決着!? トゥイリーズ対怪人クアン
最後の決戦が始まる条件である『クーデター作戦の計画書』は、結構な人数の正義の味方や警官に発見されていた。
では、どうして発見されたのに誰一人行動に移らず、最終フェイズである決戦が始まらなかったのかと言えば、その理由は大きくわけて二つである。
一つ目は、その方が都合が良いという非常にシンプルな理由。
例えば、PDハウンドという正義の味方の場合。
彼は戦闘能力がとにかく弱く、ARバレットのヴィー相手でもボコボコにされる程度の力しか持っていない。
だが、その代わりに驚異的なパトロール能力を持っている為、彼は戦う事なくヒーローとして確固たる地位を得る事が出来ていた。
そう、彼は今まで、まともに戦っていないのだ。
ヒーローとなったのに、自分が弱すぎて戦う事なくその地位を得たハウンドは物足りなさを常に感じていた。
そこに現れたのが、クアンである。
自分よりも優れた情報収集能力。
それは道具の力によるものだが、そんな事彼には関係なかった。
パトロールという土俵で自分が勝てない相手が出てきて、しかも自分に小憎たらしい口を利いてくる。
それは、ハウンドの燻っていた熱い心を燃やすには十分だった。
――決着を付ける? 馬鹿を言うな! 俺達の決着はパトロールで決めるべきだ!
そんな思いをハウンドは抱き、見つけた偽の計画書を破り捨て真向からパトロール勝負を挑んだ。
ハウンドのように極端な存在でなくとも、ポリス系ヒーローのパトロール主体と言えば戦闘が少なく救助が主なヒーローがほとんどである。
そんな中に現れ挑戦状を叩きこんできた悪の組織。
それは彼らヒーローにとって素晴らしいイベントであり、終わって欲しくないとさえ願う者も多く存在していた。
競う相手が生まれて喜んでいるのは正義の味方だけではなく、警察にとっても同じような現状となっていた
自分達しか出来ないと思われていた仕事を軽々とこなす悪の組織。
それは彼らのプライドを刺激するには十分だった。
『お前ら、悪の構成員一人に勝てないのを恥と思わんかね?』
そんな上司の言葉に燃えない警官はおらず、社会正義の為という警察の信念がより強固になった瞬間だった。
ちなみに、警察も正義の味方も熱意を燃やした者は皆、皆ARバレットの用意した計画書を偽者と判断した。
しかし逆に、このクーデターの計画書を本物と思った人も少なくなかった。
それが二つ目の理由である。
そんなわけがないとは思いつつも、そのクーデターの計画書がやたらと上手く出来ており、絶対に在りえないと断定できず本物である可能性を排除出来ずにいる。
そう思った正義のヒーローは、決して少ない数ではなかった
その為、そのもしもに備え彼らはクーデター計画を潰す準備に取り掛かっていた。
ただの誤解なのだが……それでも正しい意味で正義の味方である彼らは、零でない限りもしもに備えなければならなかった。
そんな思惑の終わるに終われなくなっていた作戦を終わらせる為の強制起動キーをテイルは起動した。
自動的に物語を進め、そして物語を終わらわせる為のデウスエクスマキナ、それは――。
既に使われなくなり封鎖された炭鉱跡地に、彼女達は向かった。
そこで最後の準備をしているという情報を掴んだからだ。
『どうして炭鉱?』
『洗脳作戦どこいった?』
などと無粋な突っ込みをいれてはならない。
『あー。ここなら暴れても良いからここを選んだのか』
という野暮な答えを想像する事も禁止である。
そして二人はその炭鉱前で、掴んだ情報通りヴィー達に指示を出しているクアンの姿を発見した。
そしてクアンもまた、彼女達の姿を確認した。
「……そう。ここに来たという事は……そう言う事なのね」
思わせぶりな事を言うクアンに、トゥイリーズの二人は悲しい表情を必死に作ってそれっぽい雰囲気になるよう努力した。
「ねぇ。止めにしない?」
マリーの言葉に、クアンは苦笑いを浮かべる。
「まさか。ここまで来て。あともう一歩なのよ? 止めると思う?」
そのクアンの言葉に、マリーは何も言えずに黙り込む。
この時、三人の気持ちは完全に一つになっていた。
――うわ。演技ひど……。
そう、普段からある程度演技には慣れている三人ではあるのだが、今回の場合はお互いかなり親しい顔見知りで、しかもほぼ全て完全かつ適当な捏造である。
その所為で変な笑いが出てきそうになるくらいだった。
そんな状況でシリアスな演技をしろと言われても、正直非常に困る。
その結果が、三人全員が大根役者になるという致命的な致命傷を負う結果となってしまっていた。
「……私を止めたかったら……言葉じゃなくて実力で止めてよ」
そうクアンが言葉にした瞬間、マリーとミントの二人は一瞬だけ目を輝かせ直後に表情を暗くした。
