話の通じない彼女
彼女はきっと思い込みが強い性格なのだろう。
たが、たとえそうでなくとも……カノジョが誤解するには十分な要因が揃っていた。
丁寧なノックの後部屋に入ってきた男が白衣を着ていた為、彼女は怯え震えたがそれを隠す。
怯えなど見せて良い事など一つもないからだ。
彼が何故腕を骨折しているのかはわからない。
もしそれが、昨晩の記憶がない自分がしでかした事だとすれば……きっと貞操程度では済まない目に会うだろう。
そう思うと、彼女は少しだけ自分の現状に泣けてきた。
そしてその後に入って来たのは、背の低い可愛らしい女性。
幼い印象があるとは言え、表情や立ち振る舞い、服装から成人してはいそうである。
続いて入って来たのは、女性として嫉妬すら出来ないほど髪の美しい美人。
蒼い髪と目は吸い込まれそうなほどで、穏やかな微笑は怯えすら取り払うほどだった。
そして最後に入って来たのは、ボロ布を身に纏って顔を隠した人物。
おそらく暗殺者だろう。
きっと都合が悪い事を言えば、そのまま処分されるのだ。
冴えない男一人に美人二人、そして怪しい奴が一人。
これを見て、彼女の『自分の体目当てに助けた』という推測は、彼女の中で確信に至った。
そしてその状況が、大きなピンチであるとも理解した。
怪我させたのが自分かもしれないというだけでまずいのだが……それ以上にまずいのが、目の前の男は既に美人二人を侍らせている事である。
自分の髪は金髪で綺麗?
残念ながら目の前の蒼い髪の女性は手入れのなっていない自分の髪より何倍も綺麗だ。
スタイルに自信がある?
残念ながら蒼い髪の子とどっこいどっこいだ。
整った顔?
隣にいる小さな女性の方が整ってるし肌が綺麗だ。
――あれ? 私、立場やばない?
取り入って自分の目的を達成しようとしたが……それどころか取り入るまで大きな壁が二つあるではないか。
というか……場合によってはここで人生サヨナラコースもありえるのでは……。
とりあえず何らかのアピールなりしようかとも考えたが……残念ながら自分の知識元は少女コミックであり、どうしたら良いかもわからない。
半泣きになりながら悩んだあげく……女性はとりあえずベッドの上で土下座をする事にした。
「こ、怖くないですよ? 何もしませんよ?」
クアンは土下座しながら震える女性にそう声をかける。
まるで幼子を慰めるかのような声に女性はぷるぷると震えながら、ちらっとクアンの方を見た。
「何もしないの? ……なんで?」
「いや……な、なんでって言われましても……」
クアンは困った表情でテイルの方を見て、テイルはバトンを受け取るように頷きクアンと交代して女性に話しかける。
「危害を加えるつもりはない。昨日の事も不問にするつもりだから安心してくれ」
テイルの言葉に女性は少し考え、そしてテイルの方を見つめる。
涙目なまま頬を少し朱に染めた女性は、どことなく嗜虐的な雰囲気を醸し出していた。
「……つまり、優しくしてくれるって事です?」
「……あ、ああ。そのつもりだし間違ってはいないが……」
どことなくすれ違っているような気がしつつテイルは頷いた。
「そ、それなら……覚悟を決めないと……」
女性はそうぼやきつつ、ベッドの上で正座をしてテイルの方にぺこりと頭を下げた。
「ふ、ふつつかなものですが……旦那様よろしくお願い致しますです」
「お……おう……。おい。外国の人だから言葉尻やニュアンスが違うだけって思ったけど……これ何か認識違いしてないか? 何か違和感がやばいんだが」
テイルがそう呟きなら両隣にいるクアンとユキの顔を交互に見比べる。
二人とも同じように違和感を覚えていたらしく困惑した表情を浮かべていた。
「……えと、貴方は……何について話していたの?」
ユキが単刀直入にそう尋ね、女性は頬を染めすっと目を反らし小声で呟いた。
「えと……よ……夜伽について……です……」
テイルは噴き出した。
「……ハカセ。お願いしたんです?」
わかってかわからずか、真面目なトーンでそう尋ねるクアンにテイルは全力で首と手を横に振った。
「んなわけないだろ!? 俺は何もしてないからユキも俺を睨むな!」
怒りと憎しみだけで人が殺せそうな表情を浮かべるユキに怯えながらテイルはそう叫び声を上げる。
その様子を女性は首を傾げて見守り、そしてぽんと手を叩いた。
「ああ。言い方がお好みではなかったのですね。じゃあ……ど、ど……同衾させていただきたくぞんじ……」
「いやそうじゃない! そうじゃないから!」
「そうよ! テイルの夜は私との時間なんだから!」
