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これはただの始まりに過ぎず――前編


 それは、何の前触れもなく始まった。

「ハカセ―。ちょっと良いですかー?」

 公園ぽい施設の改造がタワーディフェンスっぽくて楽しくなってきたテイルの元にクアンと赤羽が訪れた。

「おー。どしたー?」

「すいませーん。何かテレビが映らなくってー」

「んー壊れたかなー。どこのテレビだ?」

「全部です」

「……は?」

「基地内全部のテレビがどうも映りが悪くて私の方に相談が……」

 そんなクアンの困った言葉を聞き、テイルは慌ててスマホを確認した。

「……電波はあるし……普通に動くな」

 その後テイルはスマホからテレビ映像を映そうとして、何も画面に映し出されない事を確認した。

「……テレビの電波だけ障害が……。……ああいや、電波自体少々怪しいな。一応繋がってはいるが……何だこれ」

「わかりませんが……直せませんか?」

「いやー電波障害はどうしようもないな。だがこれ大事じゃないか? ちょっとどこかに尋ねてみ――」

 そんなテイルの言葉を遮り、基地内全域にけたたましいサイレンの音が響き赤いランプが点滅した。


『非正規の――襲来。……は――』

 報告はそれ以外聞き取れず、以降は全てノイズになっていた。

 それで何となく、電波障害の理由をテイルは察した。

「……ああもうそういう事かよ! ヴォーダン。俺を守れ。クアンと赤羽はファントム、ヴァルセトと共にここに待機だ! 他に来た奴も全員ここに収容しておけ!」

 テイルはそう命じて全力で走り出した。



 ヴォーダンはテイルがどこに向かおうとしているのか察し、テイルを腕だけで抱えペースを上げた。

「舌を噛まない様気をつけてください」

「ああすまんな。ところで……襲撃の様子は何かわからないか?」

 そう言われヴォーダンは入り口付近に意識を集中させた。

「……レーダーはジャミングを受けているのか使用出来ません」

「そうか。やっぱり無理か」

「ですが気配で襲撃者の様子はわかります。一人か二人か。襲撃自体は少人数ですがそれに操作されるロボットの様な何かが大勢いてそれらに侵略を受けていますね。とは言え戦闘員の方が頑張ってくれているのでまだ入り口付近で押しとどめているみたいです」

「……ああうん。そうか。お前あの母から教えを受けていたな。……やっぱり人間の可能性ってすげぇわ」

 テイルはこんな状況でも頼もしいヴォーダンに驚きつつそう呟いた。


 目的の場所であるコンピューター室に到着するとヴォーダンはテイルを下ろし、テイルは慌てた様子で部屋の奥に走った。

 コンピューター室の奥にある扉からのみ入れる露出した機械とランプ塗れの部屋。

 その部屋は部屋全体で一つのコンピューターとなっており、同時にテイルとユキがアクセスした場合のみ拠点のメインコンピューターと同等の権限を持つ事が出来る様になっていた。


