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序章




「佳奈、ご飯出来たよ」

「ありがとう」


そう返事をして、読んでいた本を閉じて私はソファから立ち上がった。食卓からは食欲を唆る美味しそうな匂いがする。一食作るごとに上達していく晴翔の腕前は流石だ。


私は1年前から、彼氏である佐久間晴翔と同棲している。


晴翔は幼馴染で、家が隣だった。小さい頃はよくお互いの家を行き来して、いつも一緒に遊んでいた。

だが、小学3年生の時、晴翔の家族は遠くの町へ引っ越してしまった。引越し業者が来て、もう家を出なければいけない時に、2人で抱き合って泣いたのを覚えている。

その時、晴翔は約束してくれた。


――また、かなちゃんに会いに行くよ。だから、ちゃんと待っててね。


泣きながらそう告げた晴翔に私は頷き、「ゆびきりげんまん」をしたのだ。

懐かしさが込み上げる。甘酸っぱいあの思い出は、間違いなく私の初恋だった。


中学高校と進学し、年月が経ってもどうしても引っ越した晴翔のことが忘れられず、一年前までは彼氏はおろか、好きな人すら出来なかった。晴翔と再開を果たしたのは、同じ大学の校内でばったり出会った時。そこから私たちが付き合うまでは、そう時間はかからなかった。


「佳奈、味はどう?まずくない?」

「まずくなんてない!めちゃくちゃ美味しい。それに、晴翔のご飯なら何でも好きだよ」

「……嬉しい、ありがとう」


晴翔はふっと柔らかく微笑む。

実際、晴翔は何でも出来る。私と同棲するまで料理はした事がなかったと言っていたが、とんでもない速さで上達していった。小さい頃から料理をする母親を積極的に手伝い、高校生ではお弁当を自分で作っていた私がそろそろ抜かされそうなくらいだ。

まぁ、私が人一倍不器用なのもあるのだが。


食事をする晴翔を盗み見る。甘く整った顔立ちは、いつ見てもドキッとする。お互い大学生で忙しいからと言って、家事を分担してくれている、こんな優しくて完璧な人が私の彼氏だなんて、未だに夢を見ているみたいだ。


「晴翔」

「……」

「ねぇ、晴翔!」

「……っ、ああ、ごめんね、何?」


ただ一つ欠点があるとすれば、彼は名前を呼んで話しかけても反応しないことが多い。それが何故なのかは分からないが、そんな少し抜けているところもいいなと思うくらい、私は彼のことが好きだった。


「あのさ、明日だよね……?私も一緒に行ってもいい?」

「うん、勿論」


晴翔は快く了承してくれる。


明日は一年に一度訪れる、大切な日。

晴翔の双子の弟、柊斗が火事で亡くなった日だ。



☆☆☆☆☆



お墓に優しく水をかけ、来る途中で寄った花屋で買ってきたお花を添える。2人で手を合わせ、目を瞑る。柔らかな風が優しく頬を撫でた。


晴翔と私が小学3年生の頃、晴翔の家が全焼した。深夜、2階の晴翔と柊斗が寝ていた部屋のストーブが倒れ、近くにあった紙に燃え移ったのだ。

幸いにも、両親と晴翔は逃げきれたのだが、弟の柊斗だけが逃げ遅れ、命を落とした。

双子の兄である晴翔はこうして毎年墓参りに行っているんだと、再会してしばらく経った頃に教えてくれた。


晴翔と柊斗は、容姿こそ似ていたが、性格は少し違った。2人とも私と遊んでくれる優しい人だったのだが、どちらかというと晴翔は明るく社交的で、いつも笑顔だったのに対し、柊斗はあまり笑わず、大人しくて少し内向的な感じだった事を覚えている。

といっても、柊斗とはあまり話した記憶がない。頑張って話しかけても、「うん」とか「へぇ」とか短い返事くらいしか返してくれなかったからだ。

今考えれば、たった1人の兄であり、親友のような存在の晴翔を取られるのが嫌だったのかもしれない。私に対して良い思いは抱いていなかっただろう。私がお墓参りに来ているのを、天国で怒っているかもしれない。


晴翔は柊斗を亡くして引っ越した後、有名な音楽家である両親と3人で暮らしていたが、もともと良好ではなかった両親の仲は柊斗が亡くなったのをきっかけとして悪くなっていった。両親は晴翔が高校を卒業したのと同時にそのまま家を出ていってしまい、今は音信不通らしい。

