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すれ違う望み――前編


 緑の大地続く空中大陸唯一の建造物、寺院と呼ぶよりも祠に近いその建物に入り、階段を抜けた先にある通路をまっすぐテイルとユキは歩いた。

 それは機械的な仕掛けで明らかに誘導している様な跡があるが、それを知っても二人は止まらず、そのまま罠である事を覚悟しつつ歩き続けた。


 一面真っ白な壁と天井に赤い絨毯の上をゆっくりと進み、そして終着点である扉を見つけ、二人は顔を見合わせた後、ユキがその扉に手にかけた――。


「ようこそ。立花雪来(ゆきな)さん。君を歓迎しよう」

 コイオスと名乗った男は楽しそうに……そう言葉にした。

 扉の先、広い部屋には何も置かれてなく部屋の中央でコイオスと機械人形が一体だけこちらを見て待機しているだけだった。


 ユキはコイオスに対して露骨に顔を顰めた後、無言で部屋に入り、コイオスを睨みつけた。


 二人が部屋に入ったのを確認した後、コイオスはユキだけを見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「……攻撃してこないという事は、私の仲間に入りたいという事なのかな?」

「まさか。本気でそう思ってるわけじゃないわよね?」

「無論。ただ、万が一という事もある。私としてはどちらでも歓迎なのだがね。敵対しようと、味方に付こうと、それこそ、君が支配者になろうとね。ただ、即時攻撃がないという事は会話の余地位はあると思っているのだが、構わないかな?」

 そうコイオスが言った後、ユキはちらりとテイルの方を見た。

 テイルの様子はいつも通り変わらず飄々としているのだが、長い事一緒にいたユキにはかなり疲れている事が理解出来た。

 今のままだと逃げる事すら危ういかもしれない。

 そう思える位にはテイルの疲労は積み重なっていた。

 この大陸に降りてから戦い詰めの走りっぱなしなのだから、それは無理もないと言えるだろう。


「……そうね。少し位の無駄話なら付き合っても良いわよ」

「そうか。それはありがたい。会話する相手に飢えていてね」

 コイオスはそう答え、優しく微笑んだ。


 ユキはテイルにハンドサインで待機命令を出した。

 多少何があっても、ここは動かずに回復に専念して欲しい。

 そう考えたからだ。


「では……さっそくだが、立花雪来さん。君の――」

「立花で良いわよ。煩わしいし」

 何より名前を呼ばれたくない為ユキはそう言葉にした。

「そうか。了解した立花さん。では、君の言う天才という存在について話がしたい。もちろん。世間一般でいう天才ではなく、君が言葉にする意味での天才だ」

「……何? ストーカーでもしてたの?」

 自分の普段とか言われユキは心の底から気持ち悪がった。

「いいや。別に君に女性的に興味があるわけではないから安心して欲しい。そもそも……君のその容姿は確かに可愛らしいが……一般的な男性が君にそういう好意を持つのは少々……その……犯罪的かと……」

 ユキの怒りゲージと殺意が一メモリほど上昇した瞬間だった。


「……まあ良いわ。つまり、有能な人を見繕っていた時に偶然私の情報が入ったという事ね」

「うむ。まさしくその通り。話が早くて助かる。だからこそ、君に聞きたい。君の思っている天才とは、どのような存在かね?」

 ユキの目から見ても天才(同族)であるコイオスという男はそう言葉にした。


「……本来人では行えない位効率が良い人間かしらね」

 記憶、頭や体の使い方。

 その辺りは他者と比べて本当に大きな差となっている。

 だからこそ、ユキはテイルと極力テレビゲームの類を行わない様にしている。

 自分とテイルの差が歴然となる事が、自分とテイルとの壁に感じ悲しいからだ。


「……ふむ。間違いではないが正解でもないな」

「じゃ、あんたはどう思ってるの?」

「全体的な能力の向上と効率化。それは決して間違ってはいない。ただし、それだけでない。他者の意思においては常識すら捻じ曲げる例外性を発揮する事が可能となる」

「……例外性?」

「ああ。要するに、誰かの支持を得られた時は、我々は常識すら変えられるのだよ。それは地球規模の確変というほどではなく、自分を状況に応じて変質させるという意味でだがね」