「……とりあえず通信と防壁網をスタンドアロンにして……念の為発電施設も独立稼働させて……避難ゲートは常時解放して……」

 そう言った後マイクを取り、テイルは通信室に連絡を入れた。

「今通信を回復させた! 誰かいるか!?」

『は、はい! こちら第三通信ルームです』

 テイルの声に反応し、若い構成員の声がスピーカーに響いた。

「よし。簡潔に状況を説明しろ」

『は、はい。機械軍団の侵略者。しかもあれARバレット(ウチ)製の奴です』

「入り口は壊されたのか?」

『いえ! 誰も何もしていないのに勝手に開きました!』

「……つー頃はハックされたか。他には?」

『何だかロボがやけに強くて……あんな高性能でしたっけ?』

 ARバレットの所有している戦闘メカを作ったのは一年以上前の話でユキが製作に関わっていない。

 作ったは良いもの戦闘力は大した事がなく、その上修理代がえらく高く付くという事で使わず放置していた。

 その為、本来のスペックであるなら脅威である訳がなかった。


「……リミッターでも解除したのか。それとも某メカアニメよろしくその場でアップデートでもしたのか。まあ俺にはわからん。それで敵はどこを目指して進んでいる?」

『はい! 現在散開して一階相当を隈なく探索中です。二階の階段は何故かスルーし一階を重点的に探索、並びに制圧しています』

「……オッケーわかった。悪いがまだ逃げていない一階担当、二階担当に撤退命令を頼む。それが終わればお前も逃げろ」

『了解です。お気をつけて!』

 その声を聴いてからテイルはマイクを戻し、ヴォーダンの方を見た。


「ハカセ。次はどこに」

「環境地区……もう公園で良いか。公園に頼む。集まって迎え撃とう」

「わかりました」

 それだけ答えヴォーダンは行きと同じ様にテイルを抱え公園目指して走り抜けた。




 何時もの戦いと違い、今回は正義やら悪やらは何も関係がない。

 それ以前に、夢での知識だが放置すれば確実な死が待っている。

 であるならば、テイルも遠慮も容赦も、テレビ配慮もするつもりはなかった。


「……ハカセ。これ幾つあるんです?」

 隠れていたタレットが一斉に起動した様子を見てクアンは驚きながらそう言葉にした。

 砲塔の形状は違えど似た様な形の黒く輝くタレットが一斉に並ぶその絵は壮観という言葉以外に見当たらなかった。

「ん? もろもろ合わせて八十二門だな。味方には当たらないから気にせず戦って良いぞ。ヴォーダン以外は」

 ヴォーダンの移動速度はタレットの識別機能を遥かに超える為ヴォーダンだけはタレットを気にしながら戦わないといけない。

 だが、それも今のヴォーダンにとっては大した問題ではなかった。


「大丈夫です。今回は俺基本止まって戦いますので」

 ヴォーダンは二メートルほどの大きさを持つ巨大な白い円柱の傍でそう答えた。

「……あの、ヴォーダン。それは?」

 クアンがそう尋ねるとヴォーダンはとんとんとその円柱を叩いた。

 ちなみにそれは、デザインや形など大きさ以外は完全に乾電池と同一の物だった。

「これは母に用意してもらった充電池だ。外付けの電気で消費の強い武器を使用する。まああれだ。俺もタレットの一種になると思ってくれて良い」

「そうですか。本当に頼りになる弟を持ててお姉ちゃんは嬉しいですけど私があんまり役に立てず少し寂しいです」

「……いや、お姉ちゃんはお姉ちゃんで凄いから安心して良いよ……うん」

 戦闘能力以外の、特に会話能力……というよりも人を魅了する能力ではクアンを超える存在はそうそういないのだが、クアン本人はそれに気づいていない。

 ついでに言えば水の操作という特性上救助活動という面で見ればクアンを超える存在はそうそうおらず、現在クアンは正義、悪だけでなく水を扱うありとあらゆる施設から熱烈なアプローチを受けている。