それを淡々と語る晴翔が、どうにもやりきれなくて、私は晴翔の側にいたいと、寄り添いたいと強く思ったのを覚えている。


「さて、帰ろうか」

「うん」


晴翔はそう言って私を促す。

立ち上がり、晴翔の後を追おうとすると、見知った人が歩いてくるのが見えた。


「……佳奈?」

「あ、北野くん」


北野裕也。晴翔と私が通う大学の学科が同じ同級生で、特に私は高校からの同級生でもあり、仲の良い友人だ。

北野くんは、私が晴翔と一緒にいるのをみて、少し気まずそうに目を泳がせた。

訪れる嫌な静寂を打ち消すように、晴翔がにこやかに声をかける。


「偶然だね」

「……ごめん。俺、2人の時間邪魔したよな」

「ううん、そんな事ない。だって僕らは友達でしょ?

邪魔だなんて思ってないよ」


そうやって晴翔は端正に微笑む。そこには北野くんを邪魔だと思う気持ちは伺えない。……いや、その笑顔からは何の感情も読めないと言った方が正しい。

晴翔はいつもそうだ。私がどんなに男性と親しくしてても、それを妬む素振りは一切見せない。とても寛容なのは分かるが、ちょっとは嫉妬してくれた方が嬉しいなんて思ったりしてしまう。


「北野こそ、佳奈に何か話したい事があるんじゃないの?

何か言いたげな顔してるけど」

「……っ」

「図星だね。じゃあ僕は先に帰るよ。佳奈、また後で」

「あ、うん」


晴翔はすたすたと歩いていってしまう。迷いのないその足取りが私を不安にさせる。

彼女が他の男と2人きりになるのを、普通容認するだろうか?恋愛に淡白なだけなのか、それとも。


「アイツ、前から思ってたけど、ちょっと変わってるよな。お前に対する想いが、俺から見てもあんまり分からない」

「……北野くんにも、そう見える?」

「ああ。彼氏にしては距離が遠すぎる」

「だよね。私の事、嫌いなのかなぁ」


北野くんは、ため息をつく私の頭を撫でる。その優しさにふわっと心が温かくなる。


「それはねーよ。きっと、お前のことが大切だから、お前の望むようにしてやりたいと思ってるだけだ。きっと大丈夫だよ」

「……うん、ありがと」


北野くんの優しさが嬉しくて微笑み返せば、彼は私から顔を背けた。そっぽを向いた顔は少し赤い。


「北野くん、大丈夫?熱でもあるんじゃない?」


北野くんの額に手を当てて体温を測ろうとすると、パシッと手を振り払われた。私の気遣いが嫌だったのだろうか?


「やめろ。……はぁ、お前って奴は……でも、そんなお前が、俺は……」

「ん?何か言った?」

「っ、何でもねーよ!さっさと彼氏のところ戻れ!」

「え、北野くん、私に何か話したいことあったんじゃ…」

「お前と話したかっただけ!友人として!」


バーカ、一言そう言って北野くんは私に背を向けた。

小学生じゃないんだから、幾らなんでも馬鹿は無いんじゃないだろうか。

呆れた気持ちで遠ざかっていく後ろ姿を見つめる。

北野くんは温かくて優しい。こうして私が不安な時や悩んでいる時に欲しい言葉をくれる。

やはり、彼は良い友人だ。



☆☆☆☆☆



講義を聞きに大学へ出向くと、晴翔と北野くんが仲良さげに話していた。

お互いかなり他人行儀で、少し距離がある気がするのは気のせいじゃないだろう。まぁ、2人は出会ってからまだ時間は経っていないので、このくらいが普通なのかもしれない。


前を歩く女子大生のグループの会話が聞こえてくる。

どうやら晴翔の事を噂しているみたいだ。

晴翔は頭脳明晰で容姿淡麗。女子にも紳士的な好青年なので、大学でも人気がある。そんな人の彼女だというのは誇らしい。だが同時に、単に幼馴染というだけで特に取り柄のない、こんな自分が彼女で晴翔はいいのだろうかと不安になる。


「晴翔くんって、ホントにカッコいいよね〜!」

「彼女とかいるのかな?」

「あ、私ね、1週間前くらいに聞いたの!そしたら、彼女はいないって言ってたよ!」

「え、じゃあ今フリーってこと?」

「私アタックしちゃおっかな〜」



え。

頭から冷水を浴びせられた気がした。


晴翔に、彼女は居ない?

晴翔がそう言っていた?

何で?私は彼女じゃ無かったの?

1年も同棲してるのに?


どうして?どうして、彼女は居ないだなんて、そんな嘘。

何で、なんで、なんで。


巡る思考は最悪の想像に行き着く。



私のこと、本当は好きじゃないの?

