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桜花を愛でる日1


 Dr.テイルによって作られた悪の組織『ARバレット』。

 ワントップである科学者テイルの元に集う作られた怪人と、その下に在する身体改造者の戦闘員で構築されている。

 そして、役職が三種類しかなく全て縦で繋がっているといった非常にシンプルな組織図をしていた。

 会社で言えば、役職が『社長』『上司』『部下』しかいないようなものだ。

 だからこそ、今非常に大切な問題に直面していた。

 新入りである立花雪来をどう扱うか……である。


 立花をそのまま突っ込む事が出来るのは戦闘員ポジションくらいだが、そんな事をすればあらゆる意味で無茶苦茶になってしまう。

 ちなみに立花の持参した願書には生身でAプラス同士の戦いに乱入し無傷で勝利した事あるも書かれていた。

 どこの世界に怪人より強い戦闘員がいるだろうか。

 しかも、彼女が戦闘に参加すればその圧倒的な戦闘力により、確実に組織の階級が上向きに修正されてしまう。

 そうなると戦う相手の階級も上がってしまい、新人怪人で経験不足のクアンが酷く苦しむ事になってしまうだろう。


 しかし、怪人ではない立花が怪人枠に入る事は出来ず、またARバレットはテイルが自分の意思と目的をもって作った組織の為ツートップにする気はさらさらない。

 つまり、立花という圧倒的な能力を持った存在は、既存の枠に収まらないのである。

 そうなると、どうすべきかは一つである。

 そう――それは立花の為に新しい役職を用意する必要があるという事だ。


 古今より組織に新メンバーが追加されるというのは大切なお約束であり、正義悪かかわらず盛り上がる重要なファクターである。

 正義の場合はジャッ〇ー電撃隊の隊長だったり、悪の場合は仮面ラ〇ダーV3のドク〇ルGやツバ〇大僧正に当たる。

 番組的にだけでなく、組織の未来を左右するほどの大きな問題である事に間違いないのだ。


「というわけで、立花君。君の意見を聞こう! どういった役職を希望する!?」

 組織的新展開にテンションが上がりまくっているテイルとは裏腹に、立花の表情は冷めきっていた。

「別にどうでも」

 そんな冷たくも見える言い方にテイルは眉を落としてしょんぼりとした。


「……そんなに重要なこと? 別に雇ってもらってるんだし好きにすれば良いじゃない。表でも裏方でも私ほとんど何でも出来るわよ?」

 アリスの言葉にテイルはわざとらしく溜息を吐き、指を横に振った。

「ちっちっち。甘いね立花君。ここで重要なのは何が出来るかではなく、何をしたら恰好良いかになるのだよ!」

「……そ。なら別に好きにすれば」

 立花にそう言われ、テイルは再度しょんぼりとして肩を落とした。


 こんな対応だが別に立花の機嫌が悪いと言うわけではなく、本心からどうでも良くてそう言っていた。

 特撮のお約束と言われても、立花は特撮を見た事もなければ見たいと思った事もない。

 そもそも、娯楽を楽しむという心の余裕など今日まで持った事がなかった。

 むしろどうしてテイルがこれだけテンションを挙げているのかさっぱりわからなかった。


「うむ。立花君。我々の間には足りないものがある」

 その言葉に立花はまゆをぴくっと動かした。

「……私に何が足りないの。どうしたら良い?」

 立花はテイルの顔を見て真剣な表情でそう尋ねた。

 ――捨てられたくない。独りに戻りたくない。

 万能感を失い、自分を弱者であると理解した立花は孤独がどれほど恐ろしいのか、そしてここを離れてば確実に一人に戻る事を理解していた。

 それはもはや怯えと言ってもくらいの動揺だった。

 誰かの傍にいられるのなら自分の寿命を全て捧げても良いと思えるくらいには、立花は孤独を恐れていた。


「違う。立花君に足りないのではなく、我々に足りないものだ。足りないもの、それは――互いの相互理解だ」

「……願書に個人情報書いているしテイルの情報なら暗記してるわ。Dr.テイル。本名高橋タクト。年齢は二十八で高校卒業後製薬会社に就職。そこで――」

「そうじゃない。そういった個人情報ではなく、お互いに話をしようと言う事だ」

「……つまりどういう事?」

