歓迎会と朱色と袖と
「えーそれでは、新規参入する立花雪来君の歓迎会と、作戦会議を兼ねてのパーティーをこれより開催します!」
マイクを持ったテイルがそう言葉にしたその瞬間に、大量のクラッカーの音が鳴り響いた。
盛大な歓声と鳴り響くクラッカーの音が予想外だったらしく、中央にいる立花は戸惑いながら茫然として様子を見せていた。
中央のテーブルにいるのはテイルと立花、クアン、雅人、ファントム。
それとおまけとしてクアンの横に赤羽越朗が何故ここに自分がいるのだろうという哲学的な表情のまま茫然とした様子で参加していた。
そしてその周囲のテーブルにはナナや十和子などを含め数十人後半の戦闘員達がパーティーに参加し、賑やかし要因になっていた。
「えっと。その、作戦会議も兼ねているという事ですが、俺参加して良いんです?」
おずおずと赤羽がそう言葉にすると、テイルは意地の悪い笑みで微笑んだ。
「ぶっちゃけ良くはない。良くないが! そんな細かい事気にするなよ越朗君! それともアレか。歓迎会に参加したくなかったのかい!?」
「まさかそんな。立花さんおめでとうございます!」
てんぱった状態のまま赤羽は立花にそう言って深く頭を下げる。
「あのさ。歓迎会にケチ付けたいわけじゃないけど、どうして正義の味方を参加させてんの? しかも中央席に」
立花が小さな声でテイルにそう尋ねると、テイルはニヤリとした笑顔を浮かべ立花の耳に顔を寄せた。
急にテイルの顔が近くなった立花は赤面しつつ、テイルの声に意識を傾ける。
「越朗君はアレだ。クアンにホの字らしくてね。俺的には好ましいと思っている事態なので応援しつついじくりまわしてやろうと思ってな」
その言葉に立花は良くわからない安堵と少しだけ女性らしい野次馬的な好奇心を覚えた。
「なるほど。だから越朗君ってテイルは呼ぶのね。うん。良くわかったわ」
そう言いながら立花はテイルのような意地の悪い笑顔を赤羽に向けた。
「え? あのどういう事でしょうか?」
「え? 言って良いの?」
そう言いながら立花がクアンの方を見た瞬間、赤羽は頭を深く下げて「勘弁してください」と小さく呟いた。
立花はテイルがどうして赤羽の事を気に入っているのか、その理由が少しだけ理解出来てしまった。
「はーい。せっかくのお食事ですから冷めないうちにどうぞー。あ、私はクアン様のお付きっぽい事をしているナナです。よろしくお願いしますね」
そう言いながらナナはテーブルの上に食事を並べていった。
「あ。よ、よろしく……」
ドモリながら立花がそう声をかけるとナナは笑顔で微笑み立花の耳に顔を近づける。
「安心してくださいねー。今テイル様を狙っている人誰もいませんので。ゆっくり攻略してください」
そんな事を言われ、立花は瞬間湯沸かし器のように即座に顔を真っ赤にさせた。
「ちょ!? なんで!?」
慌てふためく立花にナナは優しい笑顔を向ける。
「ふふ。乙女の感って事で」
実際はそんな高度な事関係なく、立花が良く見ている目線の先を見たら誰でもわかるような事なのだが、天才であるはずの立花はその事に気が付く事すらなかった。
「ところで、他の奴らが花見に参加出来ないのはわかる。昨日いきなり提案した俺のミスだ。だけどどうしてファントムは来なかったんだ。仕事もまだだし彼女もいないだろう」
そう言ってテイルはジト目でファントムの方を見て、それに対しファントムは大きく溜息を吐いた。
「はぁ。ハカセ。僕が参加しなかった理由はちゃんとありますし、言わなくてもわかる人はわかるような当たり前の事です」
そんな謎解きのような事を言われテイルは首を傾げた。
「え? まじで? じゃあクアン。わかる?」
お茶をゆっくりと幸せそうに飲んでいたクアンはその言葉に反応し、湯呑をテーブルの上に置き、そして首を傾げた。
「え? いえすいません。ファントムお兄さんがどうして花見を断ったのかですよね? 私にはわかりません」
