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過去を取り戻す勢いで


 自分は人よりも優れた能力がある。

 だが、それは自分が特別な事を示すわけでは決してない。

 そういう存在故に、多少人よりも優れた部分が強く多いのかもしれない。

 だが、結局の所……ただの人である事に変わりはないのだ。

 確かに、得意な事に焦点を合わせれば自分の様な存在は特別な存在に映るだろう。

 だが、逆に苦手な事に照らし合わせるとどうだろうか?

 答えは……普通の人と何ら大差なくなる。


 所詮、天才とは、主人公とはその程度の物であり、決して特別な存在ではない。

 少なくとも、ユキはそう思っていた。


 ユキの苦手は数多くあるが、一番酷いのは人と向き合う事だった。

 対人関係を築く経験が極端に薄く、更に能力の差異が足を引っ張る――いや、もっと事態は単純に考えた方が良い。

 人が怖いのだ。


 昔から、ずっと変わらず、人に怯えて、人を拒絶して生きて来た。

 だからこそ、人を好きになれた今でも、ユキは人との接し方が良くわかっていなかった。


 とは言え……間違いなくマシな方向には進んでいる。

 少なくとも、昨日ライブ会場にテイルが誘ってくれたのは、自分の為なんだと察する位は出来る様になり、そして察した事をテイルに言わない位はユキはコミュニケーションについて理解する事が出来ていた。




 軽快な音楽が奏でられる。

 どことなく民族音楽の様な曲調ながら古臭くは感じず、適当に体を動かし踊り回りなる様な音楽で溢れていた。

 その演奏を行っているのはユキである。


「……はいストップ」

 トレーナーの一言に合わせてユキはフルートの演奏を止めた。

「……うん。打楽器管楽器弦楽器……一つの楽器に数十分程度でプロに通用出来るレベルになるのは正直化け物としか言えないわね。でも……うん。それを踏まえても……昨日と比べて化けたわね」

