たった二人の姉妹
「……決まったわ。あちら側の代表も早い方が良いと判断したらしく明日会う事になったわ」
ユキがそう呟くとテイルは優しく微笑んだ。
「そうか。ああ、行ってこい」
そうテイルが呟いた瞬間、ユキは首を傾げた。
「……え?」
「……え?」
「……なんで?」
「いや……行くんだろ? 会いに」
「うん……行くけど……付いてきてくれないの?」
「……いや、俺が行っても迷惑にしかならないだろう」
「え? 来てくれるんでしょ?」
「いや、俺が良く理由ないんだけど?」
「………………」
ユキは無言のまま、テイルの方をじっと見つめた。
「いや、だから俺が行くと妹さんも困るだろう。というかどんな関係だって紹介する気だ?」
「上司」
「いやいや、家族の再開に上司が着いて行くってとても変だろ?」
「変でも何でもついて来てよ。テイルはいつも変なんだから別に良いじゃない」
ぷくーっと膨れながらユキはテイルの服の袖をつかみながら呟いた。
「……なして?」
「…………だって……一人で会いに行くの……怖いんだもん」
「……そか」
テイルは大きく溜息を吐いてしょうがなさそうに頷いた。
震えている指を振り払う事、テイルに出来るわけがなかった。
そして当日、新幹線に乗り目的地であるファミレスに二人は移動した。
ユキはファミレスに入った瞬間からテイルの袖を持ちながら、テイルに隠れるよう背後に回りきょろきょろと挙動不審な様子をしていた。
人付き合いが限りなく苦手な為しょうがないとは思いつつも、テイルは苦笑いを浮かべながら目的の人物が到着しているかウェイトレスに尋ねた。
「すいません。えっと符李蛇鵡の方と会う予定なのですが、もう来られていますか?」
その言葉にウェイトレスは頷いた。
「はい。ARバレット様ですね。あちらの個室でお待ちです」
「なるほど。ありがとうございます」
テイルは頭を下げた後、そちらの方にゆっくりと足を進めた。
ユキはテイルから離れないよう袖を持ちつつ、てくてくとテイルについて行った。
その様子はまるで犬のようである。
そしてテイルは丁寧なノックを重ね、その部屋の戸をあけた。
「失礼します」
そこには、スーツ姿のおっさんとそのおっさんの袖を必死に握りしめ挙動不審な様子でこちらを見てくる女性の二人がいた。
女性の髪の色は青みかかった白で、雪を彷彿とさせるその色は、ユキと同じである。
そしてそれ以上に、袖の握り方と怯えたような表情はその女性はユキそっくりだった。
ありがたい事に、女性のメイクテレビで見たパンクではなかった。
「……どうやら、お互い同じような状況のようですね」
テイルが相手の男にそう呟くと、相手の男は肯定するかのように苦笑いを浮かべた。
「ですな……。まあとりあえず、中にどうぞ」
「はい。それでは失礼します。ほれ、ユキも怯えてないで中に入れ」
その言葉に従い、おずおずとユキは個室に入って、テイルの後ろにそっと隠れた。
テーブルを挟んでおっさんが二人向かい会い、その後ろに女性が二人隠れるという何とも不思議なフォーメーションが組まれた瞬間だった。
相手の女性も、ユキと同じように男の背に隠れちらちらと男とその背後にいる女性の様子を見ていた。
「はぁ……」
テイルと男は、どちらからかわからないほど同時に溜息を吐いた。
お互い背中の引っ付き虫が黙して語らない為、男二人はとりあえず自己紹介を始めた。
「えと、ARバレット代表のDr.テイルです。雪来さんの上司としてこちらに来ました」
そう言ってテイルは深く頭を下げた。
「ああご丁寧に。俺は符李蛇鵡を作ったサバンナ太郎です」
その言葉にテイルは首を傾げた。
「……サバンナ?」
「太郎」
「サバンナ?」
「太郎」
何度テイルが尋ねてでもその男はドヤ顔でそう返す事しかしなかった。
「サバンナさんご丁寧にどうも――」
「いえ、サバンナ太郎までセットで名前なんで」
「ああ失礼、サバンナ太郎さんご丁寧にどうも」
「いえいえこちらもどうもどうも」
そう言いながらお互い深く頭を下げあった。
「ちなみに俺はユキヒちゃんの保護者代わりとして参加してます。まあ娘という訳でも何でもないですが」
「はは。こっちなんてただの上司なのに参加してますよ」
そう言って二人の男は苦笑いをしながら話し合った。
たったこれだけの会話だが、テイルと男は強いシンパシーを感じていた。
おそらく、同じような思考だからだろう。
そしてシンパシーを感じていた男同士は互いにアイコンタクトをし――。
「三、二、一、はい!」
二人の男は同時に、背中にいた引っ付き虫を前に持ち出し、テーブルを挟んで向かい会わせになるよう対面させた。