 だがクアンはそれに一切気づいていない。

 その多少抜けているところもまたクアンの人気が高い事に繋がっていた。


「会話も良いですがそろそろ準備もしておいてくださいね。ほら、兄を見習って」

 ファントムがヴァルセトを見ながら苦笑いを浮かべそう呟くとヴォーダン、クアンは慌ててテイルの指示する配置に付いた。


 ヴァルセトは無言だった。

 無言でアサルトライフルを構えて下を向いていた。

 ヴァルセトは吸血鬼の能力を使う為、本来このような武器を使う事はないのだが……今回だけは外見や好みを一切気にするつもりはなかった。

 そこにいつものにやけ面はなく、修羅の様な重苦しい雰囲気を醸し出していた。


 自分は死ぬのは良い。

 いつか死ぬのはわかっているし精一杯好きな事をして生きている。

 だが……父に自分の死を背負わせるのだけは許せない。

 それなら生まれてこなかった方が良い位だ。

 そう思うからこそ、ヴァルセトは絶対に死ねないという強い決意を秘めていた。


「まあまだ時間はあるけどな。一階の探索に三十分はかかっているからーより拡張された二階の探索には一時間位はかかるだろう。だからあと――」

 そうテイルが言葉にすると同時に、天井の方から爆発音が鳴り響き、擬似太陽がその姿を消す。

 そして足元が見えないほどの薄暗い景色へと変わり果てた。


 それと同時に無数の銀に輝く機械が飛来してくる。

 それらはタレットの攻撃を防ぎ、避け、タレットを破壊しながら、大きな音を立てながら地面に着地した。


「……ちっ。そうか。ココの天井は直接第一階層に繋がっていたのを忘れていた……。全員下がれ!」

 銀色の機械がタレットを壊している内にテイルはそう指示を出し、公園の隅に全員で移動しながら各自武器を構え撃ち放った。


 本来ならば、そのメカ達は怪人の攻撃は当然銃にすら耐性はない。

 そのはずなのに、そのメカ群は一斉射撃に対し連携と道具を駆使してきっちりと攻撃を受け切っていた。

 その上あっという間に塹壕を掘り、バリケードを設置し防衛拠点を形成した。


「……おい……この戦い方は……」

 そうぽつりと呟いた瞬間、空からもう一つ、何かが降って来た。

 それはテイルが良く知っている人物だった。


 第一怪人、フューリー。


 怪人全員の長男であるはずの彼は、今銀のメカを従え父、兄、妹達を排除しようと動いていた。


「全員急いで逃げろ! ヴォーダン! バリア――いや、思いつく限り全てを使って攻撃を防げ!」

「ハカセ! 兄もきっと洗脳されています。助けな――」

「黙れ!」

 テイルは心配して兄を見るヴォーダンを珍しく感情的に怒鳴り散らした。


「お前は確かに強い。ルール内であるならば誰にも負けないかもしれん。だがな、ルール外であるなら第一、第二怪人にお前は絶対に勝てない。良いか? 良-く聞け。敵はお前が絶対に勝てない位の格上と思え。だから助けるとか考える前に逃げろ。助ける以前に全滅するぞ!」

 その言葉にヴォーダンは疑いの気持ちを持たずに頷き、ユキに用意してもらったバッテリーのエネルギーを全て磁界の壁に変換した。


 それを見て、全員が一目散に逃げだした。


 そして、もう少しで公園の外を出るいうタイミングでクアンの足が止まり……その場で倒れた。

 全員が足を止めた。


「クアンさん!」

 赤羽は慌ててクアンの元に駆け寄りその体を確認する。

 銀の集団はタレットの破壊に集中しており、こちらには攻撃をしてきていない。

 そしてクアンの体にも一切傷がない。

 だが、それでも何故かクアンは苦しそうだった。


「……赤羽さん。ハカセの元に……」

 何かに耐えている様子のクアンが振り絞った声でそう呟くのを聞き、赤羽は少し悩んだ後頷いてクアンを抱きかかえテイルの方に向かった。


「ハカセ……。何となくわかりました」

「クアン! 何がわかったんだ!?」

「頭の中に……自分以外の声がします。それを聞くと意識が遠のいて……自分が自分じゃなくなりそうな……」

「洗脳か」

 その言葉にクアンは「たぶん」と付けながら頷いた。


 電波障害が主体ではなく、どうやら人の方を洗脳するのが主体だったらしい。 

 確かに、それが出来るのならばハッキングしてロックを解除しメカを強奪するよりもフューリーただ一人を洗脳して利用しロックを外させてメカを従わせた方が楽だろう。

 

