もはやそれは探偵ではなく
「まあさ……俺自身普通じゃない自覚はあるし、俺の親に至っては完全に人外の領域で、その発想も思考も、行動すら人のソレじゃない」
テイルがしみじみとそう語ると、それを聞いていた桐山は微笑んだ。
「そうなんです?」
「ああ。特に母親はな、外国の電気もないような奥地で空中浮遊しながら己を磨いている」
「……そのうち光りそうですね」
「後光的な意味ですねわかります。ま、そんなわけで普通じゃない奴ってのはそこらに転がっているが……正直お前ほどおかしい奴を俺は見た事がないぞ」
テイルが桐山に対してそう呟くが、相変わらず桐山は微笑んだままだった。
『俺を改造してほしい』
術後桐山がテイルに対し放った最初の言葉がソレだった。
「それで、どうしてそんな発想になったのかもう一度、最初から説明してくれ」
テイルの言葉に頷き、桐山はユキの方を見た。
「まず、俺の治療は三か月ほどかかりますよね?」
その言葉にユキは頷いた。
「ええ。正直これでも破格よ? 三発も弾丸喰らって靭帯まで切ったのにリハビリ込みで三か月って異様だからね?」
「本当ありがとうございます。で、逆に言えば三か月は病院から出れないという事ですよね?」
「当然」
テイルとユキは声をハモらせながらそう返した。
「それだと依頼が達成できないじゃないですか。だから改造してください」
そんな、当然ですよねと言った表情で尋ねる桐山。
ちなみに、受けている依頼はテイルからのもののみである。
「……いや、どうしてそうなるんだよ」
テイルは盛大に溜息を吐いた。
「一つ、最低限の処置しか施さない戦闘員への改造でも俺は日常生活が絶対に送れない奴にしか施していない。一つ、これ以上お前を危険に晒したくない。最後に一つ、ファーフと共に幸せになって欲しい。だから改造する気はないし……それにな、もう無理をする必要もないんだ。巻き込んで悪かった」
テイルが申し訳なさそうにそう言うと、桐山は苦笑いを浮かべた。
「んー。どうしても駄目です?」
「……人体をいじる行為だからさ、取返しが付かないんだよ。真っ当な人でなくなるという事はそれだけで選べる職業すら減る。法の保護からも一歩分普通の人より外れるから場合によっては冤罪で捕まる事すらあるだろう」
「でも、職業に関しては探偵だったら関係ないですし、ファーフちゃんと同じ扱いになるだけですから俺の体そうなっても別段トラブルは増えませんよ。ファーフちゃんも別に気にしないし」
その言葉にファーフは頷いた。
「私はやりたい事やってくれてるなら何も言わないよ。でも、死んだら追い掛けるからそれだけは覚えていて」
「うん。だから俺は絶対に死ねないんだ。……その為に、少しでも早く、戦う力が必要なんだ」
「……」
テイルは何も言えなかった。
「正直な話をしますとね、俺、探偵として負けたんですよ。尾行しているつもりが逆に尾行され、連れ込まれて殺されかけて」
「……ああ。だからもう無理は――」
「そうじゃないんですよ」
「む?」
「俺は負けたんです。そして、負けっぱなしってのは性に合わないんですよ。……探偵は最後に勝たないといけないんだ。誰かの笑顔を守る為に――」
最初はただの、ドラマへの憧れだった。
恰好良い探偵に、人々のヒーローのような探偵になりたかった。
だけど、今の桐山に憧れの感情はなかった。
自分は探偵という手段を持って、少しでも人々の笑顔を取り戻したい。
それは憧れではなく、桐山にとっては夢という名の願いだった。
「……俺を説得したいならもう一手必要だな」
「改造人間で探偵って、格好良くないですか?」
そんなテイルのツボを知り尽くしているとしか言えない一言に、テイルは真顔となった。
「……確かに」
そう答えた瞬間、テイルと桐山は二人で笑いあった。
「ああでも、俺正義の探偵になりたいんで場合によったら敵になりますね。それでも良いです?」
桐山が冗談めいてそう言葉にすると、テイルは不敵な笑みを浮かべた。
「好きにするが良い。相手になってやろう。……改造人間に裏切られ敵対するってお約束、俺は大好物だ」
