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すれ違う望み――中編


 それは完全なまでに一方的な勝負となっていた。


 数で言えば二人と二人で互角なのだが……片や相方が戦闘用機械人形、片や相方が完全なる足手まとい。

 互角となるわけがなかった。


 一つだけ良かった事を言うならば、コイオス自身の戦闘能力はユキよりも低いという事だ。

 とは言え、コイオスについている機械人形は何故か他個体とは段違いに強く、コイオスどころかユキよりも強い為決して楽というわけではなかった。


「シッ!」

 短く息を吐きながらコイオスはユキに打撃を重ねていく。 

 目にも止まらないフェイントを交えたジャブの連打に視覚外からのフック、そしてアッパー気味に放たれるボディへの一撃。

 ボクシングスタイルを起点とした独自の闘法は呆れるほどにインファイターであった。


 それをユキはハンドガンの底面マガジン部で拳を打ち落とし、緩急をつけた動きで回避を繰り返す。

 確かに当たれば痛そうな攻撃ではあるし、かするだけで皮膚を切るほど鋭いが、それでも防ぐ事だけならさほど難しい事ではなかった。

 しかし、攻撃を差し込もうとすれば話は全然変わってくる。


 ユキは短い隙に差し込む様そっと銃口をコイオスに向けようとする。 

 たったそれだけの動作で……。


 タンッ!


 単発の弾丸がユキに襲い掛かり、ユキは慌てて後方に飛び退く。

 銃弾はユキがいた場所を通り抜け、跳弾する事なく地面に埋まった。


「あーもうめんどい! でもそのおかげで戦えているのも事実だし……ああ歯がゆい」

 ユキは悔しそうそうにそう呟き、あんまり意味のない牽制弾を数発撃ち込んだ。


 ユキが現在不利でありつつもふんばれているのには幾つか理由がある。

 例えば相手側、少なくともコイオスの方はユキとテイルを殺さない様に気を使っているという点。

 人形はテイルに対しきっちり致命傷となる攻撃を放ってくるが、逆に言えば人形だけが致命傷となる攻撃をしてきて、コイオスの方はテイルに対し攻撃をしようとすらしていない。

 その様に露骨ながら手加減されているから何とか渡り合えていた。


 そしてもう一つ、人形は独自行動を取らずコイオスのカバーしかしていない。

 もっと人形が前に出てこられたらユキはとうに死んでいたであろう。

「……製造者最優先のAI回路に感謝しなくちゃね」

 ユキはぽつりと、そう呟いた。

「……案外、違うかもしれんがね」

 後ろにいるテイルはユキにだけ聞こえる位の小さな声で、そう囁いた。

「え? どういう――」

 そうユキが反応し尋ねようとした瞬間に、コイオスが言葉を遮った。


「提案がある。そっちの凡人を争いから外すのはどうだろうか? 足手まといが減った方が立花さんも楽ではないかと思うのだが?」

 コイオスの言葉は全く正しく、ユキが有利になっても人形がテイルに銃口を向けるだけで全てがリセットさせる。

 正直に言えば、いるだけで足手まといだった。


「んで、それをそっちが提案する理由は?」

 ユキがそう尋ねるとコイオスは酷く困った顔を浮かべた。

「私としてはどうでも良いのだが、もし彼を殺せば君は私を絶対に許さないだろう?」

「ええ。許さないわね」

「だからだよ。私は出来る限り、優秀な者の血を無駄に流したくない」

「ふーん。だってさテイル。どする?」

 ユキは平然とテイルに選択を丸投げし、コイオスは顔を顰めた。


「んー。すまんユキ。負担かけて悪いけどこのままで」

「はーい。でも油断はしないでね」

 そんな二人の会話を聞き、コイオスは更に顔を歪ませた。


「君は、言っている事の意味がわかってるのか? 君が足を引っ張っている為に彼女はより多くの危機を受けているのだよ? なぜそれで君はそこにいるという選択を取るのだ?」

