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水にご注意? 4


 世の常識に当てはめるならば、テイルは間違いなく変人の類に入る。

 それは製造されたクアンでも深く理解していた。

 水の能力を与えるから水関連の知識を与えるというのはまだわかる。

 情報処理数、速度で能力の強度が決まるので情報は多いほど便利である。

 だが……その与える知識の幅がおかしい。

 お茶の知識から国内ダムの情報までインプットする理由などどこにあるだろうか。

 と言っても、今はその偏屈なまでの愛情のおかげでダムの場所がわかり、クアンは己のすべきを事見出す事が出来た。


 栄養補給用に用意されたブドウ糖――ラムネ菓子を口に頬張りながらクアンは全速力で疾走する。

 口の中でラムネが溶け、甘さにより幸福感が駆けまわる。

 どうやらよほど疲れていたらしい。

 負荷により感じていた脳の痛みと緊張が解きほぐされていくのを感じながら、クアンは今後の事を考える。

 正直に言えば、飛び出したは良いが後先など何一つ考えていなかったからだ。


 クアンの考えは非常にシンプルだった。

 ダムの知識があって水を操作出来る。

 だからダムに行って何か役に立つことがあるだろう。

 だたそれだけの薄い理由で、難しい事は何一つ考えていなかった。


 決して思いつきで動くというタイプではないクアンだが、何故か衝動的にそんな選択をしてしまい、そして今でもそれを間違いとは思っていない。

 一つだけ間違いがあるとすれば……ダムまで三十キロ以上あるという事を忘れていた事くらいだろう。




 そんな風にクアンが若干の疲労を感じながら走っていると――後ろからクラクションが鳴らされる。

 車道を走っていたわけではない為邪魔はしていないはずである、何事かと思いクアンは慌てて後ろを振り向いた。

 そこにいたのは一台の普通乗用車、それに光る看板のような物『行灯』が付けられ側面には電話番号と名前が書かれている。

 そう、呼び止めた車はタクシーだった。

「お嬢ちゃん! ここは危ないよ。早く非難しなきゃ」

 髭面で眼鏡の中年男性がクアンにそう尋ねる。

「おじさんこそ、ここは危ないですよ!」

 クアンがそう叫び返した。

「だから逃げてんだよ! 乗るか!?」

「すいません! 私ダムの方に向かってるので!」

 そうクアンが答えると、予想外の答えが返って来た。

「お嬢さん。軽見優ダムはそっちじゃないぞ」

「え?」

 クアンは慌てて周囲を見渡す。

 クアンは走っている方角が九十度ずれている事に気が付いた。

 街中で方角が狂ったのも理由の一つだが、一番の理由は疲労感による集中力の低下である。


 クアンは悩んだ。

 一つ簡単な解決策が目の前にあるのだが、それはあまり好ましい選択とは言えない。

 それでも他に思いつかず、クアンは悩んだ末に、好ましくない、目の前の人を巻き込む選択を選んだ。

「……ありがとうございます。……すいません。ダムの方に行ってもらう事って出来ますか?」

「おいおいお嬢ちゃん。なんかラジオでダムに穴が空きそうとかヤバイとか聞いたぞ」

「……それでも、行きたいんです」

「どうしてもかい?」

 クアンがこくんと頷くと男は数秒悩むような仕草をした後、タクシーの後部ドアを開けた。


「……危なくなったらおじさん逃げるけど、それで良いかい?」

 クアンは頷いて、タクシーに乗り込んだ。

「はい。ダムの傍まで行かなくても、途中までで構いません。お願いします」

「――あいよ」

 運転手はそれだけ答え、車を走らせた。




 クアンはタクシーに座り込んだ瞬間、突如として強烈な睡魔に襲われた。

 緊張と能力使用の負担、そして単純な疲労が原因である。

 それが仕事であるからかタクシー運転手の運転は非常に快適で、クアンはうとうとしながらリラックスしている時――とても大切な事を思い出した。


 クアンは真面目である。

 仕事に手を抜く事はなく、任された事は必死に努力をする。

 真面目が過ぎるとテイルがいう位には真面目で、優等生という言葉が似あうくらいの為悪の怪人としてはあまりよろしくない性格だった。

 当然テイルはソレを否定する気がない。

 ただ、真面目である事は常に長所であると言うわけではないのだ。


 クアンは仕事に余計な物を持ち込まない。

 つまり……何が言いたいのかと言うと……クアンは携帯どころか財布すら持っていなかった。


