ケース1:ファーフの場合-3
夕食後の限られた時間で、十和子はファーフに恋愛のイロハを教えようとした。
ファーフ決して常識や性知識がないわけはない。
特に好奇心が強い為変わった知識を自分で溜める程度には知性もあるくらいだ。
ただし、ファーフの感性は人でも動物でもなく、限りなく独特な何かである。
その為恋愛についての知識、特に感情面については零どころかマイナスとなっていた。
異なる種族である上に生き方も考え方も違う為、それを理解するのは相当難しい。
逆に言えば、ファーフを理解出来る人はこの世界にほとんどいないだろう。
理解出来るのは動物について詳しい上にとてつもなく我慢強く、そして優しい人くらいだろう。
テイルですら、ファーフに対しての理解は一割に満たないくらいだ。
それでも、ファーフは人の気持ちについて、人の恋愛について理解しようという努力を見せた。
良くわからなくても、相手の目線がそうなのだと思い十和子の話に必死に耳を傾けた。
――こんな状態のファーフちゃんでも、まだあの二人よりはマシだしね。
そう思いながら十和子はあまりにも酷い恋愛弱者であるテイルとユキの二人を眺めながら必死に、せめてイロハのイだけでも伝わるようあらゆる知識、知恵を総動員し優しく語った。
「それで……大丈夫そうか?」
目的の人物がいるアパートの前でテイルがそう尋ねると、ファーフはしっかりと頷いた。
「うん! 十和子に学んで人の愛についてちゃんと知ったよ」
「……なんかその……優しさに目覚めそうな言葉だな」
良くわからずファーフは首を傾げた。
「いや何でもない。上手くいくいかないは別にして、やれるだけやってこい」
「うん!」
元気良く答え、ファーフは二階にあがる階段を登っていった。
「……んでさ、もし失敗したらどうするつもり?」
ジト目のユキに対し、テイルはふっと小さく微笑んだ。
「その時は――助けて下さい」
「ノープランか」
「ノープランです」
「……ごめん私も何も思いつかない」
ユキの言葉の後、テイルは深呼吸するように深く息を吸い、何か大きな物を吐き出すように息を吐いた。
「神は死んだ」
そして空を見て、テイルはそう呟いた。
「いえ、悪い事ばかり考えないでおきましょう。環境や状況から推測するに相手は長い事恋愛対象がいないと思われる。更にファーフは相手の事を一途なまでに、私でもわかるほどに思っている。そして、『男は特定の相手がいない時に告白されると高確率で告白を受け入れる』と調査データもある。上手くいく可能性は決して低くないわ……」
そのデータを元に恋愛を考える事がはなから間違いなのだが、ユキにはそれを気づけないしテイルはなおさら気づけない。
ついでに言えば、今まで告白された事ないが、きっと自分も受け入れちゃうだろうなと思っているテイルにその調査データを否定する事は出来ない。
「そうだな……。頼む十和子。そしてファーフ……」
さっきまで自分で死んだと言いながらも、テイルは両手を組み祈りを捧げるポーズを取った。
ピンポーン。
ファーフの押すチャイムの音が聞こえ、テイルとユキはそっとアパート入り口の影に隠れる。
ガチャッ。
「は、はい……なん……し……か」
小さな声で返事をする目的の人物、桐山。
その人物を見て、ファーフは満面の笑みを浮かべ告白を始めた。
「貴方の子供が生みたいです! 子作りを前提に結婚してください!」
テイルは虚無的な瞳で空を見、ユキは顔に手を当て俯き落胆の息を漏らした。
「――は?」
桐山はそれ以外反応出来なかった。
――わかる。俺でもそんな事言われたらそう反応するわ。
テイルは内心そう思いながら、桐山に助けを出すべきか少し迷う。
そこで、ファーフの追い打ちが始まった。
「あ。そか。人って子供を作る事が前提じゃないんだっけ? じゃあ最初は行為だけでも良いよ?」
