怪人クアンの恐るべき力
「この国はわずか二十年でクアンの言う『特撮のような世界』になった。その由来には三つの大きな団体が係わっている。三つの団体と、その団体が設定した最優先殲滅対象。とりあえず、活動する前にこれだけは頭に叩き込んでおいて欲しい」
そう言いながらテイルはどこからかホワイトボードを持ってきて、黒いマジックを使いイラスト付きで書きはじめた。
『正義の味方』
国が認めた防衛組織で準国家公務員的な扱いとなる。
業務内容は市民を護る事と悪の組織と戦う事が主であり、それ以外では基本的に能力が制限され、戦闘行為も特例を除き認められない。
簡単に言えば『悪の組織』と打ちのめし災害救助やパトロールを行う。
つまり、テレビの世界で良く見る正義のヒーローそのものである。
準国家公務員ではあるが『正義の味方』を始めるのはそれほど難しくない。
利益が望め、一定以上の実力があれば誰でもなる事が出来る。
その為、大手の正義の味方団体は日夜スカウトに勤しみ金の卵を探している。
『悪の組織』
国家資格である『悪の組織運営許可証』があれば組織の認可が得られる。
正義の味方との大きな違いは金銭の動き方にある。
つまり、正義の味方は儲かり金になるが、悪の組織は儲からない為ほぼ道楽に近い。
認可されている活動内容は『事前に申請し許可が出た』場所での破壊工作や扇動等悪の組織が行いそうな事全般である。
そんな金ももらえず事前申請も必要という厳しい条件をクリアし、一定以上の功績が認められると合法的に国から土地を切り取る事が出来る。
つまり、市内征服、町内征服である。
ちなみに悪の組織が征服した場所には独自の法律を制定する事が出来、それは治外法権に等しい。
最終的には国家転覆まで許可されている資格ではあるのだが、そこに行きついた組織は未だ一つもない。
『活動KOHO部隊』
正義の味方、悪の組織を生み出した主犯とも言える集団。
どうしてこんな組織や資格が政府に認められたのか――認めさせられたのか。
それはこの集団が商業としてのメリットを示し、実際に国に多大な税金を納めたからである。
何をしたのかと言うと……正義と悪の戦いを撮影して放送し、それらで稼いだお金を全て正義陣営と政府に還元した。
それだけでなく、悪の組織が行う破壊活動のサポートや様々な保証を行い、建造物修繕や治療費などの政府負担をゼロにした。
その上、両陣営にスポンサーの紹介や関連グッズの製作などと商業的効果を見出し経済を恐ろしい速度で回した。
最終的に彼らは国家予算の三割を超える額の金銭を国に支払い、正義の味方、悪の組織のシステムを政府に強引に認めさせた。
そんな彼らは正義にも悪にも属していない。
彼らの理念のシンプルで『特撮って良いじゃん。リアルで見れるって、最高じゃね?』ただそれだけである。
『最優先殲滅対象』
正義、悪かかわらずどんな陣営であろうと、ルールを破り複数回の勧告を無視や、故意に一般人を害しする等明らかに逸脱した行為を行った場合、政府か活動KOHO部隊により最優先殲滅対象に指定される。
そうなった場合は、あらゆる状況、状態を無視し、正義、悪共に協力してその者を処理する。
対象の処理には生死を問わない。
そして生きて捕まえても極刑を免れる事はない。
つまり、本当の意味での処理である。
「というわけで俺達が今後していく活動の方向性とかその辺りは見えてきたか?」
テイルの言葉にクアンは苦笑いを浮かべた。
「すいませんハカセ。言葉の意味や書かれている事はわかりましたが、どうしてこうなったのかとどうしてこんな事をしでかしたのかがさっぱりわかりません」
そんなクアンにテイルは優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。すぐに慣れる。ぶっちゃけとても規模の大きなプロレスと思っていたら大体間違っていない。俺達は悪役としての仕事をこなせばいい」
クアンはボンテージ姿となった自分を想像して寒気がするのを感じた。
「ああ。嫌なら参加しなくても良いぞ。裏方でも仕事はあるし何なら全く関係ない仕事でもかまわないし業腹だが正義の味方に付くのも認めよう」
そう言いながらテイルは苦々しい表情を浮かべた。
「……ま、まあそれらはそういったものなのだと受け入れたとしまして……破壊活動が許可された場所ってどんな場所です?」
「ん。とりあえず予算別に分けて松、竹、梅コースがある。払った金額と相談内容で場所が変わっていくな」
――ああ。ある程度は理解出来たと思っていたのが間違いでした。
クアンは理解するのを諦め、七杯目のお茶を飲みだした。
話もひと段落ついたのか、二人は自由にまったりとした時間を満喫しだした。
もはや二桁杯飲み何杯飲んだがわからないお茶を担当するクアンは、そっとテイルの様子を伺った。
