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ケース2:ナナの場合-2


「はい。それでは面接を始めます」

「はい。よろしくお願いします」

 テイルの言葉に目の前の男はそう答え、椅子に座ったまま深く頭を下げた。


「どうだユキ? 見る限り普通な感じだが……」

 小声でそう尋ねるテイルにユキは首を横に振った。

「顔は清潔に整っている事から普段から身だしなみを整えているのが見て取れるわ。でも……服装はヨレヨレ。靴はボロボロ。靴下は白だけど微妙に色が違うからたぶん左右別よ。……相当まいってるわね。あんんまり緊張させないようにしないと」

 ユキの言葉にテイルは何とも言えない苦い表情を浮かべながら、手元の願書を見る。

 その間にユキはそっとアロマキャンドルを焚き、穏やかなクラシックの曲を流した。

「面接で緊張しないようにしようというわが社の方針ですのでお構いなく」

 ユキの言葉に男は納得したのかしてないのか曖昧に頷いた。


 名前は周藤柳之助(すどうりゅうのすけ)

 二十六歳で大学卒業後新卒で製造業主体の会社に就職し開発部に勤務。

 そして今年度に自主的な都合で退社。

 そういう風になっていた。


「ユキ、実際はどうなんだ?」

「開発だけじゃなくて製造までやらされて、しかも販売までしているわね。何でか知らないけど十人分くらいのノルマを課せられて、全部が中途半端で失敗。こんな状況でも赤字が出ていないのはこの人が有能だからじゃなくて、責任感は凄いからね。それでぶっ潰れたこの人の責任を誰も受け継ぎたくないから、この人に全責任を負わせる為退社に追い込んだと。犠牲になりすぎよ……」

 気の毒以外の言葉が出てこなかった。


「それで周藤さん。貴方の希望は戦闘員となっておりますがそれは一体どうしてでしょうか?」

 テイルに話しかけられ、周藤はぴくっと反応した後、ぽつぽつと答え始めた。

「はい……。私は前の職業で何も成果が挙げられずに失敗してしまいました。それは能力不足が原因だと思います。ですので頭脳労働ではない方向性で考えました。そして、戦闘員は激務と聞きましたので人出も足りないかと思い、私はそちらなら仕事があると思い希望させていただきました……」

 周藤の言葉を纏めると、早い話が役ただずだからせめて体を張りたいですという事になる。


 ――ああ、相当弱ってんなぁ。

 

 テイルは溜息を吐くのを堪え、笑顔を浮かべた。

「申し訳ありませんが戦闘員には特別な資格が必要となっておりまして……。他の業務で希望をおっしゃっていただけたらと……」

 その言葉に、周藤は苦笑いを浮かべる。

「ああ。やっぱり七瀬さんって凄いんだな。……はは……俺には釣り合わないや……」

 その力ない笑みは、恐ろしいほどに周囲の空気と雰囲気を重くしていた。


「ちょっとテイル。色々聞きたいんだけどまず七瀬ってナナよね?」

「ああそうだ」

「七瀬だからナナなの?」

「いや、七号だから七瀬だ。元々の苗字は死んでも名乗りたくないって事で」

「何かそれも闇が深い案件ね。んで、戦闘員の特別な資格って何?」

「ぶっちゃけ戦闘力だ。というかこれを見ろ」

 そう言いながらテイルはユキに部外秘の主力戦闘員資料を見せた。

 その全員が、何らかの肉体的な障害を患っており、そしてその全員がテイルの手により肉体を部分的に改造されていた。

 ナナに至っては、生まれてから十五年、身じろぎ出来ず病室のベッドの上に居続けたとすら書いてあった。


「コイツもそうだがナナの方も自分の過去を話してないようだ。……言いたくない気持ちは死ぬほどわかるから何も言えないがね」

 テイルはそう言って苦笑いを浮かべた。


 現代医学でどうにもならなかった者達。

 そんな彼らを怪人の技術を応用して改造したのが戦闘員達である。

 確かに彼らは人ではあるが、改造人間もある為就職口も制限される。

 具体的に言えば、正義の味方関連以外での警察やオリンピック等肉体競技系は絶望的と言って良い。

 故にテイルはそんな体にした彼ら全員の責任を取る為に戦闘員は優先的に改造された者を入れ、またそれ以外の業務も幅広く手掛けていた。

 少しでも、彼らのやりたい事が出来るように、夢が叶うようにと考えて――。


「それで、周藤さんは他に経験してみたい職などないでしょうか?」

 もはや面接ではなくただの職業斡旋所と化しているテイルだが、周藤がソレに気づく事はない。

 それほどに周藤の精神は追い詰められていた。


「いえ……誰かの役に……こんな私が誰かの役に立てるなら何でも良いです……」

 ぽつりぽつりと、魂を削っているかのように話す周藤に、テイルは胃痛を覚え始めた。


「おい。本当に何とかなるのか? 何か上手く行く気がしないぞ」

 そんな小声にユキは微笑んだ。

「何とかするのよ。ぶっちゃけ私の頃よりマシでしょ。あの日を思い出し……やっぱ忘れて。そうじゃなくて……テイルの思うようにやってみてよ。私も色々調べてみるから」

 そう言いながらユキは下を向き、スマホをこっそりと操作し出した。


「――ああもう! 面接なんて止めだ止め! 周藤君。君の趣味は何かね?」

 思うようにとしろと言われ、まずテイルはこのなんちゃって面接を止め、流れていたクラシックを止めてやたらノリが良くてテンションが上がりそうな……ぶっちゃけて言えば特撮の処刑用BGMを流し始めた。

