ただ一人の為の――中編
観客達の大歓声と会場から放たれる圧倒的な光量の中、ライブフェスは開幕された。
ピアノ調、ロック、テクノ、様々にアレンジされた持ち前のテーマ曲が流れ、煌びやかな衣装を身にまとった男性、女性達が姿を見せる。
アマチュアではあるが、それはアイドルと呼んで十分な容姿と態度をしていた。
そんな彼、彼女達を、観客は暖かい声援にて迎え入れた。
およそ二十万人というとんでもない数字の観客だが、その大多数は特定の偏った層である。
それは、ヒーロー、悪役達の身内でも、ましてや熱心なファンでもない。
そんな人達も確かにいるが、過半数とまでは言えなかった。
このフェスの客層の大半は、熱狂的とまで言えるほど……ドルオタである、
しかし、ただのドルオタではない。
西に押しのアイドルがいたら全力で応援に向かい、東に頑張っている地下アイドルがいたら一切惜しまずの支援をする。
それこそ、今回の様な押しでない上にアイドルですらないヒーロー、悪役の彼、彼女達の応援にも全力で、精一杯の応援をする。
そう、彼らは訓練された最古参兵だった。
そんなドルオタでしかない彼らだが、その働きは本当の意味で頼りになり、このフェスにかかわっている者で彼らを馬鹿にする者はいない。
それこそ毎年、このフェスが開かれてから常に一定数以上の観客席を埋めてくれるだけで相当以上にありがたい事である。
しかも、ただ参加するだけではない。
最適な合いの手と熱心な盛り上げで緊張しきった舞台上の彼、彼女達のコンディションを最高潮まで高め、楽しい場を作り、ミスをしても完璧とまで言えるほどのサポートで場を強引に引っ張り戻す。
舞台装置の故障で歌が止まった時ですら、彼ら全員でアカペラの合唱を行い舞台上の人をカバーしきった。
本当にどうしようもなくなった時は、速やかに離脱させ次の演奏に差し支えない様上手に切り替えてくれ、マナーの悪い厄介な客も上手に排除する。
その上で、ライブ会場の席が余った時は援軍を出して常に満席を維持してくれる。
あまりにありがたすぎてKOHOは彼ら全員に何等かの支援をしようと考えた位だった。
実際、下手な職員も真っ青な位の働きっぷりで金銭にしても払うだけの価値は十分にあった。
だが、生粋のドルオタである彼らは全員が一丸となって、その申し出を断った。
『某達はただ自分達の都合のみで動いているに過ぎぬ。自分達が楽しいと思う事をやっているだけなので、何かを受け取る様な事はしていない。だからその分は、舞台の上で輝いた臨時アイドル達に何か上げて欲しいでござる』
ただ自分達の都合のみで、『最高のライブ』を目指す彼らの精神は間違いなく尊いものだった。
だが、彼らの心は餓えていた。
今回も数名ほどライブを終え、常に最大限盛り上げてその空気こそは明るいものだが、大多数の彼らの心は乾いていた。
彼らは数十年、人によっては数十年はドルオタという生き様を貫いている。
故に、そのライブの経験数は恐ろしく多く、その見る目はコーチやトレーナーの比でなく位に鋭い。
とは言え、それが原因で乾いているわけではない。
素人相手にプロと同じ物を求める様な事を観客のプロである彼らがするわけがなかった。
更に言えば、最近のフェスはその蓄積とノウハウにより昔のフェスよりもはるかに技量が高いく、皆本職のアイドルの様に動けたり、歌えたりしている。
だが、それが彼らドルオタにとっては大きなマイナス点となっていた。
本物のアイドルに近づけても、彼らは所詮アマチュアであり、いくら上達したとしても、それでも本職と比べたら絶対的な壁が存在する。
要するに、どれだけ彼女達が頑張っても常にアイドルを続ける本職の劣化にしかなれないのだ。
彼らドルオタがこのフェスに期待しているのは、そこではない。
素人だからこそのドラマ、失敗を恐れない姿、失敗しても折れない姿。
もっと言えば、アイドルでは絶対に出来ない、ヒーロー、悪の組織という立場の人間だからこその心の輝き。
それが見たくて来ているのだ。
だが、彼らの願いに反して上手くなるにつれ、その本来の彼、彼女達の味は隠れてしまっている。
だからこそ、場の盛り上がりに反して彼らドルオタの心は潤いを求める肌の如く絶対的なまでに乾いていた。
その乾きに、一滴の水が吸い寄せられる様に落ちた。
美形男子アイドル風正義のヒーローが立ち去った後、次なる者を迎え入れる音楽が鳴り響く。
今までが常にテレビ出演時のオープニングやカッコいいテーマだからこそ、その曲はひどく観客の印象に残った。
明るくポップな曲調ながらどこか間抜けであり、それでいて老若男女誰でも馴染むチープな曲調。
そして、その曲を知っている人は意外なほどに多かった。
その曲名は……宝が山商店街のテーマ(インストゥルメンタルバージョン)である。
「来るぞ……彼女が……いや、彼女達は俺の押しだ」
古参兵の一人の男がそう言葉にし、黄色と紫のサイリウムを取り出した。
ただ一人がそう行動した瞬間に、一瞬で観客全体のサイリウムの色は黄色と紫の二色のみへと変わった。
「こーんにーちはー。宝が山商店街のアイドル。トゥイリーズでーす!」
そう言いながら二人の女性が姿を現した。
空を跳んでもなければ何か奇をてらったわけでもない。
スモークすら焚かず自然体のまま、ぶんぶんと手を振りながら黄色い髪の乙女は観客達は姿を見せる。
その横には同世代の黒く長い髪の少女が優しく手を振っていた。
