誰の為の正義の味方か
コイオスによる電波ジャックはあの日以外にも何度も繰り返された。
大体二日に一度位のペースであり時間はその都度変化した。
ただし、内容は大体同じ物だった。
人類は優れた資質を持つ者による統治が必要なステージへとなった。
その席に今は自分が座るが、別に自分でなくとも構わない。
優秀であるなら味方に誰でも迎え入れるし、自分よりも優秀であるなら敵だろうと味方だろうとこの座を明け渡す。
我々は人類の敵というわけではない。
ただし、我々は正義の味方では決してない。
そんな内容の放送が何度か繰り返された。
その間ARバレットは何もしていなかったわけではなく、情報収集と突撃の作戦を立案していた。
一番欲しかったのは攻撃に参加してくれる外部の仲間なのだが、それは残念な事に見つからなかった。
もしも、コイオスの組織する解放同盟国家ルティアに直接狙われた組織があればその組織もコイオスに対する攻撃権を得る事が出来ただろう。
だが、ルティアという国家から直接被害を与えられた正義、悪の組織は今のところ、ARバレットを置いて他になかった。
そして自分達だけでどうにか対処を取ろうとしているその最中、解放同盟国家ルティアは始まりの号砲を鳴らした。
空からの奇襲という形で。
「……なあ。あれやこれやという内に俺までコレに乗り込む事になったが……結局今どうなってるんだ?」
ルティアがこの国に攻めてきたという報告だけを聞き、状況が一切つかめないまま狭く密閉された空間に連れ込まれたテイルはそう呟いた。
「たぶんだけどさ、事前にこの国以外の全世界に工場を作ってたんだと思う。んで……量産していたあのメカ達が一斉にこの国に世界中から侵略を開始したと」
ノートパソコンをかたかたといじりつつユキはそう答えた。
「……それってさ、この国に戦争をしかけたって事だよな」
「ええ。そうなるわね」
「……レジェンドの方々が出て殲滅……というわけにはいかないのか?」
「たぶん無理ね。そこまで考えなしだったらこんな大きな動き出来ないし。法の抜け道か物理的な抜け道か使ってレジェンドクラス並びに強力なヒーロー、怪人の動きは封じてると思うわよ」
「レジェンドの動きを封じるって……例えばどんな手段だ?」
「例えば今みたいな状況よ。法的に言えば、事前に攻撃された私達以外は誰もルティアに攻撃出来ないでしょ? それと同じ様に、やばい奴が来たら一切攻撃せず逃げる。即座に離脱する。それが無理なら自爆する。そうやって戦ったらいけない相手とずっと戦わない様にすれば、ルティアが直接攻め込まれる事はないわ」
「……戦わないなら勝てないと……ああ、その為の数か」
「そう。質という意味では絶対に勝てないからこそ、数での暴力で何とかしようとしているんだと思うわよ。救助に回れば回るだけルティアに対する攻撃の手も緩むし。まあ全部予想だけどね」
「そうか。ところでもう一つ質問良いか?」
「何?」
「……俺、ここに乗っていて良いのか? 場違いな気がするんだが……」
テイルがぽつりとそう呟くと、ユキは困った顔を浮かべた。
「……うん。基地にいてもこっちに来ても……ぶっちゃけ危険度変わらないからそれならいっそと思って……ごめん」
「いや、構わない。ただ、足だけは引っ張りたくないなと思ってな」
テイルはそう呟いた。
現在、テイル達が入っているのは飛行機に準ずる移動装置である。
そしてその目的地は空中に存在する巨大大陸。
どういう事なのかと言えば……現在この移動装置は敵本拠地への突撃の真っ最中だった
解放同盟国家ルティアという国は空の上で、しかも広い海面の上にある。
そしてその海面は、テイル達のいる国から恐ろしく遠かった。
そうなると、移動手段は飛行機のみである。
ただし、ただの飛行機では駄目である。
超巨大軍事拠点の様なものなのだから当然防空設備も揃っていると考えて良いからだ。
