オールアライブ
夢の内容を直接見たテイルだけでなく、それを解析し映像化したユキであってもヴァルセト以外のどの怪人が死ぬのかわからなかった。
それならばまず怪人達の安否、状況を確認し……可能ならばしばらく一緒に行動しよう。
そういう結論に至った。
テイルの傍にいる事で死亡する可能性もあるにはあるのだが、それでも皆が一緒にいた方が、というよりもヴォーダンの傍にいた方が安全だと判断した。
それほどにヴォーダンの戦闘力は群を抜いているからだ。
そんなわけで第一怪人フューリーから順にARバレットにいない怪人達にテイルは連絡を入れていった。
「……第一が仕事、第三が合流、第四、第五が仕事、第七、八、九と合流済。……ああ、まずいな」
「そうね。普段から良く遊びに来る雅人と近場に住んでるヴァルセトとは連絡取れたけどそれ以外は全滅かぁ……」
ユキが難しそうな顔でそう呟くとテイルは首を横に振った。
「いや。それは良いんだ。第一も第四も第五も所在はつかめているし何時でも連絡が取れる。その上で、ARバレットとめちゃくちゃ遠い位置にいるから俺がらみという事を踏まえるならむしろ安全だと言って良い。問題なのは……」
「さっき名前の挙がらなかった第二?」
ユキの言葉にテイルは頷いた。
「ああ。第二回怪人フレンジィ。そして能力は――」
「――未来予知よね?」
「そうだ。だから安全確保もだがぶっちゃけその知識と能力に頼りたかった」
しょんぼりした顔でテイルがそう呟くとユキも困った顔を浮かべた。
「フレンジィが連絡不能になるのは良くある事なの?」
「あんまり詳しくは言えないけどあいつはまあまあそういう場所に勤めているから連絡不能は珍しくない。が……タイミング的に不安でもある。とは言え、能力的に考えたら無事ではあるだろう」
「あー。能力が自分にも対象なのね」
「というかそれが本来の設計だからな」
「まあ無理なものはしょうがないわ。その人から連絡を待ちつつこっちでも作戦を考えてみましょう。……の前に、一つ気になる事が……」
「奇遇だな。俺もだ」
そう言ってテイルはとある人物をじっと見つめた。
テイルが呼んだ怪人達の中で参加したのは雅人、ファントム、ヴァルセト、クアン、ヴォーダンの五人。
それにテイル、ユキ、ラナの八人が今回の参加者なのだが、一人呼んでもいない人物が混じっていた。
その人物の名前は赤羽悦郎。
正当派変身ヒーローであり、同時にバイオレンスの嵐吹き巻くダークヒーローであり、狼男という神秘の塊でもある多くの名前を持つ男。
その彼赤羽は何故かわからないがクアンに体を密着させきょろきょろと挙動不審な様子をし続けている。
それに対しクアンも少々困り顔を浮かべていた。
「……あー、その……越朗君」
「はい。何でしょうか」
その様子はやけにピリピリとしていて、まるで世界全てが敵である様な顔を浮かべていた。
「えっと、どうしてクアンにそんなくっ付いているのかな?」
テイルは刺激しない様に慎重にそう尋ねた。
普段の赤羽は大人しく、照れ屋で、そして人当たりが良い。
そんな赤羽がこうなるのだから相当以上に事情があるとテイルは理解した。
そしてその理由はおそらく――。
「……テイルさんが何と言っても離れませんよ?」
赤羽の言葉にクアンは溜息を吐いた。
「すいませんハカセ。二日くらい前からずっとこうでして……」
クアンは困った様子でそう呟いた。
困っている理由はたぶん赤羽が心配だからだ。
テイルから見てもわかるほど赤羽の目には酷い隈が出来ている。
おそらくだが、二、三日ほど一睡もせずクアンを見守っていたのだろう。
「……テイルの夢がどんどん信憑性が増してきて嫌になるね」
ユキは悲しそうにそう呟き、テイルは苦笑いを浮かべた。
「越朗君。君は何を知った、いや……何を感じたのかな?」
その言葉に赤羽はビクンと反応し、そしてそっと首を横に振った。
「いや。何もないですよ?」
明らかなほど挙動不審な様子で冷や汗を掻きながら赤羽はそう答えた。
「あー。これわかりやすいなぁ」
テイルがそう言葉にするとユキも頷いた。
「うん。そこまで想われてちょっと羨ましいね」
「ユキならそう言う相手すぐ出来るさ」
「――ばーか」
そんな誰か見てもいちゃついているとしか思えない会話をした後、二人は切り替えて話を始める姿勢に入った。
「えー。そんなわけで、緊急事態である事だけを伝え集まって下さった皆様にー事態の報告をしたいと思いまーす」
そう言った後テイルはモニターを用意し、スイッチを入れてから耳と目を塞いだ。
流れる映像は当然、テイルの見た物を抽出した映像である。
「よしよし。そりゃ辛いよね」
ユキは物悲しそうな顔をしながらテイルの頭を優しく撫でた。
そんな二人を、クアンやヴォーダンは最初生暖かい瞳で見ていたが、すぐにそんな余裕を失った。
流れている映像で、愛すべき兄の生首が映ったからだ。
しかも、残念な事にそれはとても作り物には見えなかった。
それ以前に、その映像を見ると何故かわからないが近い未来現実になると強く感じ、切羽つまった気持ちにさせられた。
気が急いて、顎が震えて、冷や汗を掻き喉が渇いていく。
