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決戦!商店街を守護する乙女達4

 

「ふふ……こういったイベントで最もやってはいけない行為、それはわざわざ来てくれた人に食事を提供しない、出来ない事……。正義の味方としてはあるまじき失態だね」

 半目でだるそうにしながら、クアンはトゥイリーズの二人にそう告げる。


 実際に米を用意したのはスタッフなので二人のミスではないのだが、それでも正義の味方、商店街の守護者としては思う部分も多いにあり、そう言われては何も言い返せない。

「……すぐ、すぐに準備出来るから! もう炊飯器も動いているし――」

「――それで、それは何分待つ必要があるの? 十分? 三十分? 一時間? その間ここにいる人達はカレーの香りだけ嗅がされて待ち続けないといけないの?」

 マリーは言葉が出なくなり、沈黙して下を向いた。


「ですが、条件はあなたも同じでは?」

 そうミントはクアンに尋ねた。

 見事としか言えないくらい綺麗な前振りである。

 これと悔しそうな様子だけで二人がイベント慣れしているとクアンは理解出来た。

 気分はデパートの屋上で行うヒーローショーだ。


 クアンはあざ笑うような表情を頑張って作り、二人に向けた。

「ふふ。私には最初からわかっていたよ? ごはんが途中で足りなくなることが……。だから、私はソレを利用するわ。黙っていてごめんね? でも、私は悪い子だから」

 ナナの手柄を偉そうに語るという行為に違和感を持ちつつもクアンは頑張って演技し、その後寸胴鍋を手前のテーブルに置いて見せた。


「よいしょっと。……これが私の切り札……逆転の一手」

 そう言いながらクアンは寸胴鍋の蓋を取って二人に見せつける。

 ただ、そこにあったのは何の変哲もない普通のカレーにしか見えなかった。

 ミントが首を傾げながらじっくりそのカレーを見ている横で、マリーは口をあんぐり開けて驚愕の表情を浮かべていた。

 その驚きようは雷が落ちたかのようだった。


「そ……ソレは……その香りは宝が山商店街名産出汁パックの一つ『宝だ出汁パック』の香り!」

「え? なんでわかるんです?」

 クアンは演技を忘れて素の表情で驚きながらそう呟いた。

 十メートルほど距離がある上に、香辛料の香りがそこら中にしている中で出汁パックの銘柄まできっちり当てて来るとは思いもしなかったからだ。

 というか、あまりに凄すぎてクアンは若干引いていた。


「この上質な甘みを含む上質な香りは鰹節独特のくどさを感じさせず、それでいて丁寧な出汁の味が確かにする汎用性の高い香り……間違いのない良いチョイスだね!」

 マリーが親指を立ててウィンクをするさまを見ても、クアンは何も言えずジト目で見る事しか出来なかった。

 ちなみに、これをチョイスしたナナも全く同じ事を言っていた。


「カレーに出汁パックを入れるなんて……和風カレー、いやそれなら最初から使うはず。それにさっきまでのカレーには出汁など一切入っていなかった。……まさか!」

 茫然とするクアンをサポートするかの如くミントがそう言ってクアンが言いやすい方向に誘導していく。

 それに内心で感謝をしつつ、茫然としていたクアンは再起動してニヒルに笑い、もう一つの切り札を二人に見せた。

「そう……私の作戦は――コレよ」

 そう言ってクアンが見せたどんぶりに入っていたのは……うどんだった。


「それは三丁目片岡さんとこの片岡製麺のうどん! 一玉十円という究極の安さ! 麺の太さやコシは並でさっぱりした味わいが売り。そしていつまで経っても伸びないという麺としては理想的な特徴を持っている。……カレーうどんという選択肢なら確かに最高のチョイス……」