「……どの位保ちそうか?」

「……ごめんなさい。もうあんまり」

 その言葉を聞いた後、テイルは嫌な予感を覚え周囲を見回した。

 残念ながらその勘は的中しており、ヴァルセト、ヴォーダンは平気そうに首を横に振ったが、ファントムは苦しそうな顔で笑っていた。

「ハカセ。僕を今殺してくれっていったら出来ます?」

 そんなファントムの言葉にテイルは笑った。

「出来ると思うか?」

「ですよね。……だから困ってます」

 あと十メートルほどで公園から出る事が出来る。

 だが、そこからもう動けそうにない。


 いや、それ以前に、この状況で公園から出ても何も変わらないだろう。

 ただ死に場所が公園から公園の外に変わる位だ。


 そして気づけば設置されたタレットの過半数は壊れ、銀のメカ群はこちらに向かって進軍を始めていた。

 現状打つ手がないテイルは、ぎゅっとスマホを握りしめた。

 自分が最も頼りにしている相手からの連絡を待って――。




「あちゃー。予想はしていたがまさか私までかー」

 ユキは苦笑いを浮かべながら脳に蔓延る謎の意識に対抗していた。

 自分の物ではない、脳内にあるのに読み取れない気持ち悪い何か。

 まるで自分が電波受信機になり果てた様な気持ち悪さを覚えながら、ユキはそれでも作業を続行した。


 怪人の洗脳。

 それ事態の可能性をユキはかなり早い内から想定していた。

 何しろARバレット基地内でテイルが危機になる事を仮定すれば、テイルの最高の盾にして矛の怪人を無力化……いや、それどころか敵対化させることが最も効率が良い。

 もしユキがARバレットを潰すとすれば間違いなく同じ手を取るだろう。


「だからそうなる可能性も配慮していたけど……そうかぁ。私もかぁ……。あーあとどの位保つかなこれ」

 並列思考で誤魔化してはいるが徐々に思考が鈍ってきている。

 徐々にだが思考は黒に塗りつぶされ、最終的には物言わぬ……いや、頭脳さえも乗っ取られるだろう。


 ユキは周囲の様子を確認した。

 街並みや人々の様子に変化はない。

 強いて言えば街中にある大画面モニターやショーウィンドウに展示されたテレビにノイズが走っている位で、それを除けば日常のままである。

 どうやらこの周囲で洗脳を受けつつあるのは自分だけらしい。


「……いやはや。私も人の子かぁ。自分が洗脳される可能性を知らず知らずに排除していたなんて。やっぱり天才気取りはダメね」

 そう自分に駄目だししながらユキは作業の最後となる仕上げをしに、家電製品の小売店に入った。


「すいません。連絡していたARバレットの者ですがー」

 その声を聴き、ご高齢の男性が杖を持ち困った顔で現れた。

「ああ。待ってたよー。その前にさ、テレビがぜーんぶ映らなくなったけど何か知らないかい? 電話もうまく使えないんだが」

「あー。電波が混線してるみたいですね」

「そうなのかね? これ壊れたわけじゃない? 大丈夫かい?」

「はい。大丈夫かはわかりませんが皆こうなってます」

「そうかいそうかい。んじゃ困るけど放置するしかないねぇ。それで、お嬢ちゃんの用は……おっと、街の支配者様にそれは失礼じゃったの」

「いえいえ。お嬢ちゃんで良いですよ。そんな若くないですが。それでですね、ちょっとこの場所にこれを設置してもらえたらと」

 そう言ってユキは小さな箱を男性に手渡した。

「ほむ。これは……どうつなげばいいんじゃ?」

「家電と同じでコンセントにプラグを差し込んで頂けたらいいですよ」

「なるほど。場所はどの辺に?」

「どこでも良いですが二階がベストですねー」

「あいわかった。おーい」

 そう言って老人は若い店員に箱を渡し、そして店員が戻ってきたら老人は頷いた。

「ほい。終わったぞ」

「ありがとうございます。助かりました」

「いやいや。良いんじゃよ。ワシらの街で苦労かけとるからこれくらいは」

「いえいえ。電気料金はしばらくこちらが全て負担しますのでご安心を。では――」

「ああ。ちょっと待っとくれ。お嬢ちゃん調子悪そうだけど大丈夫かね?」

 その言葉にユキはぴくっと体を反応させた。

「……隠していたつもりですが……わかります?」

「ほっほっ。これがモテる秘訣じゃ。んで、大丈夫かね? 病院行くなら車位は出すぞ?」

「いえ。やる事があるので」

「そうかい。ま、無理はいかんぞ。体を大切にしておくれ」

 その言葉にユキは微笑み、小さな店を出た。


「……やっぱり()()()()()より()()()()の方が凄いじゃん。私なら絶対に気づけないわ」

 そう言ってユキは苦笑いを浮かべ、隠しきれず顔を顰めだした。

 どうやらそろそろ限界らしい。


「……ま、ギリだけど間に合ったわね。……全く」

 最後に、テイルにメールを送ればそれで全ての作業が終了となる。

 それなのにもう指一本すら動かない。

 だが……問題はなかった。


 本来ならば、間に合う事はなかっただろう。

 先日ユキの元に知らないアドレスから連絡が届かなければ――。


『もし、誰かにメールを送りたいのに手が動かない時、どうしたら良いでしょうか? 第二より』


 その怪しげなメールをまるっと信じたわけではない。

 だが、第二という文字と同時にこのタイミングでの連絡、そして事情を想定し、不安要素は全て潰す為ユキはとりあえずの備えを取っておいた。

 だからこそ、間に合ったのだと言えた。

 最後、意識が塗りつぶされる本当の直前、ユキは何時か言いたいと思っていたセリフをぽつりと呟いた。

「こんな事もあろうかと……ってね」

 その言葉と同時にユキの意識は途切れ、そして途切れた脳波に反応し事前に用意していたメールが一通テイルの元に送られた。


ありがとうございました。

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