 眠気は一瞬にして消し飛び、顔面が蒼白になっていくのをクアンは実感する。

 頭の中には『無銭乗車』という言葉がよぎり、心臓がどくどくと脈打つ。

 慌ただしくポケットを探っても緊急用に持たされた痛み止めとブドウ糖補給用のラムネしかなく、それでもクアンはじっとしていられずパタパタと自分の服や靴を漁った。

 こん。

 クアンは自分の靴を叩いた時に本来しないような音を聞き、そこに何かの違和感を覚える。

 不思議に思いつつごそごそ探っていると、そこには電話番号の紙と千円札が三枚ほど入っていた。

 もう片方にも同じように三千円が仕舞われて、そして何か意味のわからない絵の羅列が描かれた紙が見つかった。


 どうしてかはわからない。

 テイルが緊急用に用意した――という可能性は残念ながら零である。

 度を過ぎた親ばかというか怪人馬鹿のテイルが三千円などと常識的な金額を選択するわけがない。

 テイルの場合は何も考えずブラックカードを靴に内蔵するような斜め上の頭の悪い部分を見せて来るだろう。


 つまり、このお金はクアンの為に用意された物でない可能性が高いのだが……クアンは今だけ悪い子になる事にして心の中に謝罪しつつ、電話番号と絵の描かれた紙を戻し六枚のお札を受け取った。


「すいません……非常に言いにくいのですが……六千円で行ける場所までお願いします」

「お客さんも大変だね色々と……。わかった。六千円の範囲ね」

 運転手の答えを聞いた後、クアンは安堵の声をもらし少しだけ体を休める事にした。

 自分で決めた事ではあるので泣き言は言いたくないが、やはり疲れが溜まっているらしくとてもだるい

 目を閉じ後部座席に背を預けただけで、クアンの意識はあっという間に闇に飲まれた。




 よほど運転が上手かったのか、ただ疲れ果てていただけだったのだろうか。

 クアンは寝息すら立てずに眠りに落ちていた。

 そんな自分でも気づかないほどに深く眠っていたクアンの意識を起こしたのは――強い衝撃音だった。

 爆弾でも爆発したような音と肌を震わせる振動にクアンは驚き目をぱちりと開けた。

「あ、お客さん。そろそろ着きますよ」

 何事もないかのように振舞う運転手にクアンは尋ねた。

「あの、さっきの音なんです?」

「さあ? ダムの方ですので何かあったのでしょう」

「え? ダムの方?」

 そうクアンが尋ねると運転手は指を差す。

 そこにあるのは、ダムまであと二百メートルと書かれた道路標識だった。


「悪いけどココまでしか行けないね。いや物理的に」

 そう言う運転手に対し、クアンは混乱していた。

「あの……途中までというお話では……というよりもお金は?」

 そうクアンが尋ねると、運転手はあちゃーと言った顔をして目を伏せた。

「すいませんねお客さん。実は料金作動するの忘れてまして。ホラ、回送のままになってるでしょ。すいませんこんな初歩的なミス。これじゃあ料金頂けませんねぇ」

 あーあと言いながらわざとらしく困った表情をする男性。

 その言葉が嘘だという事は、対人経験が未熟なクアンにすら理解する事が出来た。


「どうして……」

 そう尋ねる事しか出来ないクアンに、運転手はたばこを取り出そうとし……そして残念そうに仕舞った。

「車内禁煙だったなそういや……これも時代だねぇ。……ふぅー。嬢ちゃん。あんたこのダムを何とかしようとしてるんだろ?」

 クアンはその言葉に首を縦に動かした。

「それが理由さ。俺が出来ない事を誰かがやろうとしてる。それだけあれば理由としては十分すぎる。……だけど一つ約束してくれ。誰かを助ける為に犠牲になる奴ってのは最低だ。残された者が何も返せないからな。失敗しても良いから、必ず生きて帰ってきてくれよ?」

「……ありがとうございます」

「礼はいらないからさ、ヒーローになってきてくれや」

 運転手の言葉に悪の組織ですととても言えず、クアンは黙って頷いた。


「せめてコレくらいは……少ないですがどうぞ。子供さんに何か買ってあげてください」

 クアンはそう言って手元に持っていた六千円を運転手に握らせ、そのまま外に飛び出していった。


 しっかりと握らされた六枚のお札を見て、運転手は大きく溜息を吐く。

「ふぅー。……俺、独身なんだけどな……はは」

 そう寂しそうに呟いた後、運転手の自分の愛車を走らせその場を避難した。


ありがとうございました。

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