かつての英雄は少女となって英雄を目指す
書いてしまったので供養します。(辞めるとは一体……)
英雄と呼ばれた少年──グリム・アーネスト。
彼は、齢14にして、迷宮都市アルカナを襲った強大なモンスターから人々を救い、英雄と呼ばれるようになった。
そんな彼の異名は『勇者』。
かつて、この世界に降りた神が、英雄と呼ばれた青年につけた有名な異名を、少年は授かっていた。
それから10年。
24歳となった少年──グリムは、暗黒大陸に住まう魔族の王、アーグ・ストレンジ・グリズリーと戦い、敗れ、死亡した。
人々は、グリムのことを『魔族の王に挑んだ愚かな勇者』として、嘲笑い、蔑み、馬鹿にした。
しかし、本当にグリムは『愚かな勇者』だったのだろうか。
魔族の王は、決して悪では無い。だが、それと同時に人類に手を出さない善でもない。
もしかしたら、なにか我々の知らないところで、グリムになにかがあり、彼は魔族の王に挑んだのかもしれない。
それをもう知る術はないが、神は、彼を──グリムを生かすことにした。
理由は単純明快。『面白そうだから』。
これは、かつて、英雄と呼ばれた──『魔族の王に挑んだ愚かな勇者』として死んだ──少年が歩む物語。
「どこだここ?」
目を覚ますと、グリムは知らない村の中に居た。
宙に浮かんでいるグリムの事に、村の人々は気づかずに生活を続ける。
ふと、視線に一人の妊婦の姿が入った。
只人の男に支えられて、椅子に座った魔人族の妊婦は、今も辛そうにしている。
グリムはその妊婦と只人の男に何故か親近感が湧き、近くに寄る。
すると、驚くべきことが起こった。
「なんだっ!?」
妊婦のお腹が光り、グリムの透けていた身体をお腹の中へと引きずり込み始めたのだ。
お腹が光ったことに、妊婦と只人の男は気づかない。
ただ、気づいたのはグリム一人だけ。
そして、抵抗虚しく、グリムは妊婦のお腹の中へと引きずり込まれたのだった。
それから半年。
グリムは、自分を引きずり込んだ魔人族の妊婦と只人の男の子供として生まれることになる。
名前を『ルノア・レイヴル』と名付けれた只人の少女──かつての英雄グリム──は、今日もベビーベッドの上で思考する。
どうして、こんなことになったのかと。
「ほーら、ミルクのお時間ですよー」
そう言って、ルノアに母乳を与えようとおっぱいを押し付けるのは、フレア・レイヴル。
ルノアの母親にして、この世界では珍しい魔人族の女性である。
「あうあうあああ!!(要らない要らない要らない!!)」
生まれてから半年。ずっとフレアと続けている小さな戦い。
最後にはルノアが負けるのが定石なのだが、それでも今日も嫌だ嫌だと首を横に振る。
「こら、ちゃんと飲まないとパパやママみたいに大きくなれないぞ!」
ルノアはその言葉を聞くと、大人しくミルクを飲み始める。
今日も、ルノアの敗北である。
「あうあうあい!(ステータスオープン!)」
フレアが居なくなったあと、ルノアは赤ちゃん言葉で『ステータス』を開く。
この世界には、ステータスと呼ばれるものが存在する。
かつて、この世界に降りた神がモンスターに対抗出来ない人類を見て憐れんで人類に授けた力。
ステータスはレベル、基礎アビリティ、スキル、アビリティの構成となっており、基礎アビリティはレベルが上がる度に数値が0へと戻り、上がる前の数値は隠しステータスとして蓄えられていく。
レベルが1個違うと、圧倒的な実力差が生まれるのがこの世界での常識だ。
そして、今のルノアのステータスはこう。
ルノア・レイヴル
Lv1
基礎アビリティ 力:3 器用:5 耐久:1 敏捷:2 精神力:0
スキル 無し
アビリティ 無し
普通の0歳児と比べると、変わらない普通のステータスなのだが、かつて英雄と呼ばれた『グリム・アーネスト』のステータスと比べると、物凄く低い。
ちなみに英雄時代のステータスは。
グリム・アーネスト
Lv8
基礎アビリティ 力:1027 器用:521 耐久:974 敏捷:1011 精神力:578
スキル 『限界突破』
アビリティ 『状態耐性Lv3』『狩人Lv5』『疾風Lv2』『剛力Lv1』
当時、レベル8がグリム以外に居ないことで、世界最強とも言われていた。
結局、世界最強だったのは、魔族の王だったのだが、そのステータスは知る由もない。
「あう〜(どうやってここから強くなるかな)」
ルノアは魔族の王を倒すことを諦めていなかった。魔族の王にやられ、『人類の汚点』とまで言われるようになった前世の自分だったが、それでも、再び戦うことを決意したのには理由がある。
それは、魔族の王に幼なじみのエルフの少女を殺されたこと。
あの時、ルノアは、幼なじみのエルフの少女──『リオネス・ボクレー』が魔族の王に殺されたことに怒り、討伐しに向かった。
結果としては返り討ちにあってしまったが、こうして再び生を授かった今、諦める理由など何処にも無かった。
「(強くなるためには限界を超える必要があるな……それと、レベルアップをする必要も)」
魔族の王がどれほどのステータスを持っているかは知らないが、少なくとも以前の自分より強く、高みへと行かなければ勝てる事は出来ない。
ルノアは強くなることを誓う。
殺された幼なじみの為と言えば、聞こえはいいが、復讐の為に。
「(次こそは……絶対……!)」
この時、ルノアに1つのスキルが発言する。
まだ本人も気づいてないスキルの名前は『復讐者』。
このスキルが、今後、ルノアの人生を大きく変えることとなるのだが、今はまだ誰もそのことを知らない。
生まれてから7年が経った。
5歳になる頃に家を出てもいいと言われたルノアは、村の端で常に剣の訓練をし、ステータスを磨き上げていた。
ルノア・レイヴル
Lv1
基礎アビリティ 力:59 器用:70 耐久:28 敏捷:55 精神力:0
スキル 『復讐者Lv1』
アビリティ 無し
7歳にしてはかなり高い。森に棲む獣相手なら善戦出来るほどステータスは上がっていた。
しかし、ルノアはまだ満足しない。
「(やっぱり、強くなるにはモンスターと戦って経験値を手に入れるのが手っ取り早い)」
訓練でもステータスを上げることは出来る。
だが、それで上がるステータスは目に見えていて、モンスターと戦って成長するスピードに比べれば、ゆっくりと歩いているようなものだった。
ルノアは手に持っている木剣を家の敷地内にある倉庫にしまう。
そして、家の中でお昼ご飯を料理している母親に『冒険者』になる為に村を出たいということを伝えに行った。
「駄目よ」
ルノアから冒険者になりたい話を聞いたフレアは、そう答える。
ルノアは何とか説得しようとするが、フレアはそれを遮ってお父さんを呼んできなさいと言い、取り合ってくれない。
