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好きだから 〜ハッピーエンド〜



「………っ、え」


驚きで思わず涙が引っ込む。

北野くんが、私のことを好き?


「な、何で」

「何でって……別に、好きになる理由って何でもいいだろ?強いて言うなら、高校の時からお前の笑顔が良いなぁって思ってた。その為に頑張ってお前と同じ大学に入ったのに、アイツに取られるなんて、俺も馬鹿だよな」


北野くんは自嘲する様に笑う。その表情は、いつも飄々としている彼らしくない。

でも、こうやって北野くんから好意を伝えられているのに、浮かぶのは晴翔の笑った顔だった。そして、今それが無性に見たくて仕方ない。


北野くんはそんな私を見て、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……やっぱり、お前はアイツが好きなんだよな。その顔見たら分かる。俺じゃダメだって」

「そ、そんなこと……」

「いいよ、慰めなくて。そっちの方が惨めだし。ちゃんとアイツに聞いてこいよ。きっと大丈夫だから!」


北野くんはヘラリと笑う。その取り繕った笑顔が、すごく痛々しかった。


「でも、アイツが本当にお前の事好きじゃなかったら……そん時は、俺のところに来いよ」


北野くんはくしゃくしゃと私の頭を撫でてその場から立ち去った。その後ろ姿は寂しそうで、いつもよりずっと、彼の背中が小さく見えた。


今、北野くんに縋って、彼の胸に飛び込めばきっと楽だっただろう。

だけど、そうしてしまえば一生後悔する気がした。それほどまでに、北野くんの好意を無碍に受け取らないくらいには、私は晴翔のことが好きだ。


家に帰ったら、ちゃんと晴翔に聞こう。

それで好きじゃないと言われたら、その時は、北野くんの胸で思いっきり泣いても良いだろうか。

友人、として。




☆☆☆☆☆



家に帰り玄関の扉を開ければ、食欲をそそる良い匂いがした。今日はカレーらしい。あの時から、食事は何も言わずに晴翔が作ってくれている。食事は交代で作ると決めていただけに申し訳なく思うけれど、ありがとうの一言も伝えられていない。


台所を除けば、晴翔は黙々とカレーをよそっている所だった。その顔はどこか険しく、いつもの晴翔ではない。

こんな顔をさせていたのは私のせいなのだ。


「た、ただいま」

「……ああ、おかえり」


晴翔は視線を合わせようとしない。にこりとも笑わず、声は驚くほどに冷たかった。昨日まではほとんど口は聞いていなかったけれど、ここまでではなかったのに。


「ねぇ、晴翔」

「……なに」


晴翔はカレーから視線を離し、ゆるりと顔を上げた。

その顔には生気がなく、瞳は底なし沼の様に真っ黒だった。ただならぬ雰囲気に思わず逃げ出しそうになるが、すんでのところで耐える。


「前に、晴翔、彼女いるかって聞かれた時に、居ないって答えたりとかした?周りの人たちが、晴翔が彼女はいないって言ってたって噂、してて……」


尋ねる声が震える。晴翔の黒目がちな瞳はぴくりとも動かない。


「……あ、ごめん。それ、間違えたんだ」

「間違えた?……間違えたって何?彼女いるかって聞かれて、居ないって間違えて答えるなんてことあるの?誤魔化さないでよ……晴翔は、私のこと嫌いなんでしょ?彼女だと思ってないんでしょ?」


私は早口で捲し立てる。

間違えただなんて、そんな中途半端な言い訳しないで欲しい。もっと惨めになるだけだ。嫌いなら嫌いと、私のことはお遊びだったんだよと、はっきり言ってくれた方がせいせいする。

