覚悟の差
『あなたの暮らす街のどこかにきっと。一家に十台ジェネシス家電総合店!』
テレビが多くの家電と共に軽快なBGMでそんなコマーシャルを放送していた。
ジェネシス家電総合店とはその名の通り家電量販店で、その謳い文句通り全国各地のあらゆる街に必ず一店舗は存在している。
そしてこのジェネシス総合店一番の特色は、売られている物全て、炊飯器からパソコン、しかもパソコンはネジを除く全ての内部パーツがジェネシスという会社製である事だ。
家電量販店に売られるあらゆる物を製造、開発し販売を手掛ける正義の味方でもある超巨大企業、それが『ジェネシス』である。
「というわけで、このCMしている店舗の親元であるジェネシスが、今回の黒幕となります」
桐山はARバレット基地内の部屋でテイルとユキに証拠資料と写真を見せながらそう説明した。
「警察がかかわってなかっただけマシと思うべきか……」
全国各地に展開された超巨大企業の名を聞き、テイルはそう呟いた。
「……私この会社あんま知らないんだけど……」
「ああ。まあユキはそうだよな。俺もジェネシス製の商品は一切買ってないし」
テイルの言葉に横で聞いていたファーフが首を傾げた。
「なんで? テイル家電とか超沢山買うじゃん。この会社大きなお店いっぱいあるのにどして買ってないの?」
その言葉にテイルは歯切れが悪そうに唸った。
「うーん……。いや、まああまり正直に言いにくくてなぁ……」
その言葉に桐山は苦笑いを浮かべた。
テレビや新聞で大々的に報道し、どこでも買えるほどジェネシス家電総合店が各街に存在している。
にもかかわらず、ジェネシス製の商品は人気でも販売数でも一位を取った事が未だかつてない。
炊飯器でも、冷蔵庫でもそうであり、人気の高いドライヤーですら良いとこ三位くらいの売り上げ。
悪いものではないのだが、少々値段が高め。
かといって性能が他より高いかと言えば、別段そんな事はない。
少々コストパフォーマンスが悪い位をコンスタントにキープしていた。
特にパソコン関連は顕著である。
あらゆるパーツを、それこそ半導体からすら作っているのだが、正直、買う意味が見当たらない。
ミドルクラスの外国製商品と同性能なのに、輸入コストを含めてもジェネシス製の方が割高となる。
ミドルクラスのパソコンを組む時には値段が足を引っ張り、ハイエンドクラスのパソコンを組む時は性能で選択肢に入らない。
だからこそ、ユキなどある程度機械に詳しい人はその存在に関心が湧かず、知名度は知識量に反比例する。
それでも莫大な売り上げを誇る企業となっているのは、テレビ等を中心に宣伝が非常に多く、恐ろしいほどの知名度を持っているからである。
そんなスタイルの会社の為、リアルの評判と反比例してネット上の評判はボロボロとなっていた。
「んで桐山君。もう少し詳しく情報を頼めないか?」
テイルの言葉に桐山は頷き、資料に示し合わせながら丁寧に報告を進めていった。
改造された後、桐山は十二回も命を狙われた。
大体二日に一度位、多い時は日に二回来た時もあった。
とは言え、己を改造人間とし、更に常にファーフを傍に置いて行動するという徹底ぶりの為以前のような不覚を取る事はなく、その全員から軽々と逃走しきり、同時にファーフがこっそり襲撃者に発信機を取り付けて逆探知を行った。
最初の十回は痕跡が残らないようただの雇われ暗殺者やマフィアだったのだが、後半二回は直接その組織の人間を使った為、見事黒幕付近までたどり着く事が出来た。
総合企業ジェネシス。
表向きは家電関連の会社だが、裏側は兵器の密輸入により利益を出す会社、早い話が武器商人である。
法律的には人道的にも最悪の類で、人類の敵と言っても過言ではないくらいの状況に桐山は眩暈がしそうなほど怒りを覚えた。