それならと一旦フレアを説得するのを諦めて、お父さんであるグランを説得しようとするが。
「駄目だ」
こちらも駄目の一点張りで、説得することが出来なかった。
その日の夜、ルノアは、父親が仕事で使っている武器の一つである刃渡り45cmの両刃短剣を持ち出すと、小さなバックパックに水筒、着替えを詰めて村を飛び出す。
「(ここにいたら、腐ってしまう)」
復習を果たす為に、一村人として過ごすのを良しとしないルノアは、反対された理由を聞かずに近くの街へと走る。
夜は視界の関係上、どうしてもモンスターの方に分が上がる。
ルノアは村の入口にあった松明の灯りを頼りに平原を進む。
僅かな灯りを頼りに進むその姿は、まるで御伽噺に出てくる『英雄』を導く『精霊』のように見えた。
ルノアが村を飛び出してから2年が経過した。
ルノアは現在、レギオン帝国の『ファウスト』にて、戦争奴隷として、ルルーグ王国の軍と戦場でぶつかっていた。
村を飛び出してきた時に持ってきていた両刃短剣は既に折れ、帝国から支給される鉄製のロングソードを使って、ルルーグ王国の兵士を倒す。
そんな生活を続けたせいで、今やステータスは軒並み上がり、大きな偉業となる経験値さえ入れば、レベルアップも可能なほど強くなっていた。
ふと、ルノアの頭には、戦争奴隷として招集したレギオン帝国の王の姿が過ぎる。
彼は、この戦争で武勲を立てた奴隷には褒賞として帝国軍の兵士に迎えると言っていた。
そして、望むならば元いた土地へと返すことも。
ルノアは元いた土地に戻る気は無ければ、兵士になるつもりも無かった。今、ルノアの頭にあるのは、武勲を立てて奴隷から解放してもらうことのみ。
その為ならば、生まれ故郷の国であるルルーグ王国の兵士相手にも鬼になれるのが、ルノアという少女。
「隊長、奴です! 奴があの『閃光』です!!」
金色の髪に金色の瞳、そして、素早く相手を斬ることから付けられた渾名。
ルノアは渾名は気にしない質だが、何度も『閃光』と呼ばれると、つい不満が爆発してしまう。
「……私の名前は、ルノアなんだけど……!」
ムッと言う傍から見たら可愛らしい表情をしながら、ルノアは持っている剣を薙ぎ払い、敵を切断する。
これで、シーナが斬ったルルーグ王国の兵士の数は凡そ1000人。有名な将こそ討ってはないが、十分レギオン帝国に勝利を傾けたと言えるだろう。
血と油が付いた、ロングソードの刀身を拭きながら、自軍のキャンプ地へと戻る。
奴隷は本軍が居る拠点に入ることが出来ない。いざと言う時に本軍の準備を整える為の時間稼ぎ──肉壁になるために300m以上離れた前線にキャンプ地が張られていた。
「おかえり、ルノア。戦線はどうだった?」
そう、ルノアに話し掛けてくる人物が居た。
名前を『リオーネ・ファウル』。
レギオン帝国軍に所属する少佐。
21歳で少佐まで上り詰め、今回の戦争では奴隷達の指揮官を任された若き軍人。
本人の戦闘能力も高く、魔法を思うがままに操ることから『千の魔導師』と呼ばれるハイエルフの女性だ。
ルノアは、この女性に幼なじみである『リオネス・ボクレー』の影を重ねており、この帝国軍の中で1番信頼を寄せている人物でもあった。
「王国軍の士気は衰えてなかった。もしかしたらまだ逆転出来る芽が残ってるのかもしれない……気をつけて」
ルノアはそう言うと、自らの天幕へと戻ろうとする。
が、リオーネに行く手を阻まれる。
「帝国軍の士気は徐々に下がる一方。私はこの戦争、帝国軍の負けで終わると予想しているわ」
リオーネは自分の国が負ける。王か貴族かが聞いていたらすぐに処刑されるようなことを平然と言ってのける。
「そして、私が少佐の権威を使えば、一人だけこの戦争から逃がすことが出来ると思うの……私の言いたいこと分かる? ルノア」
ルノアは察する。
リオーネが自分を逃がそうとしていることに。
そして、それと同時に憤慨もする。
何時守って欲しいと、助けて欲しいと手を伸ばしたのかと。
「別に……そんなことされなくても私が戦況を取り戻せばいいだけ。話はそれだけ? もしそうなら部屋に戻って寝たいんだけど」
そう言うと今度こそ、ルノアは自分の張った天幕へと戻る。
「ルノア……」
リオーネは、ルノアの後ろ姿を見て、自分が何もしてやれない悔しさに嘆いた。
彼女は帝国貴族の生まれだった。
とは言っても、公爵や伯爵といった上級貴族とは違い、準男爵という貴族の中でも下の下。祖父である、クラウス・ファウルの武勲によって作られた、まだ小さな貴族の出だった。
ハイエルフである彼女の種族は、通常のエルフよりの10倍も身篭る可能性が低く、身篭っただけでも奇跡と言われるそんな種族。
だから、リオーネが生まれた時、誰よりも悲しんだのは父親だ。
貴族である以上、生まれてくる子供は男が好ましい。
女だと、家を継ぐときに様々な問題が発生し、いざ結婚となった時に、夫の家系が家を乗っ取ることも珍しくない。
それを危惧した父親は男としてリオーネを育ててきた。
そして、リオーネもそれに従い、男として恥じないように生きてきた。
だが、2年前、ルルーグ王国との戦争で派遣された奴隷の中に居た、ルノアにある質問をして以来、男として偽って生きることを恥じるようになった。
当時、ルノアは派遣された奴隷の中でも随一で小さかったが、心の中に秘めている思いは誰よりも大きかった。
そして、レギオン帝国の国王が武勲を上げた者に法相を与える話をすると、すぐに剣を持ち、ルルーグ王国の軍目掛けて突っ込んだ。
最初は、他の人達と同様彼女のことをバカにしていた。だけど、倒れても、倒れても何度も立ち上がるその姿に何時しかリオーネは心を撃たれ、彼女の力になりたいと思っていた。
そして、ある日、ルノアに聞いてみたことがある。
『貴族の家に生まれた女が、家のために男として生きるのはどう思う?』と。
ルノアは暫く唸った後に答えた。
「性別を偽るのは言い訳にしか過ぎない。確かに、男と女では男の方が家の主導権を握れるのかもしれない──けど、男でも主導権を握れないことがある。大切なのは、自分の信じる力と相手にペースを握られないようにすることだけ」
その日以来、リオーネは自身が女であることを隠さずに生きるようになった。
家族からは小言を言われたりもしたが、それも気にせずに自由に生きるようにした。
ただ、同じ軍で働いていた人はリオーネが女だったということに既に気づいていたらしく、ようやくか……といった反応だったが。
リオーネは、既に天幕の中へと入ってしまったルノアを目線で追いながら考える。
「(ルノア……私が手伝えることは何も無いの……?)」
王国との戦争が負ければ、確実に派遣された奴隷は殺される。
食料を無駄に食い潰す価値の無い人材は要らないから。
