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すれ違う望み――後編


 それはこの場にいる超がつくほど一流の人間であっても、気づかなかった事だった。

 コイオスは紛れもなく一流の天才と呼ばれる者であり、そして最高峰の兵器開発者であり、そしてレプラマギアの製作者である。

 ユキはコイオスと同様の能力を持ち、解析能力と機械機構、設計に優れた万能能力者である。

 その二人でさえ、それに気づくどころか違和感すら覚えていなかった。


 ただし、テイルは違った。

 凡庸で、努力の上での秀才ではあるが所詮その程度で、知識としてはともかく判断力や記憶力という意味で言えば前者二人の足元にも及ばない。

 だが、そんなテイルであるからこそ、怪人製造の第一人者であり怪人を家族と心の底から思っているテイルだからこそ、その違和感に気が付いた。

 レプラマギアの内の一体、仮面を被った彼女からは怪人達と同様自我があると……。


「彼女は機能停止していない。もし俺かユキがコイオスを殺そうとすれば、いつでも隙を突いて止められる様待機していただけに過ぎん」

 テイルはレプラマギアを彼女と呼び、そう言葉にした。

「……どういう事?」

 その言葉に合わせる様、レプラマギアは被っていた仮面を取った。

 本来なら銀一色であるはずのその顔は、どこをどう見ても人間の、美しい女性の様にしか見えなかった。


「マスターの生体反応消失確認……崩落開始まで五時間と……大体二十分。うーん予想の倍はかかりますね。マスター火薬の量間違えましたねぇこれは」

 レプラマギアから放たれた言葉は恐ろしく流暢で、人としか思えなかった。


「少しだけ、マスターの事についてお話でもしませんか立花様、高橋様。貴方方も気になっていらした様ですし」

「え、あ、うん」

 ユキは状況が呑み込めないまま頷いた。


「とりあえず、最初に一つ……どうしてARバレットを襲ったんだ? コイオスの計画に俺達全く関わっていないぞ」

 その言葉にレプラマギアは頷き、テイルの方を見た。

 その瞳は人間よりも更に人間らしく、喜怒哀楽全てが含まれている様な複雑な表情だった。


「ARバレットの襲撃。高橋様を凡人としつつも自分で死を選ぶほどの敵視。しかもマスターにとって自死とは悪い意味で特別であり、託された気持ちを投げ捨てるという意味でもありました。これらは繋がっています。まあぶっちゃけますと……嫉妬ですね」

「……は?」

 テイルは茫然とした。

「マスターはひいき目で見なくとも、世界一の天才でこの世界の主人公であるべきお方でした。ええひいき目で見てませんよ客観的事実だけですよ私機械ですし」

「え、あ、はい」

 テイルはとりあえず相槌だけ打っておいた。

「ですが、どうしてもできない事がございました。目的の為には絶対必要なのに出来なかった事。それが……完全人工知能。高橋様が怪人を作った技術、要するに無から知的生命体を生み出すその過程ですね」

「……え? それだけ?」

 テイルがそう言葉にすると、彼女は泣きそうな顔でテイルを睨みつけた。

「ええ。出来る人はそう言うでしょうね。出来ない人の事を考えなくて」

「いや。そういう意味じゃなくて。その技術が必要なだけで俺は嫉妬されたのかって意味だ。本当に必要な人になら俺は別に秘匿しないから喜んで教えるって、論文でも怪人製造の会でも俺は言っているぞ」

「ええ。そうですね。でも、それじゃあ意味がなかったんです。あくまでマスターの目標の過程にその技術が必要でしたし、何よりもしマスターの目標を聞けば高橋様は確実に反対しますから教える事はなかったでしょう」

