本当の非常識人
エイレーンは決意した。
こんなただただ世話になっている状況では自分の望みは叶えられない。
最低でもテイルという中心人物に取り入る、出来たら篭絡までしておきたい。
だからこそ、今必要なのは攻めの一手であると――。
故に、エイレーンは決意した。
この身を捧げるという最も効率が良いと本人が思っている手段を実行すると――。
「というわけで、何も返せないので体で返しに……えと……その……来まし……」
そう言いながらノックもせずにテイルの部屋に入ったエイレーンは、危機を察知してくるっとUターン。
そしてそのまま立ち去ろうとして……背後から強く肩を掴まれた。
「まあ待ちなさいよ。せっかく来たんですから……要件を聞くわよ。ねぇ……エイレーンさん」
強い力で全く動けないエイレーンは、震えながらそっと後ろを振り向く。
そこに立っていたユキは満面の笑みなのだが、感じる圧力は決して好意的なものではなかった。
「……お……お邪魔するつもりは……」
「いや……むしろ良く来た――」
テイルもまた謎の威圧オーラを発しながらエイレーンの傍に移動し、掴まれている肩の反対側を、テイルが掴んだ。
「テイル。まずは彼女の要件を聞く事からよ。こちらの要求は後にしなければ……」
「なるほど。それは正論だ。それでエイレーン。用事は何かな?」
そう言いながら、二人はじーっとねちっこい視線をエイレーンに向けた。
――なんか……早く要件言えという強いオーラを感じる……。
理由はわからないが、二人は明らかに常軌を逸した態度である。
最初は二人の時間を邪魔したから怒ってると思ったのだが、どうもそうではないらしい。
むしろ二人とも自分を歓迎しているフシさえあるくらいだ。
ただ……歓迎は歓迎でも何か普通の歓迎ではないらしい。
サバトの生贄を求めるような……または道連れを作るような……。
そんな雰囲気がこの空間から醸し出されていた。
そんな不安定かる理解出来ない雰囲気の中で『夜這いに来ました!』などと言ったものならどんな化学反応が起きて酷い結果になるか予想すら出来ない。
時々ユキの目が怖くなるからユキの前ではエイレーンはテイルに色目を使わないよう心掛けてさえいた。
そのユキだけでなくテイルすら変な状況に怯え、エイレーンは必死に頭を回転させる。
そしてその結果、他愛無い話にシフトさせるのが正解だろうという答えを導き出した。
幸か不幸か、いつも体でとかは言っているが本気にされた事がないから今回も冗談と受け取ってもらえるだろう。
「いえ。凄く失礼で言いにくい事なのですが……」
「気にせず好きに言ってくれ。出来る事と出来ない事はあるがな」
「はい。では……やはり部屋にずっといるのも退屈ですので何か娯楽的な物を貸していただけると……」
それはテイルが幼稚な子供向けの玩具が好きだと聞いていたからの一言である。
取り入る為にも同じ趣味がある方が楽だしご機嫌取りにも便利だろう。
その上で、日常の延長上らしき話をしにきたと思わせる事が出来る。
妙に恐ろしい雰囲気を出している二人に対抗する為に考え抜かれた、エイレーン最高の一手と言えるだろう。
ただし、現状でその一手は、最悪最低で状況を悪化される一手であった……。
テイルとユキはニヤリと笑みを浮かべる。
邪悪で、やけが影が強い普段の二人からは想像も出来ない非常にネガティブな笑み。
そんな笑みを浮かべたまま、テイルはエイレーンの背にあるドアをそっと閉め鍵を掛ける。
「うむ。そうかそうか。じゃあ女性が暇をつぶせるようなものを今度部屋に用意させる。そして、今から二人で鑑賞会をするところだったんだ。暇なら丁度良いな一緒に見ようじゃないか!」
「そうね。さすがに今すぐあなたの為に色々準備するのは難しいしね? 今日のとこは私達と一緒に映画を見ましょう!」
二人はエイレーンを部屋奥に引っ張り、横長いソファの中央、一番テレビが見やすい位置に座らせた後二人もその両隣に座った。
それは両脇を固めて脱走するのを阻止しているようにエイレーンは感じた。
――なんだろこの……お前だけは逃がん的な雰囲気は……。
不穏な空気を感じながらのエイレーンの前に、ことっと何かが置かれる。
それはピーチ主体の缶チューハイだった。
よく見ると二人の前にも同じようにそれぞれお酒が一本ずつ置かれていた。
「め、めずらしいですねお酒って」
食卓で一度も飲んでいるところを見た事がない為エイレーンはそう尋ね、ユキは何とも言えない笑みを浮かべる。
「どうしても辛くなった時用よ」
「え、あ、はぁ……」
良くわからずエイレーンは曖昧に頷く事しか出来なかった。
「いやちょっと待て……エイレーン。もしかしてまだ未成年か?」
「え、あはい。でも大丈夫ですよ。ちょっと付き合うくらいなら別に――」
パシーン!