意味のない会話パートの終わりを理解したからだ。
「……それしか方法はないんだね……」
そうミントが呟くが、内心は早く会話を止めてとっとと戦い合いたかった。
少なくとも、この大根演技を続けるよりは殴り合った方が心に優しいからだ。
「ええ。ヴィー。貴方達は下がってて。ここは私が」
そう言ってクアンは表情を硬くして、水の球を一つずつ自分の両隣に浮かべた。
全てが演技で、適当な状況だが……一つだけこんな状況であっても真なるものが存在していた。
それは戦いたいという意思である。
同性であり、友達であるマリーとミント、クアンの両陣営はいつか正々堂々拳をぶつけて戦いたいと考えていた。
友達だからこそ、まっすぐぶつかり合いたいというマリーの心境に二人が影響された形だが、それでも確かに、三人の心は一つになっていた。
大根役者勢揃いだった演技が終わった瞬間、空気は一変した。
戦いの気配が濃厚になったような、そんな空気である。
ただし、その空気は争いの空気とは全く違い、格闘技の試合のような……そんな雰囲気を醸し出していた。
――ふふ。マリーらしいですね。
クアンはそう思いながら、構えを取るマリーの方を注意深く見た。
もうどう見ても『これから拳でぶん殴ります』という構えを取っているマリー。
魔法少女らしくないと言えばらしくないのだが、最近ではこれもある意味で魔法少女らしいとも言えた。
マリーが半身の構えを取り、ぐっと拳を構えた瞬間、周囲に鳥の羽らしき幻影が舞う。
その直後――マリーは一瞬で距離を詰めクアンに向かって正拳突きを叩きこんだ。
「せいっ!」
あらゆる意味でまっぐな、マリーらしい一撃をクアンは水の盾を使い正面から受け止める。
クアンにとって予想の範囲内で、そして対処が容易い部類の攻撃だった。
弾く必要もなく、まっすぐ包むようにマリーの拳を受け止め、そのままクアンはマリーに向かって蹴りを放った。
側頭部を狙い撃つクアンの蹴りをマリーはガードもせずに受け止め、そのまま後ろに下がる。
マリーの頭には一切怪我がなかった。
「……かったい」
ぽつりとつぶやくクアンにマリーはにこっと微笑んだ。
「私達の鎧は精霊の加護があるからね。ちょっとやそっとじゃ負けないよ!」
精霊と言えば恰好良いのだが、実際はダルマの加護である。
間抜けは感じはするのだが、精霊である事に変わりはなく、その加護も相当以上に強力なものだった。
ガギン!
背後からそんな衝撃音が聞こえクアンは慌てて後ろを振り向いた。
そこには蹴りを放っているミントの姿があった。
「……完全に虚を突いたと思ったのに」
ミントは悔しそうにそう呟き上空に高く跳んだ。
実際クアンは完全に隙を突かれた形ではあるのだが、念のため二つの水のうち片方を自動防御に設定していた。
とはいえ、この自動防御には欠点も多い為過信する事は出来ない。
そしてミントが飛び立った後、入れ替わるようにマリーはクアンに突っ込み攻撃を叩き込もうとする。
その連携を見て、クアンは何となく二人の戦い方が読めて来た。
おそらくだが、二人は格闘技経験がほとんどないのだろう。
二人が繰り出すパンチやキックといった攻撃手段は非常に優れているのだが、その反面硬直は長く攻撃後の隙が大きく出ている。
つまり、二人共戦いの流れがチグハグなのだ。
相手の隙を読むといった動作や、流れるような攻防や立ち回りがなくただパンチやキックが単体として存在しているだけ。
トゥイリーズの戦いはそういった悪く言えば雑な戦い方をしていた。
だからこそ、二人は交互に攻撃してお互いの隙を消し合う連携を主にしているのだろう。
クアンも格闘技経験という意味ではずぶの素人なのだが、雅人とファントムにみっちし鍛えられたクアンはそれ相応に経験を積まされていた為それを理解する事が出来ていた。
二人の格闘技経験が浅いからと言って、対処が楽なのかと言えばそんな事は決してなかった。
マリーの拳をクアンは次なる攻撃も予測して自分を中心とした球体のシールドを作る。
そのシールドでマリーの全力パンチを受け止めると、予想通りその後ミントが空から飛び蹴りを浴びせて来る。
その攻撃を受け止めた瞬間、シールドが歪みぱしゃっと音を立てシャボン玉のように割れた。
確かに個としてならクアンの方が有利なのだが……それを人数と連携でトゥイリーズは補っていた。
「ああ。わかっていたけど、仲良しねホント」
クアンはそう呟き、割れたシールドを元の球体に戻してマリーに投げつける。
猛烈な勢いで襲い掛かる大玉スイカくらいの水をマリーは後ろに避け、ミントと合流して二人で上に蹴り上げた。
見事な連携に水は上空に跳び、そのままクアンのヨーヨーのように手元に戻ってきた。
