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アイデンティティ 1


 ダムが目視できる位置まで移動したクアンはその現場を見て――黙って死を覚悟した。

 水は完全に溢れ切り、ダムの上から水が流れで続けるという完全に機能を停止した状態で、しかも溢れている水ですら五メートルほどの高さを持っている。

 ついでに言えば、ダム自体はまだ無事だがこのままでいられるほど楽観視できる状況ではなく……崩壊は時間の問題と思われた。

 ただ、クアンが死を実感したのはそれらとは一切関係がない。

 ダムや水関連も確かに絶望的だが死を直接連想するようなものではなく……原因はそこにいる人達の方だった。

 衝撃音の理由も痛いほどに理解出来た……何があったかまではわからないが誰が行っているのかは良くわかった。


 軽く三十を超えるヒーロー達がダム周囲に集結し、地上から空からとあらゆる方法で水を受け止め、流し、ダムの負担を減らしつつ水を人口密集地に流れないよう尽力を注いでいた。

 正義と悪の組織で分担する場所を分けた理由に鑑みてもここに混ざるというのはあまりよろしくない。

 更にに言えば、法律的にも良くない……というよりも最悪である。

 対立する陣営にいる上に、クアンは人ではなく怪人だ。

 なのでこの場所で自分が殺されても文句が言えない。

 それでも、例えそうであってもクアンが諦める理由にはなり得なかった。


 クアンは死を覚悟したまま、ダムの方に足を運んだ。

 馬鹿な事をやっているってわかっているはずなのに、何故かその足を止める気にはなれなかった。




 地上にいるヒーローらしき男の一人がクアンに気が付き声を荒げた。

「おい! 誰かコイツ知ってる奴いるか?」

 その声に返事をする者はない事を確認した後、男はクアンの方をギロリと睨む。

「新入りか……。おい新入りなら無理せず避難しろ! マジでヤバイんだ! こっちも新入りを庇う余裕すらない」

 中年で髭面のゴツイ男はクアンはそう怒鳴りつけた。


 男は黄色いメットに作業服と正義の味方というよりも土木作業員らしい恰好をしていた。

 そして、その男と同じような服装をした人物があと二人ほど傍におり、彼らは他のヒーロー達と団結して自分の数倍はあろう盾を持ち横一列に並んで並べ水を別の方角に流していた。

 クアンは正義の味方十人以上で作っている盾の前に水でレーンを作り、一人で水を受け流して見せた。

「新入りの未熟者ですが水の能力者です。長時間は無理でもこれくらいは出来る能力は持ってますので必ず助けになれるはずです! 何をすれば良いですか!?」

 クアンの叫びを聞き、目の前の男は驚きを見せつつ、空にいる男に指を差した。

「全体の指揮はあいつが執ってるからあいつに聞いてくれ……って言っても伝える手段ねーな。水が煩すぎる。石でもぶつけるか?」

 男がそう言うと、クアンは首を横に振った。

「いえ。こちらから行ってみますね。ありがとうございました。あ、すいませんがそのレーンは私が離れたら消えますので後お願いします」

 そう言ってクアンは雨を操作して自分の足場を作り、階段状にしてから空に浮遊するヒーローの元に移動した。




 地上空中問わず全てのヒーローの中で見比べても空にいるその男は目立ち、とてもヒーローらしい感じをしていた。

 顔の上半分を隠している白く尖ったヘルムに銀に近い輝きを持つ白いライトアーマー。

 全体的に白鳥をモチーフにしているようなデザインで、白い金属製の羽を付けその場で羽ばたきもせず浮遊している。

 顔の下半分や腕の一部など露見した部分は肌色ではあるが、どことなく機械ぽいデザインでもあった。


「すいません。新入りですが水の能力者です。何か手伝える事があると思って来ました」

 クアンがそう尋ねると忙しなく周囲に指示を飛ばすその男はクアンの方をちらっと見た。

「水の能力ですか。……何が出来ますか?」

 そう男が尋ねると、クアンはダムから溢れている水を指差し、そのまま指を持ち上げる。

 その瞬間、直径二メートルほどの円柱状の水が生まれ、天高くまで登っていった。

 それに合わせて、溢れている水の高度が一メートルほど下がっていた。

「……自称新人が一人でこの水量の……大体五分の一ほどを制御しますか。優秀な事はよくわかりましたよ。私の名前はジーク。クラスoBプラスでここの指揮を任されています。よろしく」

