コイオス
そのテレビに映された白髪の男性は、まるで芸能人の様だった。
それは高身長痩せ型のマッチョでありつつ、顔立ちはインテリそうなといういかにもテレビ受けしそうな外国人的外見というだけではなく、全く緊張した様子を見せず常に堂々としているのもその理由の一つである。
普通テレビに映っていると大なり小なり緊張するものなのだが、男にはそれが一切なかった。
その男性は優しく微笑み、そしてそっと口を開いた。
「始めまして。私の名前は――いえ、失礼しました。名前などどうでも良い事でしたね。では……コイオスと名乗りましょう。まず、伝えたい事がありこの様な形を取らざるを得なかった事に対し謝罪を。そして、あらかじめ申しておきましょう。これから荒唐無稽な話をしてしまいますが、妄言や妄想の類ではなく、私はいたって正気なままです。まあ、半ば外れている自覚はありますが」
そう言ってその男、コイオスは苦笑いを浮かべ、やたら高そうなソファから立ち上がった。
「皆様は宇宙人やUFOといった存在を信じますか? そう尋ねると、きっと頭のおかしい人を見る様な目で私を見るでしょう。ですが、良く考えてください。超能力者がいて、人造生命体がいて、アンドロイドがいて知性あるロボットがいて、それこそモンスターの様な存在すらいるのに、どうして宇宙人はいないと断言してしまえるのしょうか」
本来ならば、それらひっくるめて存在しえないはずである。
だが、怪人はいる。
正義の味方もいる。
超能力で戦う秘密結社も存在する。
それでも、宇宙人の存在を信じている一般人は一人たりともいなかった。
「ですが、現実はいてしまうのです」
コイオスは白黒ではあるが、地上を攻撃するUFOが映った鮮明な写真が張られたフリップを、画面に映るよう立てて見せた。
「侵略者はいました。ではなぜ皆がそれを知らないのか。人類は滅びかかった事があるというのに! その理由は単純です。宇宙からの侵略者に対し、力ある者が我々を、今日までずっと守ってくれていたからです。私はそんな彼らに深い感謝とその献身に感動を覚えます。……だからこそ、私はこのような事が許せない」
コイオスは悲しそうな顔をしながらUFOの描かれたフリップを倒し、次のフリップを立てた。
そこには、一人の男性らしき物が映っていた。
なぜらしきなのかと言えば、人としてのパーツが辛うじて揃っているという位しかわからない状態だったからだ。
絶望の表情を浮かべながら、全身輪切りにされ細かくされた、人だったと思われる何か。
それは凄惨と呼ぶ他ないほどの酷い、本来なら絶対にテレビに出せない様なショッキングな映像だった。
「これはいつの事だと思いますか? ……これは昨日の事です。正義の味方である彼を、愚かな屑共は金儲けに使えそうなんて利己的でかつ下らない目的の為に、平和の礎である彼を実験材料にし、挙句に尊厳を一切吐き捨てる様な凄惨たる死を与えました。これは彼だけの問題ではありません。今でも多くの正義の、悪の組織の一員が拉致されて同様な目にあっています。愚か者共は誰かこの世界を守って来たのか知りもせず、この様な事を平然と行います」
コイオスはフリップを倒し、写真をそっと隠した。
「……ですから、私は望むのです。平和の為に今日まで立ち向かって来た、その力ある彼らが……二度と虐げられる事のない社会を――いえ、世界を望みます。その為、私は国家という枠組みを超えて、世界を変えます。力ある者が不当に差別されず、優秀な者は誰であれ力を発揮出来、民を導く事が出来る世界。国という境界を越えて皆が一丸となれるその様な世界を!」
そう言った後コイオスは椅子に座り直した。
まるで自分の権力を見せつけるかの様に。
「そして、その為の頂点となる支配者の席はここで、私が座っている場所です。ですが……極論を言えば、ここに座るのは力ある者であるなら誰でも良いのです。私の作る世界はどう綺麗事を言っても弱肉強食の世界ですからね。むしろ、より力ある者がより良き世界を提案しここに座って下さるのなら、私は喜んでこの席を譲り渡しましょう。……とはいえ、あくまで私に勝てるのでしたらですが」
その言葉の後、映像は切り替わった。
そこには大量の、それこそ千の数では足りないほどの女性型機械人形群がずらっと整列をしていた。
ARバレットの物とはどう見ても質が違い、色が銀色な事を除けば人に限りなく近いその人形達は、全員が何らかの兵器を持って武装していた。
「綺麗事を言うつもりはありません。私のする事で多くの痛みが生まれ決して軽くない血が流れるでしょう。それを尊い犠牲などと言うつもりもありません。ですが、私が立たなければ次に流れる血も、また力ある者の血なのです。ですから……私はこの世界を正しい形に導かせて頂きます」
そうコイオスが言葉にし決意ある瞳を見せると同時に画面は黒く塗りつぶされた。
そして数秒の静寂の後、どうでも良い下らないバラエティ番組がテレビから放送された。
唐突なテレビ放送。
しかも内容は本当の意味での世界征服宣言。
ただ、それを見たARバレット全体としての感想は……どうでも良い、ただそれだけだった。
能力者の犠牲を減らす?