彼女達の名前はトゥイリーズ。
れっきとした人気ヒーローの女子高生であり、そしてご当地ヒーローでもある。
幼い少女達と大きなお友達に人気が高く、バックに商店街を持った彼女達は、あらゆる意味で普通とは異なっていた。
「今日は友達の応援と商店街の宣伝の為に来ましたー。皆よろしくねー」
黄色い髪の乙女、マリーは元気一杯な様子でそう言葉にする。
それに対し、観客達も歓声で答えた。
アイドルらしくない自分を隠さないその元気一杯の受け答えは、寂しさすら感じるほどに餓えていた彼らの心を潤わせていた。
「私の名前はマリー。元気担当でーす! そしてこっちはミント。可愛い担当でーす」
「えー。マリーも可愛いじゃない。ミントです。そうですね……では、穏やか担当という事にしましょうか」
そう言ってミントはそっと、たおやかに微笑んだ。
「てへへ。そんな私達ですがよろしくでーす! では一曲目! 宝が山音頭! は止めてくれってKOHOさんに言われたのでー『つばさ広がる明日』歌いまーす!」
マリーが自分達の番組のOP曲タイトルを言葉にすると、どこからかマリーのイメージとぴったりの明るい曲が流れだし、二人は歌いだした。
それは素人とは思えない程度には上手く、同時にアイドルらしくもない。
格好を一切付けていない、あるがままの彼女達だった。
合いの手を入れる古参兵達は潤い続ける自分達の心に感動し、数人だが泣きながらオタ芸を繰り広げだした。
続いての曲は『比翼の翼』。
テンポは速いがどこか穏やかな曲調で、そしてほんの少し和風テイストなミントのイメージぴったりな歌を、ミントが主体となり歌った。
マリーほどミントは歌が上手いわけではなかったのだが、それでもその印象に合った歌と歌い方、そしてお淑やかで妖艶な様子は多くの男性ファンをこの場で作り上げた。
「はい! ありがとうございましたー! 二つ目はエンディング曲ですので気に入っていただけたなら買って下さいねー! 歌ってるのミントじゃなくてプロの方ですけどねー」
その言葉にブーイングが流れた。
「えへへー。つまりこれだけの人がミントの歌うバージョンのエンディングを作って欲しいって事だよねー」
そう言いながらマリーはちらっとミントの方を見た。
「もう。じゃあオープニングはマリーバージョンが出来るよ?」
「良いじゃん。私歌うよ? というわけでスタッフの皆さんとKOHOのみなさーん! そういう声お待ちしていまーす」
きゃっきゃと二人は仲良さそうにしながら天に向かってそう言葉にする。
わははと観客達の笑い声が響き、それを聞いてマリーは楽しそうに笑った。
「にゃはは。あ、でも先に忠告! ミントは愛しの片思い中だからそういうのは諦めてね?」
そう言葉にすると、今まで最大のブーイングが響き渡った。
ただし、その大半は冗談のブーイングであり、本気ではない。
……一部本気の声はあったが……。
「ちょ! マリー! 何もここで言わなくても」
そう言って否定しないミントの様子に、一部の観客から悲鳴が響いた。
「ま、そう言う事もあるよね! ちなみに私はフリーでしかも彼氏募集中でーす!」
その声に今度は歓声がマグマの様に沸き起こった。
本来ならこの発言はブーイング物だろう。
だが、この場はプロのアイドルではなく、あくまでただの女子高生が舞台上に上がっているに過ぎない。
しかも、彼女達は真剣に、本気で彼女達なりに本気でやっている。
それを応援しない大人がいないわけがなかった。
「ちなみに年齢も気にしないから皆にもチャンスはあるよー! というか誰でも良いから私に恋を教えてー!」
そんなマリーの、本気の叫びにドルオタだらけの観客達は完璧なアンサーを出した。
『どんな人が好みなのー!?』
「お! 良い質問だねー。そうだねー。……外見や年齢は考慮しないね。問題は中身。誰かを笑顔にする為に本気になれる人が良いなー」
『もっと詳しくー!』
「お、おおー。……何か恥ずかしいね。そだねぇ。自分が不幸になっても立ち上がって、その上で人の笑顔の為に頑張れる人かな。だから何かを作って笑顔にする人とか素敵と思うよ? 料理店とか、喫茶店とか良いよね? 後は……一緒に楽しめる趣味を持っててくれる嬉しいかな。一緒に笑いたいし……って恥ずかしいからここまで!」
そう言葉にして恥ずかしがるマリーに、大声援が届けられた。
『可愛いー!』
「ありがとー! 恋した事もないこんなんですけどいつか出会いがあると信じてまーす! ……何か話長いって上の人に怒られたんでラストソング行きまーす!」
『ええー!』
そんな声と同時に、少々暗い二人の雰囲気に合わない曲が流れた。
どこかレトロ調であり、それでいて西洋チックな、まるでクラシックカーの様な雰囲気の歌。
それは今度宝が山商店街で開かれる映画の宣伝テーマ曲だった。
「というわけで、今度我が宝が山商店街は『宝が山商店街事変』という映画を放映しまーす。ミステリーでーす。ちょっと怖いのでR-15でーす! よければ皆見に来てねー!」
そう言って手を振りながら、二人は歓声の渦の中舞台の奥に消えていった。
「あ、最後に一つ。私の友達がこの後出るんです! 凄く頑張って勇気を持っ登場します。だから私達と同じ様に盛り上げてあげてー。それじゃ皆、次は商店街で会おうねー!」
そう言葉にし、今度こそ二人は消えていった。
ありがとうございました。