13 処刑
リルローズの僅かばかりの望みも虚しく、減刑も助命も、どちらの嘆願書も侯爵より提出されなかった為、二人の処刑は予定通りに執り行われた。そしてそれは、極めて悪趣味な形式であった。
向かい合わせに設置された断頭台。
片側にリルローズ。
もう一方にリュカ。
「ああ、リュカ……リュカ」
「うん、姉さま」
手を、伸ばせるのなら容易く届く距離。だけど拘束された身には夜の星よりも遠くて。
「うぅ……、リュカ、ごめんなさい、リュカ……」
「大丈夫だから、姉さま」
金と銀が巧みに混ざった涼しげな髪が艶を失っても、柔らかな曲線を描いていた頬が痩け落ちてしまっても、リュカの、リルローズと同じ色の瞳には強い光が宿ったままだった。
「リュカ……わたくしの大切なリュカ」
「姉さま、泣かないで。最期まで笑って? 僕は姉さまの笑った顔が大好きだから、ね?」
「リュカ……リュカ……」
「僕の名前を呼んで。姉さまに呼んで貰うのが一番好きなんだ」
リュカは笑う。なんと強く誇り高い子なのか、彼はいつでもリルローズの弱い心に寄り添ってくれる。
彼だけが、唯一の支えだった。唯一の拠り所だった。
彼という宝物を与えてくれた事、それだけはあの父にも感謝した。
だからリルローズは笑う。リュカがそれを望むから、涙に濡れた頬を緩め、精一杯、笑う。
「リュカ、……リュケイオス、わたくしの愛しいリュケイオス……」
リルローズの、最愛の弟。
「……はぁ、もう良いわ」
その時、微かな風に乗って遠く、リルローズはそんな声を聞いた気がした。
そして、一瞬の出来事。
ドンッ、と重い衝突音がして一拍後、それはリルローズの目の前で鈍く弾んだ。
穏やかで、愛に満ちた笑み。
顔中に貼り付けたまま、物言わぬ骸と化した、リルローズの最愛の──
「あ、……ああ、……リュカ? リュカ? い、嫌よ、嫌……リュカ、……い、いやあああああああ!!」
惨劇の舞台となった大通りに、リルローズの絶叫が響き渡った。
「きゃああああ!?」
「う、うわぁっ!!」
駆け付けた観衆からも、次々と悲鳴が上がる。
最後の戦争が終結してから優に百年を越し、当時を知り語る者達は皆この世を去った。先人が築き上げた豊かさと平和を当然のものとして甘受し続けてきた国民にとって、『王殺しの大悪女』への断罪は退屈な日々を僅か彩るだけの悲喜劇。真実を知る術はなく、また知ろうともせず、手に汗握る展開に熱狂するばかりであったが、ここにきて漸く──紅顔の美少年の転がり落ちた頭部に初めて、これが忘れ去られていた凄惨なる『人の死』であると認識したのだろう。
泣き叫ぶリルローズの声さえ旋律の一節となって、阿鼻叫喚が奏でられる。
「ああ、つまらない。本当につまらない人間ばかり」
そんな声が、今度は確かにリルローズの耳に届けられた。
──つまらない? つまらないと言うのか?
「わたくしの……たった一人の弟の死を、つまらないと、そう言うのか……」
低く地を這う声が震える。
あの子が一体、何をした?
あの子が一体、どんな罪を犯した?
あの優しい子が、何故こんな仕打ちを受けなければならないのか!?
そんな抑え難い激情が怒りの炎を纏った龍となって、リルローズの胸を突き破った。
「……クララ・アダムス!!」
それで終わりだった。
ぐるん──と不規則に回転した視界が、逃げ惑う大衆の中で狂ったように泣き叫ぶ幼馴染みの姿を一瞬だけ捉えた後、暗転した。
そうして一瞬で、リルローズの『三回目』は、呆気なく幕を閉じた。
「つまらない。リルローズ様ったらいつも知らない間に死んじゃうから、今回はちゃんと見ててあげたのに……処刑って意外とつまらないものなのね。それにもっと人が集まるって思ってたのに。……まあいいわ、そうね、それじゃあ『次』はどうして差し上げようかしら? ねぇ、リルローズ様」
くすくす、くすくす。
クララはそう、笑った。
狂乱する世界でたった独り静かに、ちっとも愉しくもないのに、笑った。