「え、えぇ……。なんでうどんの見た目でそこまでわかるんです?」

 今度は確認出来るような強い香りなどあるわけがなく、一見は普通のうどんなのに完全に当て切ったマリーにクアンはドン引きしていた。


「曲がり具合と麺の角の状態、ソレに白さを加えたら誰でも判断できるよ」

 クアンとミントは同時に手を横に振って否定した。


 クアンはうどんとカレーを小鍋に移して混ぜ合わせ、それをどんぶりに注いだ。

「ここで私が食事を提供すること、卑怯は言わないよね?」

 クアンがそう呟いた瞬間、クアン側の電光掲示板のみが高速回転を始めた。

 どれだけ美味しい食事であっても、提供出来ないなら意味がない。

 そう、周囲に漂う食欲そそるカレーの香りが全てクアンの味方をしていた。


 今まで二分していた客が全てクアンの方に押し寄せる。

 混ぜ合わせて軽く麺を馴染ませるだけという単純工程ですぐに出せるよう準備していても、その客量は捌ききれるものではなかった。

 テーブル拭きや片付けなどをトゥイリーズがソレとなく手伝ってくれてるのがせめてもの救いだった。


 もう何百杯目か忘れたカレーうどんをテーブルに運ぶクアン。

 そんな途中、クアンは妙な客に出会った。

 スーツ姿でサングラスの若い男性。

 この場では少々似つかわしくない恰好をした妙な人物を、クアンは知っていた。

 というかテイルだった。


 クアンは演技なし本気のジト目をテイルに向けた。

「ハカセ。何してるんです?」

「ん? そりゃクアンの初めての料理を食べに来たに決まってるだろう」

「……そですか」

 クアンは何とも言えない気持ちになりながらそっとカレーうどんを置いていった。

 それを受け取り、割りばしを割ってからテイルは爽やかなグレーのスーツが汚れるのも気にせずカレーうどんを食べ始める。

 「……うむ。灰汁を丁寧に取ってるし食材選びも良い。それに丁寧に形を揃えて野菜も斬ってるし文句なしだ」

 テイルの言葉にクアンは頬をにやけさせるのを堪え、何も言わず後ろを向いて立ち去った。


『クアン様、今どんな気持ちです?』

「授業参観に親が来た子供のような気持ちですね」

『それは嬉しいという事でよろしいでしょうかね?』

「……ノーコメントです」

 クアンはそう答えて会話を切り、カレーうどんの準備を再開する。




 日が傾き出した頃に時間終了のブザーが鳴り響いた。

 最後まで満員御礼の盛況具合の中で、勝敗は――。

 『870』対『1002』

 ライスが炊けて残り時間気合を入れてカレーを用意していったトゥイリーズだったが、三十分ほど何も提供出来なかった事が大きくマイナスとなった。

 他にもカレーうどんの方が回転率が早かった、トゥイリーズの紹介で美味しそうだったから、トゥイリーズが一般席に座って美味しそうにカレーうどんを食べていたから、などと言う理由もありクアンが勝利となった。

 何となく……二人に勝利を譲ってもらった気もするがそれでも勝ちは勝ち、クアンは少しだけ喜びこっそりと微笑んだ。


「負けたよクアン。今日は完全に……私達の負けだったよ」

 マリーはそう言ってクアンに微笑みかける。

 クアンは少しだけぶっきらぼうに、面倒そうな演技をしながらマリーを見据えた。

「そう。今日は私が勝った。そっちの米切れというミスに付け込んでね。それでも、一応私の勝ち……」

 そう言ってあざ笑うように二人を見るクアンに、マリーは首を横に振った。


「ううん。完全に、私達のミス関係なくクアンの勝ちだよ。私の作った料理は誰でもが真似出来るものではない。自分で言うのもアレだけど、確かに美味しいんだけど作るの難しいし材料も高級品揃いだもん。でも、クアンの作った物は……誰でも真似出来る」

 そう呟いた後マリーは大きく息を吸い、言葉を続けた。

「そう、市販のカレールゥに二丁目の肉屋『肉肉しいしい』と三丁目の八百屋『竹八』に『宝だ出汁パック』、そして三丁目の『片岡製麺』に行けば誰でも作れるからね!」

 マリーは大勢の前で、全員に聞こえるようにそう言葉にした。

「誰でも作れる美味しい物。それはつまり誰でも美味しい物を食べられるという事。多くのお客様を幸せにしたいと願う商店街の理念そのものよ。だから私達は……負けたの。クアン、今日は完敗よ。また勝負しましょ」

 そう言ってマリーはクアンに握手の手を求めた。


「……料理以外なら」

 クアンはそう答え、ぶっきらぼうに手を差し出した。


 大勢の観客による拍手の中、クアンは一つある事に気が付いた。

 ――あれ? これ勝ってしまったら駄目だったんじゃないでしょうか?

