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その出会いは偶然という名の必然


 結婚式というお題目での怪獣映画が製作され、はや数か月が経過した。

 正義の組織との戦闘は二週間に一度ほどの割合で行われ、偶に悪の組織とも戦闘を行うというはたから見れば異常であり、悪の組織ARバレットとしては当然な、いつも通りの日常を過ごしていた。

 この数か月、今までと大きく変わった事は特になかった

 強いて言えば古賀茜が時々古賀雅人を連れて共に食事を食べに来る事くらいだろうか。


 そんな面白おかしな、悪の科学者Dr.テイルの望む日常を過ごしていたのだが、今日は少しだけ様子が異なっていた。


 こんこんこん。


 三度のノックを聞いた後、部屋主のユキは姿見で己が姿をじっくりと観察する。

 朝はそれほど強くないユキは『自分の表情は変でないだろうか』『目やにとか洗顔の洗い残しがついていないだろうか』『服は変じゃないだろうか』と不安そうに姿見を何度も見る。

 丁寧に自分の様子を調べた後、最後にスカートを翻しながらくるっと一回転し服装の乱れがない事を確認した後、ノックに応える為玄関の方に足を運んだ。

「はいお待たせ。おはよ」

 ユキは扉を空け、ノックの主であるテイルに笑顔で挨拶をする。

「ああ。おはようユキ。……今日は大丈夫か?」

 不安そうに尋ねるテイルにユキは小さく微笑んだ。

「出来る仕込みは昨晩のうちに終わったし大丈夫だから安心して。それでもまあ、失敗する可能性は否定できないし……念の為お手伝いと確認お願いね?」

 その言葉にテイルはしっかりと頷いた。


 事の始まりはクアンだった。

 怪人とユキの食事をいつも作っていたのは組織のトップであるテイルである

 確かに進んで行っているのはテイルなのだが……それでもクアンはテイルの負担を軽くしようと考えて食事の手伝いを繰り返し、今では簡単な食事くらいなら一人で作れるようになっていた。

 それ自体は決して悪い事ではなく、むしろ親孝行で素晴らしい事で間違いない。

 問題は、テイルの食事が美味しいからと何もせず胡坐を掻いていたユキの心境くらいだ。

 クアンが食事を作れるようになって、そこでようやくこのままではよろしくないという事に気が付いた。


 ユキは自他共に認める天才である。

 戦闘力は怪人を超え、機械工学はガラクタからロボットを作るほどで、未経験の分野であっても人の数倍以上の速度で知識を吸収しさらっとマスターする。

 朝起きるのが不得意、意識をしないと人の機微がわからなかったりと一部の苦手を除けば、本当に概ね何でもこなす事が出来るのだ。

 なのに……食事の支度は今まで多少の手伝いくらいで何もしてこなかった……。

 食事の時に集うメンバーで自分だけが家族ではない。

 そんな部外者である自分がのうのうとしている。

 これはもしかして外部から見れば相当幻滅される行為なのではないだろうか。

 そう思ったユキは、さっそくテイルに食事を作る事を提案し、それの初日が今日だった。




「それで、今日は何を作る予定なんだ?」

 台所でエプロン姿となったテイルはそう尋ねた。

「朝食はパンとスープ。昼食はチキンソテーにパスタ。夕食はビーフストロガノフにパン、ライス選択制、をメインに添えて後は色々と副菜を合わせようって考えてるけどどう?」

「ああ。良いと思う。俺は何を手伝えば良い? 副菜でも作ろうか?」

「ううん。とりあえず見てて、それで何か変な事があったら教えて」

「了解。美味しい食事を頼むぞユキ」

 そんなテイルの言葉と名前を呼ばれる事に、久しぶりにドキッとするものを感じたユキはさっと目を反らして調理に集中するフリをした。


 確かに自分は天才だが、それでも努力を否定する事はない。

 実際、目の前に用意されているテイルお手製ロールパン。

 味は当然として値段も抑えられた完璧としか言えないそれを、今のユキはコピーする事すら出来ない自信があった。

 何となく、女としてそれはどうかと思う為ユキはこっそりそのロールパンを超える事を目標に設定していた。


 そんなどう見てもカップルにしか見えない時間は、突如として終わりを迎えた。


 ガシャーン!


 ガラガラ。


 ガン……ドンドン!


