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桜花を愛でる日2


 お花見。

 それは古より伝わる春の行事で、その名前の通り桜の花を見て飲み食いを楽しむという風習である。


 元々は神道行事であっただとか梅を見ていたとか色々言われているが、そんな細かい事気にする人は少なく、ただ単純に、仲間内で、家族でワイワイと騒ぐだけというの、わかりやすい行楽。

 だからこそ、立花はパニックになっていた。

 花見どころか行楽自体に行ったことがない立花にとって、それは未知の世界だった。


「――答えがない問題は嫌い!」

 立花は自宅でそう叫びながら、慌ただしく走り回っていた。

 花見という言葉も行楽という言葉も意味はわかる。

 ただし、肝心の中身の『ワイワイ騒ぐ』というものがどのような事なのかさっぱりわからなかった。


 何を着ていけば良いのだろうか。

 何を用意すれば良いのだろうか。


 部外者の自分が行っても良いのだろうか……迷惑にならないだろうか。


 怪人の人達と仲良く出来る――気はしなかった。

 失礼な事も言ったし、自分の性格は非常に悪い。

 そもそも人付き合いが苦手な上にどうしてもテイルの作った怪人という目線から離れる事が出来ない。

 一個人の人権を持った生命体だと脳内ではわかっていても、どうしても物のように思えてしまう。


 それは豊富な知識と経験の為そう判断しているだけなのだが、立花は自分の性格が悪いからだと思っていた。


 だから立花は自分は参加しないのが正解だろうと思っていた。

 思っていたが……それでも行きたかった。

 こんな機会、二度とないかもしれないと思ったからである。

 ――誰かと無駄としか言えないような事をする贅沢なんて――これが最後かもしれない。


 迷惑だったらごめんなさい。

 出来るだけ静かにするから、邪魔者扱いしないで……。

 いない人扱いでも構わないから……その輪の隅に私を置いて下さい。

 そんな気持ちで立花は最低限の地味めな私服に着替え、嬉しいような切ないような表情のまま、花見会場に向かった。


 そして緊張と興奮が入り交じった感情で泣きそうになりながら立花が見たものは――広い敷地を陣取っているのに、ぽつんとたった一人で小さく座っているテイルが、絶妙としか言えない表情を浮かべている図だった。

 悲しみよりも深く、絶望よりも昏いその表情を一言で例えるなら『有り金を株やギャンブルで溶かしてしまった人の表情』である。


「……テイル。何があったの?」

 立花の声に気づいたテイルは、表情を変えず、高らかに宣言した。

「お花見! 参加者ゼロ人でした! 残念ながら、立花君と俺を除いて! 誰も来ませんでした!」

「どうしてそんな事に……?」

「ほとんどは彼氏彼女とお花見に行きました! どうせなら相手連れて来いよ! そして唯一の例外であるファントムは『いかない方がハカセの為になる』とか意味のわからない発言でユダりました!」

