嫉妬と自由と柏餅と
「お姉ちゃんは渡さないんだからね!」
それが、ホテル前に向かえに行ったテイルに対しユキヒ発した開幕の言葉であった。
ぽかーんとした口が半開きのまま間抜け面を見せるテイル。
突然の事態にわけがわからず固まるユキ。
決めポーズでびしっとテイルに指を差すユキヒ。
テイルはもちろんとして、ユキすらどうしてこうなったのか良くわからない事になっていた。
それを横目で見ていた男、サバンナ太郎と名乗る男は、ユキヒの本意に気づき苦笑いを浮かべた。
別にそれは、特別な事情があるわけではない。
ただ、ようやく出来た家族が別の人と親しそうにしているからちょっともやっとしただけ。
簡単に言えば、可愛らしくも弱い嫉妬心である。
ユキヒは時々口が悪くなるくらいで根は善良な良い子である。
そして、当然ながら同性であり姉であるユキに恋愛的な感情を抱いているわけではない。
なので軽く説得すればユキヒも我に返り、変な事を口走った事実に気づいてしっかりと謝罪をするだろう。
そしてそこで話は終わって皆笑顔でめでたしめでたし――となるだろう。
要するに、そう……これはその程度の大した事でも何でもない話だった。
テイルという男は、自分の事を多少幼稚な部分はあるが比較的常識人だと思っている。
悪の組織のトップである為演技で色々変な事は言うが、中身はしっかりと常識が身についている――と信じられない事に本人は思っていた。
この後、ユキと合流した後にちょっと玩具屋でも寄るかな、みたいな思考をナチュラルにしている位常識と女心を欠片も理解していない癖にである。
テイルは『常識』が多少ズレており、欠けており、そして『女心』が壊滅的なまでに理解出来ない。
だからこそ、ちょっと考えたらわかる今回のユキヒの行動も、テイルは完全に勘違いしていた。
「ふむ。そうか……なるほど、そういう方針で来たか」
テイルは何故か納得したような態度を取った後、ユキの手を掴み引っ張って自分の背に回り二人の間に割り込んだ。
「悪いがユキは俺の物だ。くれと言われてもはいそうですかとはいかないな」
そんな明らかにいつもと違う態度のテイルにユキは頬を染めながらおろおろとし、ユキヒはわなわなと怒りに震えた。
「な、ななななな……」
そんなユキヒをテイルは誇らしげな表情で見つめ、ユキはしおらしくテイルの後ろで事を見守っていた。
「で、引いてくれないかな? これから二人で我が家に帰るのでな」
テイルの挑発めいた言葉にユキヒは真向から反対した。
「引くわけないでしょ!? たった一人の家族なのよ!?」
「くっくっく。そうだよな……そうなるな」
そんなテイルの様子に、サバンナ太郎と名乗る男は同業者であるが故に何となくテイルが何を考えているのか理解出来た。
「……ああこれ絶対に面倒な奴だ」
男は今後どうなるのか理解した上で、小声でそう呟いた。
「どうしてあんな事言ってしまったんだろう……」
ホームに戻ったユキヒは自己嫌悪からそう呟いた。
「――お姉ちゃんが取られたような気がしたからだろ」
「冷静に言わないで……。わかってるから……お姉ちゃんにもだけど、テイルさんにもどう謝罪しよう。あんな事言ってしまったし」
『お姉ちゃんと賭けて勝負よ!』
ユキヒは売り言葉に買い言葉でそんな事を口に出してしまっていた。
ただの女の子であるユキヒが戦いなど出来るわけがなく、そもそもユキの了承もない勝負に何の意味もない。
勝ったから、負けたからと言って何か事が大きく変わるわけがない。
ただのヒステリックな行動である事はユキヒ自信でも理解出来ていた。
ちなみに、テイルは何故か二つ返事でその勝負を了承した。
「……ユキヒちゃん。あれは誘導されたようなもんだしまあ気にするな」
「え? 誘導って?」
「うん……ぶっちゃけユキヒちゃんの子供特有の可愛らしい嫉妬に比べるまでもなく……今回はあのテイルが全部悪いんだ。だからまあ……気にするな」