「ほら? わからないぞ?」
クアンの言葉にそう言われるとファントムは苦笑いを浮かべた。
「雅人お兄さんはわかりますよね?」
ファントムの言葉に雅人は苦笑いを浮かべ頷いた。
「生まれたばかりのクアンならともかく、普通に生きてきた奴なら大体わかるだろうな」
そんな雅人の言葉にテイルは困った顔で首を傾げた。
「そうかー。まじかー。んじゃ越朗君はわかるの?」
そう言われ、赤羽は首を傾げた。
「えと、ちょっとわからないのでもう少し詳しい状況を教えていただけたら」
「そうか。すまんな。昨日花見に行こうと決めたらほとんどに先約があったんだ」
「ふむふむ」
「それで行けるのが立花君とクアン、そしてファントムだったんだ」
「ふむふむ。……ん?」
そう言いながら赤羽は立花の方を見た。
立花はそっと顔をそらしら。
「それでクアンは……まあ越朗君とのデートだ。仕方ない。だがファントムは理由も言わずにキャンセルだ。そして今の話になるんだが、わかったか?」
その言葉に赤羽は盛大に溜息を吐いた。
「それでわからない人はよほどの鈍感な人くらいですよ」
そんな赤羽の言葉に、ファントムと雅人と給仕をしていたナナとついでに十和子はテイルに指を差した。
クアンは良くわからず首を傾げていた。
「……まじかー。そうか。あ、立花君はわかるか? ファントムが来なかった理由」
そう声をかけられると立花は顔をテイルから逸らし、耳まで赤くして蚊の鳴くような声で囁いた。
「そこで私にふらないでよ……馬鹿……」
その言葉で周囲にいた戦闘員の女性達からブーイングの嵐を受けてテイルは更に首を傾げた。
「さて、歓迎会という事で開いたが、た、立花君。何か感想はあるかね?」
テイルは数分ほど女性陣からネチネチと責められ続けた事による疲労を見せながら、気を使うようにおたおたした様子でそう立花に尋ねた。
そんなテイルの様子を楽しそうに見ながら立花は呟いた。
「そうね。この料理を作った人は本当に愛情深い人だって思ったわ」
「ふむ。そうなのかね?」
テイルは真面目な顔でそう尋ねると立花は自信満々に頷いた。
「ええ。このフライドチキン一つにしても美味しくするために多くの拘りがあって、そして隠し味がこれでもかとふんだんにに使われているわ。なのに、辛い物を全く使っていないわ。この中で辛い物が苦手な人がいるんじゃないかしら?」
チキンを持ちながら立花がそう言うと、クアンがそっと手をあげた。
「はい。私は辛い物があんまり得意じゃないですね」
「ね? 他にも配膳事にかなりに細かい指示があったで……ありましたよねナナさん」
その言葉にナナはにっこりと微笑んだ。
「ご慧眼お見事です。ですが、これから先私は間違いなく立花様より下の立場になりますので、敬語なしで七号、またはナナとお呼びください」
「あ、はい」
可愛らしい外見なのになぜかさんを付けたくなるナナに対し立花は小さく頭を下げた。
「というわけで、正解でしょ、美味しい料理を作ってくれたテイル?」
「ふむ。そうか。いや、褒められるのは嬉しいがそこまで言われると何だかこそばゆいものを感じるな」
そう言いながら頬を掻くテイルに立花はにっこりとした笑顔を向けた。
「あら。貴方でも照れる事があるのね」
「そりゃあるさ」
テイルがそう言葉にすると立花は微笑み、それを見てテイルも笑った。
ちなみに、周囲の人間は皆二人を微笑ましい目で見つめていた。
クアンだけは良くわかっていないが、つい昨日まで泣いていた立花が心から笑っている事が嬉しくて、そんな立花の方に満面の笑みを向けていた。
その後、立花の今後について相談した結果、立花は兵器開発局長という肩書になるという事で話は収まった。
立花の身体能力を低下させ戦闘に参加させない事を確定させれば今の階級のままでいられるというセコイ事情もあるのだが、一番の理由は立花を出来るだけ自由に行動出来る立ち位置にしたいという考えが主な理由となっていた。