つまり、相手の本拠地に入る為には最低でも相手の対空性能を超える装備が必要であった。
故に……現在テイル達が乗っているこの移動装置がユキの手によって作られた。
戦闘機よりも速度が出て、長距離飛行出来、回避性能が高い飛行機。
それが侵入する為に求められたカタログスペックだった。
そんな夢の様な飛行機が作れたのかと言えば、答えは否である。
高速戦闘機のノウハウもなければ、同一規格のパーツも手元にない為ユ短期間でその様な飛行機を作り上げるなんて事ユキにも不可能である。
だからこそ……自らが生み出したこの歪な乗り物をユキは飛行機と呼ばず、移動装置と呼んでいた。
確かに、基本的な構造は高速戦闘機その物である。
小さくで先端が鋭くとがり、翼があってエンジンがあって。
しかし、戦闘機どころか飛行機に絶対必要な置が同時に幾つもオミットされている。
それが移動装置と呼ぶ所以だった。
では何がオミットされているかと言えば……大きくわけて二つとなる。
一つは、燃料。
エンジンは全て電動となり、そして発電機は置かれていない。
代わりにヴォーダンが血を絞り出す様な苦労を背負っている。
もう一つは、コックピット。
操作を補助する為のスイッチは当然として、モニターすらここには置かれていない。
外が一切見えない中で飛び続けるという地獄な上に、操縦桿はゲーム機のコントローラーで代用している。
そんな地獄の片道切符の案内人であるパイロットは……フューリーが勤めていた。
フューリーの能力は非常に複雑で言葉にするのは難しい。
ただ、もし言葉にするとすれば『軍事行動中の選択肢を間違えない』となる。
それは未来予知の類ではなく情報による予測の為ある程度の情報は必用だが、逆に言えばその情報さえあればフューリーは目を閉じていても最適解を叩きだせるという事だ。
発電機をヴォーダンが、コックピットのシステムをフューリーが代用するというある意味人力飛行機のそれは、文字通りの修羅場であり、地獄絵図であった。
電光回路を最大限まで作動させ、修行の成果を全開まで使ってもギリギリまで吸われ続けるという全速力でフルマラソンをする様な地獄を受けるヴォーダン。
ゲーム機のコントローラーで超高速戦闘機の操縦をモニターなしで、しかも敵地でさせられるという紐なしバンジーの様な致死率の体験をさせられるフューリー。
ある意味において、この二人は今、最も死に近い位置に存在していた。
過労死という味わいたくない死に方ワースト三に入る様な死に……。
とは言え、ユキが制御している限り二人が過労で死ぬ事はあり得ない。
ただ、ギリギリまでの生き地獄を味あわされるだけである。
「……さて、そろそろ到着ね。……ぶっちゃけこっちもやばいけど……あっち側は大丈夫かしら……」
ユキはそう呟き、基地に残した人達や友人の事を考え少々不安な気持ちとなった。
正直に言えば、そうなる事に現実味がなかった。
戦争が始まるとわかっていたし、国もKOHOも市民間でも対策をしろとずっと言っていた。
しかし、アルマゲドンとも呼ばれる最終戦争が終わり一度たりとも大規模な戦争がなかった事に加え、テレビで言葉を紡ぐ外国の男性はにこやかで優しそうで、そして誰かを助けたいと言っていた。
だから現実味がなかったのだ。
それが現実となるまでは――。
空は禍々しい銀で埋め尽くされていた。
鈍い銀色のソレは輝きながら、街を、世界を壊していく。
現実味がない戦争が目の前に迫り、現実の街が現実味のない世界に変貌していく。
その光景を目の当たりにし、街の人達は必死に逃げだした。
空に見える小さな銀は蝗の大群の様に蠢いて、それを見るとこの街は既に手遅れであると理解出来た。
それでも、街の人達にとって逃げる事しか出来なかった。
他の街の人と同じ様に、その街に住んでいた少女も母を連れ必死に逃げていた。
父親はいないし、そもそも彼女は父を見た事がない。
母に聞いてもロクデナシだったとしか言わなかった。