 必死に怒りを抑えている様子で、コイオスはそう言葉にする。

 それには隠しきれないほど殺意が溢れていた。

「あーうん。わかってるぞ。たぶん俺の想像以上に足を引っ張ってるのなんて……そんなもん最初からわかっている。ただな……何と言うか……違和感というか……」

「……はぁ。わかってた。例え能力ある私達であっても他者の、それも遠い存在である凡人の思考回路なんてわかるわけがないと……。ただ……全くもって理解に苦しむ」

 コイオスは呆れはて嫌味混じりにそう言葉にした。


「ま、誰か大切な人を守ろうとしているユキの危機を増やすのは正直心が痛いがね」

「……は?」

 コイオスはその言葉に目を丸くした。

 それには今までの様な殺意はなく、信じらない珍獣を見るような目になっていた。

「いやさ、ここに来る前に言ってたんだよ。『私だって守りたい人がいる。あんたの理由に付き合わせるな』ってな。だからその人を守りたいのにこんな場所に付き合わせて、正直申し訳なくは思ってるぞ」

「……ああ。わかった。良ーくわかった。君は凡人ではない。非常に鈍感な……愚者だ」

 その言葉にユキは頷き、『良いぞ。もっと言ってやって』と内心で思った。




 ふざけた口調、ふざけた内容での語り合い。

 それでも、コイオスと分かり合う事はなく戦いは続けられた。

 ただし、それは戦いと呼ぶにはいささか不釣り合いであり、むしろ嬲り殺しに近い様子だった。

 コイオスが一方的に攻撃して徐々にユキの体に傷が増えていき、逆にユキの攻撃は全て徹底的と言えるほど人形が叩き潰していく。

 既にユキは切り札まで使ったのだが、それでも戦いの天秤が傾く事はなかった。


「ほぅ……。そんな事も出来るのか」

 コイオスは素直に驚いた様子でユキを見つめた。

 ユキの左手には黒い靄の様な物がまとわりついており、その靄は形を変え銃弾や攻撃を防いでいる。

 そしてユキの左目は、白目の部分が黒く、黒目の分が金色こんじきに輝き怪しく光っていた。


 それは以前、ユキが神を体に宿した時に使った能力、その残留と呼ばれる物だった。

「これくらいしか出来ないけどね。いや、そもそもこれすら出来なかったわ。貴方の話を聞いていなかったら。だからやっぱりあの話は事実だったのね」

「ふむ。何の話かな?」

「主人公補正よ。誰かに信じて貰ってる。誰かに願って貰ってる。それなると私達は力が、奇跡が起きるんでしょ?」

「今の君に対し、奇跡を起こせるほど君を信じている人は……」

 コイオスがそう言葉にした後、テイルの方を見た。


「いるさ! ここに一人ね!」

 何もしていないのにテイルはドヤ顔を浮かべていた。


 ヴォーダンとフューリーが上にいるのに、テイルは別れる時素直にユキに従いここまでユキに着いてきた。

 いや、どこで何があろうと、テイルはユキが着いてきて欲しいと言われたらどこでも良くだろう。

 それは、テイルの知っている存在で最も有能である上の二人以上にユキの事を信頼している事に外ならない。

 その信頼は死なないという信頼ではない。

 例え自分が死ぬとしても、必ず自分の望みを、家族を守る為に自分の命を使ってくれるという信頼であり、同時にユキのミスによって死ぬなら何一つユキを恨まずに死ねるという覚悟の証でもあった。


