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ただ一人の為の――前編


 幾何学的かつ先進的なデザインの外見を持った超巨大建造物。

 正式名称広報活動専属アリーナ。

 とは言え、そう呼ぶ者はいない。

 この建造物を皆その通称の方、【レジェンドアリーナ】と呼んでいた。


 普段この会場では正義と悪に属する者達の中でも上澄みの更に上澄み、レジェンドと呼ばれる者が観客の前で日夜本気の戦いを繰り広げていた。

 どれだけ戦っても壊れず周囲に被害を出さない特別リングに、一杯になる事がないほどの膨大な数の観客席のキャパシティ。

 それは見世物の戦いという意味においてならば文句なしの場である。

 プロレスの様な見世物となるだけの戦いを嫌う者も大勢いたが、それでもこの様な場は技術や知識の研鑽という意味では最高峰であり、将来の対策としては必要不可欠な者だった。


 そんな事が普段から繰り広げられている会場だが、今日だけはその戦いとは何の関係もない。

 この会場は年に一度だけ、観客席が一杯になる日があった。

 通常キャパでも十万人。

 立見席や来賓席、臨時の増席全てを無理にやりくりして二十万人オーバー。

 それだけの席が、今日は満員となっている。

 それだけの人数が今日この場所に集っていた。


 そう、今日この日【第十八回善悪合同スペシャルフェスコンサート】を見る為だけに――。


「……心配でしかない」

 会場外で入り口を見ながら死んだ魚の様な目となったテイルはそう言葉にした。

 その横にいるヴォーダン、ヴァルセトは同じ様な目、絶望的な表情のまま頷いた。

 この三人が心配な理由はシンプルであり、この大人数の中で歌うユキが心配でしょうがなかった。


 暴走して何かを壊すとか、恥ずかしくて逃げるとか、そういう事なら一向に構わない。

 この三人は理由こそ違えど、皆ユキの味方であり、そしてユキにダダ甘な存在三人衆だからだ。


 だが、ユキの心に深い傷が残る事。

 それだけは駄目である。

 だから三人は全力で対処を考えた。


 上手く行く様なら全力で応援する。

 横断幕を持ち、サイリウムを振り乱し、心の赴くままに応援する。

 失敗している様ならカバーする。

 視線がこちらに向くよう敢えて悪目立ちする。

 その為のオタ芸もしっかりと覚えた。


 そして最悪の場合は、そのまま舞台の上に登る。

【魁! 男組】として。

 ユキの代わりに野郎三人で出て、とにかく馬鹿な事をして笑いに繋げる。

 もしもの時はそうなる様事前に会館側にもKOHO側にも伝えてある。


 思いつく限りのミス、トラブルに対処出来る準備を考えた。

 それでも、三人はとにかく不安だった。


 テイルは最高の友として、ヴォーダンは愛すべき母として、そしてそしてヴァルセトは輝いている宝石がくすまないかと……。

 ただただ心配で、楽しむ余裕など一切なかった。


 テイルはスマホを手に取り、先に席に向かったARバレット従業員達が無事自分達の席を見つける事が出来たのを確認した。

「……よし。俺達は一旦控室に行くぞ。最悪の場合は土壇場でキャンセルだ」

 そうテイルが言うと後ろの二人も頷き、控室に向かおうとした。


 ……女性控室は男性立ち入り禁止だった。


「……屑虫が付く心配はないが……これはやべぇ……」

 ヴァルセトは顔を顰めそう呟いた。

「……女装……」

 ヴォーダンがぽつりとそう呟くと、二人は天啓を受けた様な表情を浮かべた。

「……いけるか」

 テイルがそう言ってヴォーダンとヴァルセト二人の顔を見た。


「……俺は無理だ。そしてヴォーダンも無理だな」

 その言葉に二人は頷いた。

「はい。ち――ハカセは端正で男らしい顔をしていますし俺も最近身体つきが大分ごつくなってきました。

 そうヴォーダンは言葉にした。

 テイルに関しての評価は二百パーセントほど息子贔屓が入っており、テイルの顔は男っぽくはあるが平凡で、ぶっちゃけ並である。


 そして二人は、ヴァルセトの方に視線を向けた。

「……ま、ファントムの兄さんほどじゃないが、俺もそれなりに甘いフェイスだ。……いけるか」

 そう言ってヴァルセトは手鏡を出し、自分の顔を細かく確認した。


「……いけるな」

 テイルは確信を持って、そう言葉にした。

「いやいやいやいや、いけませんから」

 そう言った後三人に溜息を吐いたのは、クアンだった。


「……天の助けが来たな」

 テイルがそう言葉にすると最悪の手段を取る必要がなくなった二人はしっかりと頷いた。

「ああ。流石だぜ」