テイルは悪の組織も楽しいんだという事を立花に知って欲しいと考え、自分に近く自分に出来ない事を立花に求めた。
クアンは特に希望はなく、単純に立花と一緒に楽しくお話出来たらそれで良いと考えた。
だから今回の作戦会議とは関係なくクアンは立花に女子会の参加を要請した。
最初は自分が行くと迷惑になると言って断る立花を、クアン、ナナ、十和子の三人がかりで強引に説得した。
困り顔ながら嬉しそうな立花を見ると、三人はそれが間違っていなかったと自信を持ち満足そうな表情を浮かべた。
男性怪人二人の希望は、非常にシンプルである。
『テイルに近い立ち位置なら何でも』
要するに、彼らはテイルにはさっさと身を固めて欲しいのだ。
自分達の事を息子と呼び愛情を注いでくれるのは嬉しいが、それよりも自分の幸せの為に愛する人に愛情を注いでほしかった。
と言っても、朴念仁の鈍感男であるテイルにそのような機会はめったになく、また機会があったとしても基本的にうまくいかずこれまで全てフラグを立てては消滅するという悪循環に陥っていた。
ファントムが芸能人相手に合コンを開いた結果、テイルは相手女性の啓蒙に成功し悪の首領にするという謎のミラクルは起こしやがった。
ちなみに、恋人どころか良い仲にすらならなかった。
だからこそ、これだけテイルの事を思っている相手が現れるというのは非常に貴重な事で、息子である彼らはこのチャンスの目を少しでも広げようと躍起になっていた。
唯一の部外者である赤羽は『怪人の装備を作れば安定した戦力アップが出来るからその辺りが良いんじゃないですか?』という唯一真面目な意見を繰り出していた。
「はい。そんなわけで兵器開発局の局長というポジションが決定しましたー。拍手ー」
テイルの声に予想外の拍手が鳴り響いた。
会議に参加していなかったはずの周りのテーブルの皆も拍手をしていたからだ。
「さて、次も同じく大切な事だ。これを決定して、ようやく立花君も俺達の仲間になれる……」
そうテイルが呟くと、立花は唾を飲みこみ緊張する様子を見せた。
「……それで次は何を決めるの?」
「それはだな――名前だ」
「……名前?」
「そうだ。プロレスのリングネーム。役者の俳優名。ラジオに投稿する手紙に書くラジオネーム。それは全て非常に重要で、そして絶対に必要なものである!」
きりっとした口調でそう呟くテイルに立花は冷たい目を向けた。
「ごめん。たかだか名前でどうしてそこまで熱量高く言えるのか私わからないわ」
そんな立花の言葉に戦闘員の女性陣はうんうんとしきりに頷いて見せた。
「そっかー。じゃあ……前と同じで『アリス』で良いか?」
テイルがしょんぼりした口調でそう尋ねると立花は首を横に振った。
「ごめん。わがままだけどそれはちょっと嫌。あんまり好きな自分じゃないし、それに色々な人に迷惑をかけたからその罪をここに巻き込みたくない」
所属する以上今更な事ではあるのだが、それでも立花は出来るだけ迷惑をかけたくなかった。
「気にするな……と言っても無理な話だな。じゃあ別の名前にするが、何か希望はあるか?」
「いや。それ以外なら何でも良いわよ」
「ふむ。そうか。いや、これからその呼び名になるから少し悩んだ方が良いが……本当に何でも良いのか?」
「ええ。あんまり変なのじゃなければ」
そう立花が言ってテイルが考え込むと、横からナナが口を出した。
「テイル様は女性心に対し恐ろしいほどに鈍感だから普通にしても変な名前になると思います。だからある程度本名にもじった名前にした方が良いですよ」
「え、あ……うん」
テイルは更にしょんぼりとした口調で頷き、少し考え込んだ。
「スタンドフラワー。フラワー……。ふわわー……いや流石にそれは……。わー……うーん難しいな。じゃあ、下の名前……雪来……スノー。うーん……あ、これどうだ?」