 だからこそ、そんな信じる者が傍にいるユキは、過去の残留をわずかながらだが利用する事が出来ていた。


「……もう少し。せめて召喚出来たら……ってのは欲張りよね」

 そう言ってユキは苦笑いを浮かべた。


 奇跡は起きた。

 使えない過去の力の残留がユキの手に宿り切り札となっている。

 だからその分確かに強くなった。

 だが、それでも……コイオスと人形を相手取るにはまるで足りていなかった。


 ――さて、どうしようかねぇ。

 ユキがそんな事を考えているタイミングに、唐突にテイルが動き出した。

 護ってもらっていたユキの背後からいきなり飛び出し、まっすぐ敵二人に向かって突っ込みんでいくテイル。

「ユキ。一瞬で良い。援護頼む」

「は、はぁ!?」

 最初に来た感情は驚愕だった。

 続いて、焦燥感。

 目の前に飛び出したテイルを守れなければ、起きるのは確実な死であり、そして今の自分の能力では飛び出したテイルを守り切るに足りない。

 そして最後に来たのが……恐れ。


 その全ての感情を飲み込み、ユキはバックアップをする為テイルの後ろに張り付いた。


 人形は感情の色を見せないでテイルにそっと指先を向ける――。

 コイオスがテイルを生かす様命令を出していない為、人形は容赦なくテイルの心臓に狙いを定めた。

 その丁度の瞬間に合わせ、ユキはコイオスの方に何発も銃弾を叩きこんだ。

 当たるわけがない狙いの甘い適当な乱れ撃ち。 

 それでも、人形はテイルへの攻撃を中止し、撃ち落とせる弾丸は撃ち落とし、無理な弾丸は己の身を盾にしてコイオスを守った。


「テイル! 作戦は!?」

「俺が人形に接近したらコイオスを頼む!」

 それは最もありえない選択だった。

 手加減をしているコイオスの方に行くのではなく、最高の戦闘力でかつ効率よくテイルを殺そうとする人形の方にテイルが行く。

 それはユキとしても、コイオスとしてもあり得ない最悪の選択だが……ユキは自分の恐怖を殺しテイルに従った。

「死んだら絶対許さないから」

 そう言葉にし、ユキはテイルから離れ人形に射撃をして援護しつつつつコイオスに近づいた。


「……私も、出来たら命は助けたかったですが……ただまぁ……自殺を止める気はありません」

 諦めたというよりも呆れた様子でコイオスはそう言葉にした。


 それでも、テイルは気にせず人形に駆け寄った。

 ユキの援護で傍に来る事が出来た。 

 それと同時に、ユキとコイオスの戦闘が始まり援護がなくなりテイルは人形と一対一で向き合った。


 人形はコイオスの援護をする為、即座に処理出来るテイルの方に体を向け右腕を空に上げた。

 その右腕の先にあるべき拳はなく、代わりに円形のノコギリが拳のあった位置に付けられている。

 その腕は、ギュイィイイイと唸り声の様な重低音を叫んでいた。


 そして人形は――レプラマギアはその刃を一切の容赦なく振り下ろした。


 パン。


 その瞬間、ノコギリの重低音の中でも聞こえるほど大きな、乾いた音が響いた。


 それは、三人にとって予想外の行動としか言い様がなかった。

 テイルはレプラマギアが腕を振り下ろす直前に、彼女の目の前で両手の平が合わさる様全力で叩き音を鳴らした。

 それはまるで相撲の『猫だまし』という技の様だった。


 当然の話だが、情報をデータとしてしか処理していない機械には効果のない技である。

 だからテイルがその様な行動に出た事は、この場の誰にとっても予想外という外なかった。


 そしてそれ以上に予想外であるのは……それがレプラマギアというただの機械に、何故か効いてしまっているという事である。

 それはユキにとってもだが、それ以上に製作者であるコイオスにとって絶対に理解出来ない事象だった。


「一瞬あれば……ユキ直伝――」

 テイルはあっけに取られている彼女に零距離まで接近し、両手にドライバー等の工具合わせて四本持ち、彼女の胴部に工具を重ねた。


 以前、ユキが一瞬で機械を分解するのを見て、テイルは恰好良いと思ってユキからやり方と教わり修行も付けて貰った。

 しかし、技術よりも才能が優先される能力であった為テイルに習得に至らず泣く泣く諦めた。

 それでもその技術事体は決して無駄にはならず、レプラマギアの胴部に入っている幾つかのパーツを取り出し、と線をぶった切るのには未熟な練度でも十分だった。