その言葉に桐山も頷き微笑んだ。
「あ、テイル。この人を改造するのは全然良いけど、子種とかどうなるの? なくなるのは困るんだけど」
ファーフからのドストレート直球にユキは赤面し桐山は苦笑いを浮かべ、テイルは真顔で答える。
「問題ないぞ。むしろ常人よりも健常、ようするに健康体だから確立で言えば上がるくらいだ」
「じゃ良いや。テイル――桐山が死なないように改造してね」
そんなファーフの心からの願いにテイルは苦笑いを浮かべた。
「死なないってのは難しいな。だが……襲撃されても生き延びるような方向性で行こう」
その言葉にファーフは頷いた。
「というわけで、調査の再開をしたいので少しでも早くお願い出来ます?」
「……いや、俺達が後引き継ぐから」
「いえいえ。俺の仕事は誰にも譲れないので。代わりに改造終わったらすぐにでも取り掛かりますよ」
「……はぁ。ユキ。手伝ってくれ。少しでもスケジュールを詰めたい」
ユキは楽しそうに頷き、二人はそのまま病室を出て行った。
「ファーフちゃん。悪いんだけど俺の改造が終わったら手伝ってくれる? ああ言った手前恰好悪くて申し訳ないんだけどさ、一人だと手が足りそうにないんだ」
「ん、良いよ。手伝ってあげる。一緒に探偵やろ」
そう答えるファーフに桐山は優しく頭を撫でた。
テイルが歩行が困難で治療の目途が立たない人を改造するのは、これが初めてである。
そして、改造という表現をしているが実際する事は怪人化の一種で、それはファーフの頃のトラウマを刺激する行為だった。
だがそれでも、自分の感情に立ち向かってでもテイルは桐山の改造をすべきだという事を理解していた。
理由は単純に、ファーフの為である。
もし今回の事件で桐山が怯えてくれたのならこんな事にならず、一般人として幸せになるという選択肢が存在していた。
だが、桐山はあろうことか怯えすら見せず、それどころかノンブレーキのままアクセルを更に踏む混む気でいる。
それがヒーローであるなら最高かもしれないが、旦那として見たらあまりよろしくない。
何かあった場合一人になるのはファーフだからだ。
その上で、妻であるファーフも彼を止める気は一切なかった。
そう、桐山の性格は文句の付け所のない正義の味方だった。
であるならば、例え何があろうとこれからも間違いなく危険に足を突っ込むだろう。
それ以前に、もし改造しないとテイルが言ってもボロボロの体を引きずり今回の依頼を果たそうとすらするはずだ。
『この手のタイプはどうせ何を言っても聞かないだろう』
そんなテイルの中にある諦めの心が、今回の改造計画にゴーサインを出した。
彼の幸せの為、彼がこれから救うであろう多くの人達の為……。
そしてなにより、友の忘れ形見であるファーフを幸せにする為に――。
「見た目は何も変わりませんね……」
一月後、培養カプセルから出た桐山は何の変化もない自分の体を見ながらぽつりと呟く。
体が熱くなるとか力に漲るとかいう事もなく、それ以前に服すら着たままであった為、少々肩透かしとなっていた。
「まあスペックとちょっとした能力以外は元のままだからな」
「……スペックはどんな感じです?」
「ああ。結論だけ先に言おう。スタミナ特化で能力は目関連だ」
そう言った後、テイルは千枚を超える膨大な数の紙束を指差した。
「……読むのに三日くらいかかりそうですねぇ」
「たった三日で読めるのか……」
テイルはそう言って呆れながら、簡単に桐山に施した改造、その千枚分の紙に書かれた内容を簡潔に説明しだした。
探偵を改造するにあたって、テイルには一つ大きな問題があった。
それは、テイルの頭の中にある探偵像は犬のロボットだったりBでDで七の少年達の探偵団だったりと少々無茶がある存在だった事である。
流石にこれをモチーフにして改造したらどうなるかわからない。
その為、桐山の好きな小説やドラマを見て研究する事にした。
その結果、テイルは一つの結論に達した。
『探偵とは体力勝負である』
某有名ファンタジー漫画に出て来る、漫画中成長したキャラクタートップ三に入るほどの大成長を遂げたキャラクター。
