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とある悩み多き若者の一日


 符李蛇鵡に所属する自称苗字を捨てたい女ナンバーワンの立花雪陽は悩んでいた。

 ――本当に、私はここに居続けて良いのかな……。

 別に符李蛇鵡に嫌な事があるわけではなく、むしろ恐ろしいほどに居心地が良い。

 それは、間違いなくここが理想の場所であるとユキヒは言い切る事が出来るほどだった。


 ここに居る同世代の仲間達は自分と同じようにマトモな親を持っている者は数少なく、またその数少ないまともな親であっても亡くなっていたりする。

 中には両親健在で親とも仲が良く、家族関係は良好でもここに来た者すらいた。

 むしろその場合の方がユキヒや親を失った者よりも悲劇と言える。

 まともであるが故に両親が犯罪を犯してしまった場合。

 子供自身にいきなり制御出来ない恐ろしい能力が宿ってしまった場合。

 そういうケースで涙を流しながら親と離れた子供も決して少なくない。


 社会に居場所のない者を集めた最後の楽園、符李蛇鵡。

 それは決して比喩ではなく、正しくはみ出し者の最後の逃げ場となっていた。


 彼らと比べたら……親が糞だという自分の悲劇など鼻で笑い飛ばせるくらいだった。

 そうユキヒは考えていた。

 いや、この考えが出来るようになった事こそがこの符李蛇鵡に来て最も良かった点だろう。

 自分が可哀想であると思って、自分こそが世界の悲劇を背負っていたという思い上がりから解放されたのだから……。


 ユキヒがここに居て良いかと悩んでいる理由は一つ、自分には明確な目的があるからだ。

『両親の代わりに姉に謝りたい』

 その目的を達成する為に、自分はここを出て姉探しをすべきという漠然とした思いをユキヒは持っていた。


 正直に言えば最初は名前も知らない姉の事を恨んでいた。

 気が狂ったような両親から逃げる為、妹である自分を捨てて自由になったと思ったからだ。

 それは両親から、姉は嫌になって逃げた駄目な人間であると言われ続けたからというの理由の内にあった。


 だが、この符李蛇鵡に来てから被害者ぶった考え方がなくなり、姉の事を少し肯定出来るようになった。

 逃げる事が決して悪い事ではないからだ。

 むしろ、逃げずに追い詰められた場合の方が悲劇となる事を、この符李蛇鵡に来る者の傾向からユキヒは学んだ。


 そしてついでとばかりに姉について調査してみたら、衝撃の真実が明らかになった。

 齢一桁前半であった頃の姉を、ただ気持ち悪いという理由だけで両親が捨てたというあり得ない事実が――。

『全然違うじゃないかよ!』

 その時両親に抱いた怒りの感情は今でも確かに残ったままだった。


 元々戻るつもりもなかったが、ユキヒは両親の元に戻るつもりは一切なくなった。

 もし戻る時があれば、両親の息の根を止める時くらいだろう。


 そしてそれと同時に、姉に対ししっかりと謝罪したいいう願いがユキヒの中に宿った。

 それこそが自分の()()の家族である姉に対する贖罪になる事に加え、自分が真人間に戻る唯一の方法だと思ったからだ。




 そんな事を漠然と考えながら、自分達の養護施設兼不良のホーム外をユキヒは箒を使って清掃していた。

 深く悩んでいても、それなりに長い事同じ事を反復していたからかその手は一切止まっておらず何時も通りの箒捌きだった。


「ユキヒちゃーん。どうしたそんな暗い顔をして。おじさんに言ってみ?」

 ふらふらとした様子で男がユキヒに話しかけた。

 緑一色のジャージを来て革靴を履いた、髪もボサボサで無精ひげに塗れた酷い姿の男。

 清潔感がなければホームレスと思ってもおかしくないような外見のこの男こそが、何をかくそう符李蛇鵡の代表である。


「代表。おはようございます」

 ユキヒが丁寧にそう話しかけると男はケラケラと笑い出した。

「固いよユキヒちゃーん。名前で呼んで良いって言ってるじゃなーい。可愛い顔が台無しだよ?」

 その言葉に、ユキヒは赤面しつつ男を殴りだした。

「うるせぇ! いい歳こいたおっさんがすぐに可愛いとか言ってんじゃねぇよ!」

 げしげしと蹴りまで加え、けっこう強めに打撃を加えている様子だが男は全く堪えていなかった。


「ははは。そうそうそれで良いんだよ。元気が一番だよユキヒちゃーん」

「うるせぇ! というかてめぇの名前は色んな意味で呼びたくねぇんだよ! どうしてそんな名前にした? せめて本名教えろよ呼んでやるから!」

「お? お前それサバンナでも同じ事言えんの?」

 そう男が言うと、ユキヒは箒で男の顔面を払った。

