ケース2:ナナの場合-1
翌朝、テイルとユキは二人で朝食前の時間にクアンの部屋に向かった。
ファーフのあの後が気にならないと言えば嘘になる。
だが、予定が詰まっており確認の為に時間を割く事は出来ないし……何より馬に蹴られたくない。
ついでに言えば……その結果が恐ろしくてしばらく封印しておこうと二人は思っていた。
あの二人が上手く行かない事が恐ろしいのではなく……ファーフは何をしでかしているのか、やりすぎていないだろうか、それが恐ろしかった。
「んでさ、テイル。どうしてクアンの部屋に向かってるの? 朝食の時話せば良いじゃん?」
そんなユキの言葉にテイルは首を横に振った。
「ほれ。これ見ろ」
そう言いながらテイルはグラフの集合体を見せた。
普通の人が見たら首を傾げるような意味のわからないデータ集だが、ユキはそれを初見で理解する。
「……身体データね。これはクアンの?」
「ああ。ちょっとばかし問題が起きてるからな。クアンには休暇を取らせようかと」
「……そう? んーストレス指数が高いけど、そんな言うほどには見えないけど」
「そうだな。本来ならそうなんだが……クアンはまだ稼働半年も経過していない。この状態でこのストレスの数値はレッドとはいかなくともイエローゾーン、要注意と言って良い状態だ」
本来の人と違い、怪人は成人した姿で生まれる為外見が大きく成長する事はないのだが……内面は別である。
多くの情報を取り入れ、本来の人のように……いや、肉体年齢に追いつこうとする為本来の人以上の速度で急激に変化、成長を繰り返す。
その為だろうか、稼働初期段階の怪人の精神は人と比べてはるかに脆く、肉体にまで影響を与えるほどの異常が発生する恐れがあった。
「ふーん。じゃあどうするの? 調整なら手伝うけど」
「いや。こっちで調整していくとそれはそれで成長の妨げになる。だから休ませる。仕事全放棄で楽しい事をするよう命令してな」
「なるほどねー。それが怪人製造スペシャリストの初期稼働トラブルの対処方法なのねぇ」
突然死、崩壊、狂暴化、暴走等初期稼働一年以内には原因不明の事故が起きやすい。
その要因がストレスであると知っているテイルにユキは素直に感心した。
「そんな大したもんじゃない。嫌な事は誰だって嫌ってことだ。だから楽しい事をする、ほら? 人間と一緒だろ」
そう言いながら、テイルはクアンの部屋の前で戸を三回叩いた。
「はーい。ちょっと待ってください」
そう言いながら出て来たクアンの顔には、確かに疲れが見て取れた。
クアンに今日から三日ほどの休みを厳命、メンタル次第では追加の休みとなる事も伝え自由時間とした。
少し前なら休みを告げると何をしようか困惑していたが、今は迷わずお出かけに向かいつつ友人に連絡を取り出した。
そんな成長したクアンを見てテイルは、何とも言えない充実感と満足感を覚えていた。
そしてテイルはクアンのストレス主原因であるナナについての調査資料を持ち、ユキの方を見て尋ねた。
「即作戦会議といきたいし悪いが今日は二人で朝食を取ろう。クロックムッシュで良いか?」
その言葉に赤面し、咳払いをしてユキは頷いた。
「え、ええ…それで良いわ。うん、時間は有限だもんね」
「ああ。俺の部屋で待っててくれ。すぐ持って行く」
そう言ってテイルは食事を作りに向かった。
ユキは言われた通りテイルの部屋に入り、ソファに座り背筋を伸ばしたまま動かず固くなっていた。
既に何度か訪れた部屋なはずなのに、自分一人だけだと何故か緊張する。
その理由がわからないまま、ユキは身じろぎせず心臓を鳴らせながらソファに座り何もせずに待機していた。
「お待たせ。ただクロックムッシュにするのも味気なかったからクロックマダムにしてラピ〇タトーストっぽくしてみたぞ」
ハムとチーズ、それに何らかの白いソースがこぼれるホットサンドの上に目玉焼きが乗っている物を持ち現れる部屋主。