 ごとっごとっ。


 重たい金属のパーツが零れ落ち、同時にレプラマギアの体からバチバチと機械としてはとても不愉快な故障音が響く。

 そしてレプラマギアは地面に膝を付き動かなくなった。


「……そんな……馬鹿な……」

 それは凡人がレプラマギアを破壊した事か、それともレプラマギアに猫だましが効いた事か。

 何がコイオスにとって驚くに値した行動なのかはわからない。

 ただ、コイオスは頭が真っ白になるほどの衝撃を覚えていた。


「ユキ! まだ終わっていない!」

 テイルがそう叫ぶと余りの事に惚けていたユキとコイオスは同時に我に返る。

 コイオスは動揺が消しきれずユキに気の抜けたパンチを無意識のままユキに放った。

 ユキもまた動揺が残っており、無意識に紫の靄を動かし、そして無意識化で最も効率の良い動きを――すなわち靄で殴って来た拳を掴み、そのままねじ切った。


 骨の砕ける音と肉の千切れる音。

 その後にコイオスの短く押し殺した悲鳴が小さく聞こえた。


「……油断……してしまいましたね」

「その……ごめん。私もこんなつもりじゃ……」

 ユキはオロオロとした様子でコイオスにそう言葉をかけた。


「痛み止めあるぞ。使え」

 テイルがそう言ってコイオスに痛み止めを投げると、コイオスは薬を残った左手で弾き飛ばした。

「いりません。貴方からの薬なんて何も」

 そう言ってテイルを見る目には、明らかな敵意がこもっていた。

 そしてすぐテイルから目を反らし、コイオスはユキの方を見て微笑んだ。


「中途半端な結果で残念で、そして心底不本意な結果ですが……私の負けです。とは言え、私にも譲れない部分がありますので素直に降伏する事は出来ませんが」

「……ねぇ。どうしてテイルをそんな敵視しているの?」

 ユキはどうしても気になり、そう尋ねた。

「調子に乗った凡人が嫌いだからですよ。それで人類は駄目になっている。そんな愚かな者共に駄目にされた人達を私は沢山見てきました。だから……悪いんですが私は降伏出来ません。有能であるユキさんになら良いのですが、それ以外の、凡愚に負けたというのだけは……例え死んでも私は認めません。ですので、この結果を私は否定します」

 そう言った後コイオスはカチッと音を立て、いつの間にか手に握っていたスイッチを押し込んだ。


 そのスイッチが何なのかは、スイッチを押した同時に発生した周辺による連続した爆音で何となく二人は理解出来た。

「これさ、大陸が沈むって奴かな?」

「……ムー大陸、アトランティスの次のミステリー大陸が生まれたな」

 テイルは困った顔でそんな言葉を紡いだ。


「……この大陸はエーテル体だから海面を汚す事なく消えますよ。管理している機械ごとね」

「エーテルって?」

 ユキがそう尋ねると、コイオスは苦笑いを浮かべた。

「すいません。一つ位貴女に勝っている点を残しておきたいので内緒です。まあ、時間が経つと全て綺麗さっぱり消えるという奴ですよ。レプラマギアはエーテル製でないので消えませんが」

 そう言いながら、コイオスは部屋の隅にある地下階段に足をかけた。

「――どこ行くの?」

「……私は凡人に負けていない。失敗したから最後に、悪の美学として自滅を選びました。そういう事にさせてください」

 それだけ言って、コイオスは階段を降りていき……そして数秒後、階段の上にまで火が出て来るほどの大きな爆発が巻き起こった。


「……テイル。私にはわからないよ……。コイオスが何を考えて、どうしてこんな事をして、そして何で最後に死んだのか。コイオスにとって何が重要な事で、そしてどうしてテイルを目の敵にしていたのか……私には……」

 その言葉に、テイルは緊張した様子で答えた。

「俺も知らんさ。あいつにはあいつの考えがある。だが、それを考える前にやる事がある。というか……残念ながらまだ終わっていない……」

 テイルはそう呟き、壊れたレプラマギアの方を見た。


 レプラマギアはその直後、ギギッと鈍い音をさせながら、体を起き上がらせた。


ありがとうございました。


もう戦闘はありません。

頑張ってはいるのですがどうしても戦闘描写は難しく……。

色々未熟な点本当に申し訳ありません(´・ω・`)

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