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ケース2:ナナの場合-3


「あの……本当にコレが面接なんですか?」

 言われた通りの作業をしつつ、オロオロした態度のまま不安そうに周藤はそう尋ねた。

 ただし、昨日のような今にも死にそうな雰囲気はなく表情も服装もかなり改善されていた。


「周藤君……俺達の事興味なかったんだね」

 テイルは残念そうにそう言葉にした。

「え!? いやそんな事ないですよ? 七瀬さんの就職先で凄く良くしてもらってるって」

「……君、ここに来る時どこ通って聞た?」

「え? 喫茶店……ああそうか。喫茶店の営業も業務内容なんですね」

 そう答える周藤に、ナナはジト目で見た。

「……今気づいたのか……」

「え、うん」

「……本当に疲れてるのね」

 そう言いながらナナは困った目で周藤の方を見ていた。


「というわけでやってみましたが……どうでしょうか?」

 そう言いながら周藤は言われた作業――紅茶を人数分用意してみせた。

「いただくぞ。……ふむ……。二人はどう思う?」

 ユキとナナにそう尋ねると、二人共頷いて見せた。

「いつも通り美味しいです」

 嬉しそうにそう答えるナナ。

「――想像以上ね」

 ユキはぽつりとそう答え、テイルも頷いた。

「ああ。文句なしだ」

 そう答えるテイルに、周藤は首を横に振った。


「いえ。ブランクも長いですし元々俺――私はそこまで凄くないですし」

 そう答える周藤だが、この段階で喫茶店実務経験のあるナナよりもはるかに美味しく入れられていた。


 ユキが病んで落ち込んでいたナナから聞いた情報、それは最近こそなかったが付き合いたての時は周藤が良く紅茶を入れてくれたという話だった。

 両親が喫茶店の営業をしていたらしく、その手伝いをして育った周藤の喫茶店の実務能力は十年を超えるベテランと呼んで差し支えないほどであった。

 ただし、両親共に拘らり強い人だったらしく、その両親が用意する紅茶、コーヒーを普通と思っている為周藤は自分の腕がアルバイト以下であると思い込んでいるらしい。


「周藤君。他に何が出来る?」

「え? 他ですか?」

「ああ。喫茶店を運営する際に君が出来る事は他にあるかね?」

「えっと……紅茶、コーヒー、ケーキ作りはどれもこの程度の未熟者ですので除外して……」

 その言葉に皆が同時に苦笑いを浮かべていた。

「どれも同じくらい出来るのかお前……」

 テイルはぽつりと呟き恐れおののいた。


「……出来る人が出来ないって言うの、割と不快になるね。初めて知ったわ」

 ユキの一言にナナが深く頭を下げた。

「すいません。今度しっかり言い聞かせときます」

「そうして。貴方が出来る事は他の人には出来ないんだって、しっかり教えてあげてね」

 そんなユキの言葉に、ナナは泣きそうな顔で頷いた。


「……ああ。ケーキの輸入先の伝手があります。両親のコネですけど。それと手伝いで帳簿もつけた事ありますね。ですので裏方の方なら多少は役に立てると」

「新人教育とかはどうだ?」

「えと……実家でもそういった事をした事はありますからマニュアルがあれば出来ると思います。ただ……私に従いたいって人はいないと思うのであまり良いとは……」

「……ケーキって何種類くらい作れる?」

「えと……基本的なケーキの……ショートケーキ、シフォン、チーズ二種、チョコレート三種にプリンとシュークリーム二種なら作れます。ただ……とても店に出せるほどの技量とはとても思えませんが」

 その言葉を信じる者はどこにもいなかった。


「なあ。何で喫茶店に就職しなかったんだ?」

「いえ、未熟者ですし……こう……機会がなかったというかなろうとも思わなかったというか……」

「嫌いなのか?」

「いえ。誰かに何か振舞うのは好きですし実家の手伝いも苦痛ではなかったです。ただ……私にとっては当たり前の事だっただけでそれで金銭を得るという発想はなかったですね」