自分が世界を統一する?
二度と虐げられない?
それは立派な事だ。
好きにすれば良い。
だが、そんな事よりも、もっと重要な事があるだろう。
誰がARバレットに洗脳装置を使い、テイルを殺そうとしたかだ。
もし、今回洗脳ならびに襲撃をかけてきたのがこいつの差し金なら、ARバレットは絶対にこの男を許さない。
テイルは復讐を毛嫌いはする。
忌避感を持っているとさえ言っても良い。
それでも、敵に対して容赦をする様な甘い性格では決してなかった。。
とは言え、怒りを覚えるのは少々ばかり気が早いとも言える。
同時期に起きただけで無関係の可能性もあり、またここまで大事を行ったのなら例え口だけだったとしてもKOHO等ARバレットよりも上の組織が動くのだから何かする前に潰れる可能性も十分にあり得る。
いや、それ以前にここまで堂々と挑発されたなら世界中の軍隊が動いて集中砲火という可能性すら残っている。
それでも、結論を言えば感想はどうでも良いだった。
重要なのはただ一点、コイオスがARバレットの襲撃に対する主導者かどうか。
それだけである。
「ユキ」
テイルのその言葉だけでユキは言いたい事を理解し頷き、肉まんを一つ手に取り立ち上がった。
「誰か一人手伝いが欲しいわ」
「わかった。ヴォーダン。ユキの調査手伝いを頼む」
ヴォーダンも同じ様に頷き、肉まんを一つ手に取りユキと共にコンピューター室に向かった。
「ヴァルセトは……うん。もういないな。流石というか何と言うか……」
ついでとばかりに大量の肉まんを確保して去っているヴァルセトに対しテイルは苦笑いを浮かべた。
一番大切な人達を守りに行きなさい。
そう命令するつもりだったのだが、既に向かっているらしい。
大量にいる一番大切な人達の元に……。
「雅人は帰れというか家庭のある奴は皆帰れ。アドリブ聞かせつつ自宅待機を心掛けてくれ。クアン、フューリーを筆頭に帰る場所がここの奴は基地の修理を頼む。フューリー。修理のまとめ役を頼む。当たり前の話だが、全部手作業で治せという意味ではないぞ? 修理業者の手配と掃除が仕事だ。金に糸目は付けないから速度重視で頼む」
「あいよ。クアンの彼氏君はどうする?」
フューリーがそう尋ねると赤羽は少し考え、そして答えた。
「俺も一旦帰ります。それで様子を見てあっちが何ともなければこっちの手伝いに」
「あいよ。行ってら」
その言葉に頷いた後、赤羽はクアンに微笑まれ手を振られながら外に出ていった。
「あの……私は……」
ラナがおずおずとそう尋ねると、テイルは戦闘員の一人で十和子にちらっと目配せをする。
それに十和子は頷き、ラナに優しく微笑みかけた。
「私と一緒にお手伝いしてもらえるかしら?」
黒髪ロングで和服美人というラナに良く似た十和子がそう尋ねると、ラナは少し考えた後で頷き、十和子について行った。
テイルは基地復興に皆が動き出したのを確認するとファントムに目配せを送った。
「さて、俺達も行くぞファントム。復讐は駄目な事だ。正しく、報復でければ意味がない。復讐の連鎖を俺は何よりも憎む。だが――」
「落とし前は付けさせる。ですよね?」
セリフをファントムに取られたテイルは苦笑いを浮かべながら頷き、情報収集の為基地を後にした。
コイオスという男と現在の情勢についての情報は僅か数日で集められた。
というのも、予想以上の大事に発展していたから情報はどこにも溢れかえっていたからだ。
そして結論を言うならば、ネームレスシティに洗脳装置を落とし、明確な殺意を持ってテイルを殺害しようとしたのはテレビに映るコイオスであると断定する事が出来た。
ただ……情勢という意味で言えばもうそれどころではない事になっており、KOHOは当然として、全世界がコイオスというたった一人の男に翻弄されている様な事態となっていた。
まず、コイオスの現在地なのだが……遥か上空にある謎の浮遊大陸、そこにコイオスは。