「――は?」
本日二度目の桐山の呟き。
顔を見なくても、鳩が豆鉄砲を食らったような顔だという事は容易に想像出来た。
「すまん。本当にすまん。……別に悪ふざけとか悪戯ではないんだ。ただ……すまん」
テイルは桐山の前に現れ、そう言葉にした。
むしろ、悪気がなく百パーセント本心だからこそ問題となっていた。
「あ、えと……その……別に……」
桐山は俯きながらテイルに対しそうお茶を濁す。
そんなはっきりしない桐山の態度を見て、ユキは若干苛立ち声をあげた。
「何を言っているのかわからない。ちゃんと――」
「――ユキ。第十二話Bパート」
テイルの言葉にユキはぴたっと止まり、納得したような表情を浮かべた。
若干ユキに怯えを見せていた桐山は突然の変化に困惑している様子を見せている。
「ごめんなさい。何でもないわ。テイル。たぶん私がいると悪化するから離れるわね」
「ああ。すまんな」
ユキは優しく微笑んだ後、その場を後にした。
分析と統計を行えば大体の事象は理解できるか、それはあくまで資料としての理解であり感情を理解したとは言い切れない。
その為、ユキは他人に対する理解力が壊滅的に低かった。
ただし、資料があれば別であり、理解力は跳ね上がる。
そして二人は少し前に、桐山と同じような人物の資料を見ていた。
二人で共に夜を明かす事となった作品『光神サンブレイブ』の十二話に、人と話すのが、特に女性と話すが苦手な敵が現れた。
常におどおどしている為悪さも出来ず、公園で五歳くらいの女の子に心配されているのに女の子が怖くて小さく震えているような臆病な敵。
それをコミカルに、そして勇気を出して人と話す大切さを話す為に使われた教材的な、教訓的な回である。
それと目の前の桐山が同じようなものであるユキは理解した。
「さて、ごめんな桐山君。そして嫌なら嫌と言って良い。だからさ、ファーフの……この子の話を聞いてやってくれ。……人と話すのが苦手な子なんだ」
そうテイルが言うと、ファーフはしょんぼりした口調で桐山に話しかけた。
「ご、ごめんね? たぶん私が何か間違えたんだよね。人の事よくわからにゃくて……。それに今まで自由きままに生きてたし……。その……ごめん。わからにゃくて、わかってあげられにゃくてごめん」
耳もぺたんこにしてそう言葉にするファーフに、桐山は優しく微笑んだ。
「大丈夫。難しく考えないで。どうしたいか。教えて?」
その反応に、テイルは少しだけ驚きながら無言のまま二人を見守った。
「えと……その良くわからなくて」
「何がわからないの?」
「人だったらどうするか」
「人じゃなくて、君がどうしたいか教えて」
「……迷惑じゃない?」
「迷惑じゃないよ。代わりに。僕も君にして欲しい事を言うから」
その言葉に、ファーフはぱーっと笑顔になった。
「うん。何でも言ってね! それでね、あのね! あのね! もっと沢山お話したりしてえとね……そうだ! ずっと一緒にいたい!」
やっと、自分の心からの声を理解し届けられたファーフは太陽のように笑い、桐山は優しく微笑み頭を撫でた。
「うん。ありがとう。じゃ、どうするか考える前に色々とお話をしよう」
「……例えば?」
「僕の名前は桐山宗太。君の名前は何かな?」
「私はファーフ。怪人で、良くわかんにゃい何か」
「そっか。良くわかんないか」
「うん!」
そんな、まったりとしつつも仲良さげな会話を見て、テイルは二つの事を理解した。
一つは、桐山はファーフ相手には人見知りが起きていないという事だ。
それはファーフを動物扱いしているからか子供扱いをしているかは不明だがとにかくマトモに話しが出来ている。
これは相当有利な条件と言えるだろう。
そしてもう一つ気づいた事、それは……。
――これ、ほっとけば勝手に引っ付くんでね?
