商店街破壊計画!! 後編の1
交通網が充実しており移動の楽で、サービス精神旺盛で熱気のある店達。
それでいて古い街並みを残した、観光地と言われても納得するほどの伝統ある商店街……その名も『宝が山商店街』
その名の通り宝の山の如く幸せな時間を提供する事モットーとしていた商店街は――突如として悲鳴の渦に飲まれた。
悪逆非道の女怪人クアンとその手下ヴィー達により、平穏な日常は壊され宝が山商店街は地獄の一丁目へと変わり果てた……。
『ナレーションはこんな感じだろうな』
クアンの耳に取りつけられた超小型の受信機にそんなテイルの声が響く。
「はぁ。まあ突っ込みは面倒ですのでおいておきまして、『ヴィー』というのは戦闘員の方々の事ですか?」
クアンは非常に小さな声で周囲に聞こえないようそう呟いた。
それを、クアンの傍で浮遊しているドローンを通じてテイルは聞き、言葉を返す。
「ああ。本当は働きバチってことで『bee』にしたかったんだけどな、ちょうど近所の組織(同業)とネーミングが被って……。だからヴィーにした。そんな理由なので悪いが深い意味は全くない」
「はぁ……」
クアンは溜息にも似た気のない返事をテイルに返した。
灰色の全身タイツに白いデスマスクのような仮面を被った集団、ヴィーと呼ばれた彼らは住民達を追いかけながら目の前のボロボロになったビルに押し入る。
そして数分かけて彼らは何かをビル内の至る場所に設置してから全員退去し、クアンの元に戻ってじっとクアンの方を見つめクアンからの次の指示を待った。
「……全員……いる?」
クアンの言葉にリーダー格と思われる黒い仮面のヴィーが一歩前に出て跪き、肯定してみせた。
「そう。そっか……。じゃあ……壊れちゃえ」
クアンは気だるそうにかつちょっと声を作りながらそう呟き、白い筒型の機械に取り付けられた赤いスイッチをカチっと押し込む。
次の瞬間、爆音が響き渡った。
振動の波がビリビリと周囲を震わせ、その影響で近隣のガラスが割れていく。
そして、ヴィーが押し入っていたビルが一つ……完全に崩壊した。
「ああっ。俺のビルが……!」
周囲で避難していた男が一人、悲痛そうな表情でそう呟いた。
ちなみにこれはただの演出であり、そもそもこのビルに所有者はいない。
「そ。それで?」
冷たい表情でそう言い放つクアンに、男は涙目になって逃げていった。
――演技とは言え微妙に罪悪感にきますね。
クアンは去っていく名わき役を見ながらそう思った。
「……ハカセ、もっと派手に壊さないで良いの?」
さっきまでの演技ではなく素の言い方でクアンは小さく呟いた。
これはさっき壊したビルの事だ。
綺麗に、それでいて内側に吸われるよう計算されきったビル崩壊の瞬間は、まるで解体業者の匠の仕事のようである。
あまりに素晴らしすぎて、怪人が壊した建造物にはとても見えないほどだ。
『そうだな。普段ならもっとバラバラでぐちゃぐちゃにするのだが……この後更地にすることを考えたらなぁ。変に壊すと後の人が大変だと考えたら……ほらやっぱり後で街を造る時に少しでも楽になればなと』
そんな言い訳混じりなテイルの言葉にクアンは小さく苦笑いを浮かべた。
「ふふ。私の事しょっちゅう善人呼ばわりするのに……ハカセも人の事言えないじゃないですか」
『人間なんてそんなもんだ。悪の組織と言えどただの組織に変わりはない。一定数の善人にそれより少数の悪人、そして大多数の日和見主義。それが組織という生き物だ』
妙な実感の込められたテイルの言葉にクアンは否定も肯定もせず曖昧な表情を浮かべた。
「ふふふ。ぜーんぶ……壊れちゃえ」
そんなダウナー系ネガティブ少女の演技をしながらクアンはスイッチを押し、八件目の建造物を破壊する――その瞬間、何やら怒鳴り声に近い叫び声が響き、少年の印象を残した若い青年がクアン目掛けて全力で走ってきた。
『見えたぞ。俺達の敵だ』
テイルは嬉しそうに呟いた。
「止めろ! これ以上人々の生活を乱すようなら……俺が相手だ!」
クアンから十メートルの位置にまで走って来た青年はそう叫んだ。
『……初回であいつか』
落胆というよりは苦笑するようなニュアンスの声がクアンの耳に響く。
「あの人だとなにかまずいのですか?」
若干不安そうに小さな声でそう尋ねるクアン。
『んー……ああ。初回という意味では微妙な相手と言って良いだろう。良い意味でも悪い意味でもな。相手が変身したら戦闘員に行けとか命令してお前は後ろで見ていろ。絶対戦うな』
最後の『戦うな』には強い命令口調がこもっており、そんな言い方をするテイルは非常に珍しかった。
その言葉にクアンは頷き、相手の出方を伺うことにした。
目の前にいる優しそうな雰囲気の青年は緊張した様子でクアンを睨みつけ戦う構えを取っている。
そして片手を空に上げ、何かを呼ぶようにお約束を謳い上げた。