「いやいやなんでだよ!」
「何よ! 一緒に色々したじゃない!」
当然だが、夜に特撮を見たり普通の映画を見たりと鑑賞会くらいしか二人は行っていない。
ただ、あまりにその言い方がアレだった為、当然女性は誤解した。
「……序列の問題は仕方ないですね。では……どんな時間でも良いので身を清める時間さえ頂けたら」
「いやいや! そうじゃないよ! というかカタコトの割に君やけにそっち方面の日本語上手だね!?」
「あ、ありがとう……」
女性は何故か照れながらぺこりと頭を下げた。
「んで貴女、別にテイルは貴方にそういった事を求めてはないししなくて良いの。わかる?」
「……えと、これ以上数が増えると取り分が減るから遠慮しろという意味で――」
「何でそうなるのよ! テイルは別に妾とか取ったりしないって事よ!?」
「……で、では私はこう……口では言えないような無残な目に会わされて殺されると……」
「何でよ!? そんな事しないから!? というかどうしてそんな物騒な発想が突然出て来るのよ!?」
「で、でも後ろにいる人殺し屋ですよね?」
全員がファントムに視線を向け、女性の気持ちを少しだけ理解した。
慣れていたから忘れていたが、ボロ布を身に纏って顔を隠した音もなく佇むそれは不審者そのものだった。
顔が売れているから隠したのだが、どうやらそれが仇となったらしい。
「すいません。そういうキャラ作りなだけでして……。僕は処刑人でもなければ殺し屋でもありません」
そう言葉にしながらファントムはローブを脱ぎ、その綺麗な顔を外部に晒す。
芸能界という魑魅魍魎で生き抜いているファントムのフェイスは、悲しい事にこの中の誰よりも綺麗だった。
「……なるほど。旦那様は両刀使いのお方でしたか……つまり私の序列は四番目と」
誤解が更に悪化した瞬間だった。
「誰か助けて……助けて……」
ついでのようにテイルの心も折れた。
その後、恐ろしいほどの時間をかけてテイルは誤解を一つ一つ解いていった。
昨晩の記憶が薄らとしかない女性にあった事を伝え、不埒な真似の為に拉致したわけではなく、そもそも自分はそういう経験が一切ない上に女性にモテた事がない。
そして勘違いしている三人、ユキは同僚でクアンとファントムは家族であると伝える。
何故かその時、女性の目が一瞬だけ鷹のように鋭くなりテイルは背にぞわっとした何かを感じた。
「というわけで、別に君が恐れている事は起きないから安心してくれ」
「なるほど……。皆に気づかれぬようこっそりと、という事ですね」
小声でそう呟く女性にテイルは信じられないものを見るような目で見た。
「違うから……。本当に違うから……」
テイルは非常に疲れた表情を浮かべ、首を横に振る。
そんなテイルに女性は首を傾げた。
「それで、これからの事を話し合う前に一つだけ聞きたい事があるんだが、良いかい?」
「はい。スリーサイズは……わからないので調べていただけ――」
「シャラップ。そろそろ俺も怒るぞ」
「……体重は極秘ですよ?」
「それも違う。良ければ名前を教えてくれ。俺達の名前は名乗ったが、まだ君の名前は一度も聞いていないからな」
その言葉に女性は名乗り忘れていた事を思い出し、ぽんと手鼓を打ってテイルに笑いかけた。
「私の名前はエイレーン・ノースです!」
普段は僅かだがカタコト混じりの話し方だが、名前を言う時だけはやけに流暢だった。
「そうか。ではノース君――」
「エイレーンと呼んでください」
語尾を荒げてエイレーンがそう言うとテイルは驚いたような顔のまま頷いた。
「あ、ああ。了解した。ではエイレーン君。とりあえず君の希望を聞きたい。この後どうしたい? 特に行く場所もないなら……君さえ良ければここに残って欲しいんだが」
テイルの言葉にエイレーンは少し考える仕草を見せた。
理由は単純で、都合が良すぎるからだ。
泥棒に共に暮らそうと言う人間などいるわけがない。
せめてそれが猫ならわかるが、人で、しかも自分のような訳ありをだ。
明らかに普通ではないが、エイレーンはその理由を既に察していた。
そう、テイルという男は自分の体が目当てなんだと……。
美人さんが近くにいて色々辛いのだろうとエイレーンは斜め上な同情をテイルに向けた。
そう――散々時間を掛けて説明したにもかかわらず、エイレーンは完璧なまでに誤解したままだった。
「わかりました。ではお世話になります……。宿代はこの体で――」
「いや働けよ」
くねっとした仕草をするエイレーンにユキはジト目でぴしゃりと言葉を浴びせた。
ありがとうございました。