男の言葉にユキは首を傾げた。
「要するにだ……お前の行動をテイルは引き抜きか何かと勘違いしたんだよ」
「――へ?」
ユキヒはどういう事かわからず更に首を傾げた。
テイルは女心などわかるわけがない。
そんなテイルが寂しさから生まれる姉への独占欲による嫉妬など、理解出来るわけがなかった。
そしてテイルは己の常識に当てはめ、ユキヒの行動をARバレットから符李蛇鵡へユキを移籍させる為の演技であると受け取っていたのだ。
「……え? 私が勝てばお姉ちゃんこっちに来るの? それあっちにとってすっごく迷惑じゃない? ついでに言えば別にウチに来てもする事ないよね?」
その言葉に男は頷いた。
「ああ。悪の組織の人員がうちに移籍しても別に何もする事ないぞ。ついでに言えばユキヒちゃんが勝ってもお姉ちゃんはウチに来ない。本人が望まない限りはね」
「……じゃあ、何でテイルさんは私と勝負するように誘導したの?」
「……特撮のお約束故にだな。あとは……お姉ちゃんがユキヒちゃんと一緒に暮らす為移籍の準備を考えているのかもしれん。勝負に負けても移籍する必要はないが、移籍する建前にはなるからな」
「……それで結局、私はどうすれば良いの?」
「うん……非常に残念な事に、勝負は決定事項となってしまいました。というわけですので……まずはユキヒちゃんを正式に符李蛇鵡へ参加させる事からだな」
その言葉にユキヒは驚いた。
「え? 私符李蛇鵡に所属してなかったの?」
男は頷いた。
「うん。ユキヒちゃんだけじゃなくてウチに居る人全員保護扱いだよ」
「え? じゃあ符李蛇鵡って誰が入ってるの?」
「俺」
「他には?」
「いないよ」
「……何で?」
「いや、別に何とかなってたし……」
「大変じゃないの? 正義の人達と戦ったりしないといけないんでしょ? 私はボランティアが活動代わりになってるとばかりに……」
「俺、バラエティ枠だからさ、対戦相手も何時だってバラエティ枠だったんだよね。だから独りでも問題なかったのよ」
「……そか」
ユキヒは一人で全部やってきた男に少しだけ怒りを覚えながらもどうすることも出来ず、そう呟く事しか出来なかった。
「だけど今回はそうもいかないんだよねぇ。ユキヒちゃんが勝負を挑むって形になっちゃったから……」
「ああうん。別に符李蛇鵡に所属する事は問題ないよ? 恩返しもしたかったし……ここを出て行く気はないし……」
ぼそぼそと恥ずかしそうに呟くユキヒに男は微笑みながら、そっと何かを手渡した。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。じゃ、これお願いね?」
そう言ってユキヒは男から受け取った書類を見て、顔をしかめた。
手渡されたのは符李蛇鵡参加願書と、身分証明や保険等の必要書類である。
別に全部自筆で構わないので親に頼る必要はない。
ただし、逆に言えば手元にある資料を全て自分で明記しなければならないという事でもあった。
その枚数、実に四十枚を超えている。
「……多くない? 全部書かないといけないの?」
「うち、養護施設を兼ねているからねー公的書類が多い事多い事。ちなみに提出しても何回かリテイク来ると思うから書き直しの覚悟もしておいてね」
「……これ、いつまでに書けば良い?」
「今日まで」
――勉強サボったツケかな……。
そんな事を思いながら、ユキヒは半泣きになりながら書類に手をかけた。
書き損じによる書き直し十数回。
提出先からのリテイク要求による書き直し四回。
人間ドックによる身体調査とその情報についての資料等を追加で八枚。
ユキヒはそれらに二週間も時間を費やし、げっそりするほどの苦労をしながらなんとか終わらせる事が出来正式に符李蛇鵡所属となった。
少しだけ、ほんの少しだけユキヒは……それがただの逆恨みとわかっていてもテイルに怒りを覚えた。
「勝負内容が決まったぞー」
数日後、テイルが嬉々としてそれを報告しユキは何とも言えない表情を浮かべた。