その人物の師匠から言われた言葉である『魔法使いは常にクールでいなければならない』と同じように、どれだけの極限状態であっても、心は熱く、それでいて冷静沈着に努めなければならない。
それこそが探偵であると、テイルはドラマの世界から学んだ。
だからこそ、テイルは桐山の改造を筋力や速度を特化させず、疲労時や追い詰められた時など、いつどんな時でもクリアな思考でいられる持久力特化という地味なコンセプトに決めた。
その時ユキにも相談してみたところ、それで良いというお墨付きが得られた。
『今回の応急処置のように頭さえ動けば割と彼は何でも出来るからそれで正解』
だそうだ。
それともう一つ、持久特化に改造した理由はファーフにあった。
テイルが桐山に臨む事の一番は、ファーフを助ける事である。
テイルの作った怪人零号であるファーフは、稼働当初は怪人のノウハウもなく、しかも設備も揃っていない中の無理やりな改造だった。
その為、今現在であっても原因不明な謎の奇病や何でもないのに吐血をしたりと死にかけた回数は両手の指では足りないほどだった。
そしてその代わり、ファーフはテイルの作った怪人の中で特別高性能となっていた。
後に八人製造した今でさえも、カタログスペックでファーフを超える者は作れていない。
五感全てが非常に優れ、特に耳と目は人では決して及ばない程だった。
怪獣化した雅人は例外だが、単純な力はテイル製造の怪人達の誰よりも圧倒的で、足の速さやしなやかさなどは猫の特性からかかなり特殊で圧倒的な性能を誇っている。
そんなカタログスペック最強のファーフだが欠点が全くないわけではなく、猫の特性か怪人としての失敗からか、原因は不明だが持久力だけは異常なほど低かった。
日常生活に影響を及ぼすほどではなくまた回復も早いのだが……それでも戦闘を行う事を考えると、大きすぎる欠点だった。
ジョギング五キロほどで限界が来る程度の持久力を補う事は非常に難しい。
その代わりにテイルは、ファーフを抱えて数百キロ全力で走り続けられるほどのスタミナを桐山に持たせる事にした。
逆に言えば、持久力以外の全てをファーフは持っている為無理に桐山にさせる必要もない。
だからこそ、テイルは桐山の能力を視力関係にした。
ファーフのように遠くを見るのではなく、見えないものを見る。
それが桐山に備えられた能力だった。
それは別に霊とかそういう話ではなく、本来人間の可視光線外である赤外線や、暗視という意味であり、能力の調整次第ではベクトルの向きや魔力の目視、更に言えば建造物の透過まで可能なのだが……どこまで出来るかは桐山本人の資質次第である。
他の怪人化と違い、桐山の脳には一切手を加えていない為その辺りは全く未知数だった。
「というわけで、全体的にはかなり優れた人くらいはあるけど一般人よりちょい優れた、その程度のスペックと化け物級のスタミナに疲労耐性、そしてやろうと思えば何でも見える目。それが今の桐山君のスペックとなっている」
「――なるほど。完璧なご配慮ありがとうございます。ファーフちゃんの出来ない事をサポートする性能というのは、確かに理に叶ってますね」
「うむ。というわけで本来なら体の調整やテストも兼ねてしばらく安静にしてほしいのだが……どうせ言っても無駄で、このまま行くんだろ?」
テイルの言葉に桐山は頷いた。
「ええ。もう一月も依頼を放置してますから。それに……」
「それに?」
「俺が殺されかけたのって事は、その尻尾を踏んだって事になるじゃないですか。だから、調査はそんなに時間はかからないと思います。今度は吉報をお待ちください」
「……頼むから無茶はしないでくれよ?」
その言葉に桐山は微笑んだ。
「今度は大丈夫ですよ」
「どうしてだ? 怪人でも死ぬ時は死ぬぞ?」
「いえ、今度はファーフちゃんと一緒に頑張りますから。それなら俺達は無敵ですので」
そう言ってから、桐山はその部屋を立ち去っていく。
「……ああ、ナチュラルに惚気られた」
テイルは自分が独り身である事に溜息を吐いた。
ありがとうございました。