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桜花を愛でる日-番外編-


「そ、それじゃあパトロールの説明をしますね」

 緊張からか若干テンパった様子で赤羽越朗はクアンにそう話しかけた。

「はい! よろしくお願いします!」

 クアンはそんな赤羽に気づかず満面の笑みを浮かべ返事をする。

 それがより赤羽の心臓を高鳴らせるという事をクアンは気づくそぶりすらなかった。


「えと……。そうですね、といってもただ桜の多い場所を見回るだけで良いです。基本的に平和ですので」

「なるほど。じゃあ、実際に問題が起きた時はどうすれば?」

「一般人相手の場合は命の危機以外では能力使用は禁止されています。それと過度な暴力も」

「私の場合はどこまでやっても大丈夫です? 私怪人ですので身体能力がちょっと酷いですが」

「やらかした相手であれば、捕縛を前提にして怪我をさせなければ問題ないですよ。水の能力は、ちょっとこっちが許可しない限り使うのは避けていただきたいですが」

「了解です! それで、相手が一般人以外の場合はどうしたら?」

「その時は……まあ周囲に被害が出なければ能力使用を含めてどうとでも。あ、俺相手が一般人でない場合は俺応援呼んで逃げる事しか出来ません。俺の場合大きなダメージを受けると暴走する可能性が高いので……」

 申し訳なさそうに赤羽はそう呟いた。

 恰好つけたい気持ちはあるのだが、さすがに内なる魔獣が解き放たれる事だけは避けたかった。

「その時は……私に任せてください!」

 きりっとした顔のクアンに微笑みながら赤羽は頷いた。

「お願いします。と言ってもその可能性は限りなく低いんですけどね」

「ふふ。平和なのは良い事です」

 クアンの言葉に赤羽は頷いた。


「ところで単純な疑問ですが、やっぱりこの場で暴れるような一般人じゃない方って悪の組織の方々……が多いですよね?」

 クアンが言い辛そうにそう呟くと、赤羽は苦笑いを浮かべた。

「残念ながら、正義側の方が圧倒的に多いですね」

「そうなんですか!?」

「ええ。大体十倍くらい正義を名乗って活動をしている方です……」

「――不思議です」

「まあそういうものです。正義の組織、悪の組織と分けてますが同じ人間ですし。まあ正義の方が多いのは……抑圧されてるんですかねぇ」

「そういうものなんですねぇ。私人ではないので良くわかりません」

 そうクアンが呟くの聞き、赤羽はしまったという表情を浮かべた。


「すいません。失礼な事を言ってしまいましたね」

「へ? いいええ気にしてませんよ! ただ、私はまだまだ未熟ですから学ばないといけない事が多いなと思っただけです。というわけで、右も左もわからない新人にパトロール教えて下さいね先輩?」

