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これはただの始まりに過ぎず――後編


 メールを受信する音が聞こえ、テイルはスマホを即座に手に取った。

「……しばらく守ってくれ」

 そして文章を読んだ後そう言葉にすると、クアンはテイルの周囲に水のバリアを張り、ヴォーダンが銀のメカ群に突撃した。

 ファントムもまた、よくわからない何かに乗っ取られそうになりながらヴォーダンの援護に向かった。


「……わりぃ。俺が戦えたら良いんだが……」

 ヴァルセトに庇われている雅人は申し訳なさそうにぽつりと呟いた。

 法的に戦う事が出来ないだけでなく、ここで戦えば基地に全員を生き埋めにしかねない為、雅人は何も出来ずにいた。

「別にいっすよ。まあ大切な兄さんですから守るの当然だしー。……出来たらおにゃのこちゃん守りたいけど」

「はっ。お前は本当いつも通りだな」

「当然っしょ?」

 そう言ってヴァルセトは作り笑いを浮かべ、飛来してくる銀の弾丸を、文字通り身を削りながら打ち落としていった。


 ほぼ没同然で使い道が限られた上、修復費用が異様にかさむという理由で廃棄寸前であった二足歩行メカ集団。

 相手はそのメカ集団のはずなのに、その戦闘力は拮抗どころかヴォーダン達に不利な戦いを強いている。

 塹壕を掘り、進軍し、連携を取っている事を踏まえたとしてもそれはあり得ない事だった。

 メカ群の戦闘力を表すならギリギリBプラスというのが精々であり、それが幾ら重なったところでoAプラスであるヴォーダン一人にも勝てるわけがない。

 だが、現実はそうはなっていなかった。


 メカ群から放たれる弾幕とすら言える規模の無数の銃撃は全てが一撃必殺に等しい威力を持ち、逆にこちらの攻撃は洗脳されかかり本来の実力が出せないとは言え鋼さえもバターの様に切り裂くファントムの鞭も、メカ相手には弱点であるはずのヴォーダンの電撃も、ダメージらしいダメージを与えていない。


