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番外編-クアンのプチ修行-

 

 第三怪人であるザーストこと高橋雅人が訪れたその日、クアンは雅人と共に地下の訓練場に移動した。


 冷静で穏やかな性格だと思っていたクアンが、実は直情型でかつ猪突猛進の猪タイプの性格をしていた為、テイルは指導の為に雅人を呼んだ。

 七人いるクアンの兄姉達の中で、雅人が一番今のクアンに足りない部分を理解し、しっかりと指導してくれると思ったからだ。


「それで、どういう訓練をするんですか? 精神統一とか座学とかです?」

 危なっかしいと言われたクアンは我慢とか精神を鍛えるとかその方向であろうと考えていた為雅人にそう尋ね、雅人は首を横に振った。

「いや。そもそも足りないのは我慢強さとかではないしそういう訓練じゃないぞ」

「じゃあ、私に何が足りなくて、何を教えてくれるんです?」

 クアンの質問に雅人は微笑んで答えた。

「それを自分で理解するのが訓練だ」

 雅人の言葉にクアンは目が点になり、良くわからず首を傾げた。


「じゃあ……どんな訓練をするんです?」

「徹底的に模擬戦をする予定だな。たぶんそれでわかる……と良いなぁ」

「なるほど。雅人お兄さんは怪人の先輩でもありますからね。ご指導お願いします」

「ああ。確かにそうなんだが……事前に言っておく事がある」

「ん? なんです?」

「俺は悪の怪人を引退して一般人として生きている。だからザーストではなく雅人って名前なんだ」

「ふむふむ。つまりARバレットとして活動出来ないという事ですね?」

「ああ。しかも、怪人としての身体能力はほとんど封じられているから平均的な成人男性程度の力しかなく、特殊能力もあらゆる意味でこの場では使えない」

「……模擬戦はどうするんです? わたしも能力封じて対等にしてもらったら良いのでしょうか」

 その言葉に雅人は挑発的な笑みを浮かべ、首を横に振った。

「いやいや。俺は一般人程度の身体能力だという前提条件を知識として覚えておいて欲しいだけた。全力で、能力である水も使用して戦ってくれ。最初の内はそれでも勝負にすらならないと思うけど」