ホワイトソースらしき香りが部屋に充満すると、ユキの胃はきゅっとしめつけられるような錯覚を覚え同時に空腹が刺激されていく。
さっきまで聞こえていた自分の心音は聞こえなくなり、緊張感はやたらと美味しそうな朝食により相殺されていた。
「うーん。相変わらず美味しそうねぇ。貴方こっちでも食っていけるんじゃない?」
「いや、大勢に作るのは正直つらい。家族にだけで良いさ。さ、熱いうちに食ってくれ」
そう言いながら渡されるクロックマダム。
このタイミングでその料理名と言い、家族扱いと言い普通の人なら誤解するだろうなとユキは思い苦笑いを浮かべた。
「どうした? 嫌いな物でも入ってたか?」
「いいえ。何でもないわ。ありがたくいただくわね」
走言ってユキはクロックマダムにかぶりついた。
朝食を食べ終わった後、テイルはクアンから預かった資料を読み始めた。
戦闘員七号ことナナに何が起きたのか。
それを一言で表すなら『彼氏が鬱病になった」である。
結婚秒読みとまでなっていたナナの彼氏は自分の職場の事は彼女であるナナにも内緒にしていたらしい。
ナナはそれを社外秘的な何かであると思っていたが、実際は職場での扱いが悪くそれをナナに心配させたくない為だったようだ。
怒鳴られ殴られ、その上で仕事はいつも山のように残っている。
簡単に言えば、その会社はどうしようもなく真っ黒だった。
そんな状況で黙っていて状況が改善されるわけもなく、むしろ状況は悪化する一方。
元々限界だった精神は悲鳴を上げ、肉体にも影響を及ぼし仕事が出来ないほどにとなった。
会社はそんなナナの彼氏を使い潰して、そのまま捨てるかのように一方的にクビを切った。
内向的な性格だったナナの彼氏は会社に捨てられたという事が弱った心に大きなダメージを与え、完全にふさぎこんだ。
それは鬱病と呼んで十分などの弱りようだった
それをナナは必死に慰めた……それがまた事態を悪化させてしまっていた。
鬱病というものは、誰にでもなりえてしまうものであり、そして感染する病である。
当然空気感染するわけではないのだが、鬱病の人と長時間話をすると鬱病に引きずられるというのは良くある話だった。
ナナもまた彼氏に影響され、憂鬱な精神となっていた。
「あー。クアンの精神がレッドゾーンギリギリだった理由はコレか」
ストレスや心の病に対する耐性は、まだクアンにはない。
おそらくうつりかかっていたのだろう。
「それで、テイル。どうする?」
「……これ、本職に任せた方が良いだろう。しっかり己と向き合えるようセラピストさんを呼ぶなり通院するなりするのが一番じゃないか?」
「そうね。でも、そういった対症療法だけじゃなくて根本的な方法で対処出来そうよ?」
「ほぅほぅ。それは天才故の発想の治療法か」
「いいえ。そんな大げさな事ではなくもっと簡単な事よ。治療じゃなくて、ストレスの主原因を取り除けば良いじゃない。何なら二人を通院させつつでも、その気になれば入院中でも根本療法は行えるわ」
恋愛系の相談なら木偶の坊も真っ青の無能であったユキだが、今回は主原因が恋愛ではなく社会的なトラブルの為気楽となっており、そして幾つも対処方法を思いついていた。
「ほぅ……。流石はユキだ。では、その知恵を借りよう」
「と言っても簡単な事よ。クビになった彼氏に良い就職口を紹介すれば良いじゃない」
「……確かにそれなら失った自信も取り戻せるだろうしストレスも改善されるだろうな。今度はマトモで休みが多い会社にすれば彼も立ち直るだろう。……だが、そんな都合の良い就職口あるか?」
「私良い就職口知ってるわよ? 私の知る上で最もホワイトで拘束時間も短くて、それでいてマルチに活動して様々な人手が足りない会社」
ユキはニコニコ顔で両手の上に顔を置き、テイルの方をじっと見つめた。
ありがとうございました。