「……その目標ってのは何だ? 人類を滅ぼす新人類を作る事か?」

「いいえ。たった一人です。……亡くなった妻クレアを蘇生させるという願いが、マスターの人生での唯一の希望であり、そして行動目的の五割でした」

「……それは……確かに協力出来ないな」

 テイルはそう呟く事しか出来なかった。


 別に嫌がらせとかそういう話ではない。 

 単純に不可能で、そして不毛だからだ。

 完全人工知能はただの技術である。

 だから、死者蘇生と言った荒唐無稽な物と交わる事はない。

 そんな地べたを這いつくばり苦しみ続ける事しか出来ない行為には、テイルが手を貸す事はないだろう。


「マスターはその女性の全てを記憶していました。生い立ちや思い出だけではなく本来マスターが知りえない彼女の考えていた事や生まれた瞬間など、マスターは技術、魔術等手段を一切択ばす、彼女の全てを……DNAの配置パターンまで含めて全て記憶していました。……少し気持ち悪いですね」

「ノーコメント」

 テイルとユキは同時にそう答えた。


「だからその全てを再現し完全人工知能を使えば蘇生出来ると、そう信じていました。

「だけど、完全人工知能が作れなかったから諦めたと。じゃあ……君は一体どうして自我があるんだ?」

「クレアの全てをインプットし、クレアを再現するのが私達マギアレプカの本来の役割です。ですが、それには失敗し記憶というデータを持っただけの、ただの機械でしかありませんでした。……私を除いて」


 それを一言でいえば、ただの偶然である。

 数千万体のマギアレプカを量産した時、偶然少しだけ性能が上振れし、偶然その上振れした機体をコイオスが見つけて気の迷いと寂しさから人と同じ表情が出来る様に改造を施した。