例えで言えばラピ〇タ……というよりはム〇大陸、それか海上都市ルル〇エ、その様な異質な物であり、更に言えば前日までその姿を確認出来ていない為突然、大陸が一つ姿を現したという形である。
世界中がパニックになるのは当然の話だった。
しかも、困った事にこの頭の可笑しな空中巨大大陸は、武力による脅迫を用いて正式なる国家として認定されてしまっていた。
小さな島国なら三つ四つ入りそうな巨大な面積に加えて、国民の数はおよそ八千万の武力国家。
『解放同盟国家ルティア』
それがその巨大大陸の正式名である。
そこに在する民はコイオスを覗き、全てが機械人形で構成されている正真正銘紛い物の国家なのだが、それでも正式に認定されてしまった事に変わりはなかった。
「はい。というわけで、流れで言えば、電波妨害を世界規模で行い、その隙にこの国を除く多数の大国を同時に武力で脅迫。国家認定を受け、あの放送を行ったと。……うん、詰みですねこれは。正直見事としか言えないわ」
ユキは苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「誰にとって詰みなんだ?」
テイルの質問にユキは、困った顔を浮かべながらアルファベット四文字をホワイトボードに書き記した。
『KOHO』
活動KOHO部隊。
表向けは正義と悪の関係を取り締まり、纏め、テレビ放送をする組織であるが、その実情は宇宙人の侵略に対抗する為の力を管理するどの国家にも属さない地球防衛組織である。
「ふむ。詰みの理由は?」
「はいはい。端的に、要所要所をばっさりカットすると一行で済むわ」
『正義、悪共に、外国に対して武力を用いる事を禁ずる』
そうユキは書き記した。
「正式に国家として認定されてしまったという事は、ほとんどの正義、悪の組織は敵対行動取れないのよねー。KOHOはどの国家にも属さない代わりにどの国家にも敵対しないという憲章があるから。んで、仮に動けたとしても少数精鋭になるし……外国に行くと誰であれ大体弱体化するじゃん? んで相手は数千万のメカ軍団。うん、これは詰みね」
コイオスの目的は『世界を征服する事』ではない。
むしろ『世界を良くする』為に『世界を征服する』という手段を選んだに過ぎなかった。
だからこそ、コイオスはどの国家も決して蔑ろにはしていない。
むしろ、誰も蔑ろにされない世界の為に立ち上がったという見方をする事も出来ていた。
「んで、ユキの想定するこの後の流れは?」
「そうね。KOHOが関与出来ない立場を得た状態となって……次はこの国以外の全ての国家を侵略して支配下に置き、世界を支配下に置いた後でこの国に対して武力進行。そして国家統一の果てに国家を超えた強い立場の組織を形成、KOHOを傘下に置き彼の言う『力ある者』の保護を行う。って所かしらね」
あくまで仮設ではあるが、コイオスの気持ちが若干程度だが理解出来るユキはそんな仮説を立てた。
「……なるほど。確かに詰みだな。つーかこれ……世界革命って事か」
「そうね。しかもKOHOという最大勢力を止める事に成功している為もう七割方成功していると言っても良いわ」
「……ガイアの保護による脱却。……親離れ、というよりは乱暴で、反抗期みたいなもんかもな」
「そうかもね。乱暴という意味だけじゃなくて、子供として必要な行動という意味で考えても、反抗期に近いわ」
常にガイアに保護されてきた人類、それに加えて人類同士の足の引っ張り合い。
それを何とかする必要があると考えるならば、コイオスの行動は決して間違いではないだろう。
だからこそ、それを見守るのも決して間違った行動ではない。
それがユキの出した結論だった――ARバレットという存在を一切考慮しなければ。
「まあ正しいとか正しくないとかそれは置いておこう。そんな大層な事俺にはわからん。ユキ。率直な感想を聞かせてくれ。コイオスという人物は俺達が報復に値する人物か?」