私はただの遊びだった?



目の前が真っ暗になった。

上手く息ができない。


講義の時間が迫っていることなんて、今の私の頭には無かった。鞄を掴んで、足早に大学を出る。電車に飛び乗り、どこか上の空で帰宅した。

そのまま自分のベッドにダイブする。我慢していた涙が、ぽたぽたとベットに落ちる。


たいして美人でもない私が、晴翔の恋人だと浮かれていたなんて。馬鹿みたいだ。幼馴染だったのは昔の話なのに。

好きだと思ってたのは、私だけだったんだ。


涙がどんどん溢れてくる。

そのまま泣いて泣いて、泣き疲れて私はそのまま眠ってしまった。



☆☆☆☆☆



目を覚ます。ぼんやりとした頭で時計を見上げれば、針は5を指していた。窓から差し込む光がやたらと赤い。いつの間にか夕方になっていたみたいだ。

ふと、自分が温かい毛布にくるまっていることに気づく。

私、寝る前に布団被ったっけ?

そう思って首を傾げていると、耳元でよく知る声が響く。


「あ、起きた。今日講義だったはずだけど、寝坊しちゃった?」

「……晴翔」


名前を呼ぶと、晴翔はにこりといつもの様に微笑む。

意識がだんだんとはっきりして、今日の昼間の会話が鮮烈に思い出された。


――彼女はいないって言ってたよ!


ずきりと心が痛む。晴翔と顔を合わせられず、思わず顔を背けた。


「佳奈、どうしたの?体調悪い?」

「……ううん、そうじゃない」

「いや、でも心配だよ。佳奈が寝坊するなんて早々無いし……もしかしたら熱でも――」

「触らないで!」


晴翔から伸ばされた手を、振り払ってしまう。

晴翔が少しだけ目を見開いた。


「…あ、ご、ごめんね。心配してくれたのに」


馬鹿だ。私、何やってるんだろう。

晴翔が彼女居ないって言ったって噂を聞いた、そう言えば解決する話なのに、その言葉が出てこない。

もしそこで、「佳奈の事、彼女だと思ってないから」なんて言われたら。それが怖くて、聞けない。


「いや、僕の方こそごめん」


晴翔はそう言うと、部屋を出て行った。


そこで晴翔がどんな顔をしていたか。

それを確認する手立ては、もう無かった。



☆☆☆☆☆



あの日から1週間。私たちはほとんど会話をしていない。

何度も聞こうと思うけれど、どうしても言葉が出てこない。私って、なんて臆病なんだろう。


「………はぁ」

「おーい、辛気臭い顔してんな。どうした?」


パコンとノートで頭を叩かれ、見上げると北野くんが居た。いつも通りの笑顔の中に私を心配する色が見えた。

やはり彼は優しい。北野くんには、思わず悩み事を打ち明けてしまいたくなるような、そんな包容力がある。


「私、晴翔の彼女じゃないかもしれない」

「はぁ?同棲してんのに?嘘だろ?」

「それが……」


私が今まであった事を話すと、北野くんは眉を寄せた。


「アイツが、彼女居ないって言ってたのか?」

「らしい。噂してた」

「……うーん」

「何か思い当たる事とかある?晴翔の友達として」


北野くんは目を閉じて唸る。

そして言いにくそうに告げた。


「前さ、俺、アイツがお前の事を想ってるように見えないって言っただろ?それってさ、お前が晴翔の名前を呼ぶたびに、アイツが見せる笑顔が胡散臭いなって思ったからなんだよな」

「……え」


そういえば、私が晴翔の名前を呼ぶ時、晴翔はいつもにこりと人当たりの良い笑みで微笑むだけ。幸せそうな笑顔かと言われたら、どちらかと言うと外交用の笑みに近い。


「何で私、そんなことに気づかなかったんだろ」

「仕方ねーよ。お前アイツのこと凄い好きだろ?ほら、恋は盲目って言うじゃんか。もしかしたら、お前がアイツを好きなだけで、アイツはお前の事――」

「……言わないで」


ぽろりと瞳から透明の液体が流れる。

予想はしていたけれど、他人から指摘されるのは何倍も辛い。考えていた恐ろしい事が現実になるようで、怖い。


「悲しませたなら、ごめん。でも俺はそんな気がするんだ。……それに、お前がアイツのせいで落ち込んでるなんて、見たくねーんだよ」

「……何でよ」

「はぁ、絶対伝えたらダメだと思って我慢してたんだけどな、この際だから言う」


北野くんは私の耳元に唇を寄せる。

そして、そっと囁いた。


「俺がお前の事、好きだから」





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