「……人助けというボランティアつもりだったのに蓋を開けたら金の卵だったんだけど?」

「良かったじゃん」

「ま、そうなんだが……」

 ユキの言葉に何とも言えない気持ちのままテイルは頷いた。




「というわけで、周藤君には今日から雇われ店長をやってもらおうと思います」

「――え?」

 茫然とする周藤に対し、ユキは小さく拍手をした。

「おめでとう」

「――え?」

 周藤は固まったままとなり、ナナは半泣きになりながら拍手をしていた。


「おや、嫌なのかね?」

「いえ……そんな。嫌なんて事は……。確かに努力はしますが……私みたいな何も出来ない人間が店長なんて……それで何の店を」

「いや、喫茶店以外にないだろ」

「……えと……あの程度しか出来ませんよ?」

「他に何が出来たら店長になれるんだよ。どんだけ喫茶店を開くのレベル高いんだよ」

「……え?」

「ああうん。もう良い。その辺りはナナに任せよう。とにかく、マニュアルあるし何とかなるから頑張ってくれ。ただし、職場に入るのはちゃんと病院行ってから前職の傷を癒してからな」

「えと……私なんかが店長をしたら前の店長から反発があるのでは……」

「いや、新設の店だから大丈夫」

「え?」

「ちなみに宝が山商店街の学業地区……学生向けの喫茶店の予定だから」

「え?」

「ああ売り上げ次第では君の店として二号店、三号店を他の地区に作る予定だから」

「……え? 一店舗予定ですらない……」

「ははははは。頑張ってくれたまえよ」

 テイルは満面の笑みで周藤の肩を叩いた。


「良かったね……。大丈夫。りゅー君はみんなから認めて貰ってるから……」

 涙を流しながら喜ぶナナに対し、テイルは微笑んだ。

「ああそうそう。ナナ、いや七号。君は今日から戦闘員クビね」

 ナナは表情を切り替え、作り笑いを浮かべて頷いた。

「はい。お世話になりました」

 誰が見てもわかる作り笑いのナナ。

 それを見て周藤は怒りを抱えながらテイルに尋ねた。

「どうして彼女がクビなのでしょうか? 納得いく説明をお願いします」

「え? いやお前、嫁が怪我して嬉しいか? というかいつ重症となるのかわからない状況で子供とか考えられるか?」

「え……ああ。いえ……」

 斜め上の答えが飛び出て周藤は何も言えなくなった。


「それとも結婚する気はないのか?」

「えと……ないわけではないのですが……その……彼女に迷惑かと……というか……」

 もじもじとする周藤。

 それを聞いていた七瀬の方も、テイルの言いたい事を理解しもじもじとしだした。


「あんた……良い空気吸ってるわね」

 ユキがそう言葉にするとテイルはニヤリとした顔で頷いた。

「重苦しい空気よりよほどマシだろ?」

 その言葉にユキは苦笑いを浮かべて頷いた。


「ちなみにウチは職場恋愛オーケーな感じだ。ついでに言えば、若夫婦が営む喫茶店って凄く良い感じだろ? な? つまり……言いたい事わかるだろ? な? ……ハニトラ対策にもなるし」

「ハニトラって……ただの喫茶店なのに来るの?」

 ユキの言葉にテイルは苦々し気に頷いた。

「ああ。自慢じゃないがそれなりに人気あるからな。情報調べた後近場に似たような店が出来る事もあるぞ。だからこそ、他所に真似できない実力があって実務経験の長い店長が欲しかったんだ。というわけで結婚してくれたらずっと一緒の職場を保証してやろう。他にも色々保証つけてやるぞー。結婚したら七瀬は副店長でも良いぞー」

 そうテイルがニヤニヤしながら言うと、二人は顔を見合いモジモジとした態度を取っていた。

「えと……その、利点はありますけど……まだ早いと言うか……」

 そんな周藤に七瀬もモジモジと指をつつきながら呟く。

「でも……ここで決めちゃえばお互いずっとそのままで……いやそれにいつかはって思ってくれてたんだよね?」

「そ、そりゃあ思ってたけど……俺何かが……」

「ううん。そんな事……」

 やたら甘ったるい空気の中、テイルとユキは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。


 ただ……この前の胸やけするほど砂糖が溢れ明らかに桃色爆発状態だったファーフの時よりは微笑ましい分全然マシだった。

 そして、答えが決まるまでまだしばらくかかりそうではあるが……どうせ二人の答えは決まっている。


 テイルは若干冷めた紅茶を飲みつつ二人がしっかり答えを出すまえゆっくり待つ事にした。


ありがとうございました。

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