善意を押し付けるセルフィッシュ共
エイレーンは泣き止み、落ち着いた後でぽつぽつと己の事情について語り始めた。
「実はね……私、人間じゃないの。ううん……。正しくは、人間だった何かになっちゃったのかな。怪人らしいんだけど……良くわかんないや。一つだけ確かなのは……今の私は人ではなくて、ただの化け物って事だけね」
そう言って己に対し嘲笑を浮かべるエイレーンに、皆は同情の目を向ける。
それは怪人となった事にではなく……エイレーンが怪人であると知っていたけど言い出せずいてしまったせいでエイレーンをピエロにしてしまった事に対してだった。
そしてユキ、クアン、ファントムはテイルの方に早く説明するよう視線を送り、テイルは申し訳なさそうに話を切り出し始めた。
「えっと……すまんなエイレーン。実は……俺達皆知ってたんだ」
その事を聞いたエイレーンは少しだけ驚いた後……苦笑を浮かべる。
「そか……うん。そうよね、クアンとかファントムとか、私みたいな紛い物じゃなくて本当の怪人もいるし、テイルはそういうの得意だもんね……はは……私馬鹿みたい」
エイレーンと同じような紛い物の怪人もいる……と言いたかったが、話がこじれそうだからテイルは黙っておいた。
「……んじゃ、これは知らないよね? 私は怪人になる為に改造されたんじゃなくて、データ取りの為に人体実験をされてきたモルモットなんだって。だからさ……私にはもう寿命がないの……たぶん、あと半年もないわ」
真剣に、ぐっと何かを堪えてそう言葉を綴るエイレーンに、テイルは非常に申し訳なさそうに呟いた。
「えっと、それも知ってる」
「そか……。ああ、だから皆私にあんな優しくしてくれたんだね。ふふ。本当良い人達」
そう言ってエイレーンは幸せそうに微笑んだ。
「いや……うん。言いにくいんだが……寿命の問題ももう改善してるぞ」
「――ふぇ?」
「この基地に来てから調子が良いだろ? 初日でぐちゃぐちゃな部分は全部俺が治したから、今のお前はただの人で、ただの怪人でしかない」
「――ふぁ?」
エイレーンは鳩が豆鉄砲を食ったような……目を丸くし口を半開きにして茫然とするとんでもない間抜け面のまま、ぷるぷると謎の振動を繰り返しながら固まったままになった。
「……ほら。テイルが早く言わないからこんな事に」
珍妙な置物と化したエイレーンに同情しながら、ユキはテイルを肘で小突いた。
「だ、大丈夫ですから。ね? これから元気で長生き出来ますからね? ね?」
クアンも必死にエイレーンを慰めるがぷるぷるしたままで、再起動には非常に時間がかかりそうだった。
「……早く言ってよ……」
再起動後最初のエイレーンの言葉がそれだった。
「いや、怪人だって隠してただろ? 言われたくないかと思って」
全くの正論で返されエイレーンは頬を赤らめぷるぷると震えだした。
「ハカセ! またエイレーンさんがマナーモードになるじゃないですか!?」
ユキはそんなクアンの言葉に笑いを堪え、マナーモード扱いされたエイレーンは更に顔を赤らめリンゴの様になっていた。
「……お前の言葉の方が切れ味鋭いぞ」
テイルの言葉にクアンは驚き、エイレーンに申し訳なさそうにぺこりと謝った。
「いや、面白おかしいのも悪くないが話が進まない。だから無理やり話を進めるぞ。良いな?」
テイルの言葉にエイレーン含め全員が頷いた。
「まず俺の知っている事なんだが、エイレーンの体の改造は俺が論文で公表した物と俺がその論文を作る際資料元にした人の論文データが大いに含まれていた。実験最後の方はほとんど俺のやり方と同じだったな。だから治療自体は非常に簡単だったぞ」
「え? そうなの?」
エイレーンは驚きそう尋ねテイルは頷いた。
「ああ。だからエイレーンもクアンやファントムを一目で怪人と理解出来て、ついでに何か共感性のような……そうだな……外国で同郷の人に合うような感覚なかったか?」
「ああ……うん、確かにあったわ。……同じく人ではない物だからそう思っていたけど……そうじゃなくて同じ技術が使われているからなのね……」
「というわけで、俺の知ってる事はこの程度だ。さ、エイレーン。次はそっちの事情を説明してくれ。悪い様にはしないから」
他の人が言えば、きっとうすっぺらい言葉だと思うだろう。
だが、エイレーンはそんなテイルの言葉を信じる事が出来た。
基地に侵入して暴れた馬鹿にずっと優しくしてくれたのだ。
信じないわけがなかった。
目鼻立ちが整い髪の色が金髪という事でそうは思われないが、エイレーンは貧乏な場所の生まれである。