 それこそが、第一怪人フューリーの能力であり、また能力以外の強さでもあった。

 逆に言えば、フューリーはその能力を十全に発揮しテイルに牙をむいたという事だった。


「……ま、だからと言ってあいつが裏切る可能性は零だから洗脳に間違いないがね」

 そう呟きながらテイルはスマホを見た。

 そこに記されたのは『xg7a』という記号のみだが、それだけで十分だった。


 テイルはユキに事前に渡されていた銀色の物体を取り出す。

 それはどこからどう見ても番号入力式の錠前にしか見えなかった。


 しかも今のタッチボタン式や指紋認証といったハイテクな物ではなく、、数字を主動でくるくる回すダイヤル式の古いタイプの錠前である。

 U字の鍵部分のついた、小さなダイヤル式錠前。

 失くしてしまえば他の錠前と見分けがつかなくなるこれこそが、切り札だと言われてユキから渡されたものだった。


 これが何かわからない。

 どうしてこんな非効率的な形をして非効率にパスワードを求めているのかもわからない。

 ただ、一つだけ分かる事は、ユキは無駄な事をしないからこれには大きな意味があるという事だけだ。

 それだけわかっていれば十分だった。


「……ダイヤルでアルファベット揃えるのめっちゃしんどい……」

 えらく細かいダイヤルをくるくると頑張って数字、記号を変えていき、五分ほど錠前と格闘した上で、メールで送られた物と同じにする事が出来た。

 その時点でファントム、ヴォーダンは見るからにボロボロとなり、素人目から見ても戦況は追い詰められているとわかるほどになっていた。


「即効性のある効果であってくれよ……」

 どれだけ粘っても後十分は持ちこたえられないと見たテイルは、祈る気持ちで錠前の鍵を開放した。




 別に音があったわけでもなければ何か変かがあったわけでもない。

 ただ、テイルが錠前を開いた瞬間に、銀のメカは動きを止めた。

 それだけでなく、テイル以外の全員が目を丸くし茫然とした様子をしている。


 何となくだが、その様子にテイルは心当たりがあった。


「……ま、とりあえず先にすべき事をしないとな。ヴォーダン――止めろ」

 テイルがそう発した瞬間、ヴォーダンは混乱した状態でありつつも成すべき事を理解し――こめかみに銃を当てるフューリーの動きを遮った。

「気持ちはわかります。俺だってもし同じ事になればきっと自害しないと気がすまないでしょう。ですが……それを認める事は出来ないです」

「……………………」

 フューリーは何も言葉にしなかった。

 ただ、抵抗するのは止めて拳銃を地面に置き、火のついてないタバコを口に加えた。

「……火を付けましょうか?」

 ヴォーダンがそう尋ねるとフューリーは首を横に振った。

「いいや。ここを灰で汚す気はない。ただ……落ち着かないんだ」

 フューリーのその言葉は軽口に近い物だったが、それでもどうしようもないほどに辛そうだった。




『もしもし。そっちは無事?』

 ユキからの電話を受け、テイルは見えているわけがないのについ首を動かしその言葉に肯定していた。

「ああ。何とかな」

『何があったの?』

「フューリーが洗脳されて襲って来た」

『その程度?』

 第一怪人という事位しか知らないユキはそう言葉にし、続いてのテイルの返事に絶句した。


「基地は半壊、ヴォーダン、ファントムはあと数分遅ければ全滅してた」

『……何それ聞いてないんだけど。oAクラス以上はヴォーダン生まれるまではいなかったんじゃない?』

「第一第二の二人は戦闘力は大した事ないんだがな、ルール無用だとやばいんだよ」

『……誰も死んでないわよね? それなら良いわ』

「わからんが……まあたぶん大丈夫だ。ヴォーダンが誰かが死んだ気配はなかったと言っていたからだ」

『本当便利になったわねヴォーダン。んじゃ、被害報告は終えて今後について話すんだけど……その前に良いかしら?』

「ああ。どうした?」

『良いニュースと悪いニュースがあります。どっちから聞きたい?』

 その言葉にテイルは溜息を吐いた。

「……嫌な予感しかしないな。じゃ、悪い方から頼む」

『ネームレスシティ全域で洗脳解除装置を作動させました。ごめんね? という訳で周囲にいる全員が唐突にガイア様からの洗脳が解け違和感に打ちひしがれております』

「……おおう。KOHO謝罪案件じゃねーか。だが、必要だったんだろ?」

『うん。ぶっちゃけ私も洗脳されてたからやばかった』

「ならそれも良いニュースと言って良いな。じゃあもう一個の良いニュースは?」

『洗脳解除装置は調子良く起動を続けているって事ね。しばらくは洗脳の心配がないって事に加えて、解除装置のおかげで洗脳電波飛ばしている機械が判明しているわ。というわけでその装置ぶち壊してからそっち行くわ』

「わかった。やばそうだったり無理そうだったら早めに連絡入れてくれ」

『了解』

 それだけ答えた後にユキが通話を切った事を確認し、テイルはスマホをポケットにしまった。


「さてと……フューリー。言いたくないだろうが状況説明を頼む」

 テイルがそう尋ねると、フューリーは頷き火のついていないタバコを口から放し手に持った。

「ああ。と言っても、悪いが俺自身何もわからないんだ。ただ……これは俺の意思ではない。それだけは――」

「わかってるわいんな事言わんでも。疑っている奴なんて誰もおらん」

「……信頼されている事は嬉しいが、今はその信頼が痛いな。ああ……本当に痛い」

「まあ気にするな。ただし出来るだけ基地の修理は手伝ってくれ。うん。いやまじで」

「それは当然だ。それで、何があったかだな?」

「ああ。説明を頼む。どうしてお前が洗脳されたのかを」

「……ハカセから何かあったらしきメールが来ただろ? それに何やらきな臭い物を感じて、それでこの街に入ったら……」

「そうか。洗脳されていた時の事はどの位覚えている?」

「基本的には闇の中にいる様な感覚だった。ただ、入り口のロックを外した時、メカを支配下に置いた時、それと敵対した相手を殺す時など、俺の知識が活用される時は意識は戻ってた。意識しか戻ってないから何も出来なかったが。……すまんがそれ位しかわからん。俺自身正直今も混乱している」