 立花は自分の間違いがわからず首を傾げているとテイルは腕を組み悩むような仕草をして見せた。

「そうだな……。うん。一日ズレるが派手なのも良いだろう。というわけで、明日は花見をするぞ!」

「――なるほど。花見ね。……え? 花見? なんで?」

「何でって、花見だからだ」

 テイルの言葉に立花は更に首を傾げた。


「ああそうそう。これはセクハラとか『お前の家どこだけぐへへ』とかそう言うのではなく純粋はおせっかいからの言葉だが、ウチは社員寮完備しているから家が遠いからこっちで暮らしても良いぞ」

 その言葉に立花は少しだけむっとした後少し悩み、そして答えを出した。

「とりあえず様子見をして後で決めるってのはあり?」

「ああもちろんだ」

「……ちなみにテイル。貴方はどこで寝泊まりしているの?」

「俺と怪人は専用の個室がある。今度遊びに来るか? って思ったが立花君が興味を持ちそうなものはないな。テレビゲーム機とTRPGにカードゲームが複数。あとベイブ〇ードだからなぁ。ってすまん。女性に話す事ではなかったな」

「――いく」

「え? 何か興味あるのあった?」

「ないけど行くの!」

「はい! ごめんなさい!」

 立花の怒鳴り声にテイルは何故か謝ってしまっていた。




 翌日の朝、約束の場所であるお花見に移動しようとしたファントムに同じような内容の問題が同時にいくつも発生していた。

 ――世の中には面白い事があるものですねぇ。

 ファントムはしみじみそう思いながら、自分はどうすべきかを考えていた。


 まず、一つ目として参加するだろうと思われていたクアンと仲が良く行事ごとに毎回参加する戦闘員七号ことナナが参加しないという事態である。

 基本的にイベント事が好きなナナで、しかも今日は仕事休み。

 といっても理由は明白だった。

 今日はお花見日和で、しかも彼氏も仕事休み。

 であるならば、突っ込むだけ野暮である。


 二つ目として、自分の兄である雅人の非参加。

 こっちも突っ込むと野暮になるが、雅人が『雅人』という新しい名前を貰い、組織を抜けて一般人となった一番の理由――それは彼女が出来たからである。

 つまり、彼女とのお花見である。

 今日は絶好のお花見日和であるから前から計画していたのだろう。


 一度に二件も同じような事に遭遇し、流石にもうそんな事はないだろうと思いながらファントムはクアンと共にお花見会場に移動していたら――ある男性と出会った。

 彼の名前は赤羽越朗。

 問題を抱えてはいるがれっきとした正義のヒーローである。

 ちなみにファントムは、赤羽がクアンの事を好んでいるという情報を事前に聞いていた。


「あ。赤羽さん。お久しぶりです!」

 クアンは赤羽を見ると優しく笑みを向けた。

 ちなみに、残念ながらクアンの方に恋愛感情は一切ない。

 このクアンの溢れんばかりの笑顔も誰にでも見せる愛想笑いである。

 それでも、越朗は心から嬉しそうに微笑み返した。

 その様子はまるで犬のようだった。


「お、お久しぶりです! いえ、是非ともお祝いに行きたかったのですが、その……まあちょっと良く勇気というか何というか」

 そんな赤羽の様子にクアンは首を傾げる。

「お祝いって何のです?」

「えと、ベストニュービー賞おめでとうございますと。正義と悪合わせた新人で一位という事ですからね。これは本当に凄いですよ」

 その言葉に、クアンは忘れていた記憶、忘れたい記憶を思い出した。

「……うん。それは忘れてくださいね?」

 クアンは少しだけ頬を染めながら圧のこもった笑顔を赤羽に向ける。

「あ、はい」

 色々と察した赤羽はそう素直に返事をした。

 新入りで一番を取った代償として今年一番ポカをやらかした人として世界に残ったクアンは、むしろマイナスに感じる思い出の一つとして記憶を封印することにしていた。


「それで、赤羽さんはここで何を。ちなみに私達はお花見です」

「ああ。良いですね。俺はその花見のパトロールです。どうしてもお花見だと暴れる人が出て来るので。まあボランティア活動ですね。俺色々とやらかすのでこういう活動で少しでも正義っぽい事しないといけないんで。と言っても、かなり平和ですのでほとんど花見みたいなものですけどね」