晴翔はそんな私を一瞥し、床に視線を落とした。長い睫毛が伏せられ、瞳に翳りを作る。


「……ふーん、でもさ。佳奈、今日北野に告白されてなかった?」

「な、何でそれ、知って――」

「同期の女の子たちが噂してたのを聞いた。佳奈、もしかして浮気しようとしてるの?」

「そ、そんなつもりじゃ」


言いかけると、ガシャンと食器の割れる音がする。晴翔がよそっていたカレーの皿を落としたのだ。

そのまま晴翔はツカツカと私の元へ歩み寄り、私の肩を掴んだ。


「そうやって言い訳するんだ。最近僕を避けてたのも、北野の事が気になってたからなんでしょ。君はそうやって僕のこと責めて、自分の事は棚に上げるんだ」

「はる、と……痛い……」

「っ、その名前で呼ぶな!」


晴翔は顔をあげ、キッと私を睨む。

普段は滅多に見せない晴翔の苦しそうな顔。暗い瞳からは一雫の涙が頰を伝った。

まるで一歩後ろに下がれば、崖から落ちてしまいそうな、そんな危うさが今の晴翔にはあった。

いや、もしかしたら私が気づかなかっただけで、常に晴翔は崖の淵を歩いてきたのかもしれない。


「……もう、もういいよ。隠しているのも辛いし、限界だ。本当のこと教えてあげる」

「なに、本当のことって……」

「実はさ。僕はね――」





「晴翔じゃないんだ」





その言葉に耳を疑う。じゃあ、晴翔は――



「僕は、晴翔の弟の、柊斗だよ」



そう言って、数年前火事で死んだ筈の柊斗は、いつになく翳った瞳を歪め、にっこりと微笑んだ。




☆☆☆☆☆




小学3年の冬の、あの日。

寝室の中でも、晴翔はストーブに近いところで寝ていて、僕は少し離れたところで寝ていた。


真夜中、何かが焼ける様な匂いがした。肌が暑くて、冬なのに汗をかきながら飛び起きた。

その時の衝撃は今でも忘れられない。火が晴翔を包む様にして燃え盛っていた。

すぐ側に火の手が迫っていたから、真っ白になった頭で階段を駆け下り、寝ていた両親を起こして家を出た。あっという間に炎は家全体を駆け巡り、何もかもを燃やしてしまった。

赤々と闇夜を照らす炎を、恐ろしいほど冷静になった頭で見ていたら、明日学校で課された宿題を出さなきゃ、と思って、プリントの束をストーブの横に置いていたのを思い出した。


怖くなって、全身が震えだした。晴翔を殺したのは僕だ。

そう両親に言おうと思った。この苦しい気持ちを誰かに打ち明けたいと思った。だけど、泣きながら口を開こうとする僕を見て、両親は僕を抱きしめ、こう言った。


――晴翔が、生きていて良かった。

死んだのが晴翔じゃなくて良かった。



目の前が真っ暗になった。


無愛想で人見知りの僕よりも、社交的で明るい晴翔の方が両親は好きだった。


僕は要らない子だった。


晴翔として生きていく以外の選択肢はない。「僕は晴翔じゃなくて、柊斗だよ」その一言を、すんでのところで飲み込んだ。

一卵性の双子で、DNAは全く同じの僕らは、どちらが居なくなったかなんて生物学的には区別がつかない。誰に反論されることもなく、戸籍からは「柊斗」が消え、「晴翔」がだけが残った。



そのまま佳奈と晴翔の代わりに「ゆびきりげんまん」をして、僕は両親と引っ越した。

元々僕はかなり内気だったけど、自分が晴翔だと思えば、明るく前向きに過ごす事ができて、前いた学校より友達も増えた。中学高校と、学校生活では特に困らなかった。


だけど、元々子供に欠片の興味もなかった両親は、僕が幾ら晴翔を演じても無駄だった。相変わらず家にいる時間は殆どない。作り置きのご飯だけが母親とのやり取りで、父親は最早関わることは無かった。

ただ、晴翔と柊斗を比べたら、まだ晴翔の方がマシだっただけで。

そんな両親は、僕が高校を卒業したのをきっかけに独り立ちしたとみなしたんだろう。僕に何も伝えず家を出て行った。


元はと言えば、両親の為に晴翔として生きてきたのに。そう思ったら、言いようの無い虚無感に襲われた。




☆☆☆☆☆




心中を話す柊斗は苦しげだった。

どれほど大変だっただろう。

晴翔を亡くして悲しむ暇もなく、晴翔の代わりをし続けた柊斗の気持ちは計り知れない。


「僕、結構無愛想で人見知りだったからさ。佳奈の事気になってたけど、君の前だと緊張して話せなくて。だから、社交的で佳奈に好かれてた晴翔のことがすっごい羨ましかった。大学で奇跡的に再会して、晴翔の代わりをした僕を見た君の顔がとっても嬉しそうで、晴翔として出会えてよかったのかなって思っちゃったり」


君が好きなのは晴翔なのにね、そう言って柊斗は寂しそうに笑う。


「そのまま君と恋人になって。すっごく幸せだったけど、佳奈が好きなのは僕であって僕じゃない。晴翔って佳奈が呼ぶたびに、苦しかった。晴翔として生きていくのを受け入れた気持ちでいたけれど、本当は柊斗として佳奈に好きになってもらいたかった」


