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零号 前編

 

 真夜中という時間帯、皆が寝静まった頃……テイルは研究室に一人籠りパソコンを睨みつけていた。

「……スペック通りの能力は出ていない。が、感情は想定の何倍も速く成長してるな……」

 モニターに移された情報を見ながらひとり呟くテイル。

 テイルが見ている情報、それはクアンの生体情報だった。

 グラフ化された情報を昨日の情報、過去他の怪人の情報と見比べ、問題が起きていないか問題がないか全てチェックしていく。


 怪人というのは言葉通りで、人であって人でない存在だ。

 その為人体に有効な治療でも怪人には効かないという事もある。

 更に、製造して数か月ほどは不安定な時期が続く。

 元々は人体改良をして怪人を作り出す理論だったのを強引に無から怪人を作り出している為、どうしてもエラーが起きるのだ。

 何が起きるのか予測が付かず最悪の場合は死に直結する。

 その為、テイルが直接バイタルチェックをこまめに行い、それ以外の時間でも従業員女性を数人付けて二十四時間体制でバイタルチェックを行っていた。

 と言っても、蓄積したデータがある為過去七人含め誰一人死亡してはいなかったが。


 例え死んだとしても、怪人という特性上同じ方法同じ製造過程を踏めば同じ怪人を製造することは十分可能である。

 だが全く同じであったとしてもそれは決して同じ怪人ではないのだ。

 例えばクアンをもう一人作ったとして、全く同じデータを使いプロセスを踏んで、記憶を受け継いだとしても、その怪人はクアンとは別人である。

 その事を痛いほど知っているテイルは、厳重にチェックを繰り返した。


 クアンが本来のスペック通りを発揮できないのはトラブルが原因ではなく、クアンそのものが原因である。

 水の操作は高速情報処理を起点として発動させる能力の為、『数字嫌い』で『機械音痴』のクアンはどうやら苦手意識があるらしく、それがスペックに下位補正をかけていた。

 簡単に言えば、ただの気持ちの問題だ。

 それは大した問題ではない。

 むしろ良い事と言えるだろう。

 得意、苦手が出てきて個性が強くなっていく。

 人としての精神が健全に育ち、正しく自己を確立する事こそが怪人の性質安定化につながるからだ。

 過去七人のクアンの兄妹達も正しく自我を確立し、巣立っていったようにクアンにもそうなってくれる事をテイルは願っていた。




 クアンの生体データを全てさらったが問題は全くなく、成長も順調な事を確認したテイルは自分の寝床に向かった。

 最近はクアンのおかげで賑やかな日が続き、どうしても一日の最終確認作業を始めるのが遅れていつも夜更けとなってしまっていた。

 もう少し早く切り上げたら良いのだが、どうしても家族の団欒が楽しくて、ついクアンとの会話を優先してしまう。

 そんな自分に苦笑いを浮かべながらテイルは部屋のドアを開けた。


 寝る前の準備を終え、ベッドに入ろうとしたテイルが見たのは丸みを帯びて盛り上がった自分のベッド……。

 当然自分はまだ寝ていないので、盛り上がっているわけがなかった。

 テイルは溜息を吐いた後、ベッドの毛布を引っぺがす。

 そこにいたのは――ネグリジェ姿の女性だった。

「おい。何をしている」

「にゃー。取られちゃった」

 何故か嬉しそうに、女性は呟きテイルに熱い視線を送る。


 女性はとても可愛らしく、美しく、そして不思議な魅力を醸し出していた。

 人間離れした魅力という言葉でも彼女なら当てはまるだろう。

 ネグリジェという恰好も目に毒という意味で気になるが、それ以上に気になるのが耳である。

 何故か頭頂部付近に三角の耳、簡単に言うなら猫の耳が生えていた。

 そんな麗しき薄着の女性が自分のベッドにいるという男としてはとても魅力的な状況なのだが、テイルはその女性に何ら反応を示さない。

 肉親であってももう少し反応を見せるというくらいに無反応である。

 テイルは冷静で無表情に近く、冷たいとすら感じるような目で女性を見ていた。



「もう一度言おう。何をしている?」

「んー。言わないとわからない? それとも……そう言う事を言わせたいの?」

