リルローズの手を握るレオノアの手に、より力が込められた。要は、アンネラの力が弱まる? まで何度も死んで欲しいという、なかなかに過激な話だが、この手の温もりが偽りではないと理解出来てしまうだけにリルローズはレオノアを責められなかった。
それに、それしか方法がないのなら……
『酷な事を言っているのは分かっているわ。申し訳ないとも思ってる。だけど、力を奪われたアタシにはもう、こうするしか……』
「力を奪われた?」
『ええ、恥ずかしい話なんだけど……アンネラは男爵との契約の時、アタシの力をごっそり持って行っちゃったの。だから今のアタシに出来るのは、アタシの契約者──つまり今はアナタね、そのアナタの人生に小さな可能性を与える事だけなの。未来を、結末を変える為の、小さな芽』
未来を変える。
結末は変えられる。
その言葉がまるで天啓のように、リルローズの内に響き渡った。
「では……リュカを、わたくしの弟を救う事も可能なのですね!?」
『ええ勿論。それも数ある選択肢の先の、一つの結末として充分に有り得るわ』
その言葉を受け、リルローズの心身は歓喜に震えた。例えほんの僅かの可能性だとしても、リュカをあの理不尽から救えるのならば迷う理由など何もない。
繰り返す絶望の中で初めて灯った希望の光を、リルローズは確かに感じたのだった。




