ただ一人の為の――後編
彼女が姿を見せた時、場は静まり返った。
入場曲はなかった。
それどころか何の効果音も足音もなく、あまりにも静かな登場に誰もが声を失い、静寂を愛した。
白のドレスに身を包み、セミロングの髪をなびかせ、力強い眼でマイクを持ったまま、空を見る。
そして、何の脈拍も自己紹介もなく、声を紡いだ。
「『解けない式と踏めない尻尾』」
そのタイトルコールと共に、彼女は歌を歌いだした。
アカペラから入るその歌唱力はアイドルというよりもプロの歌手さながらであり、そしてメロディが入った後も彼女の声は負ける事がなく、美しく奏で続けた。
だが、その声に、唄に魅了される者は誰一人いなかった。
聞いている者のほとんどが理解した。
彼女はアイドルでも、歌手でもない。
そして、この歌は自分達に届けられたものではない。
そうはっきりわかるほど、彼女の心は美しかった。
白一色のサイリウムが暴れまわり、場が一気に、最高潮まで盛り上がった。
これはもう……きっと何かトンデモない事をやってくれる。
そう古参兵がわくわくを隠しきれないほどに、彼女のは独特で、そして特別な存在だった。
「……二曲目。『重たい藍を伝えたくて』。……色々あるけど、言いたい事は後で。今は、この想いをぶつけたいの」
それだけ言葉にし、彼女は再度歌いだした。
ねちっこいまでに重苦しい、絡みついた蜘蛛の糸が纏わりつくようなその歌は彼女の内面の重さと、それでいていかにその人物を心から渇望しているのか理解出来た。
そう、一曲目も、二曲目も、彼女の歌が心の底から響く事はなかった。
彼女――ユキがその想いを伝えたいのは、心を響かせたいのはたった一人しかいないからだ。
自然と、彼女の目線から観客達はその目当ての人物の位置が探られ、そしてそっとその人物、観客席後方にいるテイルに意識が絞られた。
大勢からの何となくの視線。
だが、テイルはそれに気づいていなかった。
ただ一人だけ、この場で彼女の声に心から引き込まれ、その他のあらゆる事象に意識を向ける事が出来ずにいた。
二曲が終わり、ユキはマイクを手に観客の方に頭をぺこりと下げた。
それに合わせて歓声と拍手が鳴り渡った。
「ありがとう。私の名前はユキ。ARバレット兵器開発局長のユキよ。……ちょっと、自分語りをさせてもらうわね」
その言葉と同時に場が静まり帰り、皆がその声に耳を傾けた。
もうアイドルフェスの雰囲気を超えているが、それでもその雰囲気も古参兵達は見事なまでに合わせた。
「私ね、人が怖いの。嫌いなの。だから、最初ここに来るのが怖かったわ。そもそも……私がこれに参加してるのも罰則だしね。だから、トレーナーさんがレッスンにわざわざ来てくれたのに毎日脱走したわ。……本当に酷い、悪い子ね私」
そう言って自分を自嘲するユキを見ても誰も何も言わなかった。
合いの手や、茶して良い雰囲気では決してなかった。
「私の性格はとても悪いわ。誰かの為に歌うのなんて死んでもごめんって思う位ね。でもね、そんな私を受け入れてくれた人がいたの」
そうユキが言葉にした瞬間、観客達の視線は皆一同に、観客席後方に降り注がれた。
「その人は、私がどこに逃げても私を見つけてくれて、私の傍に何も言わずいてくれた。私が苦しんでいる事を知っていてくれた。ただ一人だけ……醜い私の心を認め、肯定してくれた」
淡々とそう語るユキの口調は、どこか軽く、そして明るかった。
「だからね。皆ごめん。私は最初から皆の為に歌う気がなかったわ。ううん。友達や、家族の為にも歌う訳にはいかなかったわ。私が歌を届けたいのは、想いを届けたいのは……たった一人の鈍感な馬鹿だったから……」
そう言った後、ユキは二十万人の前にいるただ一人、テイルの方を見つけ、そして息を思いっきり吸った。
「テイル……。私ははね、貴方が好きよ。いつも私を見てくれた、私を助けてくれた、私に苦しくない世界を教えてくれた貴方が……心の底から好き」
拍手が轟いた。
歓声と応援の声が鳴り響いた。
ある意味において、古参兵達の最も見たかった特大のトラブルが発生した瞬間だった。
当のテイルは、皆の前で、ポカーンとした様子で口を半開きにしていた。
「……ねぇ皆、信じられる? 私が頑張ってここまでしてもさ、その鈍感大馬鹿野郎は私の気持ちに気づいてなくてさ。今のアレですら友達としての好意だと思ってるのよ」
ブーイングが鳴り響く。