そんな家庭事情だったからだろうか、彼女と母親との仲は決して良い物ではなかった。
顔を合わせれば喧嘩するか無視し合うかで、罵り合う言葉以外での会話は高校生になってから一度も経験がなかった――。
それでも、彼女は母の手を引っ張って逃げているし、母も彼女の手を強く握り返していた。
もっと素直になっておけば良かった。
爆撃と閃光の中、正義、悪の組織の人達に誘導されながら彼女はそう思った。
母の足は非常に遅い。
それは自分を育てる為に頑張ったから体に無理が効かなったからだ。
そんな母は、自分を見捨てて逃げる様に言ってくる。
聞けるわけがなかった。
彼女は後悔から涙を流した。
どうしてこんな良い母親なのに、自分はずっとわがままを言って苦しめて来たのだろうか。
だが、ここでただ泣いているわけにはいかない。
皆に置いて行かれるという焦燥感の中、彼女は母の手を握り必死に前に向かった。
きっと何とかなる。
ヒーローの人達も、普段は悪ぶってる悪の組織の人達も、皆が協力して助けようとしてくれてるのだ。
きっと何とかなる。
そう思って彼女は空を見た。
丁度そこに、銀の一体が空より降臨した。
その銀の塊は美しい女性の形を象っていた。
それは女神様な美しさがあり、同時に人ならざるおぞましさを抱えていた。
そんな銀色の女性はそっと手をこちら側に向け――爆音を鳴らした。
まるで爆竹の様な連続した発砲音の後、救助の為に誘導していたヒーロー達が数人地面に伏せた。
……いや、伏せたのではなく……体に穴を空け、息絶えその場に倒れていた。
彼女はその光景により、それが連続して出る鉄砲の様な物だと他人事の様に理解した。
『早く逃げろ! 足止め位しか出来ない!』
どこからともなく十数人の黒スーツ姿の人達が現れ、死の女神に取りつきだした。
それは彼女が今まで雑魚だ雑魚だと馬鹿にしていた、この街に良く現れる悪の組織の下っ端達だった。
彼らは腕がもげようか足がもがれようが、それこそ命が絶えるまで自分の使命を果たし続けていた。
その自分の知らない彼らの雄姿に彼女は罪悪感に飲まれそうになった。
だが、そこで踏みとどまった。
握った手がそこにあったからだ。
少女はお礼も言わず、全力で走った。
母の腕が折れる勢いで、走り続けた。
せめて彼らの足を引っ張らない様に、せめて彼らが逃げられる様に、少女は一生懸命走った。
そんな後方から凄まじい戦争の音が響き続けた。
あの爆竹の様な後、強い輝き、巨大な爆発音……そして、悲鳴。
少女は走り続けた。
走り続けたのだが……それ以上に、戦いの余波は大きかった。
今までとは違う一際大きな爆音の後、丁度彼女のいる位置の真隣にあるビルが流れ弾により――爆発した。
ビル四階相当が唐突に砕け散り……そして瓦礫が降り注いでくる。
逃げる事は出来ない。
そう考えた少女は、せめて母だけでもと思い、母に覆いかぶさった。
これで何とかなるとは思えない。
それでも、彼女はそれ位しか出来る事が思いつかなかった。
この時彼女は確かに、母を心から愛していた。
だが……彼女の愛よりも、母の愛の方が大きかった。
それは弱り年老いた女性の力とは思えない力だった。
母は突然覆いかぶさっていた彼女をバーベルの如く持ち上げ、そして放り投げた。
瓦礫の範囲外に。
腕が軋み、背中に悲鳴を上げ、歯が欠けるほどの力。
自分の体を顧みないその力は、まさしく愛の奇跡だった。
そして、母は自らの娘を守り切った。
瓦礫の中に飲まれながら……。
彼女は母を見つける事が出来た。
瓦礫の山が降り注いでも、母は運が良く生き延びる事が出来ていた。
ただし、巨大な、人が動かせないほど大きな瓦礫の下敷きとなって。
彼女は必死に瓦礫を持ち上げようとした。
だが、瓦礫は一ミリたりとも持ちあがらない。
母は笑っていた。
笑いながら、自分を置いて先に進む様繰り返した。
赤い液体が母の潰れた瓦礫の下から少女の足に流れて来た。