――ああ。これが魔法の力ですか。
クアンは溜息を吐きたくなる気持ちを抑えながら、二人に意識を集中させる。
さきほどの水球をクアンは蹴られる直前に硬度を零にしてただの水に戻した。
蹴り上げた足を水球の中に入れロックする為である。
だが、そんな水を二人は何事もないかのように、平然と蹴り上げたのだ。
それは完全にクアンのシミュレートの結果外でかつ予測不能な事態である。
水に関しての知識は誰にも負けないクアンが予測できない事態という事は、相手側に原因があるのだろう。
「相性が悪いとは言いませんが……理不尽だとは感じますねぇ」
「ん? 何か言った?」
「いいえ何も!」
クアンはそう答えると同時に、そのまま水球の一つをビー玉サイズに分裂させ無数の水の球に変化させて射出した。
弾丸のように降り注ぐ水弾に対し、マリーはガードして受け止めミントはその場を離脱して回避する。
確かに一つ一つは小さい上にまとめての射出の為威力自体は相当低い。
それでも、一発がサブマシンガンほどの威力が出ている弾丸を生身で防ぐというのは予想していなかった。
「なんというか……本当すさまじいポテンシャルですねぇ。絵柄は魔法少女らしくなく、むしろ完全に空手とかそっち系ですけど」
「言わないでよ! 微妙に気にしているんだから!」
マリーはしょんぼりしながらそう言い返した。
マリーの戦い方は突撃してくる時の足や、殴った時の手など、その一瞬の間で白い羽の残留が迸る。
一瞬だけふわっと舞い散る羽が見え、そしてすぐに消えていく。
おそらく魔力の影響なのだろう。
そして、そのちょっと可愛らしくファンシーな現象を除けば殴る、耐える、殴るという行動しかしないマリーの動きは魔法少女というよりも、プロレスラーか空手家のソレでしかなかった。
「魔法で色々と出来るんじゃないですか?」
「出来るよ。でもね……水を操ってるクアンならわかると思うけど……難しいのよね……能力による情報処理」
「ああ……それは良くわかります」
全て情報と計算式をインプットされた状態のクアンですら、まだ能力を十全に使いこなせているとは言えず、またちょっとした疲労状態ですぐに能力は弱体化していく。
それだけ脳に対する負担が大きいのがクアンにとって能力を使うという事だった。
「んで私は勉強があまり得意ではありません。だから、私の能力の使い道は最も効率が良く私に向いた一つだけになりました!」
「その一つって何です?」
「この服って魔法少女の服って魔力を蓄えて戦闘力を上げる仕様になってるの」
「うん」
「つまり……まりょくをきあいでうみだしてー、ぜんぶふくにそそぎこんでー、なぐる」
「おおう。しんぷるぅ……」
「というわけで――私が出来るのはこれだけ!」
そう叫んだ瞬間、マリーの周囲に羽が舞い、目にも止まらぬ速度でまっすぐ拳を振りぬいてくる。
クアンはその拳を水の盾で受け止めるが、受け止め切れずに盾が破れクアンは後ろに飛び退のいた。
勢いも速度も最初の時と比べ物にならない。
どうやらマリーはスロースターターらしい。
それと同時に、マリーの周囲に出て来る羽の量も倍くらいに増加していた。
クアンは水弾として飛ばした水を回収し、さきほどと同じように左右に水の玉を一つずつ配置する。
そしてその水の球をくるくると自分の周りにゆっくりと回転させた。
それを見てマリーはじりっと摺り足で横に移動しつつ用心深くクアンを観察する。
と言っても、これはクアンのブラフであり回転させる意味は全くない。
本当に意味のない行動なのだが、マリーが用心して少し様子見した時点で十分な意味があったと言えるだろう。
「やっぱり強いなぁ。うん。勝てる気がしない」
マリーはそう言うが、その顔は挑発的な笑みでとても勝てない相手と戦っている顔ではなかった。
「まだまだ戦えるって顔してますけど?」
「うん。だって私じゃ勝てなくても、私は一人じゃないからね」
その言葉で、クアンはミントがしばらくこちらに来ていなかった事に気が付いた。
マリーを危険視しすぎてミントから意識が飛んでいた事を自覚したクアンは二つの玉を全て球体のシールドに変えミントを探す。
その直後――クアンはシールドに背面からの強い圧力を覚えた。
球体状のシールドを解除し、圧を受けた方向に水を集中させ盾を形成しながら振り向いたクアンが見たのは、漆黒の闇そのものだった。
闇がまっすぐ直線状にこちらに襲い掛かっていた。
それを一言で表すなら、黒いビームだろうか。
何とかシールドの向きを変え受け流そうとするが間に合わず、黒い光は水の盾に穴を空けクアンに直撃した。
クアンが吹き飛ばされている間もビームはクアンの腹部に直撃し続け、抉るように皮膚を焼いていく。
――これは、まずい!