家や地区が貧乏ではなく、エイレーンの生まれたその小国自体が貧乏な為、それはどうしようもない事だった。
そして、その国では貧困が当たり前であった為皆が共に不幸であった。
特に、貧困で飢え死ぬ事が当たり前で不幸と思っていない事が何よりも不幸であっただろう。
幼き頃のエイレーンもまたそういった暮らしが当たり前で、何人も野垂れ死んだ人を見ていたから自分の事を特別不幸だとは思っていなかった。
むしろ、自分は幸せであるとさえ思っていた。
そこそこの容姿を持っているから隣町の女性みたいに他国の金持ちに買われる可能性もあるし、そうでなくとも、将来体が成長すればここを離れ体を売れば食うに困らない生活くらいは出来るだろうと考えたからだ。
ただ命を繋げる手段を持っているだけで周りよりは幾分以上にマシな現状だった。
だから、自分を売り払った両親を……エイレーンが恨む事はなかった。
むしろ仕方ないだろう。
目の飛び出るような金額を積まれ、それこそ町全員が飢えないほどの金を提示されて断れるような心の余裕なんてエイレーンは自分を含め知っている限り誰一人持っていなかった。
それは今よりおよど十年前、エイレーンが六歳の時だった。
びっくりするほどの大金を提示し、未成年を買う中年の胡散臭い男。
エイレーンは最初酷い変態なんだと思った。
だからこそ、チャンスだとも思った。
ご機嫌取りを繰り返し誠心誠意付き従えば嫁は無理でも愛人くらいになって、多少は幸せな生活が出来るかもしれないと思ったからだ。
だが、そうはならなかった。
幸か不幸か……その男は女性を性的な目で見る事はなかった。
その男に連れられて移動した先はまっしろい部屋に真っ白い服をした男達。
そしてどこもかしこも同じような不快な匂いで包まれていた。
今はそれが消毒液の匂いだとわかるが、その時はわからずとにかく気持ち悪かった。
だが、消毒液の香りなどすぐに気にならなくなった。
ここに訪れた次の日から地獄が始まったからだ。
良くわからない液体を飲まされ、注射で体に入れられ、時に手術で体を開かれ、場合によっては体に機械を埋め込まれたり……。
それでようやく、男とか女とかそんな話ではなく、人として扱われていないと理解出来た。
痛みと苦しみと体が変調する恐怖で気が狂いそうになった。
突然己の指が痛みもなくぽとりと取れたと思えば、次の日には指元通りになり、また別の日には指が増えている。
それが薬の影響なのか幻覚なのかすら理解出来ないほどに、判断力も低下している。
その時の事で一つだけ確かなのは、自分の外見は変わってなくても中身は醜くなりきったという事である。
「それでもね……私は我慢する事が出来ていたわ。死が間近にあった子供自体の事を考えたら実験さえ我慢すれば好きに本を読む事も出来たし、今すぐ死ぬわけではないだけで、食うに困っていた村の頃よりもマシだったもの」
「つまり、何か我慢出来ない事があったから脱走したという事か?」
テイルの言葉にエイレーンは頷き、そして微笑んだ。
「うん。我慢出来たのはね……その時私が一人じゃなかったからよ。彼女の名前はアイリーン。一つ上の私のお姉ちゃんで、いつ、どんな時でも一緒だったわ」
その言葉だけで、彼女がどうなったのか皆理解出来た。
容姿だけでなく、体質や性質が良く似ていた為だろうか、二人は同時に施設に引き取られ、そして二人は全く同じように扱われた。
同じ変化が起きればそれで良し、違う変化が起きればその原因を探りデータを取られて行く。
そんな実験生物として非常に有用な二人は同じように苦しみ、それでも互いに励まし合い苦しみを乗り越えていった。
一緒に勉強して、いつか逃げ出そう。
それが無理でも、一緒に死のう。
それだけが二人の心の支えだった。
だが、そうはならなかった。
二人ははなから適当に改造を繰り返しそのデータを収取する事だけが目的で生かされている。
だが逆に言えば、高い買い物ではあるが使い捨て前提の扱いであり、最後まで使い潰すつもりでモルモットとしていた。
そして、訪れた最後の時は姉の方が早く来てしまった。
「アイリお姉ちゃんはね……とても人とは思えないような容姿になった後意識を失って暴れまわり……そのまま……」
エイレーンの口からその先が言われる事はなかったが、皆察する事は出来た。
テイルはアイリーンとエイレーンの変化の差異をエイレーンから語られる中から予想する事は出来た。
おそらく、きっかけは三年前に提出した自分の論文だろう。