 女性はくねっとした仕草をしながら妖艶な笑みを浮かべそう囁く。

 テイルの冷たい目に懲りず、女性は更に言葉を続ける。

「大丈夫。まだ初めては終わってないから、貴方色に染められるよ? どんな事でも、私は大丈夫。だから、貴方の普段隠している劣情をオープンしてみない?」

 そう言って豊満な胸元が見えるようテイルを見上げる。

 だが、それでもテイルは一切の反応を見せなかった。


「……百歩譲って、あり得ない話しだが恋愛感情からの暴走であるなら俺は何も言わん。発情期等の問題なら多少の協力も考えよう。だが、そういうわけではあるまい」

 その言葉に女性は嬉しそうに頷いた。

「うん! ただ、この体を使っての一番の恩返しって言ったらやっぱりこれだと思ってね。貴方も興味ないわけじゃないでしょ? だからさ、好きにして良いよ?」

「――黙れ」

 テイルは露骨に表情を変え冷たく言い放った。

 その表情は羞恥などと言った優しいものではなく、不快といった半端なものでもない――その表情を一言で現すなら……嫌悪である。


「ちぇー。またダメだった別に良いって言ってるのに」

 女性は自分の長い黒と黄色のまばら模様となった尻尾をくるくると手でいじりながらつまんなさそうに呟いた。

「ふざけるな。そしてこの問答は何度目だ一体。数か月に一度来て同じ事を繰り返し。一体何が目的だ」

「んー。そう言ったってにゃー。割と全部本気だよ。恋愛とかわかんないけど、一番好きなのは貴方なのは間違いないし」

 その言葉にテイルは泣きそうな表情を浮かべた。


「――いっそ憎んでくれた方が楽だ」

 テイルはそう呟き、ベッドを背もたれにして座り込み両手で顔を隠した。

 それはまるで、泣いているようだった。

「――そうしたら貴方はもっと自分を恨むでしょ? それは私も、昔の私も望んでないから」

 そう言って、その女性はテイルを横から優しく抱き締める。

 テイルは抵抗せず、女性は愛しそうに傷ついたテイルを宝物のように大切に抱きしめた。


 女性の名前はファーフ。

 テイルが生み出してしまった後悔そのものである





 数年前、ARバレットもなければ八人の怪人(家族)もおらず、そもそもテイルという名前すらなかった頃――。

 とある事情で会社を辞めたばかりのテイルは特に何も考えずブラブラと見知らぬ町を彷徨っていた。

 お世辞にも良好な辞め方とは言えず、かなり悲惨な状況で会社を辞めた為多額の慰謝料を得られた。

 だが、失った物も少なくなく、ほとんど鬱に近く物事を考える事すら億劫となった状態となっていた。


 そんなテイルは死に場所でも探すかのように色々な場所を彷徨い、そしてこの町に偶然たどり着いた。

 名前も知らない、どこかもわからない。

 電車を適当に乗り継ぎ、適当に降りただけの場所。

 そもそも、テイルはここがどこなのかすら興味がなかった。


 そんな町で、テイルは子供達に虐められる猫を発見した。

 黄色と黒の三毛猫は、五人ほどの子供に棒で突かれてたり転ばされたりしていた。

 昔の自分なら子供を叱るか猫を庇うだろう。

 だが、今のテイルにそんな元気はなかった。

 何かあれば猫は逃げるだろう。

 または、親が子供を叱るだろう。


 そんな事を考えて茫然としたまま虐めの光景を見続けるテイル。

 そこで、テイルは奇妙な違和感に襲われた。

 子供が猫をいじめているのは確かだが、猫も人を襲っていた。

 例え蹴られても叩かれでも、何度も同じ子供の同じ部位に噛みつき続けていた。


 ただ、どうも甘噛みらしくその子供に怪我はない。

 猫は何故かわからないが同じ個所を延々と、何かを主張するように噛み続けているだけだった。


 子供の力とは言え体格差もあり、攻撃され続ける猫は体中痛いはずである。

 それなのに逃げもせず、子供を傷付けず、ただ優しく噛みつくだけの猫。

 そんな状況にテイルは少しだけ、好奇心が刺激された。


「ちょっと良いかな?」

 テイルがそう声を掛けると、子供達はやべっと小さく呟き、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 だが、テイルもそう動く事を予想し、あらかじめターゲットしていた子供を捕まえた。