「いい加減本人同士が話そう。な?」
テイルの言葉に相手の男もこくんこくんと何度も首を縦に動かした。
そんな状態で無言時間が続く事十五分、もじもじとしたり不安げな視線を後方に向けたりする二人の姉妹を見て、テイルは微笑ましいやらじれったりやらと何とも言えない気持ちになっていた。
その様子は決して嫌いあっていない事がわかる。
むしろ、相手の事を思いすぎてお互い言い出せないと一目で理解出来るほどだった。
「おいユキ。お姉ちゃんだろ。何か話せよ?」
そうテイルが言うと、ユキはきっと涙目でテイルを睨んだ。
「対人経験皆無の私に何を言えと言うのよ」
「妹に言いたい事を言うんだよ。ほれ相手も聞く意思を見せてるぞ?」
そうテイルが言うと、ユキヒは頬を赤らめながら首を全力で縦に動かした。
その様子はまるで懐いている子犬のようだった。
「……天才だろ? がんばれ」
「天才って言うのはぼっちの別の言い方なのよ……うぅ……」
そう言いながらも、ユキは覚悟を決めたのかユキヒの方にまっすぐ向き、大きく深呼吸をした。
「……まずは謝罪を……。ごめんなさい。貴方が苦しんでいた事すら気づかず今まで放置して」
そうユキが呟くと、ユキヒは驚いた様子で手を横に振った。
「そんな、貴女が謝る事なんて何もないです。悪いのは私と私のクソ親ですから……」
「それなら私の親の所為でもあるもの。私の所為で貴方に迷惑をかけてしまったわね……」
その言葉に、ユキヒは何も言えずにいた。
「それともう一つ、謝りたいって思ってくれてるみたいだけど、貴方からの謝罪はいらないわ。むしろあいつらを押し付けた分私を怒る権利があるとも私は思ってる」
「そんな事……」
「ううん。貴方は私の妹……なのよね? た、他人? 他人かな?」
若干涙目で不安げにそう話すユキを見て、ユキヒは全力で首を横に振った。
「ううん。妹だよ! お、お姉ちゃんが嫌じゃないなら私は妹が良いよ!」
「嫌なわけないじゃない……。家族のいない私の妹であってくれるなら……私は嬉しい」
そう呟きながら、ユキは泣いていた。
それを見たユキヒもまた大粒の涙を零していた。
それから十五分後――。
姉妹の再開を果たし、共に認め合う事が出来涙を流している横で、馬鹿二人はチェスをやっていた。
「……あんたら何をやってのよ?」
泣き止んだユキの若干赤くなった冷たい目に、テイルは真剣な表情でボードを見ながら答えた。
「――男の勝負だ」
ガラスで出来たチェック模様のボードの上を、白と黒のクリスタルで作られた駒が交錯し合うの姿は、なかなかに趣があった。
ただし、素晴らしいのはチェス台と駒だけで、その勝負内容はお粗末という言葉すら生ぬるいような酷いものだった。
「んで……どうしてさっきキャスリングしなかったのよ?」
その言葉に、テイルはミヤリと挑発的な笑みを見せた。
「そりゃ――きゃ、キャスリング? っていうものを知らないからだ」
「どうして取った駒を使ってるのよ?」
「そりゃ――相手の兵を使うって、カッコいいだろ?」
「知らないわよ。ついでに言えば、どうしてポーンが正面の駒取ってるのよ?」
「え? 取ったら駄目なの?」
テイルの言葉にユキは何とも言えない気持ちのまま頷いて見せた。
「そして最大の問題は……えと、そちらの――」
「どうも、サバンナ太郎です」
やたらと通った良い声を男はそう名乗った。
「はいサバンナ太郎……さんはこのアホテイルと良い勝負になってるのでしょうか?」
「その答えは簡単です――俺がチェス未経験者だからですよ」
きりっとした表情でチェスセットを持って来た男がそう答えると、ユキは盛大に溜息を吐いた。
「ああ。この人も同類だったか……」
そう呟いた後、ユキはアホ二人を無視してユキヒの方に集中した。
「ユキヒ……って呼んで良いかな?」
既に泣き止んでいたユキヒはその言葉に、嬉しそうに頷いた。
「うん。私もお姉ちゃんって呼んで良いかな?」
「ええ、良いわよ。……見た目は逆だけどね」
ユキは自嘲するようにそう呟いた。
ユキヒの外見は大学生くらいで、そして背もそこそこありモデル体型である。
成人女性らしい見た目は当然として、かなりの美人であると言っても問題はないだろう。
一方ユキはその正反対で、下駄を履かせていって高校一年生、正直に言えば中学生でも問題のないくらいの外見でちんちくりん。
ユキをナンパするような男がいたとすれば、それはかなり問題がある男だと言って良いだろう。
「ううん。でもお姉ちゃんは頭が良くて、外国の凄い大学とかを飛び級で卒業したんでしょ。私あんま頭良くないからお姉ちゃんの事凄いと思う」