「……ああうん。ファントムのはわからないけど後は理解した。そりゃそうなるわ。昨日行こうなんて急に言うんだから」

 立花がぽつりと呟くとテイルは体育座りをしてちらちらとこちらの方を見てきた。


「……何?」

 立花がそう尋ねてもテイルは何も言わず首を横に振り、再度ちらちらとこちらを見てくる。

 それはまるで、構って欲しい子犬のようだった。


「……はぁ」

 立花は盛大に溜息を吐き、テイルの正面に座った。

 それを見てテイルはぱーっと表情を明るくさせる。

 そんなテイルに溜息を吐き、しょうがないという様子を装っているが、内心はむしろ立花の方が喜んでいる。

 大人数で話す勇気はないが、少人数でなら何とかなるかもしれない。

 そんな後ろ向きな気持ちと。

 自分しかいないなら自分にも話しかけてもらえるという打算。

 そんな醜いとしか言えない自分を直視させられたとしても、誰にも話しかけてもらえず、独りになる事の恐ろしさに比べたら全然マシだった。


「それで、お花見って何するの? 私よくわからないんだけど」

 家でネットを中心に文献を漁ったがその肝心の内容はわからず、立花はテイルにそう尋ねた。

「特に決まりはないぞ。二十歳過ぎていたし、酒は飲めるか?」

「飲んだ事ないけどあんま飲みたくない」

 誰かと飲む事なんて考えた事なかったし、何より娯楽に興味がなかった。

 そんな立花にお酒を男の人と飲むなんて行為は、恐ろしいほどにハードルの高い行為だった。


「んじゃ飯を食いながらお話といこう」

 そう言いながらテイルは子供向けの可愛らしい小さなお弁当を取り出し、立花に手渡した。

「……これは?」

 立花の質問にテイルはおろおろとしながら答えた。

「ああ。立花君のお弁当だが……やっぱり少なかったか? すまん。だがクアンが量はこれ位で十分だと……」


 全く見当違いの事を言うテイルを無視して、立花は貰ったお弁当をまじまじと見つめた。

 ()()を見る事は多かったが、手元に持つのは初めてでだった。

 立花はそっと、小さなお弁当箱を開いて中を確認した。


 小さな俵型のお握りとからあげやウィンナー、卵焼き。

 そして隙間埋めに葉物野菜とプチトマトが詰まった可愛らしいお弁当。

 それは立花が子供の頃、周りの皆が食べていたお弁当で、自分だけ食べられなかった理想のお弁当そのものだった。

 それは比喩でも何でもなく輝いて見え、この世のどんな宝石箱よりも魅力的に映り、美味しそうという感情以上に宝物を手に入れたような多幸感が襲い掛かってきていた。


「それとも幼児向けのおべんと箱が嫌だったか? すまん! 参加者がいないから他のお弁当もあ――」

「ううん。これで良い。――これが良い」

 そう言って立花はお弁当箱をそっと抱え込んだ。

 立花は、こんな可愛らしいお弁当を持っても違和感のない自分の幼い外見に、初めて感謝した。


「……驚いた。そんな表情もするんだな?」

「そんな顔って?」

 テイルの言葉に立花は首を傾げる。

 その様子をテイルはスマホで撮影した。


「ほら。こんな表情」

 そう言ってテイルが見せてきた写真には、にへらっとした感じで頬が緩み切って幸せそうに笑う立花が映っていた。

 童顔な上に背も低いという事も合わせ、その姿はまさしく少女そのものだった。


「ちょ。あ……。その……い、今すぐ消しなさい!」

 立花は真っ赤な顔でそう叫び、テイルは怯えながらその写真を削除した。




 ぷんすかと怒ったフリをしながらも、立花は頬をにやけさせお弁当に箸を付けた。

 子供時代を取り戻しているような、自分が切り捨ててきた大切なものが返ってきてくれたような。

 そんな暖かい感情になりながら、立花は冷たい弁当を大切に美味しそうに食べた。


「……そんな美味そうに食ってくれると作った甲斐があるな」

「へ? これクアンじゃなくてテイルが作ったの?」

 料理は女がするもの、なんて古臭い価値観は持っていない立花だが、お淑やかで優しそうな、自分とはまるで違うクアンを知っている為勝手に料理はクアンが作っているものだと勘違いしていた。


「ん? ああそうだが? もしかして俺の飯だとダメだったか? それとも天才だからもっと良い素材を使わないとダメだったとか?」

「いやいや。普通に美味しいから驚いただけよ。貴方が料理できるって思ってなかったし。ってちょっと待って。テイルは一体私をどんな分類の生き物だと思ってるの? 何その高級食材以外受け入れないって発想。私の事お嬢様か何かだと誤解してない?」