こんな僕でごめん、ごめんねと繰り返し謝りながら柊斗は涙を流す。その顔は、いつも明るく微笑んでいた晴翔ではなく、少し不器用ながらも優しかった幼い頃の柊斗、その人だった。


「晴翔として生きてきたつもりだったけど、君に出会ってから揺らいじゃって。晴翔って呼ばれても、自分の事だとすぐ反応出来なかった。彼女は居ないって咄嗟に言ってしまったのも、そのせい。死んだ兄である晴翔に彼女は居ないからね」

「……そう、だったんだ」

「佳奈を騙していたことは謝る。本当にごめんね。僕、佳奈の彼氏でいる資格ないや。もし佳奈が望むのならここから出ていくし、顔も合わせたくないって言うなら大学もやめるから――」

「やだ、居なくならないで」


私は柊斗の胸に飛び込んだ。

ふわりと爽やかな石鹸の香りがする。恥ずかしいけれど、柊斗を引き留める事が出来るなら。


「良かった、私のこと嫌いになったわけじゃないんだね」

「そりゃそうだけど……」

「たしかに私は小さい頃は晴翔が好きだった。だけど今好きなのは晴翔じゃない。大学で出会って付き合って、今一緒に同棲してる柊斗が好きなんだよ。今まで晴翔と呼んでたことは謝る。何でもする。だから、私の前から居なくならないで……!」


ボロボロと涙が溢れる。

自分でも驚くほど、すらすらと素直に言葉が出てくる。

晴翔だと思って接していたけど、それが晴翔じゃなかったからって、幻滅することなんてありえない。

今、一緒に同棲してて、ご飯や家事も一緒にしてくれて、体調悪い時には看病もしてくれる、そんな優しい彼が、「柊斗」が好きなのだから。


柊斗は顔を真っ赤にし、目は驚きで見開いている。初めて見たそんな柊斗の姿は新鮮で、不思議な心地だ。


「え……晴翔じゃなくていいの?今まで我慢してきたけど、実際僕、晴翔みたいに寛大じゃないから、束縛とか、嫉妬とかしちゃうかもしれない」

「全然いいよ!私も柊斗が嫉妬してくれるの、ちょっと嬉しいかも……なんて思っちゃったり」


私はもごもごと呟く。嫉妬してくれるのが嬉しいだなんて、重い女だと引かれただろうか?

だが予想に反して、柊斗は嬉しそうに頰を緩めた。


「佳奈……ありがとう!君は最高の恋人だよ」

「……っ!」


柊斗は私のことをギュッと抱きしめ返してくれる。

ちゃんと私のことを想っててくれた事が、どうしようもなく嬉しい。1週間悩んでた私が馬鹿みたいだ。


「私も。柊斗の事、大好きだよ」


そう言ってにっこりと笑えば、柊斗は今まで見たことのなかった、ふにゃりと蕩けるような甘い笑みを見せた。


その眩しい笑顔にとくんと胸がときめき、顔がぼっと熱を持った。恥ずかしくて晴翔の腕の中から抜け出そうと身を捩るけれど、柊斗は私をぎゅうっと締め付けて離してくれない。


「ちょっと、待って……まだ抱きしめるつもり?今更だけど、恥ずかしい」

「だめ。1週間話せなかったんだよ?それに、佳奈に柊斗でも好きって言ってくれたから、嬉しくて。もう少し抱きしめさせて」

「なんか急に変わったね……前までは男の人と話してても全然平気ですって顔してたのに」


不思議に思ってそう聞けば、柊斗はにこりと笑った。

端正な笑みの筈なのに、どこか翳った瞳が危うげな雰囲気を醸し出している。


「え、我慢してたに決まってるじゃん。きっと晴翔だったら優しいからそうするだろうなって思ってそうしてただけ。でも、君は「柊斗」が好きなんだもんね?」

「……そうだけど」

「じゃあこれからは無理して晴翔を演じなくていいんだね!言ったじゃん、僕普通に嫉妬も束縛もするって」


抱きしめられる腕に力が篭る。

私はどうやら彼を甘く見ていたらしい。これからの生活、波乱の予感しかしない。

だけど、そんな生活も良いなと思う。

そう思う時点で、私も既に柊斗に毒されている様な気がして、思わず1人で苦笑してしまった。


「これから改めて、よろしく。佳奈」

「こちらこそよろしくね、柊斗」


誰からともなく挨拶を交わし、2人で笑いあう。

私は新たに始まる柊斗との生活に想いを馳せたのだった。




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