「……化けた?」

「ええ。正直に言えば、昨日までの貴方は確かに凄かったけど技量だけだったもの。凄いは凄い、でも、まるで機械みたいだったわ。でも、今日の貴女は一味も二味も違うわね」

「……私にはわからないわ」

「わかるはずよ。演奏中何を考えていた?」

「……ごめん。何も考えてなかったわ」

「いいえ。何も考えなくても良い程楽しんでいたはずよ」

 そう言われ、ユキは確かにと思った。


 少なくとも、渡された譜面を間違えてもまあ良いや何て考え適当にそれっぽく演奏するなんて、昨日までの自分ならきっと考えもしなかったはずである。

「あ、でも昨日の方が間違いは……」

「それは良いのよ。そりゃ間違えない方が良いけど間違えないだけの演奏なら機械に入力すれば良いだけだもの。演奏には貴女の味がないと意味がないのよ」

「……うん」

「良く覚えておいて。退屈な気持ちで演奏をするとね、聞いてる人はその何百倍も退屈な気持ちで演奏を聴く事になるわ。だから、楽しまないといけないの」

「うん。……少しだけど、それはわかる」

 昨日の演奏は楽しかった。

 横にテイルがいたのもあるが、それは別として楽しかったのだ。

 まるで、気持ちが伝染するかの様に……。


「……さて、次はボーカル練習の方に行きましょう。本番では楽器は使わない可能性が高いし」

「え? そうなの?」

「ええ。貴女一人でのライブだからね。ハーモニカとかフルートとかで前奏位ならするかもしれないけど」

「……ちょっと残念だけど、わかったわ。指導、お願いします」

「ええ。厳しく行くから付いてきてね!」

 昨日と違いやる気に満ちたユキを持て、トレーナーは微笑みそう言葉にした。

 これなら大丈夫。

 そう思えるだけの笑顔を、ユキが浮かべていたからだ。


「……と思ってましたら、逃げられました……」

 待機していたヴォーダンにトレーナーは申し訳なさそうにそう言葉にした。

「いや。構わない。こちらこそせっかく来てもらったのに申し訳ない。せめてお茶の用意をするから飲んで、一休みして欲しい」

 ヴォーダンはそう言葉にし、紅茶とショートケーキをトレーナーの前に用意した。

「でも……どうして……。一番しんどいはずのボイトレとダンスレッスンは全然平気だったのに、ちょっとやる事変えた瞬間に……」

 トレーナーは困った表情でそう呟きながら紅茶にマドラーを淹れくるくるとかき回した。

 砂糖がモヤの様になり、混ざり合う紅茶を見ながらトレーナーは思考の渦に飲まれた。




 機械の動く騒音に楽しそうな民衆の歓声、それに少々の悲鳴が混じった音が常に響き続けるその場所――遊園地にテイルとユキは来ていた。

「……本当に私がここに居て良いのか悩むんだけど……」

 ユキはぽつりとそう呟いた。

 そりゃあそうだ。

 サボっている自覚があるのだから罪悪感が刺激されない訳がない。

 だが、誘った本人のテイルは笑いながら、一言明確な答えを出した。

「気にするな!」

 ある意味で最適な答えであり、そして普通に考えたら最低な答え。

 だが、テイルは本気で気にしなくても良いと考えていた。


「……前回のライブはわかるわ。フェスの参考に間違いなくなったもの。……あの高速ギターテクは真似すら出来なかったけど」

「凄かったなーあの女の人。かっこよかったなー」

 ユキは少しだけむっとした様子になったが、それでも素直に頷いた。

 確かに恰好良かったからだ。

「そうねー。まあそれは置いといて。そうでなくて、今回のはフェスと全く関係ないじゃない」

「そうだな」

「……ずる休みして遊びに行く時の様な罪悪感にかられるんですけど」

「そうか。まあ気にするな」

「気にするわよ」

「だがなユキ、昨日よりも落ち込んでるじゃないか」

 その言葉に、ユキは何も言えなかった。


 一度頑張ろうと思っていて、そして頑張ってみて……駄目だった。

 正直憂鬱を通り越し泣きそうな位落ち込んでいる。

 だが、自分の所為なのだからユキは隠していた。

 顔では笑って、ただめんどいからサボっただけの様な小ズルい態度を取ってみて……そして、あっさりとそんな演技は見抜かれた。


「前も言ったが、フェスに関しては俺は何も言わないし、何があっても責めない。無理だと思ったら止めて良い。好きにして良いんだ。ただ、まあ落ち込んでいる時位は慰めさせてくれ。友人として……いや、親友としてな」

 その言葉にユキは非常に喜び、そして最後の言葉にどんぞこに気分を急降下されられた。

「……まだジェットコースターにも乗ってないのになぁ……」

 ユキは悲しみの余りに笑えて来た。


「良くわからんが……よし。じゃあ最初にジェットコースターに乗ろう!」

 そう言ってテイルはユキの手を引っ張り、長蛇の列に並びだした。


 友人扱いは悲しかったけど、それでもその手はとても暖かかった。




「それでぇートレーナーさんから逃げて、サボって想い人とデートした気分はどうだい我が友よー」

 狭い密室にて黄色い髪の乙女、マリーは乙女がしてはいけない様なにやけ面のまま、肘で突きながらそう言葉にした。

 その横でマリーの親友、ミントはお淑やかな態度で我関せずと椅子に座っていた。

「……ちょー楽しかった」

 ユキは素直に自分の心を吐露する。

 まさか自分が遊園地を……というよりも人込みが楽しめるとは思っておらず、そしてその横に愛しい人がいて、一緒にその賑やかな集団の仲間に入れるなんて……。

 自分の事ながら現金なものだと思う位には、ユキははしゃぐ事が出来ていた。


「良いなー良いなー。私もそんな人が欲しいなー! でもまず好きな人を作らないとねー。二人みたいに」

 そう言ってマリーはユキとミントを見比べた。


「……あのさ、何かミント、変わった?」

 ユキは唐突にそう尋ね、ミントは穏やかな笑みのまま首を傾げた。

「えっと、どの辺りがでしょうか?」

「いや……だって、前はお淑やかで淑女として見られるのが嫌って言ってたけど……今は何か進んでそうであろうとしている様に見えるからさ……」

 ユキの言葉にミントは肯定も否定もせず、にこりと微笑んだ。

「ユキさん。確かに過去の私はその様な細かい事を気にしておりました。何もせずとも、周囲は私の事を儚げで大人しい淑女であると。それが私のコンプレックスでした。ですが……逆に言えばそう見られるのは私の武器という事です」