だから、なんとかして戦争で負ける前に逃がそうとしたが、ルノアの意思は固く、帝国の勝利以外でこの戦場を去ろうとする意思は無かった。
「(明日、戦争を終わらせるための作戦を大佐に提案してみようかな……)」
リオーネは、ルノアが動かないことを悟ると、今度は帝国が勝つ作戦を思慮する。
そして、一つの作戦が頭の中に思いついた。
その作戦が思いつくまでに掛かった時間、凡そ30秒。
これが、リオーネが21歳という若さで少佐まで駆け上がった理由にして、帝国の王直々に奴隷の指揮官を任された理由。
リオーネは、その作戦を上層部に通すために最後のダメ押しをしに行く。
目的地はルルーグ王国軍の拠点。
自分の作戦で大将の首が取れることを証明しに、副将である敵の首を取りに行くのだった。
翌日、目が覚めたルノアは、周りの様子が何時もと違うことに気付く。
急いで、戦闘の準備を整え、近くに居た本軍の兵士に何事かと聞くと、驚くべき答えが返ってきた。
「実は、今日の朝早くにリオーネ少佐が王国軍の将軍の1人の首を持ち帰ってきたんだ。そして、討ち取った際に使った作戦をこのあと決行し、王国軍との戦争にケリを付けるらしいぞ」
「まさか……!?」
ルノアは大佐と作戦を話しているリオーネの元へと急行する。
「リオーネ!」
軍を率いる大佐と話していたハイエルフの彼女に声を掛けると、こちらをチラリと振り返り、『また後で』とハンドサインを送ってくる。
そのハンドサインを見たルノアは大人しく、奴隷のキャンプ地へと戻る。
そして、いざと言う時のため、武具の手入れをする。
暫くすると、戦いの準備を終わらせたリオーネがやってきた。
「お待たせ、ルノア」
そう言った彼女の顔は、先日、ルノアに拒絶され落ち込んでいた時と違い、覚悟を決めた顔になっていた。
ルノアはその顔を見て、『どうして、無茶をしたのか』と聞くのを辞める。
覚悟を決めた人を前にそんなことを聞くのは野暮だと感じたからだ。
その後、数言会話した後、リオーネと別れ、ルノアは集合時間までの間にステータスを確認しておくことにする。
ルノア・レイヴル
Lv1
基礎アビリティ
力:596 器用:876 耐久:666 敏捷:1058 精神力:124
スキル『復讐者Lv1』
アビリティ 無し
レベルアップ時のステータスが平均800〜1000だということを考えると、少し心許ないが、敏捷だけはそれに劣らず高い数値を誇っている。
攻撃を避ける事ぐらいは出来るだろうと判断し、ステータス画面を閉じる。
恐らくここが、自分の限界値。
半年前からステータスの上昇幅は極端に落ち、1ヶ月前のステータスと比べても、合計上昇値が20と低かった。
レベルアップする必要がある。
ルノアは確信する。
ステータスの上昇に限界はないが、何時までもここで留まるぐらいなら、1度レベルアップをして、ステータスを0に戻した方が早く、強くなれる。
だが、その為には偉業を成し遂げる必要がある。
1000人斬りではなく、強大な敵を打ち倒す必要が。
ルノアは思考する。
もしかしたら、今回の作戦でレベルアップすることが可能かもしれないと。
しかし、それと同時に、レベルアップするには将を討つ部隊に入る必要が出てくる。
どうしたら、将を討つ本隊に入ることが出来るか考えていると、時間がやってくる。
集合場所と定められた本軍のキャンプ地へと行くと、そこには約50人の兵士と数名の奴隷が待っていた。
そして、ルノアが着くと、少し遅れてリオーネと大佐がやってきた。
「よく集まってくれた。これより、この部隊の作戦会議を行う」
大佐はそう言うと、机に大きな地図を広げ、黒と白の駒を置き始める。
「まず、この部隊の目的は大将を討つことを目的としている。その為、なるべく少数で、尚且つ実力がある者しかこの部隊にはいない」
「奴隷からも人員を選出したのはそれが理由ですか?」
「ああ、そうだ……。タダ飯食らいの奴隷も居れば、そこに居るルノアの様に一騎当千の奴隷も居る。今回は何がなんでも作戦を成功させるために、奴隷からも強い人物はこちらの部隊に入るように調整した」
ルノアの頭の中でリオーネのやってやったぜという顔が浮かぶ。
本人を見ても、平然とした顔で特にそんな感情は見受けられないが、きっと心の中ではガッツポーズを決めていることを付き合いの長いルノアは理解していた。
「さて、ではこの部隊の作戦だが、リオーネ。説明しろ」
「はっ!」
「今回の作戦ですが、この部隊以外は全て囮。早期決戦を求めて仕掛けた風を装います。その為に本作戦実行時、私と大佐は本隊に残る為、この部隊には居ません。この部隊の指揮はラウル曹長が執ることになっています」
「そして、この作戦の要は、誰を大将にぶつけ、誰が周りの敵を討ち取るか。これは、私と大佐が考えた結果、大将はルノアが討ち取るのが良いと判断致しました」
ザワっ……と周囲が響く。
国の正規な兵士ではなく、奴隷であるルノアが大将を討つ任務を担っていることに対してだろう。
「落ち着いてください」
それをリオーネが静めるとるノアを採用した理由と共に再び作戦の続きを話す。
「まず、ルノアは敵に『閃光』と渾名を付けられるほど、戦場では活躍しています。それに、この作戦はまず、奇襲から始まります。奇襲で1番大切なのは速度。相手に気付かれずに事を終わらせるならそれに超したことはありません」
「そして、ルノアにはそれを叶えることの出来る敏捷値の高さがある。Lv1ながらもその数値は既に1000を超えていて、身体も小さい。奇襲するに当たってこれ程優れた人材は他にいません。なので、大将を討つ人物に採用したのです。もし、文句がある人がいるなら私と大佐を倒してから言ってください」
有無を言わせないその言葉に、ざわめいていた兵士達は大人しくなる。
リオーネと大佐は今、この地に居る味方の中では唯一のLv3。
殆どがLv1で構成されているこの軍隊に万が一の勝ち目など無かった。
「それでは、最後に。この会議終了後、部隊は南にある森を南下して奇襲攻撃の待機をして下さい。決行の時期は二日後の昼。大きな大砲と共に音響弾を打ち上げるので、それを奇襲作戦の合図とし、それぞれ行動を開始してください。皆さんの無事を祈ってます。解散」
『解散』その言葉と共に、リオーネと大佐は離れていく。
ラウル曹長はそれを確認すると、先程まで二人がいた位置に立ち、即席ながらの小隊を作り始める。
ルノアはラウル曹長の居る部隊に配属された。
そして、小隊を組んだ後は、荷物の確認をして、それぞれの小隊が個別に待機場所へと進み始めた。
作戦会議の翌日、ルノア達一行は、敵拠点のすぐ側まで迫っていた。
本来なら、気付かれてもおかしくない距離。
だが、本隊の軍がヤケになり始めているところを偵察したルルーグ王国軍は、油断して、背後から迫って来る敵に気付かない。