「流石姉……お姉ちゃん」

 そう言葉にすると、クアンは再度溜息を吐いた。


「ま、気持ちはわかりますけどね。要するに三人共心配だからここまで来たんですよね?」

 クアンの言葉に、馬鹿三人組はヘドバンしてるんじゃないかと言わんばかりに何度も、首が千切れんばかりに頷き続けた。

「……はぁ。あ、さっき様子見てきましたけど大丈夫でしたよ?」

 その言葉に、テイルはクアンの方に急に近寄り、その両肩を強く掴んだ。


「どうだった!? 緊張で、怖くて震えていなかったか!? 泣いていなかったか!? 苦しんでいなかったか?」

「私人妻!」

 その一言と共に、クアンはテイルにハリセンを叩きこんだ。

 それはクアンが明確にテイルを拒絶した瞬間であり、愛しい異性を見つけたが故の親離れの瞬間だった。


「……すまん。取り乱した」

「いえ、別に良いですけどね。……そんなにユキさん心配ですか?」

「ああ。心配だな。出来る事ならあいつは何でも出来る。それこそ、きっと空も飛べるだろうさ。だがな、出来ない事をするのは……誰でも辛い事だ。特にあいつの場合は過去が過去だからな」

「普段からそれ位してたら……」

「え?」

「いえ。何でもありません。安心してください。かなり緊張はしていましたが大丈夫そうでしたよ」

「そうか」

 そう呟きほっと安堵の息を吐いた後、テイルはクアンの方を首を傾げながら見つめた。

「あれ? クアン、人妻って事は……もう籍入れたのか?」

「いえ。まだですね。言葉の綾です」

「そか。まあ何時でも良いけど連絡はくれ。祝い位はしてやりたいからな」

「ハカセ……ありがとうございます。と言っても、こっち側の組織が出来て一区切りつくまではそういう予定もありませんけどね」

「そうか。ま、急がず自分達のペースでな」

「はい! あ、そうそう。ユキさん写メりましたけど見ます? 可愛いですよ?」

 その言葉に馬鹿三人同時に頷いた。


「はいこれです。可愛くないです?」

 そう言って三人にクアンは自分が買ったスマホを操作し、三人の方に向けた。

 そこには、妖精の様な彼女がいた。


 アイドルの衣装というよりも、それはドレスに近かった。

 白を中心とした淡い色で構成された、フリルの多いドレス。

 フリフリの可愛らしい格好に加えて持ち前の容姿の為、やけに幼い印象も残るが、ただあどけないだけでなく女性らしい魅力も十分に引き出されていた。

 むしろ、普段のユキよりも大分大人びている面すら出ている位だった。


 そして、勘付く者ならばその衣装でユキの覚悟と気持ちが理解出来てしまう。

 純白とまではいかないものの、その白を中心としたドレスは――。


「あ、うん。これは心配いらないわ。良い顔してる」

 ヴァルセトはそう言葉にした。

「……そうですか? 俺の目には緊張している様にしか……」

 ヴォーダンはユキの硬い表情からそう言葉にし首を傾げた。

 だが、ヴァルセトは笑った。

「そりゃ緊張するさ。だがな、それ以上に胸に熱いもんが見えるわ。だから安心……ってあらら」

 ヴァルセトはある事実に気が付き、小さく微笑んだ。

 その写真を見て、目を奪われ茫然としているテイルを見て――。


「……ハカセ?」

 クアンが首を傾げそう尋ねると、はっと我に返りテイルは首を左右に振った。

「お、おう。何だ?」

「ね? 可愛いですよね?」

「あ、ああ。そ、そうだな……」

 挙動不審な様子でそう言葉にするテイル。

 それを見てクアンとヴォーダンは首を傾げ、ヴァルセトは楽しそうに微笑んだ。


「……クアン。ユキは大丈夫そうなんだな?」

 その言葉にはっきりと頷いた。

「はい。緊張はしていましたがそれだけでした」

 クアンの見る目は確かである。

 そのクアンが大丈夫と言うのなら問題はないだろう。

 そうテイルは判断した。


「よしお前ら。応援の用意だ。サイリウムの用意は万全か?」

 その言葉にヴォーダンは頷いた。

「はい。俺達の分だけでなく、故障対策と配る様に数百本の予備があります。……ユキハカセの時はドレスに合わせて白の光で良いですよね?」

「うむ。それで良いだろう」

「了解。今から時間までに全部の色を白に変えときます」

「うむ。俺も両手にハチマキに全身白のサイリウムを纏っておこう」

「……ハカセ。悪い事は言わない。今日だけは普通の恰好をしておけ。な?」

 ヴァルセトはこのド天然を相手にするユキに同情しつつ、そっと助け船を出しておいた。



ありがとうございました。

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