観客達はそんな事あるわけないと信じていなかったが、とりあえず空気に合わせてブーイングした。
ARバレット関係者はガチでブーイングした。
ここまですればどんな馬鹿であっても、絶対に気が付く。
だが、ユキの行った通りテイルはわかっていなかった。
どうしてこの場でそんな事を言うのかすら、この場でテイルだけが気づいていなかった。
「あーもう! はっきり言うわよ! 私は、恋愛的に、貴方が、ずっと好きでした! 愛しいと、ずっと前から思っていました。テイル、私は貴方とだけ、ずっと一緒にいたいの」
その言葉にテイルは少しだけ考え込んだ。
どう考えても愛の告白にしか聞こえないがそんなわけがないと思って少しだけ悩み……そして、そうだと気づいた。
人生で初めて、他者から自分が愛されたのだと気が付いた。
それに気づくと、一瞬だった。
過去二人でした事、行った場所が頭の中にリフレインし、ユキがどういうつもりで自分に付いてきてくれてたのかに気づき、驚愕と同時に胸に激しい痛みが走る。
心臓がドラムの音の如く激しく脈動し、緊張から眩暈を起こす。
そんなテイルを、ユキはまっすぐ見つめた。
「テイル。私は頑張って伝えたよ? だから……貴方の想いを教えて」
二十万を超える視線が、テイルに降り注がれる。
だが、それ以上にユキの視線が、体が強張るほどに重かった。
嫌とかそう言う事でなく、ただ、理解が現実に追い付かない。
助けを求め、テイルは周囲を探る。
助けになれそうな雅人とヴァルセトはこの展開を予測し既におらず、ヴォーダンは今回に限っては敵と言っても良い。
というよりも、この場でテイル側に立つ人間など一人もいるわけがなかった。
不安そうな表情となるユキ。
そして鋭くなるテイルへの視線。
そしてテイルは……答えを出した。
ある意味においてはとてもテイルらしく、そしてある意味においては最低な回答。
テイルはこの会場から、逃げ出し脱兎となった。
非能力とは思えないほどの脚力を見せ、客と客の間を飛び越え、そのまま入り口に辿り着いてあっという間に会場の外に出た。
「だろうと思ったわよヘタレテイルめ! そんな程度でこの私が落ち込むとか諦めるとか思わないでよ! 私の想いはそんなに軽くない!」
そうユキは言葉にし、マイクを投げ捨てた。
この場にいる観客の大半は、訓練されきった歴戦の古参兵である。
彼らの統率は軍よりも精錬され、彼らの絆は家族よりも強い。
そんな彼らは、この場で最も適した行動を取った。
ぎっしり満員の観客席が動き、人が搔き分けられ道が出来る。
ユキのいる会場から、入り口までにまっすぐに――。
アイドルとしてどころか、フェスとしてもめちゃくちゃである。
だからこそ、それが良かった。
彼らが見たかったのは、これだった。
『応援してるぞー!』
『ユキちゃーん! 頑張って捕まえろー!』
『ヘタレ男に天誅をー!』
『幸せなんだと思い知らせてやれー!』
そんな声と歓声と同時に生まれた人を見て、ユキは微笑んだ。
自分の世界は、ちっぽけだったと気付かされた。
知らない人であっても、変わっている自分に対してであっても、優しく出来る人はこんなにいた。
世界は思ったよりも広く、そして優しかった。
「ありがとう皆! 三、四番目位に好きよ!」
そう言ってユキは楽しそうに微笑みながら見えなくなったその背中を、兎の尻尾を追いかけた。
長くお付き合い下さり本当にありがとうございました。
これにて悪の組織やってます ~怪人大好きな科学者による悪役ライフスタイル~を完結とさせていただきます。
特撮が好き+ベタアマな恋愛が書きたいというプロットから生まれた内容でしたがどうだったでしょうか?
暗闇の中をおっかなびっくりな様子で書き綴ったのでどう評価していただいのか良くわかりません。
もう少し特撮らしさを出したかったのですが、それに関しては完全に技量不足でした。
半面恋愛面に関しては頑張れたと思います。
これにて長編の正式な完結は二つ目となりました。
ここまでお付き合いして下った方の中で楽しいと思っていただけたのなら、評価、ブクマ等是非よろしくお願いします。
当然モチベーションアップにもつながりますし、今後の参考にもなりますので是非ご一考お願いします。
では、最後に。
これからも色々と書き綴っていきたいと思いますので、もしよろしければまた別の場所でもお付き合い下さることを、心より願っております。