「いいか、作戦は明日。俺達は敵拠点のすぐ側で待機し、ルノアの奇襲がどちらに転んでも突撃。成功なら残党を狩って離脱。失敗なら誰かが将軍の首を狩るまで戦闘を続ける。いいな、この作戦は俺達だけじゃない。囮になっている皆の命も授かっていると思って挑め」
「「「「「はっ!」」」」」
ラウルの周りでは、暫定的に小隊長となった者達が集まっている。
その中に勿論、ルノアの姿もあった。
「ルノア……先に言っておく。他の隊員には気を付けろ」
ラウルはルノアにしか聞こえない声で、そっと注意を促す。
「奴隷が正規の兵士を差し置いて武勲を立てることに、全員が納得したとは俺はとても思えない。もしかしたら、事故を装って、戦闘中に剣を振る可能性がある。俺も出来る限り見張るから、お前は背後に気を付けて戦ってくれ」
「分かった……そして、ありがとう」
ラウルは優しい。
奴隷に対して偏見の目を向けることなく接してくれる数少ない人物だった。
そして、人の黒い部分をよく知っている人物でもある。
生まれがスラムな彼は、小さい頃から、人の黒い部分、汚い所を見て育った。
今でこそ、大佐の手によって柔らかくなっているが、やんちゃしていた時の鼻は今も昔も変わらない。
この奇襲作戦、嫌な予感がする。
彼の鼻は嫌な気配を感じ取っていた。
レギオン帝国軍方面──
レギオン帝国の将軍。グラン大佐は、巨馬に乗って兵士の前に現れる。
「いいか、野郎ども。この戦いで、俺達は5年に渡って続いてきたこの戦争に決着をつける。覚悟が無い奴は今すぐこの場から去れ!覚悟がある奴は俺と共に敵の首を取りに行くぞ!!」
「「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」」」」」
戦士たちの声が広間に響き渡る。
ルルーグ王国軍方面──
「ギーレヌ将軍! 大変です! レギオン帝国の者が全軍率いてこの地へと目指して来てます!!」
「落ち着け……」
伝令を持ってきた兵士を宥めると、ギレーヌ将軍は椅子から立ち上がり、各々体を休めていた兵士に声を掛ける。
「聞けぇ!レギオン帝国が最終決戦を仕掛けにこの地にやって来る! 我らはこの地にて奴らを迎え撃つ!! 覚悟はいいか! 剣を握れ! これが終われば家で我等の期間を待つ家族に平和を届けることが出来る。祖国のため──そして、なにより家族の為に立ち上がれ兵士よ! 我等ルルーグ王国に勝利の盃を!!」
「「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」」」」」
ある者は信頼すべき友人のため。
ある者は愛する家族のため。
ある者は祖国のため。
今──ルルーグ王国とレギオン帝国による最後の戦争が始まろうとしていた。
風もよく透き通る平野を駆ける黒い影。
黒い影は無数の群れを為しながら、目的地であるルルーグ王国軍の野営地へと走り続ける。
「大尉! 来ました!」
戦場に築かれた砦にて黒い影が迫ってくるのを待っていた一人の兵士は、黒い影が見えると同時に後方で指揮を執っていた大尉へと連絡をする。
「そうか……来たか……。弓矢部隊は狙撃を、魔法部隊は魔法の準備を整え、その他は後方にいる本軍の連絡に3人を残して全軍突撃せよ! 刺し違えてでも一人でも多くの敵を屠れぇぇっ!!」
警戒をしていた兵士は予め決めていた陣形を組み始める。
魔法部隊は、詠唱中に被害を受けないように二手に分かれ、挟み込むような形で詠唱を始める。
弓矢部隊は砦の上に置いてある鏃に毒が塗られた弓矢を取り出すと、物量作戦で撃ち始めた。
「リオーネ少佐! 前方に砦を確認。敵は複数、見える範囲では500を越える敵が弓を撃って来ています!!」
リオーネは指を加えると、思考する。
そして、最適解の答えを導くと、音響魔法が掛かった道具で司令を下す。
「恐らく、弓矢は毒を塗られています! 弓矢の攻撃は無理に防がず、前線を一気に突破。中で待ち構えているであろう敵を薙ぎ払うことに集中してください! 私とハルー大尉は、近くに居るであろう魔法部隊の排除。この軍の指揮はリナ、貴女が執ってください!」
「うぇっ!?あたしですかっ!?」
「いい機会です。今後、貴女も指揮を執る機会が沢山あると思います。今回はその練習として頑張ってください!」
元々、個々の力ではレギオン帝国の方が上。
連携を崩しさえすれば、ルルーグ王国等敵ではなかった。
リオーネとハルーは左右に分かれると、不自然に膨らんでいる砦の塔に向かう。
残されたリナ中尉はというと。
「ええとっ! 取り敢えず先程リオーネ少佐が言った通り前進を。固まると撃たれた時に当たってしまうので、分散しながら進んで下さい!」
リナ中尉の言葉を聞くと、残された兵士は、
「アイドルリナたんの司令聞いたか!?」「ああ聞いた!」「守れ!」「我が軍のアイドルを守るんだ!!」
「「「「「進めえええぇぇぇぇぇ!!」」」」」
兵士達はより一層大きな声を上げて馬を走らせる。
後ろでそれを聞いていたリナは「えぇぇ……?」と呆けた顔で、勢いよく敵陣に突っ込んで行く味方の姿を眺めているのだった。
リオーネは、砦の端に馬を止めると、何故かあった入口から塔の中へと侵入する。
ここまで簡単に侵入出来たことを疑問に思いながら階段を上っていると、その答えは突如として返ってきた。
「何故、簡単に侵入出来たのか。答えは簡単。それは、私が居るからです」
声が聞こえた瞬間、降り注いできた殺意に、距離を取る。
すると、先程まで立っていた場所に無数の魔法の矢が降り注いでくる。
魔法の威力は凄まじく、石の床を難なく貫通し、数階層下まで穴が出来ていた。
声の聞こえた方を向くと、そこには一人の男が立っている。
褐色肌の白銀の髪を持つエルフ。
エルフの亜種族であるダークエルフだ。
「(……こいつ、強い!!)」
「改めまして、ハイエルフ。私の名前は、オーキス。ただの軍人です」
グラン大佐サイド──
「進めえぇぇぇっ!!」
全軍合計7000の兵士の指揮を執るのは、ルルーグ王国全軍指揮官を任されたグラン・アミュソル。
階級は大佐ながらも、その武力、知恵によって今回の戦争の全てを任されたレギオン帝国有数の実力者だ。
彼は今回のレギオン帝国の将だ。
自身の命にどれだけの希望と責任が掛かっているのかを理解している。
「カリファ大隊は右へ、ソルト大隊は左へ、敵を囲うようにして討て! 決して一人たりとも敵を逃すな!!」
だから、指揮に徹する。
万が一が無いように後方で、複数の兵士に守られながら。
「(たまには剣を振りたいものだな……)」
この戦争が始まって5年。
幾つもの拠点を潰し、最後に残った拠点が南にある最高戦力を纏めたこの拠点。