 そう、猫にずっと噛まれていた子供である。


「離せ! 離せよ! 良いじゃんみんなやってる事なんだから!」

 そう言って暴れる子供にテイルは穏やかなで空虚的な表情を浮かべる。

「別に叱ったりはしないよ。疲れるし。代わりにさ、詳しい事を教えてくれないかな?」

「……詳しい事?」

「うん。この猫のね」

 そう言ってテイルが指さした猫は、やはり子供の右手に甘噛みしていた。




 何時からいたかわからないが、気づいたらこの町に三毛猫が住み着いていた。

 三毛猫だからミケと呼ばれているらしい。

 普段はぼーっととしていて何もしないのに、時々決まった人を見かけると怒りを露わにして威嚇し、それからしばらくするとこうやって噛みつくそうだ。

 傷はないがそれでも噛むのは怖いという事で保健所への通報もあった。

 だけど、どうしてか一切捕まえられず、この町を護るヒーローに連絡しても猫が嫌いではないらしくスルーされ今に至るという事らしい。


「なるほどね。君は何時くらいから吼えられるようになって噛まれるようになったの?」

「えっ? うーん。去年くらいには吼えられていたと思う。噛まれ始めたのはちょっと覚えていない」

 テイルは子供の意見を聞いた後、右腕と右手を注意深く観察し触った。

 何故かわからないが、テイルが触りだした瞬間猫は噛むのを止め、その場で待機していた。

「――もう一つ尋ねるけど、最近右腕の握力とか腕の力が落ちた実感ない?」

 そう尋ねると、子供はさーっと顔を青くしだした。

「……ある。めっちゃある! もしかしてこれ呪い!? いじめてたから俺呪われたの!?」

 半泣きでそう尋ねる子供にテイルはもしかしての可能性を考え、子供を抱え込んだ。

「いや。呪いじゃなくて逆に……。いや、先に保護者――面倒だ、このまま病院に行こう。後で親の連絡先を教えてくれ」

 そう言ってテイルは子供を肩車し、早足で病院を目指した。


 途中でヒーローに誘拐犯と勘違いされたが、うまく誤解は解け、病院に案内してもらいその間に保護者を呼んだ。

「いやはや、まさか高橋センセがこんなとこにいるとは」

 診察が終わった後呼び出されたテイルは医者がまさかの知り合いで驚きつつ愛想笑いを浮かべる。

「いえ、元々先生ではないですし会社の方も辞めたのでもう先生と呼ばれる事は――」

「それはもったいない。まあセンセの腕ならどこでも引き取ってもらえるでしょう」

「はは。いえ私の事は良いので、あの子は」

 テイルが話をぶった切ってそう尋ねると、医者は表情を変え真剣な面持ちで頷いて見せた。

「はい。センセの考え通りでした。手遅れになる前気づけて良かったです」

 何となく、確かにそんな予感はあったのだが……それでも予想が的中しテイルは少しだけ驚いた。


「具体的は話は俺じゃなくて後で来る家族に話してくれ」

「おや? センセは関係者じゃないんですか?」

「ああ。実は部外者なんだ。まあ急患だったという事で許してくれ」

「いえ、怒る事はないですが、それならセンセはこの子の命の恩人という事ですね」

「――いや、俺じゃないさ」

 テイルはそう言ってあの猫の事を思い浮かべながら部屋を立ち去った。


 そこから一時間後、家族との話も終わった頃にテイルはその子の病室に足を運んだ。

 ノックをしてから入ると、子供はベッドで横になり、その横で母親らしき人がテイルに目を向けていた。

「この人が?」

 母親の言葉に子供は頷き、そして母親は今にも泣きそうな顔でテイルの手を掴んだ。

「ありがとうございます。……命にかかわるほど、それでなくてももう数日遅ければ腕を切り落としていたとお医者さんに言われました。貴方が病院にこの子を連れてきてくれなければ……。ああ、本当に何とお礼を言えば」

 深く感情を込めてそう呟く母親をテイルはそっと横に除け、子供の前に移動した。

「なあ。もうわかると思うが、俺が助けたんじゃない。俺が何かしたわけじゃない。お前の事を必死に守ろうとして、お前に危機が迫っているとずっと告げていたのは……誰かわかるな」

 子供は俯き、何も言わなくなった。


「最初の通り、俺は叱らないし何もしない。そんな元気もない。だからさ、君がどうすべきか良く考えてくれ」

 テイルはそれだけ言って部屋を立ち去り、そのまま病院の外に足を運んだ。

 入り口には一匹の三毛猫が座り込んでテイルの方を見ていた。

 色々な人に暴力を振るわれているのだろう。

 猫は思った以上に傷だらけである。


「……あの子は大丈夫そうだぞ」

 テイルがそう言うと、その猫はにゃあと一鳴きして返事をした。

 そしてテイルはそのまま立ち去ろうとして……足を止めた。

「……ちっ」

 テイルは舌打ちをした後猫を抱きかかえ、コンビニに行ってから医薬品を買って簡単な応急処置を施した。

 未だ元気は出ず、虚無感が体を支配して怠惰に生を貪っているだけ、生きているのではなく死んでいないだけのテイルだが、猫を放置することは出来なかった。

 子供を救った功績者を放置することはテイルの信条に反していた。


ありがとうございました。

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