テイルはエイレーンにハリセンを脳天に叩き込み小気味良い音を鳴らせた。
「飲まんでいい。と言うか絶対飲むな。こんな安酒で成長を阻害するなんて愚の骨頂すぎる。俺の目が黒い内はこの基地内で飲酒喫煙は絶対に許さん。ユキ、悪いが俺達も控えるぞ。横で飲まれたら欲しくなる可能性もある」
「ん。そうね。私もお酒は嫌いだし……それに地獄には一緒に行くべきだものね」
そう言いながらユキは全員分の缶を回収し代わりにサイダーをグラスに注いで全員の前に用意した。
「えと……あの……地獄って?」
「どうしても辛くなったら酒に逃げようって事前に相談してたんだ。まあ普段飲まないしなくてもかまわん」
エイレーンの言葉にテイルはリモコンを操作しながらそう答えた。
エイレーンは二人が一体何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「ま、見てたらわかるわよ……」
ユキの言葉に全く納得は出来ないが、とりあえず頷いて大画面テレビに目を向けた。
不安な心境であるものの実際暇しているのは確かであるし、それ以前にテレビという物もほとんど見た事がなく当然映画も初めてだから若干わくわくした気持ちになっていた。
そして唐突に始まる画面を見て、エイレーンは嬉しそうに画面の方を指差した。
「あ、これ知ってる! あの有名な奴ですよね!?」
金属アーマーを着用したヒーローの何作か出ている有名映画のチラシを思い出し興奮気味にエイレーンがそう言葉にし――二人はすこぶる同情的な視線をエイレーンに向けた。
「そか……。うん、今度……そっちも見せてあげるわ……」
「え? え? ……え?」
「ユキ。その時も俺も呼んでくれ。そしてエイレーン。これはな……それの紛い物だ」
「――ふぇ?」
「ま、見てろ。すぐにわかるから」
テイルの言葉に意味はわからなかったが、とりあえずエイレーンは画面を見る事にした。
例え紛い物であってもまあ楽しいだろう。
愚かにもそう思っていたからだ。
わずか十分ほどでエイレーンは己の考えは浅はかで愚の骨頂であったと理解した。
単調なカメラワーク。
ただ長いだけの間延びした場面。
学芸会のような入退場シーンにBGMも緊張感もない戦闘シーン。
悪いところを上げるだけで原稿用紙が何枚でも埋められそうな内容だった。
それは単調という一言で表現していいものではなく、つまらないという言葉ですら不適切で。
今経験している時間をもし一言で表すなら、地獄と呼ぶのが最も正解に近いだろう。
エイレーンは両脇の二人の表情を見比べる。
二人とも変な半笑いで口は開いていたが、目は笑っていなかった。
「……ユキ。何分経った?」
「十五分しか経っていないわ」
「そうか。あと一時間くらい残ってるのか……」
その言葉に聞いていただけのエイレーンも絶望した。
体感時間は軽く一時間を超えていたからだ。
時間が何倍にも感じられるほど、辛い時間だった。
「あの……そろそろこの魔王も逃げ出すようなサバトを開催した理由を教えていただいても良いでしょうか?」
「ほぅ。サバトと称するか。うむ、悪くない。確かにサバトだ。それでどうしてこんな糞映画を見ているかと言えば……そうだな。ぶっちゃけ何となくだ」
そう言葉にした後、テイルは糞映画を見る事になった理由を説明しだした。
ある日、ユキとテイルの二人は最近名作ばかり見ていて少しマンネリ気味となっていた。
目が肥えてとかではなく、単純に同じ作品類ばかり見ていた事も大きいだろう。
本来ならワクワクするような映画が、どうも単調に見えてしまうほどになっていた。
その為普段とは違う作品を見ようと探している時に、テイルは最低最悪な……悪魔的な発想を閃かせた。
『そうだ! 名作に飽きたなら糞映画を見れば良いじゃないか!』
『なるほど。それは名案ね!』
そんなお前本当に天才か? と思うような発言をユキは返し、そして二人は悪い意味で話題の映画をレンタルしてきた。
七つの玉を集める某有名アニメの映画だった。
二人はその時地獄を見た。
最初から最後まで、二人は首を傾げ続けるだけの時間で、終わった後ストレスを発散する為に二人はゲーセンに移動した。
他人が煩わしく、煩いのが大嫌いなユキですら、周囲の音が気にならないほどに集中しゲーセンを楽しめていた。
それくらい地獄は辛かった。
後に二人は名作の素晴らしさを再確認した。
二人は気づいたのだ。
名作が素晴らしいだけでなく、糞映画は名作の飽き対策にもなり、その上で何故か時々無性に見たくなると……。