「そうか。しばらくはゆっくりしてくれ。次は……越朗君! ちょっと良いかい?」

 洗脳解除の影響で絶賛混乱中の赤羽はテイルの方にてくてくと首を傾げながら歩いてきた。

「あの……何か頭がすっきりしたと同時に自分が酷く異質な存在に思えてきたのですがこれって……」

「錯覚だから気にするな。それで、クアンはどうなってる? まだ死の気配がするか?」

 赤羽は少し考え込み、そしてぱーっと笑顔になり首を横に振った。

「いえ。もう大丈夫そうです! いえ、俺の勘だけなのでまだわかりませんが、少なくともさっきまでのやばいって感じはないです」

「そうか。乗り切ったか」

 その言葉と同時にテイルは安堵の息を吐いた。


 まだ何一つ事態が判明していない。

 誰が、どうして、何の目的でこの様な事をしでかしたのかわからない。

 だが、それだとしても、あの厄災の夢を乗り切る事は出来たらしい。

 それはテイルにとって大いなる一歩だった。




「ただいまー。何かわかったー?」

 ユキが元気良く戻ってくるとテイルは難しい顔を浮かべた。

「とりあえず。ラナ。さっきのもう一度」

 そうテイルが言うと、ラナはぷるぷる震えて泣きそうな顔をしていた。

 それは悲しくてというよりも、恥ずかしくて消え入りそうな顔だった。

「……これで全部終わりました。お疲れ様です……」

「ほら。それだけじゃなかっただろ。その続きは?」

「……み、皆さんはゆっくり休んでいて下さい……」

「みたいな事をきりっとしながら言ってきた」

 テイルがそう言うとラナは真っ赤な顔を手で隠した。

 その様子とラナの言葉で、ユキもテイルの言いたい事を理解した。


「ああうん。まだ終わってないのね」

「俺達の危機はもう過ぎ去ったらしい。ただ、ラナ的には終わってない様だぞ。うん、隠していたつもりらしいが」

「え!? あれで隠していたつもりだったの?」

 ユキの真顔での驚愕にラナは顔を隠したままでもわかるほど赤面し、更に耳まで真っ赤にした。


「とまあ虐めるのはこの位にして……ユキ。この後どう動く?」

 テイルの言葉にユキはごとりと何かの道具を地面に置いた。

「これが洗脳装置ね。ぶっちゃけ構造わからないし……たぶん分解(バラ)しても私には理解出来ないし作れない。それ位凄い物よ」

「ふむふむ」

「特定の相手のみを洗脳し、目的を与えるという構造といい単純な性能といい本当に凄いわ。作った人は超一流の天才であり努力家ねきっと。私が全力で装置開発に意気込んでも、あと数年はかかるわ」

 納得した様に呟きうんうんと頷くユキ。

「なるほどね。それで、次はどう動くんだ?」

 その瞬間、ユキは装置に向けて親指を下に向け、あまりよろしくないハンドサインを出した。

「作った奴に地獄を見せる。よりにもよって怪人を、そして私を使ってテイルを殺させようとしたんだからそれ相応の報いは与えないとね。こんな奴がいると思うとゆっくり安眠出来ないし」

 その言葉にテイルは笑みを浮かべた。

 ただし、その雰囲気は何時もの優しい物ではなく、まるで修羅の様な雰囲気を醸し出していた。


「そうかそうか。じゃあアレだ。せっかくだしフューリーにも手伝ってもらおう。俺を殺そうとしたからって事で自殺しそうなほど後悔して落ち込んでいるからな。ファントム。悪いけどフューリー呼んでくれるかい? 仕事の時間だって言ってくれたら良いから」

