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番外編-特別じゃなくなった彼女-


 特別なんかじゃない。

 親に捨てられ、成人するまで自分を利用しようと人が群がっていた自分は、確かに天才だった。

 だが、天才であるという事は別に特別な事でも何でもなかった。


 アリスこと立花雪来(ゆきな)はそんな当たり前である事実を、今ようやく受け入れる事が出来た。

 怪人という作られた存在から狼男のような怪奇現象に等しい生き物がいるのだ。

 天才という存在くらい、案外普通である。


 だからこそ、立花は毎回組織を設立しては解散し、わざと階級が上に上がらないようにしていた。

 o階級という魔境に入ってしまえば……特別でいられないからだ。


 冷静に、自分の事受け入れられるようになった立花は、どれだけ恥ずかしい事をしていたのかを理解した。

 立花がしてきた事は、プロで活躍できる能力を持った野球選手が負けたくないという情けない理由で草野球に参加し無双するのと何も変わらなかった。

 特別である事を特別視していた為、立花はこれまで負ける事を避けていたのだ。


 ここまで特別である事に拘った理由……というよりも拘らざるを得なかった理由、それは精神の防御反応だった事にも立花は気が付いた。

 自分を捨てた家族は幸せそうにしていて、自分の周りには金目当ての屑しかおらず、今まで心から楽しいと思った事は何一つなかった。

 要するに、自分が惨めすぎて……自分は特別なんだと思い込まなければ生きていけなかったのだ。

 その特別すらなくなってしまえば、きっと自分の心は壊れていただろう。


 それを冷静に分析出来ているのは……素直に真実を受け入れられているのは……。

「あーもう! 悔しい!」

 立花は自宅でそう叫び、全力で壁をぶん殴った。

 天才が故の重さの乗った一撃は部屋全体を揺らし、壁に拳の跡を刻みつけた。


 自分自身の事であるが故に、その事実を理解していた。

 今まで受け入れられなかった弱さを素直に受け入れられたのは、テイルという変な奴に負け、そして手を握って貰えたからだ。

 しかも――その事が嫌ではなく、たまらなく嬉しかったと感じた自分が立花は何よりも悔しくて再度壁をぶん殴った。

 こんな奇行今までした事がなかったのだが、良くわからない感情でいっぱいになり爆発してしまいそうだった立花はつい壁を殴っていた。


 誰かに手を繋がれたら、とても暖かいという事。

 泣いている時に誰かが傍にいてくれたら、嬉しい事。

 誰かに優しくされたら、幸せな気持ちになれる事。

 そんな当たり前を、立花は今日初めて知った。


 戦いに負けるという事も、言い争いで負けるという事も、立花は今日、初めて経験した。

 そして、負けるとという事はとても悔しい事で、むきーと言いたくなるような気持ちになる事も、退屈じゃなくなる事も……。


 嬉しいという感情や、悔しいという感情、怒りの感情や安らぎの感情。

 様々な感情が渦を巻き立花の精神を混乱させる。

 だが、それらの感情以上に、今の立花には強い感情が宿っていた。

 その所為で立花は自分に対して呆れ果て、情けなさ過ぎて溜息を吐きたくなっていた。


 ――確かに、色々と気を使ってくれてさ、泣いている私も煩わしく思わず手を握り続けてくれて……。生まれて初めて『私』を見てくれたけどさ……。

「――だけどさぁ……。たったそれだけでこうなるっておかしいでしょ!?」

 立花は自分のもやっとした気持ちをぶつけるように、三度目の壁パンを行う。

 壁もそろそろ限界だが、今の立花にはそれに気が付く余裕などありはしなかった。


 立花はこのもやっとした感情が何なのか、経験した事がない為わからない。

 だが、客観的に見て判断すれば、答えは一つに絞られてしまっていた。


 テイルの口からクアンの名前が出た時に生まれた『むっ』とするような『もやっ』とするような感情が、突然現れた。

 その経験した事がない感情を客観的に見れば――『嫉妬』であると断定出来る。

 そして、自分が嫉妬したという事は――。

「いやおかしいでしょ! というか私チョロすぎでしょ!?」

 そう言いながら、立花は渾身の一撃で壁を殴りつけた。

 真正面至近距離から放たれる堂に入った正拳突きの一撃は、見事に壁を崩壊させ部屋と部屋の通り道を作り上げた。


「はぁ……ホント……お出かけしないといけないのに……鏡見れないよ……」

 泣きすぎて腫れぼったい目をしているから鏡を見たくない――という言い訳を自分にする立花。

 実際は、間違いなく真っ赤になってニヤけているであろう自分の顔を、恥ずかしくて直視出来ないからである。




 立花は『アリス』っぽく振舞う為の金髪のカツラを取り、ふりっふりの青と白のドレスを脱いで私服に着替えた。

 自分の青がかった白いロングヘア―を見て、立花は苦笑いを浮かべる。

 この髪も、昨日まで大嫌いだった。

 何故なら両親と違う髪の色だったからだ。


 突然変異の一種らしいのだが、良くわからない。

 自分を捨てた後で産んだ妹は違う髪の色をしていたので、この髪は正真正銘自分だけである。


 そんな髪も、今は別に嫌いではない。

「アイツが変だって言わないと良いけど……」

 そう呟いた後、はっとした表情を浮かべ顔を赤くし、立花は大きく溜息を吐いた。

「自分もただの人だって……思い知らされるわ」

 感情がコントロール出来ない奴は愚か者だ。

 そう思っていた昔の自分が、一番愚かだった事を立花は気づき苦笑いを浮かべた。


 顔を洗い、深呼吸をして冷静になった後、アリスは自分の映る姿鏡を見た。

 そこに移っているのは腫れぼったい目をした、ジト目の自分。

 赤面してニヤけてない事に安堵しつつ、その姿をじっと見つめた。


 白を基調としたラフな格好は決してダサいというわけではないが……特に可愛いというわけでもない。

 私服なんて過ごしやすくてそこそこ見れたら良いだろうという気持ちで用意した上下に靴下合わせて五千円でおつりが来る程度の服。

 一応この恰好以外に高いスーツもあるにはあるのだが……それは着たくなかった。

 賢そうな……天才のイメージが強い自分ではなく、ありのままの自分を見て欲しいからだ。

 ――もう、天才という名目で独りにされるのは絶対に嫌だ。

 アリスはそう思い、賢そうな見た目の服を押し入れの奥にしまい込んだ。


 じゃあこの恰好なら良いのかと言えば……そういうわけでもなかった。

 この格安普段着を見て欲しいという気持ちは微塵も起きない。

 むしろ、なんか恥ずかしい。


 立花は世の女性達がどうしてあれだけ服に予算をかけるのかその理由が少しだけ理解し、その足で生まれて初めて自分をより良く見て欲しい為に、そこそこの値段がする服屋に向かった。

 歩きながら口笛を吹いている事に、立花は自分でも気づいていなかった。



ありがとうございました。

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