とは言え、ジェネシス全てが悪というわけではない。
例えばジェネシストップの社長は、決して善良とは言えないがそれでも悪徳というわけでもなく、極一般的な商売人であり、武器密輸と一切関係がない。
その立場の為真っ先に疑って調べ、実際はそんな事がなかった。
強いて悪事と言えば、キャバクラでのセクハラが少々多く、女性型から嫌われ『アホ社長』と呼ばれている事くらいだろう。
では誰が黒幕なのか……。
残念ながらそこまではまだ特定出来ていない。
ただ、重役の一人だろうという程度の推測は出来ていた。
桐山とファーフが直接確認したのは、兵器を貯蔵している偽装工場と麻薬の輸入現場。
そして、厳重に管理され一切入る事が出来なかった人体実験をしているであろう施設である。
これは復讐とか調査とかそういう次元をはるかに超えており、完全に警察案件、またはKOHOの処刑リスト行き案件なのだが……桐山はそううまく行かないだろうと予測していた。
その理由は二点。
一つは、単純に証拠が足りないのだ。
状況証拠となる写真と資料はあるのだが、その全てがジェネシスと直接結びつかない。
たとえ上手くいったとしても、精々一部のマフィアかジェネシス社員の数人が逮捕されるというトカゲの尻尾切りで終わるだろう。
もう一点が、ジェネシスという組織の立ち回りの上手さにある。
民間的には評判そこそこのジェネシスだが、政府や警察から強い信頼を得ていた。
それは天下りやコネと言った下世話な話ではなく、単純に善良で協力的な会社という意味である。
結構な数の正義の味方のスポンサーになっており、その中には警察関連の正義の味方も存在している。
しかも、自企業としても複数の正義の味方を用意しており、警察への協力も惜しまない。
だからこそ、ジェネシスの評判は相当以上に高かった。
更に性質の悪い事に、やましい事をしている直接の現場、例えば麻薬や兵器の貯蔵庫は何時でも証拠隠滅する準備が出来ている。
通報があった後半信半疑で向かった先に証拠がない。
何て事があれば警察からの疑いの眼差しは今度はこちらに返ってくるだろう。
そうなる可能性は決して少なくなかった。
例外として、簡単に逃げられない人体実験施設を通報するという手段もあるにはあるのだが、その場合は別の、最悪の証拠隠滅をされる可能性がある。
だからこそ、ここを警察に通報する事を桐山は諦めた。
「という事で黒幕としての企業がわかりましたが個人はまだ特定出来ません。この段階で調査して欲しい事、またはしてもらいたい事ってありますか? 何もなければ誰が命令しているか上の人間を探ってみますが……」
桐山の言葉にテイルは苦笑いを浮かべた。
「手を引くって選択肢はないのか」
「ないですね。テイルさんが引いても良いですよ? 後は俺がやりますから」
堂々とそう言い切る桐山に、テイルは大きく溜息を吐いた。
「……いや、手伝うって約束したからな。桐山君。次はこいつを探してくれ」
そう言いながらテイルは鉛筆デッサンで描かれた似顔絵を桐山に手渡した。
「これは?」
「黒幕……とまでは行かないかもしれんが相当黒に近い奴のモンタージュだ。こいつを探れたらそのまま黒幕がわかるやもしれん」
それはエイレーンが覚えていた、二度と忘れないと決めた相手。
自分達を買い、直接人体実験を指示し、そして姉を殺した相手だった。
「……わかりました。ジェネシスにこの顔の人物がいないかを最優先で調べます」
「うむ。こっちもちょっと動くから騒ぎになる可能性がある。その時は用心してくれ」
「それは良いですが……何をするつもりですか?」
「ああ。今後の事を考えたら……黒と白の判断を付けないといけないと思ってな……」
テイルは遠くを見ながら辛そうにそう呟いた。