「行くぞ! 装甲ON(アーマー……オン!)」
青年がその言葉を放った瞬間に青年の肉体は白い光に包まれ、次の瞬間には真っ白な光沢を帯びたアーマースーツを身に纏っていた。
そのスーツは非常に鈍重そうで、そして角ばっていた。
重苦しい見た目とは裏腹に武装は見当たらず、腕には黄色い十時の入った小さな盾が付いている。
工事現場の重機を彷彿とさせるデザインを白くしたような……正直テレビ受けも子供受けも余りしそうないそんな地味なデザインをしていた。
「強装甲ダーツ、街の安全を護る為……ここに参上! 俺の前で破壊活動など……俺が、俺の拳が絶対に許さん!」
そう言いながらダーツは拳をクアンの方に向け、ファイティングポーズを取った。
『クアン。ヴィーに指示を』
テイルの声にはっとし、クアンはダーツの方に手の先を向け、だるそうにつぶやく。
「ヴィー。あの地味なヒーローに思い知らせてあげて」
その言葉を受け、十数人のヴィーが一斉にダーツと名乗った正義の味方に襲い掛かる。
「さあ、こい!」
ダーツはそう言い放ち、戦闘員相当のヴィーと戦い始めた。
『相手の事、なんか色々地味で微妙だと思っただろ?』
テイルの言葉にクアンは首を縦に動かし肯定する様子を見せた。
『そうだろうな。あのスーツ、元々は警察内での特殊土木用に設計されたものだ。それを流用して量産化させた特殊な機能を追加した。デザインは工事用の物を変更していないからぶっちゃけダサい。いやあの量産っぽさと重苦しいメカのようなダサかっこいいデザインは素晴らしいぞ。俺も結構好きだ。だが正義の主役としては少々地味すぎる』
そんな言葉を聞いてクアンは納得した。
確かに、正義のヒーローの変身後にしてはかなり微妙な印象だったからだ。
アレなら変身前の方がよほどテレビ映えしただろう。
そしてそんなダーツの様子だが……何故かヴィー達相手に苦戦を強いられていた。
時間にして既に十分、常にヴィーが優位に立ちまわってダーツを翻弄し続けている。
「ハカセ、ヴィー達ってそんなに強いんですか?」
絶対に他所に聞こえないよう擦れるような声でクアンはそんな事を尋ねた。
『……ランクで現すなら、ヴィー達は大体Bマイナス。悪の組織構成員としては最下位クラスで良くある戦闘員と同等だ。そして、ダーツの戦闘力はB。そんなわけで人数差でヴィーの方に分があるな』
拳を振るって戦うダーツ相手にヴィー達は連携し立ち回ってチクチクと叩いたり蹴ったりと攻撃を重ねていた。
「これ……テレビ受け最悪じゃないですか? 見ていてもつまらないのですが」
『そうだな。うまくいけばテレビ受け最悪で放送中止で済むだろう。だが……その可能性は低いと考えている、経験上な』
妙に緊張した様子でテイルはそう呟く。
更にクアンは、一つ小さな違和感に気が付いた。
それは、圧倒的有利であるはずのヴィー達の間に緊張が広がっているという違和感である。
本来なら負けているはずのダーツ側が緊張するはずなのに、実際に緊張した様子になってるのはヴィー達だった。
『やっぱりこうなるか……Dコード発令しろ。すぐにだ!』
ヴィーの拳がダーツのマスクに直撃してヒビが入った瞬間、テイルはクアンにそう叫んだ。
「ヴィー。Dコード発令! 準備開始!」
演技もかなぐり捨ててクアンはそう叫び、それに合わせてヴィーは後方に跳んでクアンの後ろに待機した。
Aコードは通常状態、つまり作戦行動中である。
Bコードは注意状態、つまり作戦続行しつつ要注意しろという指示である。
Cコードは撤退開始、つまり逃げる準備だ。
そしてDコードは……緊急事態の為放送を気にせずの撤退。
つまり緊急事態での避難命令でかつ事実上の敗北宣言である。
「それでハカセ。どういう事?」
クアンは目の前で茫然として立ち止まっている正義のヒーローを見ながらそう呟いた。
『そいつが着用できるスーツはアレしかない。もっとわかりやすく言えば、あのスーツは特殊な力を宿していてな、極度の精神安定かつ肉体安定の効果――早い話が拘束具の一種だ』
「へ?」
『つまり、要点は二つだ。あいつは戦闘中あのスーツを着ないと意識が保てない。そして、残念ながらあいつは……スーツがない方が強い』
その言葉と同時にダーツの仮面部分が崩れ落ち、人の顔はなく赤い瞳をした獣のような顔が見える。
プラスチックの壊れるような音と同時にダーツの着用していたスーツは砕け散り、中身が姿を現す。
中から出てきたのはさっきまでいた正義感溢れる優しそうな好青年ではなく、全身茶色の体毛で覆われ狼のような顔をした異形の怪物――狼男のような化け物がそこに立っていた。
狼男は全力で天に吼える。
鼓膜が破れそうな音に周囲は震えあがり、見える範囲全てのガラスは全て砕け散る。
撤退することすら容易ではないだろう。
そう気づくに十分な力量差をクアンは感じていた。
ありがとうございました。