テイルはテレビを見ながら握りこぶしを作り、悪の怪人を応援していた。
「うーむむ。コンセプトは悪くない。だが実力不足感が否めないな……ああ。ウチに来てくれたらもっとうまく調整してあげるのに……ああ……やられてしまったか」
そう呟き、テイルはがくっと肩を落とす。
テレビを見ると正義のヒーローと思われる仮面を被った男が決めポーズを取っていた。
「ハカセ。純粋な疑問なのですが、私はどんな怪人でどんな能力を持っているのでしょうか?」
もしかして真の正体はおぞましい見た目なのかもしれない。
出来たら薔薇とか蝶とかの怪人だと良いのだが……。
そんな事を考えながらクアンは尋ねた。
「ん? ああ。言ってなかったな。では……」
そう呟きながらテイルはさっきまで使っていたホワイトボードの文字を消し、炬燵から出て立ち上がった。
「説明しよう! 我が製作した怪人第八号。その恐るべき力と能力を!」
そう言いながらテイルは決めポーズを取った。
「ちなみに能力は二つあるのだが……。その様子だとクアン、君は機械が苦手だな?」
そう尋ねられ、クアンははっきりと頷いた。
「はい。生後数時間という身でもはっきりわかるくらいは」
そう言いながらクアンは手元のリモコンを悲しそうに見た。
テレビのチャンネルは三十以上あるのに、操作がわからず十二チャンネルを切り替える事と電源を消す事しか出来ない。
クアンはそのレベルで機械音痴だった。
「そういう事なら能力の片方はしばらく封印しておこう。自力でパソコンが使えるほどになった時に説明するから練習するように」
そんなテイルの言葉にクアンは悲しそうに頷いた。
「わかりました。もしかしたら永遠にそんな日来ないかもしれませんが……」
「教えてやるからがんばれ」
「……ふぁい」
クアンはちょっとだけ、涙目になっていた。
「では改めて……説明しよう! クアンの能力、それは『水を操る力』である!」
そう言いながらテイルは何度もホワイトボードに文字を書き、そして消すを繰り返していた。
「制水、いや、ウォーターコント……これも違う……操水……水質調査……操作……いや、こうだな!」
そう言いながらテイルはホワイトボードに大きく文字を書いた。
『プログラム:ウンディーネ』
「基本的には水を操作する能力だ。弱点なんかの説明は後にして、とりあえず試してみろ」
「試すですか? えと……ハカセ、どうすれば?」
「湯呑の中のお茶を動かしたいと念じてみろ」
クアンは言われるままに、自分の湯飲みに入っているお茶の方を見つめ、持ち上げるよう念じてみた。
それに応えるかのように湯呑の中のお茶はふわふわと持ち上がり綺麗な緑色の球体になり宙に浮かんでいた。
安定せず蠢いている球体は、宇宙空間の中に浮かぶ液体のようである。
「おおー。なるほどなるほど。ですけど……これ操作難しいですね」
クアンはお茶を球体から変形させようとしてみるがうまくいかず、ぷよぷよと不思議な動きをしながら球体が躍っていた。
「ああ。お茶だからな。水としての純度が低いと操作難易度が跳ね上がる。他の弱点としては、射程も短いしそこに水があると正しく認識出来ないと操作出来ない。あと大質量の水なんかは流石に無理だ」
「それらの弱点を考えてみても、自由度が高く強力な能力ですね……」
そう呟きながらクアンはお茶を湯呑の中に戻して飲みだした。
「念動力の一種と物理演算の複合による……いや原理はどうでも良いな。簡単に言えば科学的な超能力だ」
「エネルギーの出どころは? 無制限ですか?」
「いや、全部脳が負担している。リスクというほどの物ではないのだが、頭脳労働としては結構な重労働と言える為負担が大きい。こまめな糖分補給を心掛けてくれ」
そう言いながらテイルはクアンにミカンのカゴを差し向け、クアンは本日初めてミカンを手に取った。
「ところでハカセ。この水の力を使って私はどんな悪事を働けば良いのですか?」
ミカンを美味しそうに食べながらクアンはそう尋ねた。
「ん? いや別に好きにすれば良いぞ。何かしてみたい作戦とかあれば立案してくれ」
「え? 目的があって私を作ったのではないんですか?」
驚きの声を上げるクアンにテイルは微笑んだ。
「生まれや目的、能力と『やってみたい事』は別だと俺は考えている。だからこそ、好きに生きて良いんだぞ?」
そう言いながらテイルは優しく微笑み、クアンの肩をぽんと叩いた。
「……ハカセ。良い事言って誤魔化そうとしてません?」
テイルはクアンから顔を反らした。
「それで、私を作った目的……はなさそうですね。理由は何かありますか?」
「……何となく……と言ったら怒るか?」
「怒りませんが、呆れます」
そう呟いた後、クアンは小さく溜息を吐いた。
ありがとうございました。