 何かが暴れる音と壊れる音がどこからか聞こえ、ユキは手を止めテイルの方を見た。

「……ファーフが久しぶりに暴れてるかな」

 テイルが苦笑しながらそう呟くが、ユキは首を横に振った。

「最近来てないしその可能性は低いでしょ。それにさ……これ騒がしいの怪人製造用のあの部屋じゃない?」

「まじか!? やべえあそこ壊されたら修理代でウチ破産するぞ! ユキ、すまんが手伝ってくれ」

「うん。急ごう」

 二人は同時にエプロンを脱ぎ、白衣を羽織って破壊音の響く部屋に移動した。


 怪人製造、調整の為に用意された複数の機材に高価なカプセル。

 それらが置かれた部屋の前に慌てて移動し到着した二人なのだが、ドアの前で立ち止まり中に入れずにいた。

 ガシャンガシャンと壊れる音が凄まじすぎて部屋の扉を開ける事すら躊躇う程だったからだ。

 正直な話、部屋に関しては手遅れだろうとテイルは諦めていた。

 それほどまでに破壊音が激しいからだ。

 ユキの方はそれよりも、今扉を開けても大丈夫か不安となっていた。

 自分だけならともかく、テイルの身体能力は凡人そのもの。

 破壊音から言えば中の生き物は相当に力強いだろう。

 だからこそ、ユキはテイルの怪我を怯えてドアの前で立ちすくんでいた。


 部屋の前でただ時間だけが過ぎ去っていき……しばらくすると破壊音がなくなり代わりに中から女性の息が切れたような呼吸音が流れだした。

 そしてその声は聞き覚えがある声だった。


 荒い呼吸のまま扉から出て来たのは――クアンだった。

「……ハカセ。あの……お知り合いの方でしょうか? もしかして私凄く失礼な事してないでしょうか?」

 不安そうな表情で酷く疲れた様子のクアンは、二人にそっと部屋の中を見せた。

 カプセルは倒れて凹み、機材のコードは至る場所で火花を散らし続けているというディストピア感満載となった、まるで犯行現場の後のような部屋中央には椅子に縛られながらももがき暴れている女性の姿があった。