 商店街のPRという意味でも、悪役が勝つというイレギュラー的展開という意味でもどうすべきかわからず、クアンが混乱したまま――勝負の幕は下りた。




「あん? 別にどうもせんで良いぞ。いや本気でこの商店街が欲しいならもう何戦かして合法的に奪えるが、ここ支配したいか?」

 控室にてスーツにカレー染みを付けたテイルはクアンにそう尋ね、クアンは首を横に振った。

「いえ別に。ただ勝ってしまって良かったのかなと……」

「構わん。むしろ勝った方があちらさんにも緊張感が出るしクアンの評価も高まる。ただ商店街征服とか市町村征服とか今はする気がないからメリットは全くないな。だからそういうのはまだ考えなくて良いぞ」

「はー。良くわかりませんが気楽にして良いという事はわかりました。それと……」

 クアンはもじもじしした後、上目遣いでテイルの方を見つめた。


「……美味しかったですか?」

 そんなクアンの言葉にテイルは微笑み、クアンの頭をぽんぽんと撫でた。

「ああ。とても美味しかったよ。上達したな」

 そんなテイルの言葉を聞いて、クアンは頬を赤くしながら嬉しそうに微笑んだ。


『あー。クアン様可愛いわー』

 ナナに言葉が届く事を忘れていたクアンは慌ててボタン型のバッジを取りはずしテイルに投げつけた。




「すいませーん。今良いですかー?」

 控室扉の向こうからそんな声が聞こえ、クアンは誤魔化す意味も込めて扉を乱暴に開ける。

「はいどうぞ! どちら様でしょうか?」

 慌ただしいクアンの前、扉の先にいたのはさっき見かけたトゥイリーズの二人組だった。


「あれ。マリーさんとミントさん。どうかしましたか?」

「すいませんお邪魔をして。挑戦を受けて下さった事のお礼に来ました、それと――」

 そうミントが言った後、マリーは後ろから満面の笑みを浮かべ手を挙げた。

「はい! それと話せそうな人とは誰でも積極的に話しかけるのが私のライフスタイルなのです! なのでお話――と思ったのですが……お邪魔でした?」

 マリーの目は奥にいるテイルの方に注がれていた。

「いいや構わん。気にするな」

 テイルは二人を見てそう答えた。


「さきほどのカレーうどんの人がどうしてここに? 何か用事?」

「カレーうどんの人?」

「うん。この人カレーうどん五杯くらい注文してたから」

 マリーがそう言うとクアンはテイルの方をじっと見つめた。


「なんでそんなに食べてるんですか……」

「いや……クアンの初料理だし……」

 そんな二人の掛け合いを見て、マリーはにんまりと含み笑いをしながらクアンの方を見た。

「おっと仲良さそうですが……どんな関係ですか?」

 ニヤニヤした目に首を傾げながらクアンは考え、テイルに尋ねた。


「――どんな関係でしょうか? 従業員と社長? も何か違いますし」

 そんな言葉にテイルも考え、そして一つの答えを出した。

「……強いて言えば……生みの親だな」

「生みの親!?」

 マリーが斜め上な答えに目を見開いた。

「または父と娘だな」

「お父さんなのに生んだの!?」

 マリーの勘違いにミントは苦笑いを浮かべた。


「クアンさんが怪人だからそういう事なんですよマリー。あああんまりお邪魔しても失礼ですの今日はこの辺りで。こちら私達の正義の味方としての連絡ですので何かあれば。では失礼します」

 そう言ってミントはニコニコしたままフリーズしているマリーを引っ張り、ドアを閉じて去っていった。


「……ふむ。そういうスタンスか」

 テイルは受け取った連絡先を見ながら小さく呟いた。

「ハカセ。そういうってどういうですか?」

「ん? ああ。穏健派で積極的に連絡を取っていくスタイルって事なんだが……まあそれはまた今度説明していこう。それよりも、今日は良くがんばったな」

 そう言ってテイルはクアンの頭を優しく撫でた。


「い、いえ! 私ではなくナナさんのおかげですので」

「それもあるだろうが、お前が頑張ったから勝てたんだ。料理勝負でも勝ちは勝ち。これで怪人クアンの評判も上がるだろう」

「……ハカセの評判も上がります?」

「――当然だ。俺も、俺の組織もクアンのおかげで評判が上がるとも。ま、それよりもクアンの評判が上がった方が俺は嬉しいがな」

 そんなテイルの言葉に、クアンは嬉しそうに微笑んだ。




「男の人が出産する時代になったのかー」

 引きずられながら呟くマリーの言葉に、ミントは苦笑いをすることしか出来なかった。

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