2年半の間、この地にてずっと指揮を執っていたグランは、戦場で剣を振ることは無くなっていた。
だから、突如降って湧いてきた敵にグランは喜んだ。
「むっ──誰だお前?」
「ちっ、これを防ぐのかよ!」
剣と剣がぶつかりあった音が戦場に響く。
攻撃してきた相手は宙を翻りながら、地面に着地する。
持っている獲物は短刀。刃渡り25cmの小型のナイフだった。
「赤い短刀……黒い猫人……、もしかして貴様、『風切り』か?」
風より早く敵を斬ることから付けられた渾名。確か、フリーの傭兵で、お金さえ貰えればどんな仕事も受け持つことで、裏の界隈では有名な殺人鬼だった。
『風切り』と呼ばれた男は、その特徴的な猫耳を揺らしながら、短刀を構える。
「俺の正体に気づくとは流石帝国の大佐だぜ。だが、残念だったな……グラン・アミュソル。お前はここで俺に殺される!」
「やってみろ……!」
ルノアサイド──
「(大丈夫。出来る。私なら出来る。自分の速度を信じろ。リオーネが信じた私を信じろ。私に作戦の要を任せてくれた大佐を、ラウル曹長を、皆を……信じろ)」
リオーネが用意してくれた、ロングナイフを手に、ギレーヌ将軍が居る天幕へと走り出す。
刃渡り40cm強のロングナイフが持つ白い刀身は、早く血を吸わせてくれと言わんばかりに輝いていた。
「(絶対に成功させる……!!)」
ガサッという小さな音と共に敵拠点に侵入成功したルノアは、敵兵士の視界の隙間を突いて、将軍が居る天幕へと侵入した。
「待っていたぞ……閃光」
「────ッ!!」
予想外の事態に思わず距離を取る。
敵の間合い外へと転がり込むように逃げたルノアは、立ち上がり、敵の姿を拝んだ。
「貴方が……ギレーヌ……!」
ルノアの目の前に立つのは、一振の大きな剣を床に差した獣人族の男。
頭から生えている耳から察するに虎の獣人。
威風堂々と立つその姿は、まさに将軍の名に相応しかった。
「ほう、俺のことを見ても怯えないとは……素質はあるようだな褒めてやろう」
前言撤回。
この男は、将軍ではなく、王の名が相応しい。
ルノアは、右手で握っているロングナイフを再度力強く握り直す。
握り締めている手の平から汗が染み出る。気付くと、頬からも汗が染み出ていた。
「(まさか……私が恐怖を感じている?)」
本能が打ち鳴らす鐘の音にルノアは、ようやく理解する。
蛇に睨まれた蛙の如く、自分が捕食される側に立っていることに。
「くっ……!!」
腰に着けてあるホルスターから信号弾なるものを取り出すと、空へ向かって撃ちあげる。
上は天幕に阻まれていたが、信号弾はそれを貫通して空に赤い煙を浮かべる。
外で待機していたラウル曹長はその信号を見るや否や直ぐに指示をだす。
赤い信号弾、それが意味するものは、作戦失敗。
敵の将軍を討ち取る為、ラウル曹長の軍は野営地へと突入する。それに気付いた兵士は防衛戦を開始する。
最終戦の開戦。
「信号弾か……。援軍でも呼んだか? だが、遅い」
「──ガッ!?」
ギレーヌが消えた刹那、お腹に衝撃が走る。
剣の峰で叩かれたルノアは、勢いよく天幕を突き破り、戦場へと変わった野営地へと放り出される。
「 ぐっ、ガフッ! ゲホッ……! ふー、ふー……!!」
「峰での攻撃とは言え、今の攻撃も耐えるとは流石だな。名を聞かせてもらおうか、閃光」
「…………ルノア・レイヴル」
震える足に力を入れ、逃げようとする身体を押さえ付け、相手の問いに答える。
「そうか……我が名は、レギーヌ・ルキフェスタ。ルルーグ王国軍少将の座を預かっている! いざ、尋常に勝負!!」
「(……ああ、これ、死ぬかも……)」
今にもへし折れそうな心が、逃げようよと囁いてくる。
だが、シーナには分かる。
逃げたところでこの『将軍』からは逃げきれないと。
覚悟を決める。
今、この戦場で『冒険』をすることを。
英雄になるための一歩を踏み出すことを。
魔法で作られた氷の矢がリオーネの頬を掠める。
ピッという音ともに切れた頬から血がたらりと流れ、リオーネの顔からは余裕が消えていく。
「逃げたところで戦況は変わりませんよ」
階段を降りて、塔の一番下、小さな広間へと着いたリオーネを追いかけてくるのは、褐色の肌に銀色の髪を靡かせたダークエルフ。オーキスだ。
オーキスの顔はリオーネに比べて余裕綽々。
オーキスの攻撃を防ぐので手一杯のリオーネをじわりじわりと嬲り詰め、着実に追い込んでいた。
「別に……私は逃げてないわよ。私の戦場へと移動しただけ」
リオーネはその言葉を紡ぐと共に詠唱。
「『風砲!』」
風の砲弾をオーキス目掛けて放つ。
「おっと、危ない」
口ではそう言うが、一切避ける素振りを見せないオーキスに、リオーネの放った『風砲』は命中する。
「あー、痛みは防がないんですねこれ。次からは避けましょうか」
オーキスの身体には謎の光が纏っており、それは、リオーネの放った魔法が消えると同時に外套の中へと吸い込まれていく。
「(魔法を防ぐ外套か……厄介ね)」
聞いたことも無い能力の魔装具。
相性の悪い敵にぶつかったことに、思わず舌打ちが出てしまうが、リオーネ自身、それに気付くことは無かった。
「それと、自分のフィールドに運んでこの威力。『千の魔導師』が笑えますね。貴女には不相応な渾名です。貴女を殺した暁には私が『千の魔導師』を名乗るとしましょうか」
オーキスはそう言うと、再び氷の矢を放つ。
リオーネは避けると同時、ずっと感じていた違和感に気づいた。
「(そういえば、最初の攻撃の時も詠唱の声が聞こえなかったわ……もしかしてこれも魔装具による攻撃?)」
魔装具とは、魔法による特別な付与が施された武具のことを指している。
能力は力上昇、敏捷上昇と様々な効果があるが、その制作難易度に比べると、得られる効果は低く、魔装具を買うぐらいなら上等な防具を買った方が良いと言われている。
ちなみに魔剣は魔力が武器に侵食して、魔法の効果を持った強力な剣なので、魔装具とはまた少し違う。
「(でも、魔装具で魔法の攻撃を防ぐなら兎も角、魔法を放つ事は出来ないはず──もし、それが出来るとしたらそれは魔剣の類に含まれる──いや、魔法の攻撃を防ぐ魔装具も聞いたことは無いんだけど……)」
リオーネは飛んでくる矢をひょいひょいと避けると先程の10分の1に魔力を抑えると、数が多い『アロー系』の魔法を撃ち始める。
「おやおや、もしかして魔力残量が心許なくなって来たのですか? 私をガッカリさせないでくださいよ。戦いはまだこれからです」
オーキスは再び氷の矢を放つ。
リオーネはそれを見て、確信する。
使用しているのが魔装具であれ、魔剣であれ、オーキスは純粋に魔法を使えないことに気づいた。
そしたら話は早い。
今まで隠していた魔力を解放し、力技で押し通せばいいだけだ。
