第二の刺客と新たな陰謀
後日、テイルの元におかしな恰好をした人物が訪れた。
その恰好を一言でいうなら――『不審者』である。
怪しいという表現以外は非常に説明に困る人物だった。
身長は百七十くらいはあるだろうという事くらいはわかるのだが、それ以外はまるで何もわからない。
何故から、その人物はボロボロになった灰色のローブで全身を覆い隠し、某妖怪アニメに出て来るネズミの男を彷彿とさせる。
そんな酷い外見の為、顔は当然体格も性別さえもわからなくなっていた。
そんな怪しげな存在が目の前にいてもテイルは落ち着いた様子を見せ、笑みを歓迎していた。
それもそのはず、この人物がこそがテイルの呼んだ六番目の怪人だからだ。
「お久しぶりですハカセ。長い事で帰らないような親不孝をして申し訳ありませんでした。それと、第八怪人の製造おめでとうございます」
そう言いながらその人物はテイルに深く頭を下げ、親愛の情を示した。
その声は妙に透き通った綺麗な声で、少年にも少女にも聞こえる中性的な美しさがあった。
「ああ。ファントム、多額の献金感謝する。おかげで久々に兄妹を増やす事が出来たよ。それで……久しぶりに帰ってきたのは嬉しいのだが……なんかスケジュールごっそり開いてないか? 大丈夫か? お前がクビになる事はないと思うのだが……」
送ってこられたスケジュールは半年先まで『休み』の文字が記されその先は『未定』と書かれていた。
「あ、はい大丈夫です。ちょっとボイコットしているだけですので。いくら好きで選んだ仕事でも、一年近く家に帰れないようなスケジュールを入れるのは酷いと思います。僕だって怒りますよ!」
「ああ……。まあそれはしょうがないな……。お前も会社も、どっちの気持ちも理解出来る。……ま、久しぶりの実家なんだ。ゆっくり羽を伸ばすと良い」
そう言いながらテイルは紅茶を入れ、クッキーと一緒にテーブルの上に乗せ椅子を引いてファントムに座るよう指示を出した。
「はい。ありがとうございます」
弾むような声色でファントムはそう答え、纏っていたボロ布に見えるローブを脱いでコートハンガーに掛けた。
「……自分で作っておいてなんだが、本当に綺麗な顔してるなぁ」
テイルの呟きにファントムは恥ずかしそうに小さく微笑んだ。
黒い短髪に蒼い瞳、そして女と間違われるほど綺麗な顔立ち。
怪人製造と言ってもその工程はプログラムとバイオテクノロジーが主体の為データ化されていない外見はランダム要素が強い。
つまりファントムの美少年ぷりはテイルの想定していた部分ではなかったという事である。
「それで、ボイコットと言っていたが……良いのか? 流石に半年間一度も顔を出さないとなると……ファン達が暴徒になるような気が……」
テイルの言葉にファントムはぷくーっと顔を膨らませて怒りをあらわにした。
「良いんですよ! 僕は何度も休みを下さいって頼んだんです。月に一回でも家に帰れたら文句はなかったんですよ? でも……家に帰る時間全くくれなかったんですからもう知りません!」
ぷいっと顔をそむけぷんぷんと怒っている様子のファントムにテイルは苦笑いを浮かべた。
「ああ。まあそりゃ仕方ないとは言え辛いな。……俺にはそっちの事情はわからないから何も言えんが」
「……まあ。一月くらいゆっくりしたらまた考えますよ。ファンの方々に罪はないんですから」
ファントムは諦めた表情で、どこか嬉しそうにしょうがないと呟いた。
ファントムはもう一つ名前を持っている。
『蒼馬劉輝』
所謂、芸名という奴である。
ドラマや映画などに出演する役者の仕事をしているが、厳密な役者というわけでもない。
主演からエキストラ、スタントまでその仕事は幅広いが、出演時の衣装は和装以外絶対に着ない。
逆に言えば、和装であるなら悪逆非道の悪代官だろうがお坊さんだろうが関係なく出演するし、和装絡みなら大道具の仕事すら受けていた。
ファントムのもう一つの顔、それは『古典文化推進会』所属の芸能人だった。
古典文化推進会とはその名の通り、古き良き伝統を受け継ぎ、文化として保存し世に広める事を目的とした集まりである。
芸能活動を行うのもPRの一環であり、海外布教から廃れそうな伝統芸の保護、保全にも力を入れるなど古典文化にかかわるものならば幅広く活動をしていた。
彼らは先人の教えを受け継ぐといった殊勝な考えではなく、我欲の為に活動をしているからその熱意は尋常ではない。
彼らを一言で例えるなら歴史オタクの集いである。
ファントムも伝統芸能に触れてその魅力に感化され、古典文化推進会に所属し芸能人となった。
その仕事はドラマ等の芸能活動だけでなく、自らを広告塔として能や歌舞伎などの宣伝、場合によってはピンチヒッターとしてそれらの舞台にも出演していた。
ファントム自身、武士などよりもそっち側の文化の方が好みなので仕事自体には本当に何の文句もなかった。
和服は大好きで、伝統芸能に憧れを持つ。
そうであっても、一年近く家に帰れなかったというのはファントムにとってどうしても許容できない内容だった。
怪人が大好きなテイルと同じように、ファントムもまた家族が……特にテイルが大好きである。