クアンは水銃用に取っておいた少量の水を使い自分の体を強引に捻りねじらせビームから逃れる。
そのままクアンはゴロゴロと転がり、その直後回転の勢いを利用して立ち上がりマリーとミントの方を見た。
「ま、魔法少女らしい事出来るじゃないですか」
焼けた腹部を水で冷やしながらクアンはそう呟いた。
「その代わり私はそこまで身体能力強化が出来ないし、高威力で魔力を撃ちだすにはチャージ時間がいるからね。でも結構なダメージを与えられたね。まだ戦う?」
そんなミントの言葉に、クアンは無理やり笑い顔を作ってみせた。
終わるわけがない。
この程度で終われるわけがなかった。
「マリー。ここからが本当の勝負よ。相手を侮るのだけはしちゃだめだからね」
すぐ敵に同情するマリーにミントは釘を刺し、マリーはそれに頷く。
「うん。わかってる。格上で、こっちの手札も全部見られたんだから、油断する気はないよ。と言っても、私のする事は何も変わらないけどね」
そう言って微笑んだ後、マリーとミントは真剣な表情でクアンの方に足を進めた。
クアンは飛び散ってしまった水を自分の上空に集め直した。
とは言え、その量は最初の三分の一程度、ボーリングの玉一つ分の水となってしまって手持ちと相手の手札を考慮し、クアンは作戦を変更する事にした。
相手にあって自分にない物、それは人数と一撃の威力。
逆に相手になくて自分にある武器、それは手札の多さ。
一点集中故に強い二人を見て、クアンは戦法を変え、クアンは足を使ってかき乱しながら時間稼ぎに集中した。
マリーが周囲に羽を乱れさせるその瞬間、クアンは横に移動し必死に軸をずらす。
恐ろしいほどに早く鋭い攻撃だが、その攻撃は基本直線であり点である。
軸さえ合わせられなければそこまで驚異的ではない。
だからこそ、マリーとは距離を取って回避に専念する立ち回りとした。
その場合厄介になるのがミントである。
機動力は五分、こちらが怪我した分若干不利だろう。
その上相手はチャージすればするほど威力があがる遠距離攻撃持ちである。
魔法少女と言うよりは魔砲少女と呼ぶ方が近いのではないだろうか。
クアンはそう考えた。
そして案の定、ミントは足を止め拳に黒い光を集めだす。
それを見て、クアンはミントに向け銃を撃った。
クアンが勝手に『てっぽーうおくん』と名付けたクアンの銃型補助装置。
ほんの僅かな能力使用だけで威力と命中精度を補正してくれる便利な道具。
水の消費も極微量な上に空気中からも水を作つ為自給自足もなりたつ。
今のように痛みに耐えながら走り、マリーに気をつけている状況でも問題なく使える道具と言えた。
飛んでくる水の弾丸を防ぐ為、ミントはチャージを中断して弾丸を拳で叩き落す。
威力自体はさほどだが、それでもミントの闇ビームを止めるには十分だった。
クアンは走り回りながら二人から距離を取りつつビームを撃たれないように牽制していく。
何とか隙を突こうと二人して試行錯誤を繰り返すが、明確に手札の限られる二人には対処する方法がなかった。
それでも、どちらが有利かと言えば二人側の方が大きく有利だった。
単純に、クアンの方が体力の消費が激しいからだ。
これが万全の状態ならまだわからなかったのだが、クアンは腹部に大きく負傷しており痛みの分体力の消耗が激しい。
その状況でかき乱す為に二人以上に、そして二人に詰められない為に考えながら走り回らなければならない。
それはクアンの体力を目に見てわかるほどに奪い取っていた。
そして十五分が経過した。
全く息の切れていない二人とは対照的に、走り続けた為クアンは息も絶え絶えで、そして怪我も悪化して腹部からは血が流れていた。
トゥイリーズの二人は心配する気持ちもあるが、それでも手を緩める事はない。
友情があるからこそ、今この時は全力で戦うべきだと知っているからだ。