 冗談めいてそう言うクアンを見て赤羽は赤くなりながら微笑み頷いた。




「――言うべき言葉が見当たりません」

 空を覆いつくすほどの桜に、風によって舞い散る桜吹雪。

 幻想的なその光景にクアンは目を奪われ、そう呟く事しか出来なかった。


 赤羽はそんなクアンに何の言葉もかけられなかった。

 流れるような綺麗な青い髪と、吸い込まれそうな青い瞳からは底知れぬ恐怖にも似た美しさがあり、赤羽は桜ではなくクアンに目を奪われていたからだ。


「桜という植物の知識はありましたし遠くからちらっとは見た事もありましたが、近くで見るとこんなに美しいものなんですねぇ」

 そう言ってクアンは赤羽の方を向くと、赤羽ははっと意識を取り戻した。

「え、ええ。毎年見ている俺でも偶に見惚れるほどですからね」

「はー。なるほど。凄いですねぇ。……語彙が少なくてすいません」

「いえいえ。本当に美しい物ほど陳腐にしか表現できないものですよ」

 ――貴方に対し俺は美しいという表現以外出来ませんし。

 そんな事を赤羽はぽーっとしながら思っていた。


 そこから一時間ほど二人は歩き、桜を見て回った。

 パトロールの為必然的に人が多い場所に行く必要があり、その結果桜を見る回数も増える。

 赤羽は特に桜が綺麗な場所を選び歩いているのだが、その理由は言うまでもないだろう。

 そんな時、クアンは赤羽に対してどうしてと思っていた疑問を尋ねてみた。


「えと、これは雑談でパトロールと関係ない話でして、そしてもし失礼でしたら答えなくても構わないのですが……」

「何でも聞いて下さい」

 赤羽が笑顔でそう尋ねると、クアンはおずおずとその質問を投げかけた。

「どうして正義の味方に?」

「あの、どういった意図の質問か尋ねても」

「えっとですね。もし違ったら申し訳ないのですが、正義の味方も悪の組織も実際中身は大差ないと思うんですよ」

「――ふむ」

 同意も否定も出来ず赤羽はそう呟いた。


「いえ、意味がないわけではなくてですね、悪の組織でも正義の行動が出来るという意味でした」

「それはありますね。正義を傘に好き放題するヒーローを断罪する悪の組織もありますし」

「そう! それです。ですから、逆に言えば正義の味方に拘る理由ってないと思うんですよ。だから……その……つまり」

 歯切れの悪い部分で、赤羽はクアンが言いたい内容に気づき微笑んだ。

「どうして俺が適正のない正義の味方にいるのかって意味ですね?」

 それに申し訳なさそうにクアンは頷いた。

「――はい。赤羽さんの場合悪の組織にいた方が間違いなく人の為になれると思いますし」


 赤羽はライカンスロープという非常に貴重な種族であり、純度百パーセント人であるはずなのに変身するその仕組みは未だ科学で解き明かせていない未知の領域である。

 その身体能力に上限は見えず、文字通り人ではない化生、人外の領域だった。

 ただし本人が制御出来るものではなく今はただ暴れる事しか出来ない。

 それは正義のヒーローとしてはあるまじき問題としかいえない。

 だが、悪の組織としてみれば素晴らしい要素として評価できる問題だった。


 個性を全開にして暴れるその姿は絶望的なまでに特撮的雰囲気とぴったりであるし、悪の場合は人助けの為に破壊をすることも決して少なくない。

 そう、制御出来なくても悪の組織であるならば十分役に立てる能力だった。

 だからこそ赤羽の元には連日悪の組織からスカウトが来ている。

 それはただ組織の為だけでなく、正義のヒーローとして評価されず視聴者からも冷たい声が多い赤羽の為でもあった。


 そこを心配したクアンはその事を尋ねた。

 クアンもまた、赤羽が貶されるような評価を何度かテレビで耳にしたからだ。


 そんな赤羽だが、実はその質問を既に色々な人から何度もされたもので、そして常に同じ答えを返していた。


「どうして正義に拘っているかと言いますと、正義のヒーローが好きだからですよ」

 そう言って赤羽は、少年のような笑みを浮かべた。

「ほほー。それは素敵ですね。でもどうしてです?」

「俺、昔辛い事があったんです」

 その言葉にクアンはぽんと手を叩いて笑いかけた。

「わかりました! その時正義のヒーローに助けてもらったんですね! それで憧れてヒーローになるって、本当にヒーローの生い立ちみたいで素敵ですね!」

 そんな楽しそうなクアンに赤羽は満面の笑みで微笑んだ。


「いいえ。誰も助けてくれませんでした」

「そうで――え? ……それって……」


 苦しかった。

 辛かった。

 痛かった。

 切なかった。

 寂しかった。


 そんな時、正義のヒーローに来てほしかった。

 だけど、正義のヒーローはテレビの中にいても、()の傍にはいなかった。


 小さな頃の赤羽を助けてくれる者は誰もいなかった。


「だからこそです。だから俺は正義のヒーローになろうと決めたんです。子供の頃の俺みたいな存在を出さない為に、そして助ける為に」

 その顔に苦しみや怒り、後悔はなく、純粋で、真っすぐな顔で微笑んでいた。


 その顔に、クアンは一瞬だけ胸が叩くような痛みを覚えた。


「……ごめんなさい。嫌な事を聞いちゃいましたね」

「いえいえ。確かに小さい頃の俺は不幸でしたけど、その後は色々な人に助けてもらって、取り戻すかのように幸せな日々を送れましたから。そのおかげで正義のヒーローになれてますし」

「……恰好良い人ですね赤羽さんは。本物のヒーローみたいです。いえ本物のヒーローでしたね」

「ええ。半人前の未熟者ですがヒーローです。後はこの力を制御すれば俺の願いは叶います。――両方の意味で」

「両方?」

「いえ。何でもないです。ところで俺も尋ねて良いですか? ARバレットの怪人は職業選択の自由があると思いますがまだ何かまだ決めかねてる感じです? そうなら俺と一緒のとこに――」

 早口でまくしたてようとする赤羽の声を、クアンは遮った。

「いえ! 悪の組織一本に決めました。ちゃんと考えた結果ですよ。私も赤羽さんほどではないですが沢山スカウト来たんですから」

 そう言ってふんすと胸を張るクアンに赤羽は残念そうに微笑んだ。

「そうですか。ところで、どうしてそう決めたか尋ねても良いでしょうか?」

「ふふ。私自分で知らなかったんですが悪戯とか好きみたいなんです。だからハカセの元で色々とね?」

 そう言って可愛らしく微笑みウィンクをするクアンの様子は今までの清楚なイメージと違い小悪魔のような可愛らしさと破壊力があった。

 ――なんだこの人綺麗だし可愛いし美しいし愛嬌も良いしダムの時は恰好良かったし。なんだ無敵かこの人。

 そんな盲目となりきった赤羽はぼけーっとクアンの方を見ていた。


「なんというか。少し性格変わりましたね」

 赤羽は何とかそれだけ言うと、クアンは頷いた。

「はい。皆に生真面目だと言われる昔の私も、悪戯が好きでまっすぐ壁にぶつかった頭を打つような自分も、どっちも本当の私です。――やっぱり変ですか?」

 その言葉に赤羽は少し悩み、首を横に振った。

「いいえ。とても良いと思いますよ。真面目すぎる性格なのもよくありませんしちょうどいいアクセントですよ」

「そっか。うん。なら良かったです」

 そう言って微笑むクアンに、赤羽はクアンが自分に気があるような錯覚にとらわれ、一瞬で首を横に振ってその幻想を打ち消した。


「あの、何してるんですか?」

 首をぶんぶんと振りまわるという奇行を行っている赤羽にクアンはそう心配そうな目をして尋ねた。

「すいません。今自分の中にマーラが入っていたので追い出していました」

「は、はあ」

 クアンは何も言えず首を傾げながらそう呟いた。




 数人ほど暴れる人を窘めただけでパトロールは終わり、ちょっとした幸せデート気分を味わった後赤羽はARバレットと繋がる喫茶店の一つにクアンを届け、そのまま新入り歓迎会に無理やり参加させられた。


ありがとうございました。

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