ノックの音を聞き、エイレーンは自室の扉を開けた。
そこに立っていたのはテイルで、しかも珍しくたった一人だった。
いつも誰かと一緒にいるエイレーンは首を傾げ、小さく悪戯っ子のように微笑んだ。
「どうかしましたテイルさん。もしかしてデートの誘いですか?」
だがテイルは酷く真剣な表情のまま、そっと首を横に振った。
「大切な話がある。二人だけの大切な話だ。部屋に入れてくれるか?」
いつもと違う様子に少し怯えながら、エイレーンは首を縦に振りテイルを部屋に入れた。
「それで、大切な話って何でしょうか?」
「ああ。……しつこいようだが、復讐を諦める気はないか?」
テイルの言葉にエイレーンは沈黙し、そして下を向いた。
それは悩んでいるというよりは、自分に語り掛けているようであった。
「学校にも行く準備も整っている。ぶっちゃけ悪い事だが、肉体年齢を二、三年分戻す事も俺なら出来るぞ。既に住む場所も学校の候補先も検討中だ。卒業後、その肉体の所為で将来的に仕事に困るかもしれんが……その時は俺が責任をもってお前を好きな職業に努めさせてやる。だから……」
それはエイレーンが望む最良の未来だろう。
生まれたこの方得る事が出来ないこの国の普通の……エイレーンにとっては理想で最高の生活。
文句の付け所もない最高の幸せで、間違いなく姉もそうする事を望むだろう。
エイレーンもそれがわかっているし、更に言えば……幸せを半ば掴んだ為か、確かにエイレーンの中にあった強い復讐の意思は薄れていた。
「本当にありがとうございます。私の為に言っているってわかって……もし何もなければテイルさんに惚れていたかもしれません」
「……何もなければの意味もわからんし歳の差十以上違い相手に惚れたら駄目だろうが」
「ふふ。愛さえあれば何とやらです。ま、もう無理ですけどね」
そう優しくて、姉のように接して勉強を教えてくれるユキを見た後で、テイルに愛情を持つ事はエイレーンには不可能だった。
「本当にありがとうございます。……だからこそ、ごめんない」
エイレーンはぺこりと頭を下げながらそう呟いた。
確かに、復讐をしようという強い意思は薄れている。
だがそれでも、そうであっても――駄目だった。
テイルは何も言わない……いや、言えなかった。
「わかっているんです。ただのわがままだって。でも……それでも……目を閉じると姉の顔が出てくるんです。忘れられないんです。このぐちゃぐちゃな感情が怒りなのか何なのかもわかりません。でも……それでも……」
ぽたっぽたっと雫が落ちる音を立てながら、言葉に出来ない気持ちを説明しようとするエイレーン。
だが、どうやってもそれを言葉にする事は出来なかった。
「……覚悟はあるか?」
「覚悟……?」
ごとっとテーブルに何かが置かれた音を聞き、エイレーンは顔を上げる。
それをエイレーンは初めて見たが、それでもそれが何なのか理解する事は出来た。
黒光りするエル字型の道具。
それは拳銃だった。
「自暴自棄は許さない。復讐の為に、明日に生きる為に人を殺す覚悟はあるか?」
テイルの言葉にエイレーンは目を閉じ、大切だった姉の姿を見て――拳銃を握った。
「ごめんなさい」
「……謝らんで良い。地下に射撃訓練場がある。ユキから撃ち方を学んでおけ。――近いうちに、その場を俺が必ず用意してやる」
そう言ってテイルは部屋から立ち去っていった。
自分の所為でテイルを苦しめている。
それがわかるからこそエイレーンは強い罪悪感にかられる。
「あの人は、きっと私が人を殺すだけで苦しむ。あの人だけじゃなくてここにいる皆がそうだろうな。うん、それでも……それでも……」
泣きながらの情けない表情だが、そのエイレーンの瞳には、確かに決意が込められていた。
ありがとうございました。




