インタールード-孤独と絶望-
つまらない。
つまらない……つまらない。
つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない――。
何もかもなくなれば良いのに。
女性にとって、人生とは退屈という名の苦痛を積み重ねるだけのものでしかなかった。
淡い雪のような綺麗な長い髪に少女らしい愛くるしさをした人形のような女性。
その幼い容姿の為よく誤解されるが彼女は既に成人済みである。
年上と接する機会の多かった彼女にとってその外見はコンプレックスそのもので、自分の一番嫌いな部分だった。
彼女が笑顔になる事はほとんどなく、表情は常に暗い。
一体どんな人生を送ってきていたのか不安になるほである。
そんな表情の理由は単純で、何をやっても満足感が得られず全てが退屈だと感じているからだ。
女性の特徴を一言で例えるとすれば――天才という言葉が最も適切だろう。
三歳で中学レベルの学業をマスターし、六歳で高校レベル、十二の時には飛び級で大学院まで卒業するだけにとどまらず、難しいと呼ばれる専門的な資格を複数所持していた。
文字通り、やろうと思えば何でも出来たのだ。
と言っても、学ぶ事に楽しみを覚えた事はない。
他にする事がなかったから昔からしていた事を惰性で続けていただけである。
彼女にとって人生のターニングポイントは異常なほど早く、二歳の時だった。
『――気持ち悪い』
そんな親の言葉により、彼女は両親に捨てられた。
それが彼女にとって自立の始まりだった。
両親を責める気もなければ怨む気もない。
その時はたぶん悲しんだのだと思うがもう覚えておらず、今の彼女にとってそんな過去はどうでも良い事だった。
凡人にとって天才とはどう見えるか、彼女は理解していた為両親の行為は当然のものであると納得したからだ。
大学の同期役七割は、同じように彼女を気味悪がった。
残り三割は、ただ歳が若いという理由だけで彼女を見下していた。
共に学ぶ立場の者は誰一人彼女に近づかなかったが、それでも彼女の傍にはいつも人が溢れていた。
彼女を金儲けに利用しようと考える屑共が。
彼女は自分が天才であると強く自負していた。
どの分野が得意とか、どの分野で優れているとか、そういった考えが自分には当てはまらないからだ。
『特定の分野に優れている者は天才ではなく秀才の努力家に過ぎない』
それが彼女の持論だった。
その言葉を裏付けるように、彼女は全く努力せずその秀才達と同じ視点を持ち、同じかそれ以上の事を行る事が出来た。
文学から言語学などの文系科目から化学や機械工学などの理系科目、果てには宗教学から運動能力まで。
全くの努力をせず、全ての分野で一流と呼ばれるレベルに到達する事が可能だと理解していたし、実際にしてみせた。
それで心を折った者も一桁では済まない。
彼女は院を卒業した後、すり寄ってきていた屑共を根こそぎ破滅させ外国の大学に入り直した。
十二という歳になり、ようやく彼女に一つの目的意識が生まれたからだ。
それは、自分と同じく何でも出来る天才を探す事だった。
この広い世界に必ず他に天才がいるはずだ。
そして、自分と同じように必ず愚民共に足を引っ張られつまんない日常を送っているはずだから……そんな同士を見つけて共に退屈を解消し、場合によっては住みやすい世界を創る為愚民を管理しよう。
そんな初めて見つけた希望という名の夢を、彼女はわずか四年で捨て去る事となった。
彼女の求める天才は、世界中どこを探してもいなかったからだ。
四年という歳月をつぎ込み、世界中を探してもその気配すらなく、見つけたのは自称天才の秀才だけだった。
この世界はどこまで進んでも何一つ変わらず、退屈に苦しみ惰性に生き続けるだけのろくでもないものだと彼女は受け入れてしまった。
彼女は天才であっても、いや、天才であるからこそ自分が本当に求めているものが何なのかわかっていなかった。
退屈すぎて死にそうな彼女は、ある日とある騒動に巻き込まれた。
それは正義の味方と悪の組織による戦いである。
彼女も知識としては知っていたが、実際に巻き込まれたのは初めてだった。
その法律は、彼女が理解出来ない数少ないものの一つだった。
なぜそんな法律を、どうして一体どんな理屈で生み出したのか。
それだけでなく……何故そんな自然的に発生しない能力や技術がここまで流出しているのか。
未知のテクノロジーや超能力が平然と、そんな下らない事の為だけに存在するこの現象は、彼女にとって気持ち悪い謎以外の何ものでもなかった。
といっても、だからどうしたという程度の関心しか彼女は持っていなかったが。
『ここは危険ですから避難してください』
そんなスタッフらしき声を彼女は無視し、その戦いを見学しに行った。
ただのちっぽけな好奇心である。
退屈すぎて興味のないテレビを付けるくらいの気持ちで見たその戦いだが、残念ながら彼女にとって恐ろしくつまらないものでしかなかった。
五人組のカラフルなタイツ姿と異形の怪物っぽい見た目をした存在が戦いあっている。
確かに、どちらも彼女よりも身体能力は優れていた。
特に怪物の方は人の特性を持っていながら鋭い爪や牙を持ち、腕を振るだけで鉄をバターのように引き裂いていた。
だからこそ、彼女は心から落胆した。
優れた力、特別な能力、才能を持ったが故に生まれた戦いは、お互いに気を使っているだけのプロレスにしか過ぎなかったからだ。
あまりにつまらなくて――我慢出来ず彼女はその戦いをぶち壊した。
何の能力も、何の武器もいらない。
ただ彼女は素手のみで、五人組と怪物を圧倒し、全員をボロ雑巾のように変えて気絶さえ、溜息一つ残してその場を後にした。
ほんの少しだけ、本当にわずかだが、彼女は楽しいと感じた。
それはおそらく、退屈を潰せたからだろう。
後日、KOHOと名乗る集団から彼女に抗議文が送られた。
『つまらなくなるような横槍は控えて欲しいという』
そんな控えめな文章に彼女は首を傾げた。
『乱入を止めろ』でも『邪魔をするな』でもなく『つまらない事はするな』という文章だからだ。
彼女はどうしてもソレが気になり、質問を送ってみた。
『面白ければ邪魔をしていいのか?』
そんな彼女の質問に、KOHOはこう返した。
『法律と我々KOHOの決めたルールに乗っ取った上で、オーディエンスが楽しめるなら乱入はむしろ歓迎である』
その答えを見て彼女は小さく微笑んだ。
彼女のつまらない退屈な世界に、ほんの一滴程度だが、色が付いた瞬間だった。
ありがとうございました。