 細身で金髪、高い鼻をした西洋系特有の顔立ちは怨みのこもった表情を浮かべ続けており、まるで狂犬のようである。

 付け足して言うならば、テイルはその人物に一切見覚えがなかった。


「……誰?」

 テイルの呟きにクアンは驚いた表情を見せる。

「え!? 知り合いじゃないんです?」

「知らんな」

「じゃあこの人……」

「不法侵入者である事は間違いない」

 テイルは大きく溜息を吐き、金髪の女性に目を向けた。

「……クアン。部屋を見る限り壊さないよう努力しながら捕縛してくれた事は感謝する。だが……もう少し何とかならなかったのか? 部屋は良いが、女性の姿ボロボロだぞ?」

 椅子に縛られた女性は体中傷だらけの埃だらけで、体の至る場所からがにじみ出ている。

 女性の姿はそんな満身創痍にしか見えない状況なのだが、そんな事はなく女性は元気いっぱいな様子で椅子に縛られたままじたばたとダンスのように椅子を動かしている。

 あまりに暴れるのが激しすぎて椅子が倒れそのまま体を地面に体をぶつけても、女性は懲りずまだ暴れ続けていた。


「いえ……その傷や服の汚れは私が見つける前にもうそうなっていました」

「……クアンじゃないのか?」

「はい。違いますね。私能力的に捕縛は得意な方ですので」

 その言葉を聞き、テイルは少し考え込んだ。


 不法侵入者で、狙いは怪人関連。

 更に女性単体でかつ、元からボロボロに汚れた状態。

 見た事がないどころか、あまり見慣れ尚顔立ちのおそらく外国人。

 どこからどう見ても、厄介ごとのオンパレードである。


「……ユキ。何か情報ないか?」

 その言葉にユキは首を横に振った。

「特には。部屋の状況を見る限り、機材の故障は中央カプセル以外なら私が直せるわね。後……そこの女が欠食気味って事くらいしか私はわからないわ」

「欠食気味?」

「頬がこけてるでしょ?」

「良くわからん」

「……そか。うん。テイルだもんね……。要するに食事情がちょっとよろしくないって事。たぶんだけど今も空腹だと思うわよ」

 そう言われ、テイルは顎に手を置き少し考え込む。

 そして考え込んだテイルの結論は、たった一つだった。


「よし。とりあえず飯を食わせるか」

「……なんで?」

 ユキの当然の突っ込みにテイルは微笑む。

「腹が満ちたら口が軽くなるかもしれないだろ? 今の状況だと何も言わないだろうし」

「……一理あるけど、本音はお腹空いた人がいるから食べさせようって思っただけでしょ?」

「……何の事やら」

 そう言ってテイルはそっとユキから顔を反らした。

「お願いだから餌付けしないでよ……」

 ユキは誰にも聞かれないよう、小さな声でぽつりと呟き溜息を吐いた。




 椅子に縛ったままその女性を食堂に連行するや否や、ユキは台所に入り数分でさっと料理を用意した。

 塩、たまねぎ、バジル、ニンニク、オリーブオイルしか使っていない恐ろしいほどにシンプルなパスタ。

 本来は鷹の爪を使いたかったのだが、女性の体調を見てからバジルに変更した。

 そしてパスタを用意した後、ユキは困った顔でテイルの方を見つめる。

「……どうやって食べさせたら良いかな?」

 椅子に縛られた女性は当然、両手も椅子に縛られたままである。

 そんな女性を見てテイルは少し考え込む仕草をした後、おもむろにフォークを取り出しパスタを器用に巻き付けて女性の口元に運んだ。

「はいあーん」

 その様子にユキは驚き、クアンは納得したような表情を浮かべ……そして当の本人である女性はぷいっと顔を反らし口を紡いだ。


「……嫌いというわけでもお腹が空いていない事はないと思うのだが……」

 テイルがそう言葉にすると、女性は顔を赤くしながらキッとテイルの方を睨む付けた。

 パスタの香りの為だろうかさっきから女性の胃袋からきゅるきゅると可愛らしい自己主張の音が響いている。

 だから食べたくないという事はないだろうが……女性は何故か意地を張っていた。


「……どうしたら食べます?」

 クアンが心配そうな表情で女性にそう尋ねた。

 それの返事と言わんばかりに、女性はぷいっと顔を反らしクアンを露骨な態度で無視をする。

 それでも、クアンはそんな態度知った事かとずいいっと女性の目の前に移動し、心の底から心配そうな表情を浮かべた。

「どうして食べたくないのか教えてください。嫌いというのでしたら、本当は駄目ですが今日だけは私が何でも用意しますから。ですので……まずどうして食べたくないのか教えてください」

 その態度に女性は驚き、困惑した表情の後、小さな声でぽつりと呟いた。


「信用……出来ない」

 若干だがカタコトな言葉遣いでそう言葉を紡ぐ女性に、クアンは微笑み頷いた。

「ありがとうございます。次はどうして信用出来ないのか教えていただけませんか?」

「……その巻いたの、食べて。毒が入ってないなら食べられるはず」

 そう言葉にすると、テイルは満面の笑みで頷いた。

「ああ。良いとも」

 そう言って女性の前に出していたフォークを手元に戻し、自分の口に入れようとした横でユキがぴょんとジャンプしてフォークを口に咥えた。

「ユ……ユキ?」

 テイルが驚きながらそう言葉にするが、ユキは何も言わず口をもごもごと動かし、そのままフォークを咥えたまま奪い取った。


「これで信用出来る?」

 ユキの言葉に女性は少し悩み、そしてこくりと頷いた。

「ん。クアン。この人の周りに水の膜を張って。んで腕外してあげて。自分で食べたいと思うから」

 ユキの言葉に頷き、クアンは逃走防止として女性の周囲にドーム状の膜を張ってその中で腕を解き、パスタを乗せた皿とさっきまでユキが加えていたフォークを手渡した。

「はい。どう――」

 クアンが言葉を言う前に女性は奪い取るように皿とフォークを奪い、音を立てながら貪りだした。

 よほど飢えていたからか、それとも何かあったのか。

 女性はずるずると音を立てて一心不乱に食事をしている。

 行儀が悪いなど、いう訳がない。


 ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、貪るように食べるその姿を見て、同情こそすれど醜いなどと思うわけがなかった。


「……テイル。相当厄介ごとっぽいわよこれ。ただの被害妄想なら良いんだけど……毒が入れられないか想定する若い女なんて普通じゃないわ」

「そうだな。――何かあったら手伝ってくれるか?」

「見捨てる気はないのよね?」

「あっちがどうしても見捨てて欲しいならその時考える」

 それはもう、何があっても絶対に見捨てないと宣言するのと何も変わらないだろう。

 そう思ったユキは苦笑いを浮かべた。

「――ま、好きにしなさい。手伝える事があったら手伝ってあげるから」

「ああ。すまんな」

 そう話している二人に、クアンは無言のまま人差し指を自分の口元に持って来て二人に静かにするよう促した。

 それと同時にクアンは女性の方を指差す。

 さっきまであんなに夢中になってパスタを食べていた女性は、口の周りがバジルソース塗れになって泣きながら眠っていた。


「……クアン。すまんが十和子呼んで来てくれ。あとユキ、十和子と協力して体を拭くのとか傷の治療とか着替えとか頼む」

「ええ。わかったわ」

 ユキは頷いてクアンの方を見つめる。

 クアンは頷きはしたのだが十和子を呼びに行かず、何かを言いたそうにテイルの方をじっと見ていた。


「どうしたクアン。何か他にあるか?」

 その言葉に、クアンはおずおずと言葉を発する。

「えと……その……本当にこの人の事知りませんか?

「ああ。見た事もないな。――まさかクアンは知っているのか?」

「いえ。私も知りません。ですが……その……」

「はっきり言ってくれ。本当に俺は知らないぞ」

「じゃあはっきりと言います。この人、私達の同類じゃないですか?」

「――なんだと?」

 クアンの言葉にテイルは片眉を動かし、訝しげな表情を浮かべ呟いた。


「ちょ、ちょっと待って。それって……どういう意味で同類なの?」

 慌てた口調でユキが尋ねると、クアンは少し自信なさそうに、それでもはっきりと言い切った。

「えと、この人……私達怪人と同じか、かなり近い存在だと思います。それにもしかしたら……ただの怪人でなくハカセの作る怪人(私達)に似てるように感じました……」

 その言葉にテイルは非常に不思議そうに、そして不快そうな表情でその女性を見つめた。


ありがとうございました。

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