A Mad Tea-Party1
ダイノキングとファントムの戦いは一進一退を繰り返し、お互い攻めきれずに拮抗した状態となっていた。
青スーツのダイノアサルトは地上での速度が恐ろしいほどに早く、ピンクスーツのダイノフリットは高度な飛行能力を有する。
ファントムは厄介な特性である両者をワイヤー設置して罠を作る事により動きを制限できた。
特にフリットの場合は宙に蜘蛛の巣状にワイヤーを作るだけでほぼ完ぺきに対応を取る事が可能だった。
それはあたかも蝶を捕食する蜘蛛のようですらあった。
ただし、ファントムのワイヤーではダイノエースの動きだけは阻止しきれない。
純粋に力が強いダイノエースと搦め手であるワイヤーの相性は最悪に等しかった。
それでも、三人のうち二人に制限をかけられるというのは大きい。
そのような拮抗した状況下ですらあっても、ダイノキングの三人にはまたまた余力が見て取れた。
拮抗して見えるのだが……実情はファントムの方がはるかに不利である。
理由は単純で、ワイヤーは大きな欠点を抱えているからだ。
ファントムの使用しているワイヤーは便利ではあるが、威力自体はさほど強力なものではなかった。
薄い鉄板くらいなら容易く引き裂けるがその程度である。
怪人であるファントムが直接殴った方がよほど強いくらいであり、一応その細さの割には衝撃にめっぽう強く滅多な事では破壊されないという特性もあるがそれだけであり、とてもメインの武器足りえる物ではない。
どれだけ相手の動きを制限できようとも、ダメージという圧力がないのだ。
現にダイノエースにワイヤーが直撃しても何ら傷を負わず、怯んだ様子すらなかった。
見た目だけなら拮抗しているが、ファントムは相当不利な条件で戦っている事になる。
では……何故ファントムがそのような火力が乏しいワイヤーを使っているかと言えば、ワイヤーを繋いであるテイル特製の持ち手にその理由があった。
ワイヤーにより行動が制限された中でもダイノアサルトとダイノフリットは上手く連携を取りファントムに圧力をかけダイノエースの動きを生かそうとする。
そんなダイノエースを軸としたコンビネーションを中心に動きつつある三人に対し、ファントムは何とかお互いの連携を断とうとワイヤーを罠のように設置しダイノアサルトかフリットを捕縛しようと試みる。
火力はなくとも捕まえさえすれば数分は行動不能に出来る。
青かピンクか、どっちかだけでも封鎖すれば一気に天秤が傾く。
そうファントムが考えている時に――突然頭にコンと小石が当たった。
ダイノフリットが宙から投げた小さな小石。
痛くもない小石だが……その一瞬、ファントムは注意が削がれ上空に意識を向けてしまった。
その隙にダイノエースは設置された地上のワイヤーを引きちぎるようにかき集る。
「なんと!?」
ファントムの慌てた声に合わせ、ダイノフリットも宙に設置してあったワイヤーを優しく力を入れずにかき集めそっとエースに引き渡した。
あっという間に十本全てのワイヤーを掴まえたダイノエースは両手できつく握り二人に指示を飛ばす。
「アサルト! フリット! 俺が止めてるうちにコンビネーションで行け!」
ダイノエースの言葉に二人は頷き、顔を合わせながら二人はファントムに襲い掛かった。
目で捉えきれないほどの速度で迂回しながらこちらに迫るダイアサルトと、空中から一気に急降下してくるダイノフリット。
ファントムと二人の距離は一気に縮まっていく。
「ダイノパワーオン! ブルーファング!」
アサルトは右手を恐竜のような大きな爪に変化させて襲い掛かってくる。
それに合わせるようフリットは某バッタヒーローのような綺麗なフォームで蹴りを放った。