「……そうねぇ。報復という意味で言えばとても微妙なラインね。悪人ではないけど、ここで動かないと多くの、それこそ億単位の人の血が流れるでしょうし」
コイオスは綺麗事で言葉を飾ってはいるが、結局のところ言いたい事は能力の高き者への優遇政策である。
力ある者が世界を守り通しているのに誰にも知られず気づかれず、挙句の果てに無知なる者達から人体実験にされるという愚か極まりない事態を何とかしたい。
だから、コイオスの言いたい事はこうだ。
『次は貴様ら無力なお前らが犠牲になれ』
世界革命、新組織の設立、優秀なる者の保護を含めた優遇制度。
確かに世界的に健全になるだろうし侵略者への備えも今以上に行う事が出来るだろう。
だが、それは結局の所民達の血を供物にしての結果でしかない。
大きく物事を変えるという事は必ずどこかで歪が出て、その分誰かが傷を負う。
それを減らしつつ少しでも寄り寄り社会を目指している今の人達から見れば、コイオスの行動は間違いなく今の世界への冒涜だと言えた。
「ユキはどう思う? 優れた存在が苦しむ事を拒絶する。それは決して他人事ではないだろ?」
「……そね。私はコイオスの理想を、確かに理解出来るし共感できる部分もある。そして、その上で……答えはこうよ」
そう言ってユキは自分の親指を自分に向け、首を斬る様な仕草をして見せた。
「私はテイルみたいに難しく考えない。私の居場所であるARバレットを、私の一番大切な人を傷つけた。それだけで万死に値するわ」
「……そか。俺は……正直わからん。コイオスの気持ちもわかる。だがそれでもこのやり方は違う様な気がする。だからといって代案も出せない。だから本当にわからない。ついでに言えばさ、どうして俺は殺されかけたんだ?」
「それについては動機も理由もわからないわ。あの洗脳装置をコイオスが自らの意思で用意して設置したという事実しかわからない。しかも、洗脳装置を使ったのは私達にのみで他に使った痕跡は一切ないわ。本当に意味がわからないわ」
「……ん。考えてもわからないな。ただ……再度攻撃される可能性はあるよな?」
「うん。あっちから何の反応もないし既に敵対していると思って良いかもね」
「そうか。なら……」
そうテイルが言うと、ユキはテイルの方にタバコを差し出した。
テイルはそれを一本掴み口に加えると、ユキはライターを差し出し火をつけた。
「……ふぅー。ユキ、タバコ吸ったっけ?」
「吸わないわ。死んでも吸わない。ぶっちゃけテイルにも吸って欲しくない。でも、いるんでしょ、これが」
「……そうだな」
そう言ってテイルは遠くを見つめた。
それは、テイルにとって日常から非日常に意識を切り替えるスイッチの様なものだった。
「というわけで、どう動く? 最悪KOHOを敵に回す事になるけど」
タバコを吸い終わった後、抜き身の刀みたいな雰囲気を持ちテイルはそう尋ねた。
「ふふ。こんな事もあろうかと用意しておいたわ。ま、何事にも例外はあるという事ね」
そう言いながらユキは一枚の封筒をテイルに手渡した。
そこの上部には、こう書かれていた。
『解放同盟国家ルティアへの攻撃容認権』
送り主は、本来外国に攻撃出来ないはずのKOHOである。
「……どうやった?」
「あっちが先に手を出した。KOHOが仲介出来ない。そして相手側も勝てる自信があるなら来いとまで行っている。だから実現出来たわ。結構無茶したけどね。一応条件として無関係な人を巻き込まないというのがあるんだけど……相手全国民戦闘用ロボだから無関係な人いないし無条件に近いわね」
「……オーライ。やる事は決まったな」
「ほほー。Dr.テイル。どの様な作戦を行うつもりでしょうか?」
「あん? 少人数で、まっすぐ行ってぶっ飛ばす。それだけで良いだろ」
そう言ってテイルが軽く手を上げると、ユキは笑いながらその手を叩き、パンと小気味よい音を立てハイタッチをしてみせた。
ありがとうございました。