 そんなあからさまな挑発でもクアンは怒りを覚えず、むしろ雅人の体の事を心配していた。

 全力で殴れば人くらいパンと破裂させる程度の力はあるクアンにとって、雅人の全力で戦えという言葉はどうしても納得出来なかった。


 しかし、模擬戦が始まれば心配する余裕などどこにもなく、雅人の言葉が全て真実であると思い知った。




 模擬戦開始の合図と同時にクアンの視界はくるっと回転し、地面に背中を叩きつけられた。

 何が起きたのかわからないまま、背中に痛みが湧き上がる。

「はい。次いくぞ。起きろ」

 雅人はクアンを見下ろしながら手を差し伸べた。

「……さっき何がありました?」

 クアンは手を掴み体を起こしながらそう尋ねた。

「え? 普通に近づいて投げただけだぞ?」

 クアンはここで初めて、相手が油断してはいけない存在だと気が付いた。


 二度目の模擬戦も、開始と同時に投げられクアンは宙を舞った。

 決して油断していたわけでもなく、雅人から目を離したという事もない。

 そこでようやく、クアンは水の能力を使うべきだったと気が付いた。


 そして三度目、流石に二度の敗北で油断のなくなったクアンは水で薄い膜のシールドを前方に貼った。

 薄い膜と言ってもシールドの耐久力はアサルトライフル程度ならワンマガジン使いきっても壊れないくらいには頑丈である。

 一般人には到底破れるものではない。

 そのまま盾で押しつぶそうと思っていたクアンは、背後から殺気を向けられながら肩をポンと叩かれる。

 シールドの向こう側には雅人の姿はなく、クアンは両手を挙げて降参のポーズを取った。


「……一般人って嘘でしょ」

 クアンは少し拗ねた口調でそう呟いた。

「いや。身体能力はしっかり制限食らってる。ただ、結構鍛えてるから成人男性の平均ちょい上くらいかな」

「じゃあなんで消えて背後に回りこめたりするんです?」

「それがわかった時には訓練終了と言って良いな」

 そう言った後、雅人はにっこりと微笑んだ。


 そしてその後、残った時間もずっと同じようにボコボコにされ続け、訓練終了を迎えた。




 二日目、クアンは初日の失敗を生かして真っ先に距離を取った。

 見えない速度で近づかれ投げられている対策を考えた結果の策である。


 特に意味がなくそのまま投げられた。

「距離や速度じゃないんだよなぁ」

 そんな雅人の言葉にクアンは首を傾げながら、再挑戦を繰り返した。


 その後も何度も何度も投げられ、目が慣れてきたのかようやく雅人の動きが見えるようになりあっさりと投げられる事はなくなった。

 どうして今までその動きが見えなかったのかわからないが、急に見えるようになった。

 ――その謎の投げさえなければもう負けません!