そんな二人の攻撃が交差する一瞬――ファントムは「きひ」と笑い声を発し、その姿を消した。
「なに⁉」
ダイノアサルトは驚愕の声を発しつつ、対象が消え仲間に当たらないよう無理やり攻撃を捻じ曲げ床に爪を振り下ろした。
その威力はすさまじく、爆音のような衝撃音を放ちながら四本の爪が地面を抉り道路を綺麗に分断した。
フリットはとんと地面を蹴った後もう一度空を飛びファントムの姿を探す。
ファントムは……ダイノエースの目前に何の脈絡もなく現れ、そのままソバットの要領で空中回し蹴りを放っていた。
ダイノエースの頭部側面にガン! と大きな音が鳴り、ワイヤーを手放し吹き飛び、そのままダイノエースはコンクリートで固められたビルの壁に盛大に叩きつけられた。
壁に出来た罅の大きさからその威力は相当なものであり、軽くないダメージを受けたのかダイノエースはその場で動けなくなっていた。
ファントムのワイヤー五本を繋いでいる特殊な力を持つ持ち手。
これはテイルがファントムの能力を最大限に生かす為に作った物だった。
まず、繋がっている金属とネットワークを繋ぎ、もう片方の持ち手と送受信を行う事が可能であり、これにより両手から走る十本のワイヤー全てが接続された小さなネットワークと変化する。
二つ目はグリップ自体も量子化、電子化、再構築する事が出来、更に再構築後ワイヤーのどこと繋がろうとも、五本の長さを均等に戻す効果もある。
この二つの効果により、ファントムはワイヤー内を自由に幻影移動する事が可能だった。
ただし、能力を使う度にバッテリーが消費され、特に幻影移動に絡んだ能力使用を行うとバッテリーを一気に消費する。
三回から五回程度のテレポートでバッテリーは底をつき、例え戦闘中に予備バッテリーと交換が出来たとしても強大な負荷により、日に十回程度が限界である。
「きひ。きひひ。私の名前は怪人であり幻影でもある。そこにいて、そこにいない。故に我が名はファントムと言います! きひひぃ」
舌なめずりしてそうな雰囲気で、自由になったワイヤーを空中と地上に再設置し獲物がかかるのを待つ蜘蛛のようにファントムはじっくりとねちっこく三人が来るのを待った。
「大丈夫か?」
アサルトに起こされたエースは頭をとんとんと叩き、問題がない事を確認した後頷いた。
「ああ。ただ、思ったよりもダメージがでかい。俺でこのザマだ。フリットが当たれば一撃でやられるだろう。あいつあの見た目と能力の癖に近距離が得意なタイプだ」
そんなエースの言葉にアサルトは嫌そうな声を出した。
「うげ。めんどくせぇ。罠主体の癖に接近戦能力持ってるのかよ」
そんなアサルトに、ファントムは言い返す。
「あなた方は同じ事を近接が得意な正義の魔法少女に言えるのでしょうか?」
「……ぐうの音も出ない」
アサルトはそう呟く事しか出来なかった。
正義陣営には多くの魔法少女も属しているがその大半が近接主体であり、拳を主体としての戦闘を行う者ですら三割を超えるからだ。
「とりあえずフリットが合流するまで二人で連携を組むぞ」
ダイノエースの言葉にフリットは頷いた。
「では……こちらは合流出来ないように妨害していきましょうかね」
ファントムがそう呟くと、アサルトはちっと舌打ちをした。
「本当に嫌な奴だ」
「きひひ。ありがとうございます。悪の怪人にとって心地よい誉め言葉ですね。後は悲鳴があれば言う事なしで――」
そうファントムが呟いた瞬間、突如として轟音が鳴り響き、ダイノフリットの悲鳴が聞こえた。
「きゃあ!」
苦しそうな悲鳴の声に驚き顔を向けるのはダイノエースとダイノアサルト……だけではなくファントムと影でこそこそしているテイルもそうだった。
「まだ何もしてませんよ!」