別にテイルに対し恋愛感情があるわけではない。
絆されて、傍にいてくれて、それはとても嬉しいがそれだけで恋愛感情だと決めつけるのは時期尚早だろう。
少なくとも、ユキ本人はそう思っていた。
ただ、それはそれとして俺の物発言も、あの時自分の前に立ったのも、全て組織のトップDr.テイルとしてであり、当然そこに恋愛感情は入っていない。
そもそもがだ、テイルにそんなものを期待してはならないと知っていたはずなのだが……それはそれとしてユキが何とも言えないむなしさを覚えたのもまた事実だった。
だからこそ、テイルに話しかけられユキの回答は……溜息だった。
「はぁ……」
「あれ? 興味ないのか? 俺の事はどうでも良いとして妹の晴れ舞台だぞ?」
そう言われても、正直興味がなかった。
何があってもユキはここから出て行く気がないからだ。
「うん……あんまり興味ない」
「そうか……。んじゃ詳しい話はしなくて良いな。どうせ当日わかる事だし」
「うん。ああでも一個だけ気になる事があった。勝負する事になったのはわかったけど、戦って大丈夫なの?」
ユキヒは当然一般人であり、テイルもまた組織のトップではあるが身体能力は一般人と大差ない。
性別の差はあるが、むしろ年齢差が一回り以上ありむしろユキヒの方が有利なくらいだった。
一般人二人の戦いだからこそ、ユキは二人の怪我が心配だった。
「ああ。当然だが直接勝負にはならない。というか符李蛇鵡との直接勝負なんてしたらウチは潰れる」
「そうなの?」
「ああ。あっちは悪の組織でありつつも多くの救われない子供達を救った実績があるからな。下手な正義組織よりも好感度高いぞ符李蛇鵡は。だからこそ政府も対処に困ってるわけだし」
「もし、そこの人を殴りつけたりしたもんなら……」
「そう。世間評価はがた落ちとなる。それがわかっているから符李蛇鵡の代表もいつも一人で、バラエティ枠と戦ってネタ枠をもぎ取り維持し続けている。真面目に戦うには向いてないんだ符李蛇鵡は」
「ふーん。んじゃ、テイルも直接対決はしないんだね」
「ああ。だから妹さんの怪我は心配しなくても良いぞ」
それもあるが、それだけではない。
だけど、それを直接テイルに言うつもりはユキにはなかった。
「……はぁ。まあどうでも良いや。当日がんばってね」
「おう。……あっちに移りたいならこの機会に移っても良いんだぞ?」
テイルの言葉に、ユキは再度溜息を吐きテイルの額にデコピンを放った。
「あいたっ!」
「……ばーか」
それだけ言い残し、ユキはその場を後にした。
そんなユキの行動にテイルは不可解さしか感じず首を傾げた。
「……あ。当日ユキにも出番がある事言いそびれた。……まあ良いか。当日来るんだしその時に言えば良いでしょ」
テイルはそんな独り言を呟いた。
当日――ユキの環境は地獄のようになっていた。
大きな鳥かごのような檻に閉じ込められ、空高くにぶら下げられる。
それだけならば、別に何でもなかった。
ユキは高所恐怖症でもないし閉所恐怖症でもない。
檻の下半分は見えないようになっており、その中には食料や飲み物などもあるし、テレビも内蔵されている為暇という心配もない。
ついでに言えば、身体能力の高いユキにとってこの程度何の拘束にもならないから怖がる事は何もなかった。
ユキが地獄であると感じた理由は別にあり、その理由は二つある。
一つはその恰好にある。
現在ユキの服装は真っ白なふりふりのドレスだった。
ウェディングドレスにも似た純白のドレスに冠のような大きなティアラ。
要するに、ピー〇姫ポジションである為今のユキは囚われのお姫様役という事である。
その恰好がまた、とにかく恥ずかしかった。
もう一つの理由、それはこの場にいる人の多さである。
サッカースタジアムのような会場の高所にクレーンでぶら下げられ、その周囲には大勢の人が、少なくとも千人近くは集まっていた。