 無精ひげに塗れた男の顔は埃塗れとなり、浮浪者そのものとなっていた。


 符李蛇鵡は一応悪の組織である為男にもそういった組織のトップとしての名前がある。

 その為男はその名前しか名乗っておらず、多くの人員が屯っている符李蛇鵡だが男の本名を知っている者はいなかった。

 ちなみに、男の悪の組織トップとしての名前は『サバンナ太郎』というものである。

 その雑な上に適当な名前だが、その名付け方は男を正しく象徴していた。

 この男は、見た目と名前だけでなく行動も含め、全てが適当な男だからだ。

 ユキヒを含めここにいる子供達が掃除をしているのも義務とかそういったものではなく、このサバンナ太郎が何もしないからだ。

 あまりに酷い大人っぷりの所為で、子供達は自主的に掃除をするようになっていたという素晴らしいほどの反面教師っぷりだった。


「お、サバンナおはよー。ユキヒさんの邪魔すんなよー」

 ホームの中からメンバーの少年が顔を出し、男にそう声をかけた。

「おーうおはよーさん。ナンパの邪魔だからさっさと去れ去れ」

 男はおちゃらけた態度でそう言葉にした。

「えー。この前別の人をナンパしてたのにー今度はユキヒ姉ー?」

「良いんだよ。前の子は失敗したから」

「んで明日も別の人をナンパすると」

「おう。きっとそうなるだろうな。お前は賢いなー。でも賢いガキは嫌われるぞ」

「嫌われてここに来たからもう大丈夫」

「お、そうだな。ほれ、良いから飯食ってこい。俺の分残しとけよ?」

 少年は男とそんな会話をして、その後仲良く男に手を振った後ポストに入っていた新聞を取りホームの中に戻っていった。


 なんてことない符李蛇鵡の日常、これこそがはみ出し者の楽園である所以。

 これが自分達持たざる子供達にとってどれほど価値のある事で、そしてこれを維持する事がどれほど大変かを、ここに居る者は皆、一度壊れてしまった経験故に知っていた。


「んで、悩み事なら早めに言ってしまえや。何とかなるかもしれんぞ? ほれ? おっさんに頼れや」

 そう言って男は顔の誇りを払いもせずそう言葉にした。


 ふざけた名前でふざけた態度。

 いつも適当で掃除も料理も洗濯もしないし出来ない。

 恰好も適当で人前に出るのも嫌い。


 だけど、この男は苦しんでいる人を絶対に見逃さず、苦しんでいる人を必ず見捨てない。

 それはここに来る事が出来た皆は知っていた。


「うん。……あのね――」

 そしてユキヒは自分の悩みを吐露した。


 自分だけが幸せになっている後ろめたさ、姉に謝罪したいという願い。

 そして何より、一目で良いから姉に会いたい。

 それがユキヒの偽らざる心境だった。


「んー。じゃあ……午後のインタビュー俺の代わりに出といて。あ、これ組織命令だから拒否許さないから」

「――は?」

「いやー最近俺の分のインタビュー誰も引き受けてくれなくてなー。俺人前に出るの死ぬほど嫌いなんだよねー。だけどそろそろ出ないといけないかなーって悩んでいたとこで天の助けってね。そろそろマジでライオンの被り物をして登場すべきかとも考えていたんだぜ?」

「いやいや! どうしてそうなるの? 色々な意味で。というかどうして私がインタビュー!?」

「――好きな事言って良いからだよ」

「……へ?」

「ここに来るインタビューってのはな、お前らの心をテレビに伝える為に存在するんだよ。言いたい事があるならテレビに言ってしまえ。お姉ちゃんに会いたいってな」

「でも……テレビの人やお姉ちゃんに迷惑かも……」

「その時はその時だ。テレビはどうでも良いか姉に関してはわからんからな。ま、後で考えれば良いだろ。迷惑を押して会いに行っても良いし、引いても良い。まずは……好きな事をしてみろ。お前にはその権利がある」

 そう言って男はユキヒの頭をぽんぽんと撫でるように叩いた。


「だから……子供扱いすんな!」

 そう言ってユキヒは赤くなりながら頭に乗った手を払いのけた。

「へいへいっと。んじゃ、後悔しても良いからまずはまっすぐぶち当たってみな」

 そう言いながら、男は払われた手をひらひらと振りながらその場を後にした。


『子供は自由な事をする権利がある』

 それが男の口癖だった。


「はぁ。どうしていつも真面目に出来ないのかしら」

 そう言いながら箒を吐くユキヒの表情は穏やかな笑みとなっていた。




 それから数日後――符李蛇鵡にユキヒの姉から面会の申し出があった。


ありがとうございました。

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