権威もコネもない若造の論文で正しい保証はどこにもないが、試してみたいくらいには価値がある。
だからその実験結果として、終わりかかった二人の検体のうち片方にだけ論文の通りに改造を施した。
そうテイルは予想した。
テイルは作る怪人に極端なまでに人型に近づけようとする癖があり、その為か全ての怪人に副次効果として人型に保とうとする性質が追加されている。
それはつまり、人から離れようとする改造に対して耐性があるという事だ。
あくまで予想だが、テイルは二人の明暗が分かれたのは自分の論文を使ったかどうかだと考えた。
ただ、それは当然口にするつもりはなくそのまま墓に持っていくつもりである。
自分のデータで生きたから感謝しろという気もなければ、自分のデータを使わないから姉は死んだなどと追い打ちをかけるような事も言いたくなかった。
「それで……一人になって私はしなければならない事が出来た。だからタイミングを見計らって暴れて逃げ出したわ。その時に私の肉体データをちらっと見たけど……良くわからなかった。わかったのは私が人なのは外見だけで中身は全て別物になっている事と、私の寿命が残り一年もないって見積もられた事くらいね。……これが私の事情よ」
「……そうか。エイレーン、君の目的は……」
テイルの言葉にエイレーンは頷いた。
「そう――復讐よ。私は実験台になっても良かった。複数の男に犯されても、どんな屈辱的な事でも、苦しい事でも我慢出来た。でも……私から姉を取り上げた事だけは……姉の最後をあんな事にして平然としていた奴らだけは……私は絶対に許さない」
そう語るエイレーンの目は怒りに染まり切っており、その様子を見てテイルは溜息のようにゆっくりと息を吐きだした。
「ありきたりだが、復讐なんて無意味だ。君も自分の体に頓着しないように、きっと姉も自分よりも君を大切にしていただろう」
「うん。きっとそう。アイナお姉ちゃんは優しいお姉ちゃんだったから」
「それに、はっきり言うが相手はとんでもなく巨大で組織的な犯行をバレずに行うというかなりやばい相手だ。どうにか出来る可能性はほとんどない」
「うん。気づいたら私犯罪者扱いで追われてるもん」
「密入国者になってるな」
「はは。私の国海に面してもなければ飛行機もないのにね」
エイレーンはそう言って乾いた笑いをしてみせた。
「復讐なんて愚か者のする事だ。ただただくだらなくて、しかも自己満足すらも得られない」
「でしょうね。今の私には明日があるし」
「そう、だからこそ、己の貴重な時間を復讐なんかに費やす必要はないんだ!」
声を荒げ熱弁するテイルに、エイレーンは嬉しそうに微笑んだ。
全力で熱弁するテイルを見て、クアンは非常に驚いていた。
それはテイルが怒鳴るように声を荒げている事ではなく、テイルが他人を徹底的に否定しきって落とし込む発言をしているからだ。
そんな事、今まで一度たりともなかった。
確かに、クアンもエイレーンには復讐を止めて欲しいという気持ちを持っている。
だが、たとえそうだとしてもエイレーンの気持ちを否定する事は出来ない。
大切な人がいなくなった時の悲しみと怒りは、他人には絶対に理解出来ないからだ。
「うん。私の為に言ってくれてるが良くわかるわ。ありがとう。でも、それでも私は復讐するって決めてるから。そう、たった一人でも。……巻き込む気はないから安心し――」
「――まあ待て。誰も手伝わないなんて言ってないぞ」
「え?」
その言葉に驚き、エイレーンはテイルの方を見つめた。
「たった一つだ。その条件さえ満たせばARバレットは手を貸そう」
まるで最初からそう決めていたように、テイルは堂々とそう言葉にした。
「何でもするわ。跪いて足を舐めろと言われたらそうするし、体を切り落とせと言われたら笑顔で切り落とす。どんな事でも、何でもやって見せる。だから――」
「えぐいわ。そんな事要求せんから安心しろ。俺の要求はたった一つ。ただし、これにきっちり答えられるようにならない限りは死んでも手伝わん」
「うん。テイルならきっと酷い事言わないよね。んで、私は何をしたら良いの? こ、恋人でも良いよ?」
その言葉にユキは鷹のような目となった。
「急に可愛い事言うのやめい! ……ごほん。良いか、良く聞けよ? これに答えられるなら手を貸す。復讐を遂げた後、何をしたい?」
「え? ああ。終わった後の私の身柄の事か。好きにして良いよ。重労働でもそれなりにこなせるし、体を売る事にも本当に抵抗ない。ここの人達の為ならどんな事でも喜んで――」
スパーン!