 そう言って手を伸ばす男ジークにクアンは手を返し握手をした。

 ただし、あくまで名乗らない、名乗れないので黙ったままで……。


 名乗り返さない理由を尋ねないまま、ジークをダムに指を差した。

「現在の任務は二つの理由から時間稼ぎとなっています。一つは住民達の避難時間を稼ぐ為、もう一つはこの場を何とか出来る人を待つ為です。ですが一つ問題が――」

「ダムの決壊ですね」

 クアンの返しにジークは頷いた。

「話が早くて助かります。酷くなる前に色々と対策を取ってはいたのですが……焼け石に水ですね。決壊まであとどのくらい保つのかもわかりません」

 そう、この自然の驚異によりダムがどのくらいギリギリの状況なのか……正しく把握出来る人などこの中にいなかった。

 ここにいる二人を除いて。


「……どうすれば良いですか?」

 ジークは再度、ダムの全く同じ個所を指差した。

「あの辺り、あそこに亀裂があるんですよ……。補強しているのでまだ大丈夫ですが……正直そんなに長く保たないと思っています」

 現在、ダムの半分以上が沈没し水に埋まっている。

 つまりダムが意味を為していないという事だ。

 この状態で周辺地区に被害が出ていないのは、ダムの前方三十メートルでヒーローが防波堤をやりつつ空のヒーローで水の流れを整え被害を抑えているからだ。

 ただし、それも完璧ではない。

 その証拠に……水の勢いに耐えきれず、更に水位は増しており防波堤は徐々に後退していた。


 数十人のヒーロー達は確かに優れた存在ではある。

 だが、そんな数十人のヒーローが力を合わせても、水の圧力と拮抗することすら出来ていない。

 彼らが弱いというわけでも役立たずというわけでもない。

 彼らがいなければ既に一番近くの街は沈没しているし、誰もいなければダムが決壊し周辺地区全てが巻き込まれている可能性すらある。

 それでも、遅延という比較的簡単な目的達成ですら一歩ほど力が不足していた。


「……すいませんジークさん。あの穴を修理出来る人、いませんか?」

「――何かやってくれるという事ですね?」

 クアンが頷くと、ジークを手をそっと下側に向ける。

 その手はクアンが最初に話した中年の男を指し示していた。


 クアンは階段を降りる要領で固定化した水の階段を下り、最初の位置より二メートルほど交代したヒーロー達の防波堤に降り立った。

「ダムまで道を作ります。ダムの修復、補強出来る人は手伝ってください」

 そう言いながら、クアンはさきほどの三人組の真ん中、ゴッツイ中年髭面の男の方をじっと見つめた。

 十人以上が壁になって水をせき止め横に流している中、その真ん中にいる男はクアンの方を見返した。


「……俺はそう言った事が得意だが……ダムまで結構な距離があるぞ? 正直あんた一人に出来る気がしない。無謀な事はせず俺達に手を貸してくれ」

 男の言葉に、一緒に水をせき止めている他のヒーロー達も頷いた。

 三十、いや四十メートルほどはダムまであり、そこまでみっちりと水で埋まり、しかもそれはプールのように止まった水ではなくこちら側に恐ろしい速度で流れ続けている

 その勢い、力強さを誰よりも知っているヒーロー達は全員でクアンの身を案じていた。


「もうあんまり時間がありません……。下手すれば一時間以内に崩壊します」

 そんなクアンの言葉に、男は首を振った。

「そうなった時はそうなった時だ。ここなら崩壊を見ても十分に逃げられる。もしダム傍で崩壊した場合……逃げられないだけじゃなく、鉄砲水が直撃する。無理するな。出来る事をすれば良いんだ」

 男は優しく諭すように、クアンにそう言い聞かせた。


 男の言葉は自分を心配しての言葉ではなく、間違いなくクアンを心配しての言葉である。

 土木工事が本職の冴えないBクラスヒーローとして生きている男()()()()()、何かを護る事の難しさを知っていて、そして出来る事をし続ける大切を理解していた。

 護るという事に近道や裏技はなく、ただ真面目に……出来る事を積み重ねていく事こそが最も正解に近い、真理である。

 凡庸であるからこそ男はそうやって大切な物を一つずつ積み重ねて――これまで生きてきた。


 その理屈はクアンも良く理解している。

 それが正しいことも――。

 ただ……理解しているが、受け入れられなかった。


 自分がこんなわがままだっただろうか。

 どうしていきなり、自分はそんな無茶な事をしようとしているのだろうか。


 普段の性格ではありえない事を続けている自分に対しクアンは少しだけ悩み、そして至極簡単な答えが見つかった。

 クアンという存在は見た目と違い、生後ゼロ歳である。

 知識は持って生まれたが、その中身は空っぽで、何も詰まっていなかった。

 だからこそ、クアンは燃えるような想いが空っぽの心を満たしきり、そしてそれがガソリンのように体を動かし心を暴走させていた。

 有体に言えば――幼子特有の……ただの()()()()である。

 そんな『わがまま』な自分をクアンは理解し、そしてそのわがままを――生まれて初めて他人に向けた。


「……ヒーローって何? 臆病者の事?」

 クアンは自分でも驚くほど冷たい声が出ていた。

「あ?」

「――出来る事があるのに諦めるのが正義なの?」

 そんな挑発を受けた男は、小さく笑った。

「お嬢ちゃん。ヒーローってのは――いや人助けってのはな、口で言うほど簡単な事じゃないんだ。って説教したいけど今は時間ないな。今度教えてやるからさ、今は後ろに避難してな。力はあってもあんたは子供だ」

 クアンの性格を見抜き、男が思った感想は、落胆だった。

 たとえ有能な正義の味方であっても、中身が子供では意味がない。

 いや、もっと言えば、それはこの男にとって守るべき対象ですらあった。


 その為男は幼子扱いし諭すように言葉を紡ぐとクアンはむっとした表情を浮かべ――男の前、盾の前の水を押しけて移動した。

「だったらさ、今教えてよ!」

 クアンは叫びながら水に裂け目を作り、その中を一直線に進んだ。

 それを見た中年の男は舌打ちをした後クアンの慌てて後を追いかけた




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