決戦!商店街を守護する乙女達3
『はい。お疲れ様でしたクアン様。無事全行程終了、完成しましたねー』
クアンの耳に付けられた受信機に小さな拍手の音が響いた。
「ありがとうございますナナさん。……うまく出来ましたでしょうか?」
『んー。確認出来ないので何とも言えませんが、聞いてる限りでは何も問題ないと思いますよ。どっちも。Dr.テイルがいればそちらの映像も見れたのですが……。ま、味見をして問題なければだいじょぶですよ』
ナナの言葉を聞き、クアンは不安に駆られ再度の味見を試みた。
「……。はい。上手く行ったというべきか予想通りというべきか。とにかく普通のカレーです」
クアンはそう呟き、周囲に用意された無数の寸胴鍋を見渡した。
一鍋分作る予定だったクアンに『足りないので材料用意しときます。じゃんじゃか作っちゃって!』というカンペが届けられた。
それと同時に、自分が用意した物と全く同じ材料が大量に用意されている。
それに従い、クアンは材料全てを使った結果、鍋でテントが埋まるほどになっていた。
正直普通のカレーでこんなに作っても困らないだろうか。
『普通のカレーで十分です。普通のカレーで、十分勝機はありますからね』
ナナの言葉にクアンは不安に思いながらも頷いた。
本当に勝てるのだろうか。
いや、それ以前に料理として人前にコレを出して良いのだろうか。
勝負にすらならないのではないだろうか。
隣のテントから漂ってくる嗅覚を刺激する反則的かつ芳香な香りを感じ、クアンはそう思った。
制限時間終了のブザーが鳴り響き、クアンとトゥイリーズの二人は自陣営テントの前に姿を見せた。
香りに釣られてか、企画を聞きつけてか……または野次馬根性か。
ミントが用意した百人分の席は軽く埋まり、その周囲に長蛇の列が形成されている。
「大丈夫でした?」
若干心配そうに尋ねるミントにクアンはこっそりと首を縦に動かし頷いた。
「心配してくれてありがとうございます」
聞こえないよう小声での会話にミントは優しい笑みで返事をした。
「よーし! それじゃあどっちが商店街をうまくPR出来る料理か勝負だ! こっちの――」
「待った。いや待ってください。紹介はせめてこっちからさせて……」
マリーがアピールタイムに入る前にクアンは懇願するような声を発した。
「ふぇ?」
マリーは理由がわからないらしく変な声を出しながら首を傾げる。
「マリー。私もそうした方が良いと思う」
何となく事情を察したミントがそうマリーに言うとマリーは首を傾げながら頷いた。
「んー。良くわからないけど、ミントがそういうなら、さっそくどぞー!」
元気な声でそう言いマリーはクアンに手を向けて周囲の注目をクアンに集めた。
先に紹介したい理由は言うまでもないことだが……凄い料理の後にカレールーで作ったカレーを紹介する勇気がなかったからである。
「こちらの料理は……カレーです」
悲しい事にそういう他なかった。
当然、商店街のPRに効果的な何かもココには入っていない。
「牛肉、ジャガイモ、人参、タマネギ。玉ねぎはみじん切りにしました。後は普通のカレーです……」
そうクアンがダウナーっぽい演技をしながら呟いた後、プルプルと震えだした。
「……普通のカレーでごめんなさい」
赤面しつつ涙目でぷるぷるしてそう呟くクアン。
何故かそれだけで、理由は全くわからないが野太い歓声が広がっていった。
その歓声を聞き、クアンは更に赤面し子犬のように震えだした。
「頑張って作ったならきっと大丈夫だよクアン! 料理は愛情。しっかり心を込めたらきっとおいしいさ!」
何故かマリーがそう言って慰めるのを聞き、クアンは小さくこくんと頷いた。
「――ただしミントの料理以外ね」
マリーの呟きにミントはしゅーんと小さく落ち込んだ。
「というわけで今度はこっちの紹介いくね! こっちは商店街にある魚屋『魚影魚雷』さんの海老を贅沢に使ったシーフードカレーでーす!」
そう言いながらマリーはくるくる踊るように動きながら白いお皿にご飯とカレーをよそう。
「ごろごろころがった海老とイカが美味しいのはとうっぜん! アサリも白ワインでしっかりと下ごしらえして旨味を閉じ込めてます。魚介の旨味を堪能してください!」
ジャーンと効果音が鳴りそうな感じでカレーをテーブル側に見せるマリー。
先に紹介させてもらって正解だったとクアンは心から思った。
「ナナさん。秘策があってもコレ勝てないんじゃないですかね?」
周囲に聞こえないよう小さな声で尋ねるクアン。
『……正直美味しそうね。聞いてるだけなのに何だか食べたくなるわ』
そんなナナの言葉にクアンはそっと頷いた。
目を離した訳もなく、注意力が切れたわけでもないのに何時の間にか中央に電子掲示板が二つ出現した。
クアンは愕く暇すらなかった。
テントくらいの高さのある塔みたいな形状をした電光掲示板は『0』のカウントが見え、その上に何かの絵が用意されている。
デフォルメされた黄色と白のドレスを着た小さなキャラが描かれたトゥイリーズの二人と、同じくデフォルメされた青い髪青い目をしてポケットに手を突っ込みジト目のクアン。
そんなマスコットキャラが描かれた電光掲示板の数字は、二台ともぐるぐると高速で数字が動き出した。
おそらくカレーの注文数だろう。
みるみるうちにカウントが増え、百を超えた辺りでクアンは仕事を思い出し慌ててカレーの配膳準備に取り掛かる
誰も頼まない可能性も考えていた為、注文を受けた事が少しだけ嬉しくて慌てながらでもこっそりとクアンは頬はにやけていた。