「……私は別に変化してないけど……」

「本当に、今までそういう機会が一度もなかったかね? 例えば、自分が持っている力を百二十パーセントどころか二百パーセント出せたとか、そういう事はないかね?」

 そう言われ、ユキは以前自分が拉致された時の事を思い出した。

 あの時は協力もあったが、それでも自分の今の能力で同じ事が絶対出来るとはとても思えない。

 確かにあの時は、自分の限界を超えた力が出せていた。


「でもさ、それって人なら皆持っている力だよね?」

 そうユキが答えると、コイオスは悲しげな表情を浮かべた。

「……能力ある君がそう答えて他者のハードルを上げるとは……。凡人に同情を覚えるよ。君のそれは凡人の火事場の何とやらとは次元が違う。ある意味においては、それこそが君の本当の力なのだから」

「ふむ……。まあ、頭ごなしに否定はしないわ。貴方も同類みたいだし、この手の分野には詳しいみたいだからね」

 そうユキが答えた時、コイオスの表情は一瞬だけ、まるで泣いている様な、悲しみ絶望しきった様な表情をしていた。

 ただし、その表情は本当に一瞬で、ユキは勘違いだったのじゃないかと思う位の時間だった。。


「そう……とは言えないが。この程度は調べたらわかる事だ。だからこそ、この力は『天才』と呼ぶ存在とは一線を画す。『一種の天才』であるならば、間違ってはないかもしれんがね」

「じゃあ、貴方ならどう表現する?」

「……ふむ。これは私が思いついた言葉ではなく、また非常に世俗に溺れた妙な言い方ではあるのだが……それでも確かにと思う言葉が一つある」

「それは?」

「『主人公補正』という言葉だ。他者と比べて学習能力が高く、見様見真似で本職の技術を真似られ、人々の期待を背負うほどで強くなり、そして危機的状況を閃きと機転で解決、それが無理でも強引に能力を利用して危機を脱出する。そんな能力ならば、こう呼ぶのが適切だそうだ」

 その言葉にユキは少し考え、首を振った。

「ごめんなさい。そんな自覚ないわ私。むしろピンチに弱いタイプだし」

「それはそうだろう。君は普段、あまり人々に期待されていないのだから。立花さん。君の様な存在が多々いるからこそ、私は今、このタイミングで動いたのだよ。今の世では、特別な、人と違う能力のある者は絶対に輝けない。特に、君の言う『天才』であるならばね。それは君が一番良くわかっているだろう」

 ユキは何も言えなかった。


 もし、今の自分が人々を助けるという殊勝な気持ちを胸に立ち上がればどうなるか……。

 利用しようとする人間が周囲に溢れる位ならまだマシである。

 最終的にはしゃぶりつくされて消されるか、良くて全ての功績を奪われて蹴落とされるかの二択しかない。

 学園時代での人付き合いを、ARバレットに巡り合うまでの人生を振り返るとそうなる事は確定的であるとしか思えなかった。

 ユキはARバレットという存在と友人のおかげで決して人当たりは悪くない。

 だが、人の善性を信用出来るほどお花畑な人生を送る事は出来ていなかった。


「『主人公補正』が本来なら主人公を助けるべきの『その他の雑多な存在』が邪魔をして使えなくしているのだから、我々の人生という物語は酷くつまらない物になっているのだろうね。だからこそ、私の思う未来には君の様な特別有能な存在が必要なのだよ。今からでも遅くはない。君と同じ様な苦渋に満ちた暮らしをしている主人公達を、あるべき形になる様私の手伝いをしてくれないか? もちろん、君がその気なら君がこの座に付いても構わない。君ならば……十分信用に値する」