「はい。……ああ。僕も怒ってますからね?」

「わかってるさ。どうせ参加自由のお祭りになる。好きにしろ」

 その言葉にファントムはにっこりと、テイルと同じ様な笑みを浮かべ姿を消した。


「……さて、ラナ。誰が動いているか言える?」

 ニコニコしながらテイルがそう尋ね、同じ様な表情でユキもくるっとラナの方を向いた。

「ひ、ひぃっ!?」

 二人共同じ様に笑っているからこそ、その表情が何よりも恐ろしかった。

「……怯えなくても大丈夫。何もしないから。それで、何か言える事があれば教えて欲しいんだけど」

「ご、ごめんない! まだ何も言えません!」

 気圧された様にラナがそう呟くと二人はにこやかなまま頷いた。

「良いのよ。役割があるのは仕方ないから」

「そうそう。気にするなよ」


 そんな二人に、雅人がぽつりと呟いた。

「娘が怯えているんだ。クールダウンしとけ」

 たったその一言で、二人の恐ろしかった笑顔はなくなり、何時もの優し気な微笑みに戻った。

「あーうん……悪かったラナ。ちょっと怒りに我を忘れてた」

「私も。ごめんねラナ。……相談と休憩を兼ねてお茶でも飲みましょうか」

「……それもだが何か腹減ったな。ついでに軽食でも作ろう」

「じゃあ私手伝うわ。とりあえず無事そうな部屋と台所探しましょう」

 そう言って二人はどこかに移動を開始した。


「怖かった……。いつも優しい方々ですから……本当に怖かったです……」

 ラナがそう言うと雅人はラナの頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「普段優しいから怖いんだよ。あれだ。家族を守るライオンみたいなもんだ」

「…………私が酷い目に遭っても、あんなに怒るのでしょうか?」

「当然だ。というかあの二人身内判定がばがばだからな」

 そう言って雅人は苦笑いを浮かべた。


「……それはちょっと……困りますね」

 そう言葉にするラナだがその顔には全く困った様子はなく、えへへとにこやかに笑っていた。




 ストレスが溜まると普段しない事をしたくなるという人種は確かに存在する。

 そして、テイルはそのタイプだった。

 同時に、ラナを怯えさせたという罪悪感をも覚えていた為、そのストレスと罪悪感を解消する為、テイルは料理にその持て余した感情を叩きつける事にした。

 本来ならそれを窘めるユキなのだが……さっきまでと違ってイキイキと楽しそうにしている為、そんなテイルを止める事はユキには出来るわけがなかった。

 というよりも、悪乗りして積極的に手を貸していた。

 そして出来上がったのが……。


「なして肉まん?」

 雅人はテーブル中央に置かれた文字通り山となっている肉まんを見てぽつりと呟いた。

「肉まんは嫌いか? ピザまんとあんまんもあるぞ? あとユキの作った角煮まんも」

「……いや、嫌いじゃないが……多くね?」

「興が乗ってしまってな。まあ適当に食べてくれ。残ったら蒸し直して夜食にでもするから」

 その言葉に反応し、怪人と戦闘員達皆は一斉に皿の上にある肉まんを手に取った。

 それでも、その山は一向に減った様子を見せなかった。


「……流石にちょっと作りすぎたか。ラナも遠慮せず好きな物を食べてくれよ」

 テイルがさっきの罪悪感を覚え少し不安げにそう尋ねると、ラナはあんまんを両手で抱え夢中になって食べながら頷いた。

 それを見てテイルは満足そうに微笑んだ。


「……さて。俺も食うか」

 そう言ってテイルが手を伸ばした瞬間――突如ブンっと電源の入る音が聞こえテレビに映像が映し出された。

「ああすいません。テレビの電源つけっぱなしでしたね」

 そう言ってクアンが申し訳なさそうに消そうとするが――。

「待ってクアン」

 ユキの言葉にクアンは伸ばした手を止めた。


「……クアン。ちょっとチャンネル変えてくれる?」

 その言葉に首を傾げながら頷き、クアンは適当にチャンネルを変えてみた。

 どの局を選択しても、映し出された映像に変化はなかった。


「あれ? 壊れた?」

 そう言いながらクアンは何度もチャンネルを変えるが移される映像に変化は見られない。


 背の高い白髪の若い男性が微笑を浮かべ、高級そうなソファに座っている映像。

 その映像しか映されていなかった。


ありがとうございました。

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