開始十分。
当たり前の話なのだが、多くの客はトゥイリーズのカレーを求めた。
別に地元愛とか地元ヒーロー応援とかそういう話ではない事くらいクアンでも理解している。
単純にカレーの質が違うのだ。
クアンが客だとしても、確実にあちらのカレーを選ぶ。
それでも、クアン側の数字も十分健闘を見せていた。
トゥイリーズの注文が二百になる頃にクアンの注文が百五十になる位の差。
五十の差は少なくないが、両者のカレーを比べてみたら十分に善戦していると言っても良いだろう。
カレーの食べ比べをする人に魚介類が嫌いな人、待ち時間を嫌ってトゥイリーズを避けた人。
……そしてもっと単純な理由で、カレーに味を求めてない人。
単純にさっきの照れたクアンが可愛くて、そんなクアンの料理を食べたいという不埒な考えの男共である。
そんな不純な――ある意味純粋な男共のおかげで、クアンは予想よりもはるかに善戦が出来ていた。
その間、マリーとクアンは地獄のカレー準備マシーンと化し、ミントはウォーターピッチャーを持って客たちの間を走り回っていた。
クアンが額の汗を拭く間もないほどの忙しさの中、同じように汗を掻き慌ただしくしているミントが突然姿を見せた。
「すいませんクアンさん。ちょっと良いですか?」
肩で息をするミントを見てクアンは動きを止めてミントの方を見た。
「……何?」
「あ、コレマリーが作ったカレーです。私が配膳してるのでその間食べて下さい」
「……良いの?」
「はい、是非。その間の水汲みはセルフでお願いしてますから」
そう言った後ミントは走って隣のテントに行き、お盆にカレーを乗せて戻って来た。
疲れて汗だくで、あんまり食欲がなににもかかわらず、クアンはそのカレーから目を離す事が出来なかった。
エビがごろっと転がり、こげ茶色の液体はただのカレーなのになぜかオシャレに感じ、そして嗅覚が疲労を忘れ空腹を訴えて来る。
その魅惑の言葉に上がらう術はなかった。
「……いただきます」
「はい、どうぞ」
ミントは満面の笑みでクアンにお盆ごとカレーを手渡した。
「あ、いらないかもしれないけど私の方のカレーも――」
『待った。クアン様それはダメです』
ミントに言おうとしたクアンの言葉をナナは慌てて止めた。
「え? ダメなんです?」
『はいダメです。良いですかクアン様? 善悪の敵同士にも作法があります。えっとですね、……ごにょごにょ……』
ナナの小言にクアンは驚きながらも、今回はブレーンであるナナに従う事にしたクアンは言われた通りの言葉をミントにぶつけた。
「……私のカレーは後で用意するわ。貴方たちに歯向かい食らいつく挑戦状代わりにね」
若干の照れと申し訳なさの入るクアンの演技にミントは応え、きりっとした表情をして頷き、無言で雰囲気を出しながらそっと消えていった。
二度目だからこそわかる事だが、こういった掛け合いのようななりきりに近い演技はけっこう重要である。
雰囲気を作るのもそうだが、放送された時に使いやすいからだ。
むしろ積極的に演技をしていった方が放送側の数字も取れる――らしい。
とはいえ、やはり少し恥ずかしくまだまだ慣れそうになかった。
そうクアンは思いながらテントの奥に移動し、テーブルにそっとカレーを置いてスプーンを手に取った。
非常に上品で、大人の味ながら魚介の旨味がしっかり詰まっていて……にもかかわらずカレーとして調和が取れている。
本当に美味しくて、クアンは本当に勝てるのか疑心暗鬼になるくらいだった。
ただ、クアンには少しカレーは辛かった。
三十分……四十分と時間が経過し、注文数の差は開き続けていった。
四十五分の段階でトゥイリーズの電光掲示板は『724』、クアンの方は『539』となっていた。
あと一時間ほどで勝敗が決する、そんな時に事件は起こる。
今回の実質的な敵であるマリーと、クアンのバックにいるナナの料理知識、技術を比べると圧倒的にマリーの方に分がある。
誰かに食べて欲しいというマリーの優しい真心に、絶えずの修練を積み重ねた結果その料理技術は本職である一流シェフに匹敵するほどとなった。
対してクアンは初心者で……ナナはそれなりである。
シェフとして生きるほどではなく、かといって苦手というわけでもない。
ナナの技量は近所の料理が得意な奥さんくらいである。
ただ、喫茶店の手伝いやらARバレット寮の食事手伝いなど大勢の食事には慣れていた。
それでも、相手は本職料理人並で、しかもこのような料理番組にも慣れている。
普通に考えたら勝ちは見えないのだが……ナナはそんな状況でも勝機を、もっと言えば相手の致命的ミスを一つ見出していた。
ナナが見つけた隙……勝負前に迷い迷いドローンを飛ばしてクアンを探してた時に見た最大の急所は、ここにて露見される事となる――。
カチッ……カチッと動き続ける電光掲示板の数字が、突如としてピタッと動きを停止した。
それはマリーサイドだけでなく、クアンサイドもだ。
それと同時に、両者に供給されるライスの供給が突然ストップする。
それはカレーという最強の米消費メニューによるライス切れを意味する。
これこそが、ナナが見つけたトゥイリーズの、もっと言えば番組最大の隙だった。
「……驚いた。本当にナナさんの言う通りになった」
『ふふふのふ。だてに子供みたいな悪の組織の食事を用意してませんともさ。さあ、長セリフの出番ですよ。多分相手も乗ってくれますから、気合入れてください』
ナナの言葉にクアンは額の汗を拭い、緊張した面持ちで頷いた。
ありがとうございました。