「え? 天才だから脳にめっちゃ良い食材ばっか食べてたりサプリメントがぶ飲みしてたりするイメージを持ってるけど」

 そう言われ立花は言葉に詰まった。

 ぶっちゃけ半分以上間違っていないからだ。

 と言っても脳に良いからという理由ではなく、食事を美味しいと思った事がなかったから普段は栄養剤で済ませているだけだが。


 そう、立花は今まで、何を食べても美味しいと思った事がなかった。

 自分で何かを作っても、一流シェフにわざわざ特別に頼んだ豪勢な料理でも、立花は美味しいと思う事がなかったのだ。

 だけど、目の前のお弁当はそんな凄い料理と比べてはるかに見劣るするはずなのに、立花は何故か非常に美味しく感じていた。


「……ご馳走様。本当に美味しかったわ」

「はい、お粗末様でした。ほれお茶」

 そう言いながら暖かいほうじ茶を渡され、立花はそっと口に運び、上に傾ける。

 その時、上を向いた立花は初めて桜の存在が気が付いて――その美しさに目を奪われた。


 どうしてこんな美しい物に今まで気づかなかったのか。

 どうしてこんな美しい物に今まで美しいと感じなかったのか。


 立花は解消できないそんな素朴な疑問を抱え、それと同時に今まで知らなかった一つの疑問が解消された。

 どうして皆桜の花を見に来るのか。

 それだけは、立花は言葉ではなくその目で理解出来た。


「こんなに綺麗だったのね。桜って」

「そう言えば花見した事ないんだったな。外国で暮らしてたのか?」

「ううん。外国にいた事もあるけどそうじゃなくて、私友達いないからこういうのに参加した事ないの」

 そんな自分の恥ずべき部分が、さらっと自分の口から思っていた事が素直に出てきた事に、立花は驚いた。


 どうしても強がりたくて、誰にでも意地を張っていた。

 なのに、何故か今だけは正直になれていた。


「そうか。天才故の孤独という奴か。じゃあ家族は――」

 そう言いかけた後言葉を止めたテイル。

 そう、それは言ってはいけない事だと何となく察してしまったからだ。

「私、小さい時に気味悪がられて捨てられたから」

 それは誰にも言い出せなかった自分の最も知られたくない記憶。

 自分が最も苦しんだ絶望の原初。


 それだけは本当の意味で、誰にも言えなかった言葉だが、どうしてこんな軽々と口に出来たのか。

 その理由を、立花はテイルの言葉で理解した。


「そうか。ま、俺も似たようなもんだ」

 そう言ってテイルは立花に微笑みかけた。

 どうしてテイルだけだとこんなに口が軽くなるのか。


 それは恋や愛とか、絆とか友情とか、そういったものではなく、単純に……同じような経験をして同じように傷付いたと、何となく察していたからだった。

 だからこそ、テイルがあれだけ怪人を大切にするのだと立花は理解した。


「そう。やっぱり貴方も捨てられたのね」

 立花に言われ、テイルは腕を組んで悩みだした。

「いや。ちょっと待って。捨てられた……。いや、……う、うーん。どうかな。結果的には捨てられたけど家族は生きてるし、色々な意味で少々難しい事になってるし。かと言って幸か不幸かで言えば確実に不幸だし。でも……純粋な悲劇というわけでも……」

 腕を組みながらのテイルから出て来る言葉を聞いても、一体全体何があったのか立花は全く理解出来なかった。

「……一体テイルは両親との間に何があったの? それ逆に気になるんだけど」

「ああ、そうだな。クアンにも話していないし今度まとめて説明しよう。ただ、あまり愉快な話ではな――、いや、かなり愉快な不幸話になるから覚悟してくれ」

「……正直な話、知的好奇心から今すぐにでも聞き出したいけど楽しみとして取っておくわ」

 立花はそう呟くと、テイルは苦笑いを浮かべ上を向いて桜を見だした。




 立花は上を向いて楽しそうに空を見るテイルの横にこっそりと移動して座り、小さな声で呟いた。

「ねぇ。どうしてそんなにテイルはそんなに強く生きられているの?」

「別に俺は強くないぞ。むしろ立花の方が頭良いし色々出来るし全然強いじゃないか」

「ううん。私はとても弱いよ。貴方みたいに強く生きられなかったから。皆が悪いって思って、自分以外の全員を悪者にして、勝手に世界を退屈だと思っていた私と、楽しい事をし続けて、友を増やし皆に慕われている貴方。どっちが強いかなんて明白じゃない」

「……それなら俺が普通――ではないが、まあ天才ではなかったからだろう」

「……そうなの?」

 天才である事と世界を悪者にしていた立花は自分を受け入れ、今度は逆に自分が悪者であると思っていた。

 自分が愚かだから。

 自分が醜い存在だらか。

 だから自分は辛く苦しいのだと、思い込んでいた。


「ああ。俺は天才じゃないから――独りで生きていく勇気がなかったんだ。出来ない事が多い俺と、何でも出来てしまう立花君との差、それを考えると、まあ理由はその辺りじゃないか。ま、俺と立花君は受けた経験も不幸の質も違うから一概にそうとは言えないけどな」

 そんなテイルの言葉に関心しながらも、立花は首を横に振った。


「……私はそうは思わないわ。今だからわかる事だけど、頭がちょっと良いくらいでそんな大きな差はないわよ。……私も独りはとても嫌だし」

「ほぅ。では何が俺と立花君で違うのかな?」

 興味深そうに尋ねるテイルに、立花は苦笑いをしながら答えた。


「テイルという素直な正直者と、私という強がりなひねくれ者の差じゃない?」

「……今日は大分素直な気がするが、ひねくれているのか?」

「さあ。どうでしょう?」

 そう言って立花は皮肉な笑みを浮かべた。

 自分の事だから何となくわかるのだが、おそらく素直なのは今だけだろう。

 それは花見というイベントで興奮しているからか、それとも桜の魔性に当てられたのか。

 それはわからないけど、思った事を素直に言えた幸運をかみしめながら、立花は桜に感謝をした。

 

「……良くわからん。クアンもそうだが、女性の気持ちってのは本当に不可解だ」

 テイルはそう呟いて、また上を向いた。


 テイル達の空は何も変わらず、桜が咲き乱れていた。


ありがとうございました。

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