そう言いながらファントムが慌てて弁明をしている時に――ソレは現れた。
一体どこに隠れていたのか。
突如として現れたソレを一言で例えるなら、大きな機械である。
一応程度には人型をしているが、人の原形は全く保っていない。
足の代わりに車輪が付き、胴体は正方形に近い形状で腕は太く短く、そして頭は平たい皿のような形状をしている。
全長四、五メートルほどの巨大ロボとしたらかなり小さいが、人と比べたら巨人に見える。
デザインも銀色一色で正義のロボっぽくもなければ悪要素も見当たらない。
強いて言えば武骨なハグルマと蒸気ピストンが見える事からスチームパンク風というのが近いだろうか、そんなロボが本当に突然街中に現れた。
「先に言っておくが、ウチじゃないぞ!」
テイルはダイノキングの三人に聞こえるようそう叫んだ。
「って事は乱入か。フリット! 無事か!?」
ダイノエースがそう叫ぶとその機械の足元辺りからフリットらしき声はするのだがが、スチームパンク風の機械が暴れまわりビルを破壊する音で何を言っているのかは聞き取れなかった。
「俺が行く」
そう言ってダイノアサルトは声のする方に走り、すぐにダイノフリットを背中に抱えて戻ってきた。
「ごめん。ちょっと無事じゃない」
そう呟くダイノフリットの右足は、綺麗に折れて曲がっていた。
それ以外にも傷が酷いようで声に震えている。
スーツ姿の為良くわからないが、おそらくボロボロになっているだろう。
『こんにちはお兄さんお姉さん達。アリスのお茶会にようこそ』
機械の方からそんな子供の声が聞こえた。
可愛らしい声が聞こえてくる荒廃感満載のメカにより蹂躙される街というのは、とてもシュールな絵面だった。
「……アレについて何か知ってる人は?」
テイルの声に反応する者は誰もいなかった。
「……ダイノキング。そっちのスタンスは?」
テイルがそう尋ねると、ダイノエースは苦々しそうに呟いた。
「中立派だ。嫌々だが、この状況で共同戦線を張るのはやぶさかではないぞ」
その言葉にテイルは首を横に振った。
「いや。過激派でないなら問題ない。ここは俺達が引き受けるから撤退しろ。ダイノフリットの治療に当たると良い」
「……お前らその見た目と戦い方で穏健派かよ」
ダイノアサルトの声にファントムは抗議の声をあげた。
「私はどうでも良いんですよ? 貴方達の事なんて。悪の組織内でも特別穏健派で心優しいのは我らが主テイル様です。ですので……テイル様の御厚意にむせび泣きひれ伏しながら負けを認めて去ると良い」
挑発じみた言い方に悔しそうにするアサルトを止め、エースは頷いた。
「……すまん。だが礼は言わんぞ」
「いらん。とっとと引け」
テイルの言葉に返事をする事なく、三人はその場を去っていった。
「あんな感じの演技で良かったですかね?」
小声でファントムが尋ねるとテイルは頷いた。
「ああ。良いと思うぞ。というよりも、演技については俺からお前に言える事はないだろう」
「はぁ。まあ半分以上本音ですけどね。それでハカセ。どうしますかアレ?」
「……せっかく好みの戦隊ヒーローと息子であるお前との闘いに横やりを入れて水を差したって理由で少しイラついた……って言ったらどうする?」
その言葉にファントムはフード越しでもわかるくらいぱーっと嬉しそうな雰囲気を醸し出した。
「息子と呼ばれて嬉しいのでハカセの代わりにその怒りをアレにぶつけて鉄くずを作ってワクワクしたいです」
その言葉に、テイルは頷いた。
「うむ! では行くがよいファントム! あのスチームかっこいいメカをジャンクに変えてもっと荒廃感を出してやれ」
「仰せの通りに!」
ファントムはそう答え、謎の機械に向け突っ込んだ。
ありがとうございました。