そもそも、怪我をしたからと言って侮って良い相手ではない事くらい、友人であるからこそ痛いほどに理解していた。
その証拠に、クアンの表情は辛そうでも目は死んでおらず、挑発的な笑みを作ろうとしているくらいだった。
「……これでも私負けず嫌いなんですよね」
「知ってるよ」
クアンの言葉にマリーは微笑みながら答える。
「ええ。ですので、これで最後です――気をつけてくださいね」
クアンはそう呟きながら、銃を一発撃ち放った。
ただし――自分の足元に。
キン。
甲高い金属音と同時に地面が揺れ動く。
それは地震というほど定期的な揺れではなく、むしろ壊れた機械が動くような不規則な揺れだった。
そしてその直後、周囲五か所から水の柱が沸き立った。
「げっ!」
状況を正しく理解したマリーは苦々し気な声を放った。
「……水道管を破ったのかー」
ミントの言葉にクアンは微笑みながら頷いた。
走り回りながら水道管の様子を見て老朽化と状態を調べどこに力を加えたら一番大きく破壊出来るかを調べて、その支点を見出したクアンは、そこに亀裂を生み出し現状を作り出した。
そして……クアンは身体制御に使っていた部分も含めてほぼ全ての脳容量を能力使用に割り振り、その五本の水柱を全て二人の上空に集める。
「私も、シンプルに行くことにしました。ですので技名もシンプルに『スプレッシャー』としましょうかね」
そう呟いた後、水は二人を囲むようドーム状に形を変える。
クアンが使う球体のシールドに良く似ているが、それは当然防御用の技ではない。
目的を一言でいうなら、圧迫である。
その証拠に、ドーム型から天井が徐々に下がり、おわん型へと形を変え更に天井部を下げ続けていた。
二人は逃げ場を塞がれたまま、上空から押しつぶすような圧力を受け顔を歪める。
「……マリー。どうする?」
ミントの言葉にマリーは少し考え、そして自分達は考えるのが苦手な事を思い出した。
「下手な考え休むになんたらって言うし、いつも通りいこう。私耐える。ミントぶち抜く。だから後よろしく」
その言葉にミントは微笑んだ。
「ん。三十秒がんばってね」
そう言ってミントは腕に黒い光を集め始めた。
能力に全てを割り振ったクアンは他にする事がない。
ただ、二人がどうするのか黙ってみているだけである。
両手を上に上げ潰されるのを耐えるマリー。
水の量はどんどん上に積もり、圧は水と比例して増していく。
十秒は耐えられるだろうが、それ以上は絶対に耐えられないだろう――クアンはそう思っていた。
十秒の段階で、顔を苦しめ腕を軋ませるマリー。
そりゃあ当然である。
ただでさえ能力全開にしている上に水の量も増え、しかも重力まで味方となっている。
それは多少身体能力が高いからと言って、一人で何とかなるレベルでは決してない。
それでも、マリーは諦めていなかった。
二十秒。
絶対に無理だと思われたのに、マリーは成し遂げていた。
歯を食いしばりすぎて口から血を流し、腕は毛細血管が切れたからか気持ち悪い青さを見せている。
それでも、マリーは立ち続けて、ミントを庇い続けていた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
咆哮するかのように叫び声をあげると同時に、マリーの周囲に光の羽は拭き乱れるように舞い散る。
クアンはほんの一瞬、マリーの背に白い綺麗な羽が生えたように見えた。
その直後、ただ耐えるだけではなくマリーは若干水を押し返した。
――ああ。これは私の負けですね。
もうその時点で、クアンはそう覚悟した。
残り五秒で、マリーが諦めるとも思えず、マリーの心を折る事など出来る気がしないからだ。
敗因は根性の差だろうか。
黒い光が視界を奪う中、クアンはそう思った。
ありがとうございました。