その七割は子供で一割はマスコミ、残り二割が大人達となっていた。
「……どうしてこんな事に……」
ユキは子供達から好奇心の目で見られながら、小さくそう呟いた。
いや、理由の推測はさほど難しくない。
テイルとの会話にも多くヒントがあり、また今日という日を考えれば納得できる部分は多くある。
直接対決しないテイルとユキヒ。
符李蛇鵡は養護施設として優れており、またその代表はバラエティに強い。
そして、今日は五月五日のこどもの日。
そうなると……子供向けのイベントとなるのは容易に想像出来た。
だがそれはそれとして、この恰好も、この恰好で大勢の人に見られるのもやはり恥ずかしい。
ふりっふりのお姫様衣装を着ながら、ユキはぷるぷると小さく震えていた。
それは怯えているようにも見えなくはない為演技をしているとくみ取られ、テレビカメラは一斉にユキの方に向けられた。
「……アリスの時の方が恥ずかしいと思うのだが……そんなに違うものなのだろうか」
テイルは羞恥に震えるユキを見て小さく呟いた。
「はーい良い子の皆こんにちはー! 良い子の友達サバンナ太郎だよー? みんなーサバンナに行きたいかー」
マイクを使って大きな声で男はそう叫んだ。
それに対して子供達が「おー!」と大きな声で返す。
ちなみに子供達はサバンナについて良くわかっていない。
ただノリで返しただけである。
「そうかそうか。でもサバンナは危ないから行く時は気をつけるんだぞ。というわけで本日の司会を務める符李蛇鵡のサバンナ太郎―サバンナ太郎をよろしくお願いしまーす」
ぱちぱちとまばらな拍手の中で、男はスタジアム中央にいる二人の紹介を始めた。
「まずは我が符李蛇鵡期待のエース、ユキヒ王子だー!」
白のタキシードで男装をしたユキヒは紹介され、恥ずかしそうにぺこぺこと周囲に頭を下げていく。
背が高い美人の為男装も良く似合っており、女性からキャーキャー言われるような見た目なのだが、残念ながら客のほとんどが子供の為その魅力を理解出来る人は非常に少なかった。
「続いて、ARバレットトップ、悪の科学者プリンスDr.テイルだー!」
その声に反応し、子供達はテイルを指差しながらゲラゲラと笑った。
赤い貴族服の上に白衣を羽織り、手にステッキを持ってサングラスをかけるという奇抜な恰好の為子供達が笑うのは当然だろう。
「変な恰好ー」
そんな声に逆に答えるようにテイルはドヤ顔で両手を上に上げてポーズを取った。
「さあ、囚われのお姫様ですユキ王女を救うのはどっちだ、チキチキ、どっちが本物の王子様か勝負、スタート!」
ピーという笛の音の後、スタッフの一人が走って男の元に四角い箱を持って来た。
上部分に丸い穴の開いた、バラエティに良く見るアレである。
「ちなみに、勝負内容は符李蛇鵡の子供達が考えてくれました。え? 符李蛇鵡所属のユキヒちゃんの方が有利? 知らないし聞こえない」
そんな事を言いながら、男は箱に手を突っ込み、紙を一枚取り出した。
「えーっと……最初の勝負は……十分間柏餅早作り対決! うん……食べたかったんだね」
男の言葉に合わせ、数人のスタッフがテイルとユキヒの前に付きたての餅と餡子、それと加熱済みの柏の葉が用意された。
「準備は終わってるから後は包むだけだから簡単だね! それじゃあ用意……スタート!」
パーンと乾いた音が鳴り響き、戦いの火蓋が切られた。
「……どうしたユキヒ王子。手が動いていないが?」
テイルは不安そうにオロオロするユキヒを見てそう尋ねた。
「……私、料理した事ない」
「餡子を餅に入れて包んで、葉を巻くだけだぞ」
「……わかんない。どんな形だったっけ……。毎年食べてるけど、いざ自分で作ろうとすると全然形が出てこない」
今にも泣きそうなユキヒを見て、テイルは用意された二つのテーブルを隣接させた。
「ほら。俺の真似してみろ。手に水を付けて餅をこうやってを取って……熱いから火傷しないようにな。
テイルの真似をモタモタとしながらユキヒは行う。