「ねえ、オーキスと言ったかしら。何故、私が『千の魔導師』と呼ばれているか知ってる?」
「はい? 突然何を──ッ!!」
オーキスが何言ってんだこいつ、という目でリオーネを見た瞬間。リオーネの身体からは今までの数十倍の魔力が溢れ出てきた。
思わず、その魔力の量にオーキスは後退る。
「それはね、私が千の魔法を操ると同時、千の魔法を使っても止めることが出来ないからそう言われているのよ──『精霊の宴』」
リオーネが作った巨大な魔法陣から、七色のエネルギー体がオーキス目掛けて飛んでいく。
オーキスは避けれないと踏むや今度は堂々と構える。
先程、リオーネの魔法を防いだ事で自信を持っていたからだ。
「(確かに凄い魔法だが、この武具さえあれば奴の魔法は聞かな──!?)」
巨大なエネルギーが迫ると同時に、謎の光がオーキスを守ろうとするが、リオーネの飛ばしたエネルギー体に吸収され、魔防の効力が消える。
「なっ、なっ……!なあああああああああああああああ!!」
「やっぱり、精霊の力を借りていたのね……」
七色のエネルギー体によって身体を消滅させられたオーキスを背景にリオーネは呟く。
リオーネは何度も魔法の矢を放っているうちに確信していた。
魔装具は魔法を扱えるものじゃないとその効力を発揮しない。
もし、魔法が使えない者が発動させられるとしたら、それは、上位種である精霊の加護を付与した精霊武具しかないと。
そして、ある魔法に賭けた。
『精霊の宴』は契約した精霊のエネルギーを用いた魔法。精霊武具相手ならその効力を無視して貫通する対精霊武具用に考えたリオーネのオリジナル魔法だった。
唯一の弱点としては、精霊の数が数なだけに体内にある魔力殆どを持って行かれること。
だが、賭けには勝った。
見事、予想を的中させたリオーネの一撃は、オーキスに綺麗に入り、倒すことに成功したのだった。
「精霊武具に頼りっぱなしの貴方が『千の魔導師』を名乗るのは、不相応過ぎないかしら」
砦の塔の戦い──勝者、リオーネ。
「──はあっ!」
グランは何重にも渡って飛んでくるナイフを魔剣で巻き起こした風で全て撃ち落とす。
グランの持っている武器は『魔剣 飛龍』。
かつて、迷宮の遠征をしている時に見つけた代物で、付与されている魔法効果は上位魔法にも劣らない威力を誇る竜巻。
詠唱を必要とせずに繰り出されるその攻撃は他国から『チート』と呼ばれ、付いた渾名が『暴風の魔剣士』。
グランは、他国からすれば帝国内で一番恐れられている戦士だった。
「くそっ! 反則だろその技」
「反則なんて言葉、戦場においては言い訳にしか過ぎないぞ」
「たかが、田舎の帝国の大佐の分際で、調子に乗るんじゃねぇ……ッ!!」
『風切り』の手から繰り出されるナイフ。
それを魔剣の腹で受け止めると、ここぞとばかりに言い返す。
「なら、その田舎の大佐に負けているお前は一体なんなんだろうな」
「クソがっっ!」
激しい剣戟の音。巻き起こるは血飛沫の嵐。
お互いに防御を捨て、切り裂く其の姿は、まるで、バーサーカー。
両国の兵士達も戦いを辞め、気づいた時にはその場に居る全員が、固唾を飲んで二人の戦いを見守っていた。
──刹那、武器の長さ故に出来た隙を叩き込まれ、グランは瀕死に追い込まれる。
「ガフッ……!!」
「はー、はー、はー! やっと、追い詰めたぞ糞野郎が……!!」
『風切り』はグランに止めを刺す為に、ふらふらと揺れる身体を動かしながら、近づく。
そして、持っている愛刀を振りかざし、心臓目掛けて下ろそうとした時──グランの剣が竜巻を巻き起こした。
「く、そ、がぁぁぁああああああ!!」
「ゲホッ、ゴホッ……はは、第二ラウンドの開始だ」
グランは支給されたポーションを口に含むと嚥下。
回復されている傷に、僅かだが戻る体力。
魔剣を強く握ると、竜巻を起こして戦場を作る。
「さあ、これでお前は俺を倒す以外に、この竜巻の中から出る術は無い」
「はー、はー、頭でも狂ってるのかお前は!」
「さあな、もしかしたらさっきの負傷によって少しネジが外れたのかもしれない。だが、己の得意とする戦場を作るのは、誰だってすることだろう?」
グランは魔剣を翳すと一閃。鍔迫り合いへと持ち込んだ。
竜巻が形成された中、ルルーグ軍5000人を相手に指揮を執るのはカリファ少尉とソルト大尉。
先程は、彼(彼女)等も自分の上官であるグランと『風切り』の戦いに目を奪われていたが、竜巻が作られたことで本来の目的を思い出す。
「いいか! グラン大佐が決着を付ける前に我らも決着を付けるのだ! 上官に先を越されるような兵士はこの国には要らない!」
ソルト大尉は慣れない言葉を使い、兵士を奮い立たせる。
カリファ少尉はと言うと、己が先頭に立ち敵を討ち取る事で、軍の士気を上げる作戦を行っていた。
そして、『風切り』以外に目立った敵は居らず、この平野地での戦いはレギオン帝国の勝利となる。
砦での戦いは拮抗していた。
押しては押され、毒弓が使い物にならなくなったルルーグ王国は、槍を構えた兵士に大盾を構えた兵士を前に出し、陣形を整える。
隠れて待機していた、魔法部隊はハルー大尉の手によって、既に葬られており、飛んで来ない魔法にルルーグ王国軍の大尉は焦りを隠さなくなっていた。
そして、ここまでルルーグ王国が追い詰められているのに、拮抗している理由は、偏にその陣形。
個々では強くないが、陣形を組み、連携を行うことで着実にダメージを与えくる敵にレギオン帝国の兵士は誰一人突破することが叶わないでいた。
「(どうする? どうする? どうする? どうする?)」
リナは焦る。
リオーネ少佐とハルー大尉から任されたこの戦場が、未だ決着がつかないでいることに。
そして、二人が戻ってこない事で不安が溜まり、それが更に苛立ちを加速させていた。
「リナ中尉困ってない?」「俺らが何とかすべきじゃね?」「ああ、そうだ」「俺らで何とかしよう!」
自称リナアイドルの親衛隊が、こそこそと話している。
リナはその言葉を聞いてホッと一安心しそうになるが、リオーネの言葉を思い出す。
「(駄目だ……あたしも成長しないと……リオーネ少佐が任したんだから絶対にあたしでも攻略する術がある筈なんだ! それに、ここで指揮を投げ出して、責任から逃げて、いつ成長出来るというの!?)」
「そこの自称親衛隊、黙りなさい」
「「「「「はい!」」」」」
リナはその小さな脳を使って、自分が導き出せる答えを探す。
だが、リナの頭ではそう簡単に答えを導けるはずが無く、時間が掛かってしまう。
そして、当然、止まっている的は狙われる。
「あいやー! リナたんは狙わせないぞー!!」
親衛隊の一人が肉壁となって攻撃を防ぐ。
たった今、飛んできた矢は、最初に飛んできた矢と同様、毒が塗られており、攻撃が当たった親衛隊の命は長くは無かった。