 そう言って赤羽は小さく微笑んだ。


 完全に二人の世界に入りきっており、特に赤羽の方に至ってはクアンの隣にいる自分に気が付いていないのではないだろうかとファントムが思うほどだった。

「身分証明は良いのかい?」

 ファントムは二人の世界に入り込むようにしてそう尋ねた。

 今ファントムの恰好はボロボロのローブを纏って顔を隠した状態である。

 本人確認もできない状況でヒーローが放置するというのは職務怠慢に近い。

「あ、別に良いですよファントムさん。クアンさんのお兄さんですから問題ありません」

 そう言って赤羽はファントムににっこりと笑みを向けた。

「……いや、一応はいこれ。身分証明」

 そう言ってファントムはわざわざ作っておいた身分証明用のカードを手渡した。

 正体が芸能人というなかなかに有名な職業の為顔を出すわけにはいかず、それでも不審者スタイルだから警察やヒーローに在らぬ疑いをかけられるファントムは対策として身分証明カードを作り常に携帯していた。

 赤羽はそのカードを受け取るとスマホのカメラで映し、情報の正誤を確認する。

「……はい。ファントムさん本人である証明が完了しました。ご協力ありがとうございます」

 そう言って赤羽はファントムにカードを返した。


 ファントムは赤羽がクアンに惚れている事を知っていて、テイルは赤羽とクアンがくっ付けば良いなと薄ら考えている。

 そしてファントムはテイルの事を心から尊敬し、何よりも優先して考えていた。

 そこから導き出される答えは……一つである。


「クアン。せっかくの交流だし越朗君に付いて歩いたらどうだい? パトロールで歩きながらなら道を覚えるのにも役に立つし色々なところに行くから綺麗な花も見れるだろう」

 そのファントムの言葉に赤羽は驚愕の表情を浮かべ、クアンは少しだけ考え込む仕草をした。

「んー。でもたぶんこのお花見立花さんの歓迎会も兼ねてますよね。それを参加しないのは……」

「既にほとんどがキャンセルしてますし、歓迎会ならきっと夜にしますよ。越朗君とは次いつ会えるかわかりませんし」

 そう言われ、クアンは赤羽の方をちらっと見た。


「という事なのですが、パトロールに悪の怪人が付いてきたらやっぱり迷惑ですかね?」

 クアンの言葉に赤羽は全力で、千切れそうなほどの勢いで首を横に振った。


「越朗君。ウチのクアンを頼むよ。くれぐれも……わかってるね?」

 ファントムは脅すようにそう尋ねると、赤羽は足のかかとを合わせ背筋を伸ばした。

「はい! 不埒は真似はせず必ず夕飯前には家に送ります!」

 ――そうではなくてしっかり楽しませて欲しいって意味だったんですけどねぇ。

 ファントムはそう思いながら苦笑し、赤羽に頷いて見せた。

「ん。じゃあ越朗君。クアンを任せるよ。クアン。パトロールでもありますけどせっかくの友人との交流です。色々と話をしてお互いの事を知り合う事も大切ですよ?」

「はーい。じゃあファントムお兄さん。ハカセに説明お願いします」

 そう言ってクアンはとことこと小走りで赤羽の方に移動した。

 赤羽はよほど嬉しかったのか目じりに涙を溜めてクアンの方を見ていた。


「……馬に蹴られる趣味はありません。とっとと移動しましょう」

 ファントムは小さく呟きその場をさっさと離れた。


 そしてファントムは花見の席に――向かうのを止め、テイルにスマホでメールだけ送りバックレた。


 自分はテイルに忠誠を誓い、親として想い尊敬している。

 だからこそ、ファントムは自分がすべきことを理解していた。

 元々少人数のお花見の参加者はほとんどが参加出来ず、参加が決定しているのは自分を入れて三人のみでとなってしまった。

 だからこそ、ファントムは花見の参加を拒否した。

 こっちでも馬に蹴られそうだったからだ。



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