 その言葉に、ユキは即座に答える事が出来た。

「それはないわ。悪いけど貴方に仕えるのも上に立つのもお断りよ」

 自分の居場所が出来たユキは迷わずそう答えた。

 もし、ARバレットに――テイルに出会う前なら迷わず手を貸していただろう。

 だからこそ、その誘いに今のユキが乗る事はないし、乗るわけにはいかなかった。


「……もう少し出会うのが早ければ……か。いや、そうなる可能性は零ではないし諦めるのは後にしよう」

 コイオスはそう答えた。


 それから数度、コイオスとユキは言葉を交わした。

 主人公補正と呼ぶそれは多くの人々から応援されるほどに力を増す。

 だが、現状ではその効果が発揮された事はほとんどない。

 その力を持った存在の大多数は人間性が築かれる前段階でマトモな人生を歩めず、自死を選ぶ者も決して少なくないからだ。

 それもまた、人の愚かで醜い部分の一つである。

 コイオスははっきりとそう言葉にした。


 ユキとしても、コイオスの発言には否定出来ず説得力の様な物を感じていた。

 自分が天才であると思っていたこれが、アニメやゲームの主人公の様に動ける能力だとしても何ら違和感はない。

 むしろしっくり来ると言っても良い。


 ただ、例えそれが全て事実であったとしても、正直な話で言えばユキは主人公補正(この話)にあまり興味がなかった。

 既にユキの中では天才だとか主人公だとかそう言った事事体に関心が薄く、能力がちょっとある普通の人間であるとユキは自分を定義づけているからだ。


 他の人よりもちょっと頭の良いけれど、人付き合いの苦手な、ただの恋する乙女。

 きっと笑われるからだれにも言っていないが、それがユキの定義する自分だった。



 ユキはこっそりとテイルにいつでも動ける様に準備をする様ハンドサインを出し、そして、今まで後回しにしてきた、決別が決定的となるであろう質問を出す事にした。


「ねえコイオス。貴方にとても大切な質問があるの。良い?」

「ああ。何でも聞いて欲しい」

「じゃあさ、どうしてさっきから、ずっとテイルを無視するの?」

「無視などしていないさ。ただ、私は凡人と話をするつもりがないだけだよ」

 その言葉にユキは少しばかり意外な事実に気が付いた。


 テイルが秀才ではあるが凡人である事は否定しようがない。

 だからそのコイオスの発言は決して間違いではないし、実際コイオスならばそう思ってもおかしくない。

 ただ……コイオスは明らかにテイルをただの凡人とは思っておらず、何故か強く意識している。

 強がりを言ってテイルを下に見ようとする程度は、コイオスはテイルに何か怒りか憎しみの様な物を抱えている様にユキには見えていた。


「貴方――もしか」

「もう言葉は良いだろう。君の時間稼ぎにも十分付き合った。後は言葉ではなく、こちらで話し合おうか」

 これ以上言われたくないのか、コイオスはユキの言葉を遮る様にして、ボクシングらしきファイティングポーズを取った。

 それと同時に、隣に待機していた人形が稼働時に出る独特の金属音を鳴らせながら指をユキの方に向けた。


「テイル! 戦闘準備!」

 その言葉を待っていたテイルはハンドガンを取り出し構えた。

「作戦は?」

「無茶しない! 撤退タイミングを間違えない!」

「わかりやすくて良いね本当。雑魚でごめんね!」

 足手まといである事を強く理解しているテイルはそう叫び、ユキの後ろから人形に向けて引き金を絞った。


 人形は右手をユキに向けて機関銃の弾を放ち、同時に左手のシングルショットでテイルの放った弾丸を打ち落とした。

「……まあ。ボスの所にいる一体だけの人形だもんな。そりゃ特別製よね」

 銃弾を躱しながらユキがそう呟くとコイオスは首を傾げた。

「いや、これは誤差程度の差しかないはずだぞ。……まあ、レプラマギア群が製作者である私を守る為にこの個体に処理能力を集中させている可能性はあるがね」

 そう言った後コイオスはユキにステップを刻みながら近づき、ジャブを数度繰り返した。


 たかだかジャブではあるが、それでも風切り音が鳴る程度には鋭かった。

 それをユキはハンドガンの底で防ぎつつ、容赦なく二丁拳銃でのゼロ距離射撃を繰り返した。

ありがとうございました。

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