「んで、楕円系に平たく伸ばした後餡子を小さく取って」
「ち、小さくってどのくらい?」
「ほら、このくらいだ」
テイルはユキヒの手を掴み、そっと餡子を掴ませて感覚を教え込む。
「ふむふむ。んで入れて……どうするの?」
「半分にパタン」
「……ずんぐりした餃子みたいな形ね」
「ハマグリ型って奴だ」
「なるほど。んで……葉はどう巻くの?」
「餅を折った時と同じ感じに……こう」
「なるほど。……これで終わり?」
「んー……ああ! 良く出来てるぞ」
ユキヒはぱーっと表情を明るくさせ、満足そうに自分の作った柏餅を見た後次の餅に手を伸ばした。
その様子を見て満足そうに頷いた後、テイルは横で柏餅を作り出した。
両者共に、勝負である事は既に忘れていた。
「……何か面白くない」
その様子を空高くから実際とテレビの両方で見ながら、ユキは少しだけ不貞腐れた。
「……終了!」
男はブザーを鳴らして勝負終了の合図を出した。
結果は……見るまでもなかった。
十個ほどが並べられたユキヒ側と比べ、テイルの方には柏餅がトレーで山になっている。
しかも、材料が枯渇しているのだ。
時間より先に材料の方がなくなるのは誰も予想していなかった。
「えーユキヒ王子が十一個に対し、テイル王子が……材料的に二百個?」
「数え間違っていなければ百九十七個だな」
「うん。十一対沢山でこの勝負はテイル王子の勝ちで……」
「待った。もう材料はないのか?」
「は?」
「いや、ここにいる子供達の分にはまだ足りないだろ? 材料があるなら作りきって子供達に出してしまいたいなと……」
「……スタッフさーん。どうなのー?」
男の言葉に返すよう、スタッフは残っていた材料を全てテイルの前に用意した。
その数、およそ七百人分ほど。
問題がなければ会場にいる人全員に一個は配れる量だった。
「んじゃ、さっさと作ってしまうか」
そう言いながら、テイルは目にも止まらぬ速度で柏餅の製造を始めた。
その驚異的は手さばきは機械か何かのようである。
「……その……Dr.テイル。足手まといかもしれないけど、私も手伝って良い?」
ユキヒの言葉にテイルは微笑み、手の動きを止めず顔だけ向けて頷いた。
「ああ。そうだな。一緒に作ろうか」
テイルの言葉にユキヒは微笑みながら頷き、ゆっくりと柏餅を作り出した。
「……やっぱり面白くない」
拗ねた子供のような表情でユキはその様子を見ていた。
その後、様々な勝負が繰り広げられた。
四百メートル走、テニス、漢字書き取り、クイズ、縄跳び、ジャンケン、ベイブ〇ード……等々。
それらの勝負を決めたのは符李蛇鵡の子供達であり、子供達は皆ユキヒに懐いている。
だからユキヒが得意な事がちょくちょく混じっていた。
漢字書き取りの時は泣きながら恥を晒していたが……。
「それではー結果発表!」
全行程が終わり、満身創痍となった二人の前で男がそう叫び声をあげた。
白い美しい衣装は泥だらけとなり、膝に手を当て肩で息をしているユキヒと、ズボンの膝部分に穴を空け、白衣を薄茶色に汚しながら仰向けに倒れ、微動だにせず空を見ているテイル。
体力はどうやらユキヒの方が多かったらしく、若干ユキヒの方がマシな状態となっていた。
「さて試合結果は……八勝六敗でユキヒ王子の勝ちだ! 拍手!」
それに合わせて若干飽きだしてたりお眠になっていたりと自由な子供達がパラパラとまばらな拍手をした。
ちなみに半数の子供達は既に帰っていたりする。
「……おめ……でとう……」
テイルは息も絶え絶えになりながらその言葉だけを送った。
それと同時に、ユキヒの前に突如として階段が現れた。
何の音もなく、何の気配もなく突然階段が生まれ、その階段の先は空にあるユキの檻まで続いていた。
「さあユキヒ王子。囚われのお姫様を救い出すのだ」
男はユキヒに鍵を渡しながらそう言葉を紡いぐ。
若干くどめの演技で鍵を渡すその姿はクライマックスの演出なんだろうなとユキヒでも理解出来た。