テイルはどこからともなくハリセンを取り出しエイレーンの脳天に叩き込んだ。
「へ? へ? 何? 何それ?」
音に驚いたエイレーンは両手で頭を抑えながら驚愕の表情を浮かべる。
「はー全く……逆だ逆。終わった後、自分が心からやりたいと思う事を用意しろ。そしてそれを全力で目指せ。それが出来ないなら一切手伝わん」
そうテイルが語るとエイレーンはポカーンとした顔を浮かべた。
そして少し考えた後、エイレーンはぽつりと呟いた。
「そんなの……急に言われても思いつかないよ。私さっきまでもうすぐ死ぬって思ってたから」
「なあに。時間はまだまだある。だからゆっくり考えろ。それが出来たら、俺達は手を貸す」
テイルの言葉に合わせ、その場にいた全員がエイレーンに向かって頷いた。
「……うん。考えてみる。一端部屋に戻るね。大丈夫。逃げる気はないから」
「安心しろ。その腕輪付けてる限り逃げられないから」
最初の頃に付けられた腕輪には発信機とバイタルチェック機能でなく、緊急時鎮圧する為の麻酔も内蔵されていた。
「ああ怖い怖い。……うん。自分の事もさ……もう少し真剣に考えてみる。アイナお姉ちゃんが生かしてくれた私だもん。無駄にしたら駄目だよね」
エイレーンは涙目のまま微笑み、目元の涙をぬぐい自分の部屋に戻っていった。
「……クアン。一人だと不安だろうし傍についてやってくれ。一人になりたいって言うなら別だが、だぶん今は人恋しいだろう」
「はいハカセ! 行ってきます」
最初からそのつもりだったのだろうか、クアンはエイレーンに追いつくよう早足ですぐ移動を始めた。
「……ふー。さて、ああ言った手前だが、どうする? お前らは引いても良いぞ?」
テイルはファントムとユキにそう言葉を残し、ファントムは笑顔で首を横に振り、ユキは挑発的な笑みを見せた。
「手段を選ばない方が私は使える人間よ? それに、テイルはもう手伝う気でいるんでしょ?」
「……ああ。他人事ではないからな」
「……復讐したい人がいるの?」
「いや、そうじゃない。俺にそんな相手はいないさ。ただ……いや、また近いうちに話そう」
「うん。んじゃその時にまた教えてねすっごい気になるから」
「ああ。それで、さっそくやっかいな人体実験集団を調べる事になったのだが、ユキ。情報はあるか?」
「……前調べた警察とか移民局とかのホームページを元にして、ネット上でエイレーン・ノースという名前で徹底的に調べてみたわ。……ただ、人体実験を行うような組織との繋がりはまーったく見えない。隠れ蓑があるんだろうけど……今度は候補が多すぎてわからないわ」
「そりゃそうだ。最悪国が人体実験……と思っていたがその可能性はなさそうだからまあそれだけは安心だな」
「そうなの?」
「ああ。国が人体実験するなら俺程度の論文を使わん。もっと有意義で、そして危険な研究をするさ。俺の論文はほとんどが人体実験なしで確認出来るからな」
「なるほどねぇ。んで、一応ちょっとした情報はあるけど……たったこれだけだけどね」
そう言いながらユキはA4の紙を三枚ほどをテイルに見せた。
「そうか。んじゃ、それを元に専門家に頼もうか。最近そういった仕事をしだした情報の専門家に」
数か月ほど前に起きた騒動を思い出しながらテイルはそう呟き、ニヤリと笑った。
ありがとうございました。