 そんな偶然が特に意味や意義を持たず、偶然自我を生み出した。

 その結果、人と全く同じ自我を持ち、クレアの知識と記憶、経験を全て受け継いだたった一体のレプラマギアが誕生した。


「……成功……していたのか……」

 テイルは驚いた様子でそう呟いた。

「……いいえ。最悪の失敗です」

「どうしてだ?」

「私が()()()ではないからです。クレアという存在から生まれた別の何か。ですから、最悪です」

 この自我に目覚めたレプラマギアという存在はコイオスが行った実験の唯一の成功例である。

 その成功例が、クレアではない。

 それはつまり、コイオスが唯一成功出来ると思っていた方法では、死者蘇生を行う事が不可能であるという実証データ足りえるという事だ。

 もしそれをコイオスが知れば、ただでさえ常に限界で壊れ続けている精神のコイオスに確実で、そして最悪なトドメを差す事になる。

 だからこそ、この個体はコイオスに自我が目覚めた事を必死に隠し通した。

 大切な人の心だけでも護る為に――。


「私からも質問を。完全に機械に擬態していたと思うのですが、どうして高橋様は私が自我に目覚めたと気づいたのでしょうか?」

「……擬態していたからだよ。愛情といった感情を理由に何か隠し事をするのは人だけだ。そうだろ?」

「……御慧眼、恐れ入ります。ですが、どうしてそれで立花様の事に気が付かないのでしょうか? 私はそれがとても不思議です」

「え? ユキが何だって?」

 ユキはテイルの脛を痛いけど怪我しないギリギリ位で蹴飛ばした。


「私からも質問良い?」

 テイルが足をかかえぴょんぴょんしている間にユキがそう尋ねた。

「はい。もちろんです立花様」

 そう言ってレプラマギアはにっこりと微笑んだ。

「……ご主人様より露骨じゃないけど、貴女もテイルには良く思ってないのね」

「……まあ、ご主人様が恨む相手ですから。恩もありますけどね。ご主人様を楽にしてくれたという。まあそれは置いておきまあして。質問をどうぞ」

「あ、うん。さっきコイオスの目的の五割が蘇生って言っていたじゃない。じゃあもう五割の、彼のもう一つの目的って何?」

「……少々、長い話になりますが、良ければお付き合い下さい」

 そう言った後、レプラマギアはコイオスの人生について語りだした。




 コイオスの人生は両親に捨てられ学校で虐げられとユキとほぼ同等であり、決して恵まれているとは言えないものだった。

 ただ、外国であるからか男であるからか、ユキの状況と比べて肉体を害するもの、要するに、暴力が非常に多かった。

 本来コイオスを護るべき立場の教師はコイオスを利用しようとするが助けようとせず、本来仲良くすべきクラスメイトはコイオスを徹底的に苦しめ抜いた。

 だが、コイオスの地獄はユキよりもはるかに早く、十五歳の時には終了した。

 もう一人、自分と同じ優れた者に出会ったからだ。

 彼女の名前はクレア。

 後のコイオスの結婚相手である。


 コイオスと違い、クレアは暴力にもいじめにも遭ってはいなかった。

 徹底して自分を隠していたからだ。

 クレアは人の心に機敏であったが為に、自分がズレている事をいち早く気づきそれを世界中全てから隠し通して来た。

 必死に隠して隠して……そして十五歳のある日、限界が訪れた。

 コイオスがバットで殴られているのを見た時、それがクレアの我慢の限界点だった。


 クレアはコイオスがボロボロな状態で撃ち捨てられ、一人きりになったタイミングで話しかけた。

 自分も貴方と同じ存在。

 私は隠して来た。

 だから私の能力は誰も知らない。

 隠して来たけど、このまま隠すつもりはない。

 でも、一度動いたらもう取返しが付かない。

 だから、やるなら全力で、学校を、いや世界を二人で変えよう。


 コイオスはクレアの手を取った。

 そして二人は学校を支配した。

 金と、権力と、コネと、恐怖で。

 二人を虐げる者は誰もいなくなった。


 そして二人はこの国に来て、人の為になる仕事を始めた。

 国を移動した理由は単純であり、一つは下らない元の国に愛着がなかった事。

 もう一つは、正義や悪といった存在の中には自分達と同じ様な能力を持つ者もいるかもしれない。

 そう思ったからだ。

『ニュータ〇プみたいにピキーンって来るから出会ったらわかるけど、見つからないねー』

 しばらく探した後、クレアがコイオスに言った言葉である。

 その言葉にで、コイオスはもう一つこの国を選んだ理由が、それも非常に世俗的な理由があったのだと後から気が付いた。


 二人は幸せだった。

 誰かの為の仕事が出来て、誰からも虐げられず、最愛の人の傍にいられて。


 だが、そんな生活は長く続かず、あっさりと崩れ去った。

 大地震が起き、その際にクレアは人々を助ける為に相当無茶をしたらしく、コイオスが病室でクレアを見た時には、既に息絶える寸前となっていた。

 そしてクレアは、コイオスに呪いをかけた。

『この、美しい世界を守って』

 クレアの遺言は、コイオスに取って最低最悪の呪いだった。

 コイオスの世界が美しかったのはクレアがいたからに他ならない。

 クレアのいない世界は、モノクロームの孤独の空間でしかなかった。


 クレアもそれをわかってて、そう言わざるを得なかった。

 そうでもしないと確実にコイオスが後を追ってくるとわかっているからだ。


 その日から、コイオスの地獄が始まった。

 クレアは震災時に人々を守った英雄として新聞に載り、栄誉ヒーローとしての名前を得た。