「そ、そうね。まあ私は天才だから! 勉強がわからなかったら私に聞けば教えてあげるわ」
褒められ慣れていないユキは高飛車な態度をとるが、表情は焦りつつも赤面しているの為嫌味な感じというよりはいっぱいっぱいな感じでどこか微笑ましいくらいである。
だが、ユキヒはそれに気づかず純粋に姉に陶酔するような表情を浮かべていた。
「って、そうじゃなく……うん。真面目な話しましょう。ユキヒ、貴方は今どうしたい?」
「へ?」
唐突な質問にどう答えたら良いかわからずユキヒは間抜けな声を出す事しか出来なかった。
「嫌味かもしれないけど私は本当に何でも出来るわ。だからこそ、お金に関しては全く困ってないわ。ぶっちゃけ貴方の思う年収より一桁くらいは多いと思う」
「うん。お姉ちゃんは凄いもんね」
その言葉にユキは照れながら微笑んだ。
「だから、ユキヒのしたい事を教えて頂戴。その為の支援ならいくらでも出すから」
その言葉にユキヒは全力で首を横に振った。
「いやいや! 受け取れないよ。お姉ちゃん小学校に入る前に親に捨てられて苦しんだんでしょ? 私より辛い思いをしたお姉ちゃんからお金を受けとったら私最低じゃん」
その言葉にユキは優しく微笑んだ。
「いいえ。貴方に……ユキヒの為になる事を私が出したいのよ。だって貴女、親からのお金全部拒否してるでしょ?」
「うん。当然じゃん。一銭も受け取ってないよ。受け取りたくないもの」
「学校は?」
「行ってない。親から反発するのに必死で高校に入る学力ががが……。ごめんねお姉ちゃんの妹なのに馬鹿で」
「ううん。ちゃんと嫌な事は嫌って言えてる貴女はカッコいいわよ。でもね……そんな事はどうでも……っていうか……その……ごめんユキヒちょっと待って」
真剣な事を言おうとするユキだが、そろそろ外野の空気に飲まれそうでユキヒは拳をぷるぷるさせながらテイルの方を睨みつけた。
さっきからずっとカンカンカンカンと何かがぶつかり合う音が響き続け、ユキの集中力と緊張すべきシーンはぐだぐだと化していた。
「……んで今度は何してるのよ?」
ユキの冷たい言葉にテイルは微笑みながら、目の前のボードを指差した。
「カロムだが……そうかユキも知らないか。かなりマイナーなゲームだが誰でも楽しめる良いゲームだぞ。噂ではこのゲームが流行している町もあるそうだ」
そう言いながらテイルはおはじきのように指で丸い駒を弾き飛ばしていた。
「うむ。初めて見たが確かに面白いな。大学の時にこれが欲しかった」
テイルと対面の男は楽しそうにそう言葉にした。
そんな二人に怒鳴ろうとしたユキだが、一呼吸取って握りこぶしを解いた。
「……うん。私が怒鳴るのは筋違いだよね。ごめんねテイル。無理言って連れてこさせて。それと、付いてきてくれてありがとう」
「――おう。気にするな。もう俺達がいなくても大丈夫だろ? だからそろそろお邪魔虫は去るわ。ユキ、しっかり話し合え。どんな選択を選んでも俺は応援するぞ」
そうテイルが言った後、男も頷いた。
「ユキヒちゃんも。優しいお姉ちゃんにはしっかり甘えとけ。甘えるのもまた子供の特権だぞ。ユキナさん。ユキヒちゃんの事お願いします」
男がユキに深く頭を下げた後、二人の男は静かにその場を後にした。
「……ユキヒ。あの人良い人だね」
「うん。親元から逃げた私を保護してくれて、そしてずっと守ってくれたの。凄い人だよ。私服のセンスとか最悪だけど……。そっちもただの上司なのにわざわざ付いてきてくれたんでしょ? 良い人だね」
そうユキヒが言うと、ユキは嬉しそうに頷いた。
「うん。苦しんでいた私を助けてくれて、わがままな私にずっと優しくしてくれて……うん。素敵な人だよ本当……」
その言葉に、ユキヒの瞳は若干鋭くなった。
「お姉ちゃんにとってさっきの人ってどんな人なの?」
ただの上司に見えない雰囲気を察したユキヒはそう尋ね、ユキは少しだけ考え呟いた。
「恥ずかしいから言わないけど……恩人ね。大恩人。私を変えてくれた人。おかげでユキヒにも出会えたし」
そう呟くユキだが、ユキヒは納得していなかった。
どう見てもそのユキの態度は恩人に対するものではなく――どう見ても……。
「とりあえず、ユキヒ。貴方の今後の事を考えましょう。時間はたっぷりあるし、最悪時間が足りなくなればホテルに泊まれば良いわ」
「うん。そうだね。お姉ちゃんの事とかもっと聞きたいし沢山話そうね……あの人との関係とか」
ユキヒが最後にぽつりと呟いた声は、ユキの耳には届いておらずユキは楽しそうに頷いただけだった。
ありがとうございました。