「……しゅ、趣味ですか?」

 唐突に変化したテイルに驚きつつも周藤は椅子に座って背筋を伸ばしたままそう尋ねた。

「ああ趣味だ。人生に趣味は必要不可欠! そう、そして趣味に貴賤なしだ。人生の人生たるもの。それが趣味である! というわけで趣味はないのかね?」

「えと……その……すいません。特に何も……」

「では子供の頃の趣味はないのかね? 誰でも一度は楽しんだ子供の想い出。そんなものは」

「えっと……その……カードゲームが好きでしたね。トランプとかではなくトレーディングカードゲームの方の」

「ほぅ。今はやってないのかね?」

「ええ。もう辞めて長いですね。……相手もいませんし」

 その言葉にテイルはくいっくいっと自分を指を差す。

「あ、あはは。流石に今持ってませんし……」

 周藤は愛想笑いを浮かべながら、遠慮しながらそう言葉にすると、テイルは奥から段ボールを取り出した。

「さ、どれが良い?」

 五種類ほどのTCGを見せながらテイルがそう尋ねると周藤は茫然とした様子を見せた。

「えと……カードゲームがお好きなんでしょうか?」

「いいや。遊びが好きなんだ。他にも色々あるぞー。回してごーしゅーする奴とか指で弾いて転がす奴とか。俺は玩具でであれば何でも大歓迎だ。特にバトルホビーは好きだぞ」

 まるで子供みたいな、いやかかっている予算は子供が出せるようなものではないのだが……それでも子供のまま大人になったようなテイルを見て、周藤は何とも言えない気持ちとなった。


 自分は苦労して苦労してようやく大人になれたのに、目の前にいる男は子供のままでいられている。

 それが、とても羨ましいと感じた。

 だけど……少なくとも、楽しみの一つもない自分よりは間違いなく楽しい人生を送っているのだろう。

 そう思うと、羨ましいだけじゃなくて、少しだけ悔しかった。


「久しぶりに、何か買ってみたくなりましたね。今どんなカードゲームがあるんでしょうか」

 そうぽつりと言った言葉を、テイルは聞き逃さなかった。

「そうか! それは良い! 金はあるかね周藤君!? あるならすぐ行こうさあ行こう! ユキ。俺達は男の遊びを楽しんでくるから後は任せた」

 そう言ってテイルは困惑する周藤を無視しつつ手を引っ張った。

「はいはい。行ってらっしゃい。晩御飯には帰ってきてよ」

 いつもの事である為ユキはそう返し、二人で出て行くまで適当に手を振り続けた。


「……はぁ。私がセラピストの真似事なんて……コメディにもほどがあるわ」

 そうぼやきながら、ユキはナナの部屋に足を運んだ。

 少し前までは人間なんて虫けらだと思っていて、今でも人の心がわからず周りに迷惑をかける存在であると思っている。

 これを喜劇と呼ばずに何と呼ぶがユキは知らなかった。




「それでテイル。何か収穫あった?」

 数時間後に合流してユキがそう尋ねるとテイルは頷いた。

「ああ。久しぶりに満足いく布教が出来た」

 本当に心から満足そうに一仕事終えた風な態度を取るテイルにユキはぺしんと頭を叩いた。

「そうじゃないでしょ。彼に向いた仕事とか、彼の心を改善させるとか、何かないの?」

「……そう言えばそうだった。忘れてた。まあ、一緒に全力で遊んだし少しは改善出来たんじゃないか?」

「……後でナナに変な趣味付けてって怒られそう」

「ふははははは。それはいつもの事だ」

 そんなテイルにユキは盛大に溜息を吐いた。

 それでも、きっとうまくいったのだろう。

 男とは……訂正、男の子とはそういうものなんだろうなとユキは思った。


「こっちの方は有力な情報が得られたわ。ナナの方も時間のおかげか多少は改善されてたし」

「ふむ。その情報を見せてもらえるか?」

「はいこれよ」

 テイルはユキの聞き取り調査を眺め、そして後半の方を読み一瞬で表情を変えた。

 その顔はさっきまでの子供のような顔でも、クアン達を見る親の顔でもない。

 それは紛れもなく、商売人の顔だった。

「ほぅほぅ……周藤君はなかなかの掘り出し物だったわけか」

「みたいね。んで、どうするの?」

「どうするって言われても……そりゃ逃す訳にはいかないだろ。俺に良し、周藤君に良し。そしてついでにナナに良しとなるんだから」

 そう言ってテイルはニヤリと笑った。


ありがとうございました。

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