おそらく、動物好きである事が功を制しているのだろう。
恋愛弱者であるテイルにすらわかるほど二人の相性は良好だった。
……が、残念ながらそんな事はなかった。
放置していれば何とかなるだろうと甘い考えをしたテイルの口が砂糖塗れになりそうなほど愛情を言葉にしていくファーフ。
それに対して桐山は適度に答えつつ……その全てを受け止めずに受け流していた。
気持ちは嬉しいけど……。
僕は愛される人じゃない。
ファーフちゃんにはもっと素敵な人がいる。
その想いは好意か愛情が良く見てみよう。
そんな感じで、常に紳士的ではあり基本同意して話を聞くスタイルなのだが、恋人として受け入れる立場ではなさそうである。
だが、ファーフはそれに気づかずか、気づいて敢えてか押せ押せムードを維持し続けていた。
貴方が良い。
優しい貴方と共にいたい。
ぶっちゃけさっさと子供作ってしまいたい。
そんな言葉を吐き出すも、桐山は優しい笑顔のまま受け流し、のれんに腕押しとなった状況が続いていた。
最初こそ、お似合いの会話で微笑ましいと思っていたのだが、どうにもじれったいというか桐山が何か暗いというか。
そんなやりとりを行い既に一時間が経過し聞き続けるという地味な拷問を受けているテイル。
その間にファーフはぴょんこぴょんこと喜び、頭を撫でられて顔をにやけさせたりしている。
テイルは口の中にじゃりじゃりした何かを感じつつも、同時にもどかしさからとイライラを覚えていた。
「桐山君」
「は、はひ……」
テイルに話しかけられた桐山は、さっきみたいに微笑みながらハキハキ話していたとは思えないほどおどおどとして小さな声でそう答えた。
「君の本音を教えて欲しい。本当に嫌なら下がらせる」
「い、いえ……いやとかじゃなく……その」
「いや本当に心から思う事を教えて欲しい。ファーフの気持ちは大切だが迷惑をかけたいわけではない」
そうテイルが言うと、ファーフは雰囲気を理解したのか涙目で、それでもしっかりと頷いた。
「いや……その……迷惑じゃなくて……その…………。僕なんかじゃ……むしろ迷惑をかけちゃうから……。僕こんなだし……」
「――迷惑でも、嫌でもないんだな?」
その言葉に、桐山はたっぷりと時間をかけ、もじもじしながらもしっかりと頷いた。
「――はぁ」
テイルは盛大に溜息を吐いた。
これはどうやっても時間の無駄であると理解したからだ。
話を聞いているようで聞いていない。
もっと言えば、ファーフの好意を桐山は信じていないのだ。
気持ちはわかる。
自分が世界の最低にいるような気がして。
他人は皆自分より凄いと思って。
だから自分は駄目な奴なんだ。
そう思う事もテイルは理解出来ないわけではない。
だが、理解はしてやるがそれを尊重するつもりはない。
というよりも、そんな下らない主張を聞く為だけに一時間もいちゃつくのを見続けていたテイルはくだらなさとやるせなさでいっぱいになっていた。
それと同時に、スマホ突如として短く三度振動した。
宛先はユキからで、書いていあるメールの文字はたった二文字。
『やれ』
「ああ。どうやら同じ結論に至ったらしいな」
テイルは疲れた顔のまま、ファーフと桐山の二人を見た。
「桐山君。一歩……いや、二歩ほど下がってくれないか?」
首を傾げながら桐山は言われた通り、二歩下がり玄関の中に入った。
そのままテイルはファーフを桐山の方に押し込み、すっと扉を閉める。
「ファーフ! そのままドアに鍵をかけて桐山君の事をどれだけ好きか、そして桐山君がどれだけ素敵かを教えてあげなさい。何なら動物的本能の方に従っても構わん」
そう言葉にした後テイルはすっとそこから立ち去った。
背中からガチャッと鍵のかかる音と同時ににゃーにゃー嬉しそうな声と、困惑した桐山の叫び声が聞こえた気がしたがテイルは聞こえなかった事にした。
疲れた顔でアパートを出ると、そこには同じように疲れ切った表情のユキが待っていた。
「……テイル。ちょっと付き合って頂戴」
「良いけど、どこにだ?」
「……ファミレス。今心の底からブラックコーヒーが飲みたい気分だから」
「ああ……俺も同じ気分だ。コーヒーが上手い喫茶店を知っている。ジャズが嫌いじゃなければ一緒に行かないか?」
「良いけど……もう八時過ぎよ。まだやってる?」
「ああ。むしろ夜しか開かない店なんだ。雰囲気も良いしコーヒーも旨いぞ。」
「そ。んじゃ連れてって」
「あいよ」
そのまま二人は疲れた顔のままその場を後にした。
ありがとうございました。