 実際それだけの能力もあったしそれだけの事もクレアはやっていた。

 KOHOも相当以上にクレアとクレアの残したコイオスを尊重してくれた。

 だからコイオスは、クレアの遺言を実行する為、そしてクレアに再び会う為にKOHOに所属した。


 KOHOの生活は決して楽なものではなかった。

 その仕事の大半は自分勝手な理由で正義、悪の味方を利用しようとする国内外の勢力の対処だった。

 特に外国からが酷く、勝手な事を言って技術や知識、情報を奪おうとしてくる。

 酷い場合なんかは軍隊を使って脅迫してくる国さえあった。

 それらをどうやって対処するかと言えば、KOHOの保有する軍隊と金で雇った傭兵部隊で鎮圧する。

 正義も悪も国際紛争に使う事はKOHOには許されていなかった為、他に方法はなかった。


 国内外問わず余計な事をする者は多く、使い捨ての様に職員が磨り潰されて行く。

 死亡、PTSD、発狂。

 あらゆる理由で仲間達がいなくなるような場で、コイオスだけはその場に残り続け辞めていく人々を見送った。

 既に壊れ切っているコイオスが壊れる事はなかった。


 ただ、きっかけはあった。

 コイオスが考え方を変える……『美しい世界を守る』事から『美しくない世界を変える』と考え直すきかっけが……。


 疲労が溜まり、休みをもらったコイオスが彼女との思い出の場所を巡っている時――ソレをコイオスは見た。


 テレビカメラを持った人々が彼女の墓標に集まり、ある事ない事叫んでいた。

 ヒーローでもない彼女が出しゃばったから犠牲者が増えた。

 彼女の所為で私の父と母は死んだ。

 本当は邪魔をしただけで疫病神なんだ。


 そんな事を、震災に見舞われてすらいない奴らが口走っていた。

 コイオスが妨害しようとしたがそれすら無駄で、結局テレビでそれは放送され、クレアの名誉は地に落ちた。


 KOHOも必死に手を貸し、彼女の名誉回復の手伝いをしてくれた。


 だが、信じたいものしか信じない世間は、それに流された。

 彼女が悪者で、気づけば震災を引き起こした悪魔の様に言われる様になっていた。

 そして彼女の墓は心無い者の所為でボロボロになり、撤去された。

 気づけば皆が、文句を言っていた者も、テレビを見た者も、震災の場に住んでいた者も、彼女に助けられた者さえ彼女の事を忘れ、クレアは世界にとってどうでも良い存在になり果てた。


 世界は美しくなかった。


「そしてKOHOを逃げる様に辞め、マスターは顔を変えて立ち上がりました。自分が獣になる前に……彼女との約束を果たす為に……」

「じゃあ、残り五割の目的って」

「美しい世界を守る為に世界を一つに纏め、KOHOという組織をより良い環境にする事。それがマスターの望みでした。……ですから、マスターを止めてくれた事を感謝します」

 そう言ってレプラマギアはテイルに深く頭を下げた。


「俺はその崇高な目的を潰した。それに後悔はないが、感謝するのか?」

「はい。絶対に出来ない事ですし、それに、今のKOHOが国が、皆が努力していないわけじゃないですから。ちょっとずつでも良くなっている。それはマスターもわかっていましたし、それを尊重しておりました。マスターにとって……その革命とも言える願いは本当に不本意なものだったはずです。ですので、凶行を止めて頂いた事は感謝以外にありません」

「……そうか。……もっと良い形で……いや、それはなしか」

「はい。それはなしです」

 そう言ってレプラマギアは微笑んだ。

 最後の別れの様に。




「ねえ貴女。貴女はこれからどうするの? もし良かったら――」

「ユキ。止めろ」

「どうして? 彼女は自我があるんでしょ。だったら……」

「自我があるからこそ、彼女の目を見てみろ。どこを向いている?」

 そう言われ、ユキは気が付いた。

 話していても、何をしていても、彼女はずっとコイオスのいる場所へ行ける地下階段を見つめ続けていた。

 そしてその優し気な瞳をユキは良く知っていた。

 何故ならば自分が時々同じ様な瞳をしてテイルを見ているからだ。


「……大分火も回ったみたいですし、今なら一緒に逝けるでしょう」

 レプラマギアはぽつりとそう呟いた。

「……どうしても……って聞くのは野暮よね」

「ああ。そうだな。ただ、これだけは俺が保証しよう。何人もの怪人を作って来た俺が、君の想いはクレアという女性の物ではなく君自身の物であると」

「はい。知ってます。この中には二人分の愛が詰まってますから」

 そう言ってレプラマギアは自分の機械の胸を叩き、そしてゆっくりと階段の方に歩いて行った。


「……さよなら。あっちでは二人で……いや、三人で幸せになりなさいよ」

 ユキの言葉にレプラマギアは微笑み、階段を降りながら、ぽつりと呟いた。


「さよならです。テイルさん。ユキさん……」

 どうしてそんな呼び方をしたのか自分でもわからないまま、レプラマギアは炎の中に飛び込み、彼の遺体を抱え動かなくなった。


「……上の二人を連れて帰りましょう。ちょっと……ゆっくり休みたいわ。体じゃなくて、心が疲れた」

「……そうだな。……怒りに身を委ねぶつけらない相手って……辛いな」

 まるで傷をなめ合う様に、二人はいつもよりも少しだけ近い距離で並んだ。

 そして、重い足取りを動かし、ゆっくり、ゆっくりと外を目指し足を進めた。


ありがとうございました。

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