「なっ……!! 何をしているの!?」
慌てて、リナは思考を中断し、自分を守ってくれた兵士に近寄る。
「こ、来ないで下さい! リナたん中尉! 貴女にはやるべき事がある筈です。今、ここにいる味方を救えるのは、リオーネ少佐でも、ハルー大尉でも、ルノアでも、グラン大佐でも無い。貴女だけなのです!」
「貴女の考える時間は俺たちが稼ぎます! だからどうか、俺達を──いや、皆を守る為に、勝利への一歩を導いて下さい!! ……ぐはっ!」
また一人、親衛隊の男に毒矢が刺さる。
リナの瞳からは大粒の綺麗な涙が流れている。
だが、その頭に思い浮かべるのは今、倒れた味方では無い。レギオン帝国軍を勝利に導く為の答え。
味方のことを考える余裕が無いほど頭の回転の遅い、自分が堪らなく悔しかった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
親衛隊全員に毒矢は刺さり、立っている男も残り一人。他の四人は既に亡くなっていた。
「これだ……これしかない……!!」
頭に浮かんだ1つの道。
リナはそれを決行するために、リオーネが残した道具を探す。
その前に、黙祷。たった今、答えを導き出したリナの声を最後に、残りの一人も力尽きたのである。
リナは涙を堪えて、走り出す。そして、リオーネが置いていった音響の魔法が付与された道具を持つと、叫ぶ。
「レギオン帝国軍の皆よ! 今から作戦を伝える」
敵の前での堂々とした情報漏洩。
魔道具を使ったことで透き通った声は戦場全域へ届く。
対策も簡単に立てられてしまうような状況で、リナは作戦という名の声援を送った。
「私達は必ず生きて祖国、レギオン帝国へと帰還する! だから、死にそうになっても、死んでも、生きて、生きて、生きて、生きて……生きろ!!」
リナの頭では結局、良い作戦は思いつかなかった。
だからこその声援。
自信を持って言える訳では無いが、リナは自分がレギオン帝国軍の中ではアイドル枠として扱われていることを重々理解していた。
だから、声援を送ることで士気を上げることが出来るのでは? という、判断に至った。
その昔、いや、今も、兵士は姫に声援を送られることで、士気が上がる。
相手が『姫』によって士気を上げられたのならこっちは『アイドル』。
負けれない──負けたくない。
「そして、一人で戦おうとしないで。周りに仲間がいることを忘れないで」
そして、ここが本命。リナの性格をよく知っている者は、たった今、リナの伝えようとした事を理解した。
「(三人一組……リナたん伝わったぜ!)」
とある兵士の頭の中ではその言葉が繰り返される。
リナは、一人で戦うな。仲間と組んで戦え。と暗に言っていた。
リナの言葉の真の意味を理解した兵士達は、理解してない兵士達にこっそり伝えつつ、三人一組を作る。
「お願い……届いて……!!」
自らが前線に立つ訳にはいかないリナは、砦の中で起きている戦いには参加出来ない。
後方で指揮を執ることしか出来ない。
リナは死体の山に隠れながら、次の作戦を考える。
そして、火炎樽を使った作戦を思い付くのと、砦の決着が着くのはほぼ同時だった。
グランと『風切り』の戦いは熾烈を極めていた。
切っては切られから、鍔迫り合いへと移行した戦い。
ギリギリと嫌な金属音が響き、お互いの傷口からは血がドバドバと流れる。
決着はすぐ側まで迫っていた。
「はあ、はあ……一度死にかけたくせに……!」
『風切り』は重傷を負っているのに攻めきれないグランの姿に恐怖を覚える。
「(なんなんだよこいつ……不死身か?)」
倒れても、倒れても立ち上がる──御伽噺に出てくるような英雄の姿がグランに重なり、『風切り』は思わず畏怖する。
「お前は一体何なんだよ!?」
「ただの大佐さ」
「──ッ!!」
グランの剣が『風切り』の体を捉える。
右肩から左腹まで綺麗に切り裂いたグランは勝利の余韻に浸る間もなく座り込む。
「ふー、やっぱり、たまには戦わないと腕が鈍るな」
グランと『風切り』を囲っていた竜巻が消える。
グランが辺りを見渡すと、そこには勝利の旗を立てるレギオン帝国軍の姿があった。
「お前らも勝ったか……」
グランはその言葉を残すと倒れる。
竜巻が消えたと思ったら倒れた上司の姿に部下は慌てて駆け寄って行くのだった。
剣と剣のぶつかり合う音だけが響く戦場。
魔法を使える者は、魔力全てを『身体強化』の魔法に回している。
戦場に現れる小さな雷鳴。
その正体は、ルノア・レイヴル。
極限まで高めた雷魔法を身体強化に付与することで、Lvが2つ上のギレーヌ相手にも負けない速度で戦う事が出来ていた。
「ぬんっ!」
「────ッ!!」
ギレーヌによって、放たれた一撃がルノアの肩を掠める。
速度では負けなかったが、今度はLv差による体力の差が浮き彫りになってきた。
「そんなもんか? 閃光」
攻めることが出来ない。
よしんば攻めれたとしても、決定打になり得ない攻撃。
ルノアは、攻めあぐねていた。
「(けど、まだ全ての攻撃を試した訳じゃない)」
魔法による攻撃。
ルノアが覚えている魔法攻撃を使えば、攻撃が通る予感がしていた。
だが、その為には一度、身体強化を解除しなくてはならない。
普通の身体強化魔法なら、解除しなくても魔法は使える。
だけど、今使っている身体強化は、雷魔法も含めた『身体強化(雷)』。
通常の3倍の消費魔力に、それを制御する集中力。
疾うの昔に脳は限界を迎えていて、いつ倒れてもおかしくない状況だった。
「(身体強化を解除したら絶対にその隙を狙われる)」
ギレーヌがみすみすチャンスを逃す筈がないのは、この数分の戦闘で分かっていた。
一旦、別のものに注意を背ける必要がある。
そう判断したルノアは、周りの状況をざっと見渡す。
ラウルが指揮を務めていた部隊は、数を半分程まで減らしていた。敵の数も同様に、半分ほど削れていた。
「(お互い、余裕は無い。助けを求めるのも不可能──か)」
余裕があるのは、目の前にいる男だけ。
自分の実力が、目の前の敵と戦うには足りないことを嘆きながら、ロングナイフを前へと突き出す。
──刹那。
ギレーヌの姿がボヤけ、次の瞬間には、別の場所へと移動していた。
「(速度が上がった?)」
──いや、違う。自分が遅くなったのだ。
身体能力を強化した所で、素の肉体が強化される訳では無い。
限界を超えて走り続けていた足に疲れが溜まり、動けなくなった。それだけの話。
ルノアは顔を歪める。
唯一の武器だった速度も落ち、秘策の魔法を撃つ為の魔力も残り少ない。絶対に勝てない絶望に、心が支配され始めていた。
「──ァガッ!!」
ルノアの左腹に剣が刺さる。
頭を力強い拳で殴られ、左腹が抉り斬られながら、飛ばされる。
