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ただの偶然と気まぐれが重なっただけ。
そう言い聞かせるように美鷹はそっと目を瞑る。
琥珀を見つけたのは1ヶ月ほど前のことだ。
その日たまたま舎弟の集金に同行してた美鷹はある住宅地へと来ていた。
様子を見に行った舎弟を待っているとふと頭上でなにやら音が聞こえてきた。
咄嗟に顔を上げるとちょうど美鷹の真上。3階の一番手前のベランダの柵からなにかが動いて見える。
「なんだありゃぁ」
目を凝らしてよくよく見るとそれが小さな手だということがわかった。
その小さな手には枝のような棒を持っており、それで柵を叩いて遊んでいるようだ。
いつもならこんな耳障りの音がする所からはすぐさま立ち去っているのだがこの時は何故かその場から離れる気が起きなかった。
カーン、カーン、キン、・・・カーン
何かのリズムに乗っているのか、それまた適当に打っているだけなのか
もちろん美鷹が理解できる訳もなく近くに止めていた車に寄り掛かり目を閉じる。
シーンとしたこの住宅地にその音は大きくあたりに響き渡る。
すると、
「かきーん」
小さな小さな。恐らくよく聞いていないと分からないほどの声が聞こえた。
その瞬間、美鷹の中で何かが走った。
慌てて音の聞こえていた部屋へと目を向るとそこには柵越しに外を見つめるガキの顔がはっきりと見えた。
ボサボサの伸び切った茶色の髪に感情が読めない虚ろな瞳。綺麗な顔立ちをしているのもありピクリとも動かないその表情にどこか人形のようにも見えた。
すると、後ろから用事がすんだのか己を呼ぶ舎弟の声が聞こえた。
1度舎弟の姿を目に捉え、またもう一度元の場所へ目を向けるがそこにはもう子供の姿はなく、ずっと響いていた音もいつの間にか消えていた。
少し高めの子供の声。
一瞬だったので男か女かもわからない。
しかし、何故だかあの人形のような子供に不思議と興味が湧いてきた。
その後ももう一度出てこないか、場でしばらく待ってみたものの子供が出てくる気配は全くなかった。
あの後戻ってきた舎弟と共に事務所に帰ってきた美鷹だったが、住宅地で見た子供のことがずっと頭から離れないでいた。
しかしそれは、ただの気まぐれだと美鷹はあまり深く考えることを辞め酒で気分を紛らわせようとその日は舎弟を引き連れて夜の街へと足を運んだ。
しかし、考えまいとすればするほど頭の中にはあの子供の声と何もうつさない人形のような瞳が頭から離れない。それは酒を飲んでも女を手当り次第抱いても消えることは無かった。
そしてあれから数日後、美鷹の元にある女が現れた。
自分の子供をいくらかで買って欲しいとその女が持ってきたと見られる何枚かの写真といくつかの資料が美鷹の前に並べられている。
この女のように自分の子供を売るのは今どき珍しくはない。
ただただ金が欲しくガキを自ら売るやつや借金のかたとして連れてこられるガキも沢山いる。
そういったヤツらは男にしろ女にしろ主に金持ちの愛玩用として一生を終えることがほとんどである。
特に若く綺麗なガキはそういった店では高くで売れる。
しかしいくらこちらにも金が入ろうと今の冴島組にとってははした金。
特別金が欲しいでもないのにわざわざ面倒な賭けをする気も起きない。
しかし美鷹は女のプロフィールとガキの写真を見てあることに気がついた。
そう。そこに書かれてあるのは数日前にあの子供をみた住宅地の住所だったのだ。
それも、この女の住んでると書かれている部屋はあの少年がいたベランダと同じ部屋。
そして、その写真にはあの時見た子供がそのまま映っていたのだ。
間違いない。
あの時あった子供だ。それからの美鷹の行動は早く舎弟に女と写真の子供について調べさせた。
結果が出たのはそれから2日後だった。
報告書を全て読んだ美鷹はそれをすぐさまシュレッダーへとかける。
内容は全て頭に入れたため紙面としてはもう必要ない。
サツに足がつくような書類は全て跡形も残さない方がいい。
証拠がなければサツも動けないし内容は美鷹の頭のみに入っているため証拠として上がることはまずない。
それにしてもこんな偶然ありえるのか。
信じられないようなものを見たかのように固まる美鷹に舎弟は戸惑ったような声を掛ける。
「あの、カシラ。どうかしましたか?」
「いや。なんでもねぇ。おい、この女に伝えろ。こいつは俺が買うとな」
「か、かしこまりました」
美鷹は数枚ある写真のうち1枚を手にとった。
やはりそこにはあの時にみた少年がうつっている。
いつ取ったのかは分からないが半袖から伸びる真っ白な腕や綺麗な顔には痛々しい傷跡やアザの痕があった。
何もうつさないような虚ろな瞳をするこの子供と何故か過去の自分が重なって見える。
美鷹自身も幼い頃親に捨てられネオンの街を歩いているところで今の組長の親父。前組長に拾われこの世界へと足を踏み入れたのだった。
あの時、拾ってくれこの世界へと導いてくれた前組長には感謝しかない。
美鷹は自分の胸ポケットからタバコを取り出すと肺いっぱいに煙を吸い込むとそのまま吐き出す。
名前は琥珀。
書類によれば年齢は今年で19歳。しかし、高校どころか小学校にすら行かせてもらえなかったらしく、1歩も外へと出たことがないようだった。
それにしてもこの子供・・・琥珀の年齢を見た時は驚いた。写真を見るに13、4あたりに見える。
おそらく、幼い頃からの虐待によるものもあるのだろう。報告書によると体も弱く喘息持ちらしい。
らしいというのも、琥珀には係院どころか今まで1度も病院で検査したという記録がなかったのである。
吸い始めたタバコを吸殻へと押し付けるとふと窓の外を眺めた。
やっと、手に入る。
もしかしたら、ただコイツに自分をうつし重ね同情しているだけなのかもしれない。
自分自身が分からない。
しかしあれは自分のものだ。
そう、今決めた。・・・いや。もうあの日からこうなることは決まっていたのだ。
あの子供。もとい琥珀の意思は関係なく、例え嫌だと言われたとしてもどんな力を使ってでも自分の物にするまでだ。
けれどもしも、琥珀自身が美鷹のモノになると認めるならば、、美鷹を求めてくれるなら何よりも大切にするだろう。近藤に誓った一生を琥珀にも捧げるのもいい。
無意識にそんなことを考えるほど美鷹は小さな少年を大切に思っていた。まるでそれが当たり前であるかのように
「もう二度と手放してたまるか」
その時、美鷹は違和感を感じた
自分自身で言った言葉のはずが別の誰かの言葉に感じたのだ。
するりと出てきた言葉はまるで琥珀と美鷹が前に会ったことのあるような物言いだったがなぜ美鷹はそんなことを言ったのか己にもわからなかった。
それも1度は琥珀が自分のものだったような・・・
2度も何度も琥珀とあったのはあの日が初めてで、手に入れた覚えも手放した覚えもない。
しかし考えたところで、無意識にポロリと口にしていた言葉の意味が分かる訳もなく美鷹は早々に考えることを諦めた。
そして何かを覚悟したような神妙な面持ちで美鷹は組んだ足を組み直し、写真を懐へとしまうのであった。
その横顔はどこからみても美鷹ではあるものの何か先程の美鷹とは違い違和感がある。
しかし、この部屋には美鷹1人しかおらずその違和感に気づくものは誰もいなかった。