この男、サバンナ太郎は割とめんどくさがりな男である為余計な事は余りしないからである。
「私は……私は姫を救う権利をテイル王子に譲ります」
「……なん……で……」
驚きと拒絶を目で表現するテイルの手に、ユキヒはそっと鍵を握らせ微笑んだ。
「私……じゃなくて、僕は勝負に勝ったわけではない。譲ってもらっただけである。真の勝者は僕ではなく――テイル王子だ」
きりっとした表情でそんな演技をするユキヒ。
そんなユキヒに、テイルは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
ユキヒが勝負を譲った理由は三つある。
一つは言った通り、この結果が勝ちを譲ってもらったというか……最初からテイルの方が勝負する気にすらなっていないからの結果だからだ。
例えば、四百メートル走の時ユキヒは特に意味もなく、転んだ。
運動神経が悪いとかそういう事ではなく、人前で行動する事になれていない為緊張による足のもつれの所為である。
その時テイルは足を止め、ユキヒを立たせ、怪我の心配をしてユキヒが走り出してからテイルは走り出した。
それでユキヒが勝利となった。
テイルの態度は常にそんな感じで、対戦相手というよりは親戚の子供を相手にさせているような立場で接し続けていた。
そんな状態で戦われ続け、緊張をほぐされ失敗を見逃され続けて……気を使われ優しくされて……。
正直負けた気しかしなかった。、
続いての理由は、単純に嫉妬の気持ちがなくなったからである。
元々そこまで強い気持ちというわけではない。
テイルの事は一切関係なく、ユキは自分の姉である。
そして、その縁が切れる事はもう二度とない。
更に言えば、テイルは試合中ずっとこちらに気を使い優しくしてくれた。
絆されたというのは少々穿った見方だが、今のユキヒはテイルに対しネガティブな感情はなく非常に好意的に捉えていた。
それこそ、姉がテイルと仲良くなっても良かったねと言えるくらいには。
そして三つ目の理由。
それはとても単純であり、そして絶対的な理由である。
足が小鹿のように震えるユキヒは、百段を超える階段を見て、心が折れたのだ。
――あ、無理だこれ。
そう悟ったユキヒは、番組である事を利用して――テイルに押し付けた。
罪悪感を募らせつつもも、姉もきっとテイルが来た方が喜ぶだろうという言い訳を胸に秘め、ユキはそっとテイルに檻の鍵を握らせテイルに微笑みかけた。
「お姉ちゃんの事、よろしくお願いしますね」
「……うぃ」
何もいう事が出来なくなったテイルは小さく返事をしながら立ち上がり、まるでゾンビのような動きでゆっくりと階段を登っていった。
……カチャッ。
キィィィ。
金属音を鳴らせながら、ゆっくりと檻の扉が開いた。
中には、若干飽きれた表情を混ぜ微笑むユキの姿があった。
「お疲れテイル」
「……おう、マジで疲れた。だから今日の夕食当番、変わってくれないか?」
「ええ良いわよ。それくらいはね? 何なら今晩筋肉痛対策にマッサージでもしてあげましょうか?」
「ああ、天才のマッサージは効きそうだ。マジで頼む」
「ふふ。あ、ちょっと良い?」
そう言いながら、ユキはそっとテイルの白衣を脱がせた。
変なステッキとサングラスは序盤でどこかになくなり、白衣も脱げた今テイルの服装はまごう事なき王子様である。
ただし、ズボンに穴は開いているが。
「……ぷっ。思った以上に似合わないわねテイル」
ユキの言葉にテイルは苦笑いを浮かべながら後頭部を掻いた。
「だろうな。俺と違ってそっちは似合ってるぞ」
そう言いながら、テイルはそっとユキに手を伸ばした。
「お人形みたいだからでしょ?」
そう尋ねながら、意地悪な笑みでユキはテイルの手を取った。
図星を突かれたテイルは返答に困り、苦笑いを浮かべながら誤魔化すようにユキを檻の中から連れ出した。
ありがとうございました。