「げふっ……ァ!!」
口から血が零れる。喉がやられ声を出すことが出来ない。
抉られた腹から血がドボドボと流れる。失った血で、頭がぼーっとしてくる。
体が動かない。ロングナイフを握ることも、立ち上がることも出来ない。
心が折れる音が聞こえる。
ゲームオーバーという、神の文字が頭の中に流れた。
──天界。
「あらあら、ここでゲームオーバーはつまらないわね」
ここは、天界。
神のみが存在することを許される領域。
そして、そこに存在することの出来る彼女はこの世界の神。
『アースレイン』だった。
アースレインは、気まぐれで蘇らせた魂の行く末を眺めていた。
神にとって、人の一生など、一瞬にしか過ぎない通り雨のようなもの。
だからこそ、稀にいる輝く魂を見つけると、その一生を終えるまで眺めるのだ。
アースレインは、宝玉に映るルノアに手を向ける。
そして、小さく「レベルアップ」と唱えると、その手を降ろして、また、魂の行く末を見守った。
力が湧いてくる。
折れた心が、欠けた心が、徐々にかたちを取り戻し、勇気を与えてくれる。
ルノアは、今にもくたばりそうな体を押し上げて起き上がる。
「……むっ!?」
「ステータス……オープン…………」
ルノア・レイヴル
Lv2
基礎アビリティ
力:0 器用:0 耐久:0 敏捷:0 精神力:0
スキル 『復讐者Lv2』
アビリティ 『疾風Lv1』
「(レベルが……上がっている?)」
いつの間に高位の経験値を得たのか。
それに、新しいアビリティも発言している。
今にも閉じそうな目で、新しく追加されたアビリティと、スキルの効果を確かめる。
『復讐者……復讐をする時、全ステータスに15%の補正をかける』
『疾風……敏捷と風魔法の威力に1%の補正を掛ける』
ルノアが使う魔法は、火、雷、風、氷、水の五種類。無属性魔法は、カテゴリがまた別のため、この中には含まれない。
得意魔法は雷と氷の二種類で、風魔法は含まれていないのだが、今の状態を何とか挽回したいルノアにとっては、小さな補正も有難かった。
ルノアは、震える右の五本の指でロングナイフを握ると、自身に再び身体強化の魔法を付与して、戦いを再開する。
レベルアップを果たした今の速度なら、身体強化(雷)を使わなくても大丈夫だった。
「閃光──貴様、まさかレベルアップを!? 」
先程まで余裕を崩さなかったギレーヌが、動揺する。
だが、それもそのはず、本来、レベルアップという物は、戦闘が終了した後にレベルアップ可能と表示され、それを受理することで初めてレベルアップを果たす。
まだ、戦闘も終わってなく、受理した様子もないのに、レベルアップを果たしたルノアの姿は、王国軍に50年勤めているギレーヌから見ても異常そのものだった。
「ぐぬぅ……!!」
激しい剣戟に、ギレーヌが初めて苦悶の表情を浮かべる。
レベルアップを果たすと、それまでの基礎アビリティの数値にボーナスが追加され、隠しステータスとして保存される。
ギレーヌもそのことは分かっており、レベルアップを果たしたから、それなりに全ステータスが上がることは予想出来ていたが、自分が力で押されるほど、ステータスが上がるのは予想していなかった。
「(閃光に何が起こった……!?)」
実は、ルノアのステータスは今、隠しステータス+スキル、アビリティ補正+現ステータスの合計値では無い。
天界から見ている神が、レベルアップを果たしても勝てないのを見越して、全ステータスに+100%の補正を掛けているのだ。その数値は実質Lv3に相当する。
Lv3ではそれなりに強いと言われているギレーヌだが、Lv1、Lv2とともに直ぐにレベルアップをしてしまい、ステータスを碌に貯めていなかった。
その、貯めなかったステータスの数値の報いが、今、自分自身へと返ってきている。
最も、ルノアに神の手伝いが無ければ、ギレーヌが負けることはないのだが。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ルノアの一撃が、体勢が崩れたギレーヌに入る。
「ガファ!!」
今度は、ギレーヌが血反吐を出す。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふー、ふー、ふー……」
お互い体の限界を迎え始めている。
そして、次の一撃が最後になることを予感していた。
「ふー……認めてやるよ閃光。お前が何をしてどうやって俺に対抗するほどのステータスを身に付けたかは知らないが、お前が強いことを、お前が神に愛されていることを認めてやる!!」
「はぁ、はぁ、認めてやるとか頭が高い……。でも、ありがとう」
恐らく、最後となるであろう会話をしながら、ロングナイフを、大剣を、構える。
そして次の瞬間。
戦場から二人は消えた──気がした。
「ぬぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うぁあああああああああああああああああああああああ!!──身体強化(雷)!!」
──一閃。
倒れたのは、ギレーヌだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁー……………………っ!!」
ルノアは静かに拳を上げる。
周りからは歓声と叫喚の声が上がった。
魔導歴1087年。
ルルーグ王国と、レギオン帝国による戦争は幕を閉じた。
戦争が終結から3週間後。
レギオン帝国の帝都にて、表彰が行われる。
表彰台に上がっているのは、リオーネ、リナ、グラン、カリファ、ソルト、ラウルの六名。
そこに、ルノアの姿は無かった。
表彰が終わり、舞台から降りた六名はそれぞれ、用意された自室へと戻る。
リオーネは自室に戻る途中、先日のルノアとの会話を思い出してた。
「本当にいいの? 今なら、正式に奴隷を辞めて、自由になることだって出来るのに」
「うん、いいの。それに、生きて勲章を授かるよりは、死んで勲章を受け取った方が貴族や正規の兵士の反感も買わずに済むしさ」
ルノアは、戦死と報告された。
ギレーヌとの一騎打ちで勝ったが、重症を負い、集中治療。だが、その治療も虚しく、その場で死亡。
名誉ある死とされ、帝国の人々、軍人、特に戦場を共にした奴隷達から悲しまれた。
ルノアが生きていることを知っているのは、リオーネ、グラン、ラウル、そして奴隷から解放した帝国の主、『ステイン・レギオン・アーノルド』のみ。
ルノアは、報奨として渡された僅かなお金とロングナイフを手に、帝都を去る。
まだ、痛む体を動かしながら、確かに成長した実感を味わっていた。
今回、ステータス等の一部を某大人気ライトノベルを参考に書いたので、それっぽい所が沢山ありますが御容赦ください。