「……まあね。優し気な黒髪ロングの淑女ってのは強いわねぇ」

「ええ。そして、私は愛しいあの人を落す為には……目的の為ならば手段を選ぶつもりはありません。自分の好みなどそのままぽいーとその辺に投げ捨てましょう」

 そう言ってミントは優雅な態度で物柔らかげな笑みを浮かべる。

 どこか儚げだが、ユキはその背後に虎か何かの肉食獣が浮いている様に見えていた。


「あーうん。……が、がんばれ」

「はい。頑張ります。……あ、その場合私はユキさんの事をお義母様と呼ばないといけませんかね?」

「……ぜっっったい止めて」

 ユキはそうなりえそうな未来を考え……顔を顰め本気で拒絶した。

 というよりも、ユキにはミントとヴォーダンがくっつく未来以外想像出来ずにいた。


「それで、せっかくカラオケ来たんだから何か歌おうよ二人共。んでさ、今まで来た事なかったけどユキ歌とか苦手だった? だいじょぶ?」

 マリーが心配そうな顔でそう尋ねるとユキは苦笑いを浮かべた。

「あのね……今私が何の訓練受けてると思うのよ」

「え? アイドルでしょ?」

「そう。だから歌が駄目なら無理でしょ」

「いやいや。音痴でもアイドルになる人っているからいけるよ」

「……まじで? 世界って広いわね」

「ま、その場合はその他の部分で他を圧倒しているからなんだけどね」

「へー」

 そんな会話をしていると、もう一人、呼んでいた友人が遅れて姿を見せた。


「すいません。遅くなりました」

 そう言って現れたのはクアンである。

「良いよ良いよ。これからだし」

 マリーはそう言ってニコニコ顔でクアンの方に移動し、そっと椅子に座らせた。

「さて、今日は女子会よー。賑やかに行くぞー!」

 そう言ってマリーはマイクを取り、今流行りのアイドルソングを歌いだした。


 続いてのミントはやけにねちっこい恋愛模様をしたバラードを歌った。

 暖房の利いた部屋のはずなのに、何故か少しだけ聞いていた三人は寒気を感じた。


 ユキはこの前の影響でハイスピードロックを歌ってみた。

 可愛い外見、可愛い声色。

 ただし本格的な他言語という中々様になる様子で、三人はユキをフェスに誘ったKOHOの目は確かだったと再度確認する事が出来た。


 クアンは一人で何かを歌う事はなく誰かとデュエットするだけで、その代わり始終場を盛り上げ続けた。




「あー楽しかった。ユキとカラオケはまた行きたいね」

 帰り道、マリーは横にいるミントにそう言葉にした。

「そうね。でもさ、ちょっと大変そうだったね」

 ミントの言葉にマリーは頷いた。


 何が大変かはわからない。

 友達であっても、全てを理解出来るわけがないからだ。

 ただ、とても心が苦しそうで、そして頑張っていた。

 それだけはあの場にいた全員が理解出来た。


「……何か、手助け出来ないかな?」

 マリーがそう言葉にするとミントはにっこりと微笑んだ。

「何が辛いかわからないから手助けになるかはわからないけど……こういう物はあるわよ?」

 そう言って取り出した()を見て、マリーは目を丸くした。


 大きなくりっとした目を更に丸くし、眉を顰めて親指と人差し指の間に顎を乗せて考え込み、そして満面の笑みで頷いた。

「よし! やってみよう」

 そう言ってマリーはミントの持っていた『フェス参加表明』を一枚手に取った。


ありがとうございました。

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