 クアンはそう思っていた。

 動きが見えても行動を阻止することは出来ず、普通に掴まれて投げられた。


 続いて、初日と同じようにシールドを張り、今度は目を皿のようにして見逃さず後ろに回り込まれないよう意識を集中させた。

 シールド越しに睨むような目で見つめるクアンに雅人は苦笑いを浮かべる。

「……じゃあこれでどうだ?」

 そう言って雅人は腰を深く落とし、足を踏み込み正拳突きをシールドに叩き込んだ。

 硬度の高いシールドに拳が当たっても何故か何の音もせず、無音のままクアンは後ろにふっ飛ばされた。

「は? は?」

 斜め上にふっ飛びながらクアンは何が起こったか理解出来ず、混乱したまま直地したクアンはタイミングで投げられた。


「……身体能力が一般人とか嘘ですよね?」

 そんなクアンに雅人は微笑んだ。

「いいや。身体能力は確かに一般人程度だ。ただし、技術はなくならないがね。いつか能力禁止の格闘技や競技種目を見てみると良い。人の限界の高さを理解出来るぞ」

「……いじわるなお兄さんです」

 そんなクアンに雅人は苦笑いを浮かべながら手を掴み立たせた。




 そんな一方的な訓練が数日ほど繰り返される事となった。

 その間にで大分慣れてきたクアンだが、未だに雅人から一本も取れていない。

 投げられる事はあまりなくなったが、今度は普通に殴り飛ばされるようになった。


 確かに見る限り、雅人の身体能力は自分の十分の一程度である。

 動きをしっかりと見ると、それほど早く動いているわけでも強い力を使っているわけでもない事くらいはクアンにも理解出来た。

 なのに、どうしてそれで人を吹っ飛ばすほど威力のある打撃が出来るのかクアンは理解に苦しんだ。

 しかもシールドの上からクアンを吹っ飛ばす事も出来るというのだからもう理不尽としか言いようがない。

 浸透という技らしいのだが、その理屈も原理もクアンにはさっぱりだった。


 一方的に攻撃され一方的に負ける事には変わりないのだが……一試合の時間だけはどんどん伸びていた。

 最初は十秒までで終わっていたのに、最近では五分は確実に超え、十分を超える事もざらになっている。

 これは成長なのかと聞かれたら素直に同意出来ないが、それでもクアンは真面目に、雅人から一本取る為に全力で勝負を挑み続けた。




 クアンは音もなく歩き距離を縮めてくる雅人の不思議な歩行に合わせ、一歩横に移動し軸をずらした。

 軸を合わせられない限り投げられないと理解したからだ。

 そしてその上で遠慮も油断もなく、水を棘のように変化させ雅人の胴体目掛けて打ち出した。


 それを雅人はステップで回避し、その直後に攻撃を――してこなかった。

 クアンはそんな雅人の変化に気づき一歩距離を置くよう後ろに跳んだ。

 さっきのタイミングは今までなら確実に殴られたタイミングであり、そして殴られても対処が難しいタイミングだった。

 つまり、相手から言えば殴るだけ得な時間という事になる。


 それなのに殴られなかったという事は、雅人の体力か体調に問題があった可能性が高い。

 そう思いクアンは距離を取って雅人の様子を見ると、雅人はにっこりと微笑んだ。


「ん。合格。お疲れ様」

 その言葉の意味をクアンは理解出来ず、首を傾げた。

「……? へ? 何が合格です?」

「いや。最初に行った通り、教えるべき事を理解したと判断したけど」

「……いえ。全くわかりませんしまだ勝ててませんよ?」

「まあ、口ではなく体で理解したからこれで良いんだよ。と言っても納得しないだろうし一応座学で補完するから安心しろ」

「は……はぁ」

 何とも言えない消化不良感を味わいながら、クアンは頷いた。

 正直に言えば、一本だけでも取りたかった。




「俺が頼まれたのはクアンに『お約束を知る』大切さを理解させる事だ」

 いつもの教室風の部屋に移動した雅人はクアンにそう伝えた。

 何故かテイルとファントムも、学生服を着てその場に参加しノートを取る真似をしていた。


「お約束ですか?」

「ああ。もっとわかりやすく言えば、相手の事を戦いから探るという事を覚えて欲しかったんだよ」

「……どういう事です? それ普通の事じゃないんですか?」

「んー。そうだな。普通の事なんだが、理解出来て実行出来ているかはまた別の話って奴だ。さっきまでの模擬戦で言えば、最初は俺の動きが全く見えなかっただろう?」

「はい」

「それは俺がクアンの呼吸を盗んで無意識のうちに意識が緩んだタイミングを見計らって動いていたからだ」

「なんですその達人的立ち回りは」

「ははははは。これが出来ても俺は引退した、という事実を覚えておくと良い。と、話を戻そう。途中から俺の動きも投げも見えるようになってきたな?」

「はい。と言っても一度も勝てませんでしたが」

「すぐに勝てるようになる。で、どうして俺の動きが見えるようになったかと言えば、俺がクアンの呼吸を盗んでいた事を俺の動きを見たお前自身が理解したからだ」

「でも、私はそんな事考えていませんでしたよ?」

「無意識化の話だからな。そして、最後、俺が殴れるタイミングで殴らなかったのに気が付いただろう?」

「ええ。やっぱり長時間での訓練で疲れました?」

「疲れはあるがあれはわざとだ。というか初日からちょくちょくそういったタイミングを作っていたぞ」

「そうだったんですか?」

「ああ。というわけで講義の本題だ。何を教えたかったのか、今からが重要な部分だぞ。――おいそこ、早弁するな」

 雅人はテイルがフランスパンをかじっている現場を見つけ叱咤の声をあげた。


「……いや、なんでフランスパンなんて持ってきて食べてるんですハカセ」

 クアンの声をテイルはフランスパンを強引に加えたままそっぽを向いて無視した。


「ま、阿呆の事は放置しておこう。伝えたい部分は二つ。『相手の動きを良く見て』『相手の背景を探れ』だ」

「良く見て、探れ?」

「ああ。相手の戦い方を見て、それに合わせて戦う。それが一番の基本だ。これは相手にわざと負けろという事でも相手の土俵で戦えという事でもないぞ。お互いが何をしたいか大体理解しあえば、本気で戦ってもそれなりに映える戦いが出来るし不意の事故も起きにくいから、お互いを知った上で全力を出せって話だ」

「なるほど。プロレスチックでありつつも真剣勝負をしろという事ですね」


「ああ。そして知るべき事は相手の戦い方だけではない。相手の動きを見て相手の状況やスタンスを理解するのも非常に大切だ。相手が本当に戦いたくて来てるのかどうか。相手は過激派でこっちに殺意があるかないか。その辺りを早めに気づけるとこっちも動きやすくなる」

「なるほど。だから『背景を探れ』なんですね?」

「ああ。勝手に飛び出すななんて言う事は俺もハカセも言わん。ただ、無茶をしても無事に帰ってきて欲しい。だから何よりも、相手の事を知ろうとし、その上でどうすべきか判断する癖を付けろ。という事を俺は伝えたかったんだ」

「はい! 先生ありがとうございました!」

 クアンは手を上げてそう言葉にした。


「はい。授業はここまでー。テイルの阿呆は後で職員室に来るようにー」

 そんな事を雅人が冗談めいて言うと、クアンは小さくくすっと笑った。


ありがとうございました。

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