それと同時に、母の様子が見るからに弱っていく。
それでも、母は笑顔のまま、先に行く繰り返した。
それしか母はしなかった。
行ける訳がなかった。
彼女には……力なき少女にはこの場で出来る事は何一つ残されていなかった。
ただ、両手を赤く染めながら持ち上がらない瓦礫を掴む事しか出来なかった。
何も出来ない。
彼女は自分の無力に打ちひしがれた。
だからこそ……祈らずにはいられなかった。
「誰か……助けて」
どうにもならないとわかっていながらも……いや、どうにもならないからこそ、少女はそう言葉にする事しか出来なかった。
「任せろ!」
突然、どこからかそんな声が聞こえた。
そしてその声と同時に、瓦礫はまるで発泡スチロールかの様に持ち上がった。
母の両足は見事なまでに潰れヒキガエルのようになっていた。
そんな母を、男性が両手で抱え込んだ。
「良く頑張ったね二人共。そして君、女性にこういう提案は良くないと思うけどさ……俺の背中に乗ってくれないか?」
そう男が申し訳なさそうに呟くのを聞き、彼女は背中から、今までの恐怖をぶつけるように震えながら背中にしがみ付いた。
「うん……本当に良く頑張ったね。もう少しだから。お母さんも、君も絶対に俺が助ける。だから……振り落とされない様にしっかりしがみ付いててね」
そう男が言った瞬間、地面が遠くなった。
まるでジェットコースターの様な挙動で男は走り回った。
ビルの壁を蹴って高く跳び、ビルからビルに飛び移り、ビルから落下してまた別のビルに飛び。
そんな凄まじい光景であっても、彼女は怖くなかった。
その背中が、とても頼りがいがあったからだ。
そして、彼女とその母は避難所シェルターに潜り込む事が出来、治療を受ける事が出来た。
一休みをして、ようやく救われたのだと理解した彼女は、ベッドで寝ている母の手を握り静かに涙を流した。
「……本当に良かったの?」
ファーフは隣にいる血まみれとなった赤羽にそう声をかけた。
「何がです?」
「ここに居て、私達のお手伝いをしてる事。クアンは心配じゃないの?」
そうクアンの姉的存在の猫耳の女性に言われ、赤羽は困った様な笑みを浮かべた。
「心配がないと言えば嘘になります」
「そりゃそうよね。私今あの人の傍から離れると考えるなんて死んでも嫌だもん」
そう言った後、ファーフは現在パソコンで何等かの作業をしている桐山の様子をちらりと見つめた。
「はは……でもまあ……信じていますから」
「ふーん。……色々あるんだね。っと、次の場所が決まったみたいね」
そうファーフは呟いた後、桐山の傍に走り寄った。
『赤羽さん。貴方が望む理想のヒーローは、こんな時どうしますか? ……行ってらっしゃい。こっちは私が頑張りますから』
そう言ってクアンは赤羽を基地から外の世界に送り出した。
赤羽がどうして正義の味方に固執しているか知っているからだ。
赤羽はその特異の肉体により、幼少時地獄を経験していた。
その間、赤羽はずっと誰かに助けて欲しいと願っていた。
テレビに出る様な、絵本にあるような、そんなヒーローがきっと来てくれる、助けてくれる。
ずっとそう思っていたが、赤羽の元には誰もこなかった。
赤羽は、誰にも助けて貰えなかった。
だからこそ、赤羽は決めていた。
誰かが助けを望んだ時、手を差し伸ばせるヒーローに、幼い自分を助けられるヒーローに自分がなるんだと――。
「赤羽さん。次は北に三十キロ行った場所が激戦区になりそうです。俺達は先に行って避難準備をしておきますので……」
「ああ。この辺りを少し掃除してからそっちに向かうよ」
桐山は赤羽の言葉に頷き、ファーフを助手席に乗せ車で移動を開始した。
「さて……早く合流する為に……終わらせるか」
赤羽は自分の右腕だけを狼男のソレに変質させ、ユキ特製の大口径ハンドガンを握り青空に向け打ち放った。
空を取り返す為に。
ありがとうございました。