テイルは何か閃いた表情で立花の方を見た。
「ん。何?」
「『ユキ』」
顔を見ながらそう言われ、立花は今までの比ではないほどに顔を真っ赤に染め上げた。
瞬間湯沸かし器も真っ青なほどの変化を見せ、その様子はオデコ辺りから実際に湯気が見えそうなほどで、そして耳どころか首まで真っ赤になっていた。
「……あれ? 本名からあまりはずれていないし女の子らしい名前だから良いと思ったんだが……」
予想外の反応に首を傾げるテイルにナナはニヤニヤした顔で話しかける。
「とりあえず実際に一度そう呼んでみて試してみたらどうでしょう」
「ああ! それは名案だな。というわけで、これからよろしく頼む。ユキ」
その瞬間、天才の思考回路は完全にショートしきり、恥ずかしさとよくわからない感情で何一つまともに考えられない状況になっていた。
もう何がそんなに恥ずかしいのかわからないくらい。
だが、それでも顔は赤いままで、そして恥ずかしさで微妙に震えているくらいで……。
雨に濡れて震える子猫のように震えていた立花は遂に限界に達し、腕を引っ込めて自分の服の袖を伸ばし、ゆるゆるになった袖でテイルを叩き始めた。
ぺし、ぺし。
ぺし、ぺし。
ぺしぺし、ぺしぺし。
真っ赤な顔で目を瞑りながらぺしぺしと叩くその奇行にテイルは何も言えず、そして理解出来ず額に汗を掻いた。
「な、七号。この場合俺はどんな対応を取れば良い?」
その言葉にナナはニヤニヤした様子で呟いた。
「さあ? ですがそこで他人に答えを投げているからテイル様は皆に溜息をつかれるのですよ」
「……そ、そうか。そうなのか。た、立花君。名前が嫌だったら変えよう。だから叩くのを止めてくれないか?」
「……や」
立花は叩くのを止め、そう呟いた。
「うん。だから嫌なのはわかったから――」
「変えるのが嫌。『ユキ』で良い」
その様子にテイルはしどろもどろとした様子で頷く。
「わ、わかった。そうしよう立花君」
そうテイルが言うと、立花はまた同じようにテイルをぺしぺしと袖で叩いた。
「な、何が気に入らなかったんだい立花君」
ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺし。
「……私はここではなんて名前になるの?」
「へ? だから……『ユキ』に」
「じゃあなんて呼ぶの?」
ぺしぺしぺしぺし。
「あ、ああ。わかった。ユキ君。わかったから袖で叩くのは止めよう。服が伸びないか心配になってきた」
「違う――。『ユキ君』なんて名前じゃない」
ぺしん、ぺしん。
「わかった、わかったユキ。これで良いか!?」
そう言われ、ようやく立花は叩くのを止めた。
「ふぅ。俺は一生かけても女性の気持ちとやらを理解出来る気がせんな」
額に汗を掻いたテイルは、心底困ったような表情でそう呟いた。
「その時はその時で良いじゃない」
そう口にする立花――ユキにテイルは微笑んでいた。
「女性も多く所属する団体のトップとしてそうもいかないのだが……わかる気がしないのも事実だ。だからしばらく迷惑をかけるかもしれん。その時はすまん」
「良いわよ。私も人付き合いが苦手で迷惑かけてるし」
「ま、何はともあれこれからは正式に我がARバレットの同胞だ。よろしく頼むよ。ユキ」
「ん」
ユキはかなり恥ずかしそうに、そして少しだけ嬉しそうにテイルに向かって微笑みかけた。
それがユキの、今の精一杯だった。
「十和子さん十和子さん。今の感想をどうぞ」
二人の世界を邪魔しないようにナナが小声で十和子に尋ねると、十和子は目を細め悟ったような表情で小さく呟いた。
「ブラックコーヒーが甘いわ。今の私なら砂糖の錬金術師になれる気がする」
そう言いながら十和子は妙に辛そうにブラックコーヒーを口に含んだ。
ありがとうございました。
更新が遅れて申し訳ありません。