そんな糞映画の魅力に二人は取りつかれてしまっていた。
「というわけでいけに……一緒に映画を見ようと思ってな」
「そうそう。ぎせ……一緒に楽しみましょう」
そんな半笑いの二人を見て、突っ込む気力もなくなっていたエイレーンは死んだ目でこくりと頷いた。
ここにまた、深淵を除く者がまた一人誕生した瞬間だった。
残った鑑賞時間はゆるやかな拷問のような苦痛で、終わった時には三人共同じような虚ろな目でただ茫然としていた。
「ふ、ふへへ……飛ばさずに最後まで見てしまったぜ……。前よりマシだがなかなかの破壊力だ……」
「あの、テイルさん……これより酷いって前何見たんですか?」
「聞くな……あの悪魔は思い出したくもない……」
そう言いながらテイルはふらふらとした様子で立ち上がり、二人の方を見た。
「それで……二人は今何がしてストレス発散したい気分だ? 俺はやけ食いだな。こんな時間にがっつりと何かを食う。絶対に明日胃に来るけど……それでも……年甲斐もない話だがそうしたい気分になってる」
エイレーンはテイルのとにかくやけ食いしたいというその気持ちが非常に良く理解出来た。
苦痛とストレスを長時間受け続けていたからか妙に心も体も覚醒して徹夜明けのようなテンションになっていた。
そんな忘れられないほど嫌な経験してるのに感情はアッパー状態という不思議な状況をエイレーンは感じ、しかも二人とも全く同じ気持ちであるというシンパシーさえも感じていた。
「何か……お肉食べたい気分ですね。がっつりと……」
エイレーンの言葉に二人は頷いた。
「良いなそれ。それじゃ行くか」
「そうね。行きましょうか」
そのまま三人は牛の事を考えながら基地を出た。
「えと……二人はいつもこんな事してるんです?」
鉄板から肉の焼ける音を聞きながらエイレーンはそう尋ね、二人は首を横に振った。
「いや、夜中の外食は珍しいしユキとここ来たのも初めてだぞ」
「あ、ついでに言えば私焼き肉屋初めて来たかも」
「まじか。よし、それならしっかり食え食え」
テイルはユキの更にガシガシ肉を乗せていく。
そんなテイルの様子をユキはとても幸せそうな顔で見つめていた
「いえ。そうではなく……映画見たり夜一緒に居たり……」
「んー。時々?」
「そうね。時々よね?」
テイルが首をかしげるとユキも同じように首を傾げた。
「は、はぁ……」
「まあそれは良いからとりあえず食え。しっかり食って無駄にした分の人生を取り戻す勢いで楽しもうではないか」
テイルはそう言いながら今度はエイレーンの皿に大量の肉を置き、更に追加で肉を注文し始めた。
「ああ、明日が怖い……けど美味しい……」
幸せそうな表情で肉を噛みしめるユキにエイレーンは首を傾げた。
「えと、何が怖いんです?」
「そりゃ……こんな夜中にお肉食べて……怖くないの?」
エイレーンは良くわからず首を傾げていた。
「た……体重……」
ユキが恥ずかしそうに答えてもエイレーンはやはり良くわからず首を傾げた。
「どうして体重が怖いんです?」
「いや、食べたら太るでしょ?」
「いえ、私太った事ないからわからないです……」
「……羨ましいわ」
ユキが歯を噛みしめそうなほどの歯ぎしりをしながら悔しそうにそう呟いた。
「あーユキ」
テイルはちょいちょいとユキの肩を叩き、その後ユキの傍によりそっと耳元で内緒話を始めた。
「何?」
「この子、たぶん太るほど食べた事がないだけだ」
テイルは調べた体調データとこの子の逃亡生活を予測してそう呟いた。
それを聞いたユキは色々と理解してバツの悪そうな顔を浮かべ、テイルと同じようにエイレーンの皿に肉を盛りだした。
「たんと食べなさい……」
エイレーンはユキの反応がよくわからず首を傾げたが、そんな事よりも牛肉の美味しさの方が重要だった為口元に肉を運び幸せそうに噛みしめた。
「食べるのは良いけど女の子なんだから、口元少し気を付けなさい」
ユキは苦笑いをしながらエイレーンの顔をハンカチで拭きだした。
「……変わったなぁ……」
自分から他人にお節介するようなタイプで決してなかったユキが、今エイレーンを甲斐甲斐しくお世話する様子を見て、テイルはぽつりとそう呟いた。
酷い映画を見た後の焼肉は美味しい。
エイレーンは誰よりも多く食べながら、そう学んだ。
翌日、夜中にエイレーンを連れて脱走し、肉を食いに行ったテイル達三人はクアンに体調の心配をされつつ説教をされ、一日野菜生活を義務付けられた。
ありがとうございました。