そんなファントムが、クリスマスパーティーも参加出来ず、正月も帰れず、クアン誕生すら立ち会えなかった事により我慢の限界を超え、そしてボイコットを決行した。
「んー。一年ぶりの長期休暇か……。どこか旅行でも行くか?」
テイルの言葉にファントムは嬉しそうに頷いた。
「はい!」
「ん。どこに行きたい?」
「どこでも良いですよ。みんな一緒なら。第八怪人……妹は生まれたばかりだし着いてきますよね?」
「ああ。今は雅人が指導しているし……うまく日程も合わせたら雅人も付いて来るかもな」
「雅人お兄さんもですか。それは良いですね。……ふふ。楽しみです」
ファントムは心から嬉しそうに呟いた。
「だが……一年ぶりの長期休暇か……。そんな中で俺の用事に付き合わせるのはちょっと悪い気もするな。他のか――」
「やります」
ファントムは食い気味で答えた。
「いや、悪いし無理しなくても。お前別に悪の組織の野望とか好きでもなかっただろ?」
「やります。ハカセと一緒に悪い事します。何でもします。わーい悪い事だいすきー」
ファントムは媚びた子供のような表情でテイルを見つめた。
「お、おう。まあ迷惑じゃないなら頼む」
ファントムは首をぶんぶんと振り何度も頷いて見せた。
その様子はまるで、飼い主に遊んでもらう子犬のようだった。
「んで、参加するとして……能力の方は鈍ってないか?」
テイルの言葉にファントムは小さく微笑み、椅子を立ち部屋の隅に移動した。
そして部屋の壁に手を触れ――ファントムの姿は煙のように消え去った。
「大丈夫です。能力は仕事でも使ってますから」
そう呟くファントムは、テイルのすぐ後ろに立っていた。
能力名『幻影移動』
煙のように消え移動する能力……に見せかけた別能力。
弱点を悟らせない為ととある事情によりテレポート能力に見せかけているが、実際の能力はネットワーク内への侵入である。
テレポートもネットワークを介して別の場所に移動する量子テレポートの亜種に過ぎない。
早い話、特撮版グリッ〇マンやロックマ〇エ〇ゼである。
恐ろしいほど汎用性の高い能力であるのは間違いないが、その分制限も多かった。
ネットワーク内はいくらでも移動できるが厳しい制限時間があり、また現実世界でのテレポート範囲は侵入場所から半径五十メートル程度。
これでも伸びた方で、最初に二メートルも移動出来なかった。
更に、入れるネットワークは鍵のかかっていないネットワークか自分が鍵を知っているネットワークのみで、ネットワークに侵入する時は直接ネットワークに繋がったコードに触れなければならない。
他にもこまかい制限は多く残り、優秀な能力ではあるが戦闘にはそこまで向いていない能力だった。
「五十メートルほどしか移動出来ないのに仕事で使うのか?」
「はい。撮影中のスタントとかでも出番ありますし、ビル内とかでは重宝するんですよ。頂上から一階に降りたり」
「……その為に恐ろしいほど面倒な商業用能力使用許可を得たのか。いやまあ会社の都合だろう。何も言うまい」
テイルは苦笑いを浮かべた。
「それで、もう一つの方の能力は――」
「使ってませんし使う気もありません。ハカセの命令以外ではこの能力は使いませんしまだハカセ以外の誰にも教えていません」
「ああ……それで良い」
その言葉にテイルは苦虫をかみしめたような表情で頷く。
正直テイルはファントムのもう一つの能力は話にも出したくなかった。
テイルは怪人を製造した際、零号以外全ての怪人に能力を二つ付けた。
一つ目は生まれた時から手足のように使える能力で、二つ目はある程度成長しなければ使えない能力。
要するに、切り札だ。
ちなみに、テイルが作った理由はカッコいいという理由のみである。
そんな第二能力ではあるのだが……ファントムの場合は第一能力とかみ合いすぎて本当にやばい代物となってしまった。
あまりに危険すぎて他の怪人含め誰にも言えず未だ二人だけの秘密となっている。
もしそれが外部にばれたら、危険度だけはoAプラス級に判断されるだろう。
その能力名は『幻影通行』
インターネット内のプロテクトされた部分を通り抜ける能力である。
第一能力はネットワーク内の移動、侵入と組み合わせる事により、あらゆるセキュリティを無力化してハッキング、クラッキングが可能になる。
このネット社会において未曾有の大災害を引き起こす事も可能だろう。
「すまんな。戦闘に不向きな能力なのに呼んで」
「いえいえ。短距離テレポートとしてみれば優秀ですし僕は身体能力けっこう良いんで。何とかなりますよ」
そう言ってファントムは優しく微笑んだ。
「そうか。……まあまだ日程も決まってないからしばらくはゆっくりすると良い。何かしたい事はあるか?」
テイルの言葉にファントムは少し考え込む仕草をしてから答えた。
「ああ。妹に会いたいですね。今はどこに?」
「下で雅人と訓練中だ。……差し入れでももって行ってみるか?」
「はい! あ、差し入れってこれで良いですかね?」
そう言いながらファントムはお土産として持って帰ってきた最中と取り出した。
「……『悪代官最中~山吹色のお菓子でございます~』なんだこれ」
テイルは嬉しそうに持っているファントムの手土産に苦笑いを浮かべた。
ありがとうございました。