彼らが感じている焦燥感はとても言葉に表せないが、それは紛れもない恐怖だった。
ファントムとクアン、ヴォーダンは絶句しヴァルセトは苦笑いを浮かべ、ラナは泣きながら謝罪を繰り返した。
「……ふぅー。それで、これは何時の映像だ」
何時もと同じ様に淡々と、ただしいつより何倍も目を鋭くさせ雅人はそう尋ねた。
「わからないわ。そもそもこれが現実になる保証もないの。ただし、私は何もしなければこうなる可能性は非常に高いと踏んでいるわ」
ユキがそう呟くと雅人は盛大に溜息を吐いた。
「……馬鹿が。俺より先に死ぬとか許すわけないだろうが」
静かな部屋の中でそんな苦々しい雅人の低声が響きわたった。
「ただね、犠牲は彼一人じゃないのよ。予定では三人――いえ、四人ね」
「……ユキさん。後三人は誰なんだ?」
雅人は眉を顰めそう言葉にした。
「とりあえず、その内一人はさっき判明したわ」
そう言ってユキはクアンの方を見る。
クアンもそれに同意し頷いた。
「はい。どうして赤羽さんが私にこんなくっ付いているのかわかりませんでしたが……そういう事だったんですね」
クアンの言葉に赤羽は同意も否定もせず、そしてくっ付くのを止めようともしなかった。
「越朗君。どうしてそう判断したか教えてくれる? これは大切な事なの。それを避ける為に。少しでも判断材料が欲しいの。お願い」
誠心誠意込め言葉にするユキを見て、赤羽は一言だけ、認めたくない事をぽつりと呟いた。
「……死の気配がクアンさんからするんです。それが、日に日に強くなっている様で……」
「わかっていたけど非科学的ねぇ……。でも、いえだからこそ信じられるわ。それがどの位で到達するかわかる?」
赤羽は悲しそうに首を横に振った。
「……すいません。ですが、多分一週間、いえ、五日位は大丈夫です」
「そか。んじゃその位を目安に考えるわ。という訳で、一人はヴァルセト、一人はクアン、そして一人は未だ未判明よ」
「んじゃ、後一人は……」
雅人がそう尋ねると、ユキはテイルの方に目を向けた。
ヴァルセトを見た時、その映像の主である男は映像越しでわかるほど酷く動揺した様子であり、そして己の手から爪が剥がれるほど指に力を入れていた。
そこまでヴァルセトを愛する存在と言えば、まっさきに思い浮かぶのは我らが創造主Dr.テイルとなる。
考えれてみれば誰でもわかる事だった。
ただ、皆もがその可能性を考えたくなかっただけである。
「えーというわけで、方針を発表するぞー。誰が死ぬかわからん。だから皆命を大事にいこうな? 雅人、お前は新婚さんだろ? ファントム、お前は……死んだら三桁どころか四桁位後追い自死が出そうだからまじで頼む」
売れっ子芸能人であるファントムにそう言葉にするとファントムは困った顔を浮かべた。
「まあぼちぼちと」
「ぼちぼちじゃなくてマジで頼むぞ? ヴァルセト、俺はどうかと思うが、それでもお前が死ねば二桁位の女性が悲し――」
「三桁は固いね」
きりっとした口調でヴァルセトがそう言うとテイルは溜息を吐いた。
「まあ、実際お前に救われたって女性は大勢いた。だからまあ、生きろよ?」
「当然。女の子を輝かせ切るまでは俺は死ねないから」
そう言ってヴァルセトはテイルにウィンクをしてみせた。
「ヴォーダン。お前は――」
ヴォーダンはテイルの言葉に頷いた。
「はい。俺はこの中で一番強い。だからこそ、俺は皆を守り生き抜く義務があります。そして、俺はアイツを――あのふざけた名前の親友をボコボコにして嘲笑いそして本名を聞くという使命もありますから、そうやすやすと死ぬ気はない」
そうヴォーダンが決意を新たにするとテイルは呆れ顔で手を横に振った。
「いやいや。頼りにはしてるけどお前この期に及んでまだ男の事かー。ヴォーダン。お前に惚れてお前と共に生きたいと願う女性がいるぞー。その子にちゃんと向き合うまでお前は死ぬ事は許されない。良く覚えておけよ」
「……え? は? 父上よ。それは真なのだろうか?」
動揺しきった様子でヴォーダンがそう尋ねるとテイルは溜息を吐いた。
「もう少し良く見てやろうぜ。誰が見てもバレバレな態度だったぞその子」
そう言ってヤレヤレと再度溜息を吐くテイルを見て、皆の気持ちが一つになった。
――お前が言うな。
それこそラナでさえそう思っている事に気づいていないのはテイルだけだった。
「というわけで、お前ら俺の息子、娘は当然、ユキもラナも安易な真似はしないでくれ。俺が見ていないだけで誰もがヤバイかもしれんからな」
その言葉にラナは困った顔を浮かべ、ユキは逆にしっかり頷いた。
「当然でしょ? 私は死ぬ気はないし誰も犠牲にするつもりはない」
「うむ。頼もしいね。そう、もし犠牲が必要となるならそれは組織責任者であり怪人の父である俺になるだろう。だから――」
そうテイルが言った瞬間、スパーンと心地よい音が大音量で室内を響かせテイルは頭を抑え蹲っていた。
「はい。寝言は放置して作戦会議しましょー」
ハリセン片手にユキが軽い口調でそう言うと、テイルは起き上がり抗議の声をあげた。
「待て。俺は冗談ではなく本気で――」
その瞬間にユキの顔は一変し、ユキは遠慮なく、全力でテイルの胸倉をつかみ上げた。
「わかるわよあんたが本気でそんな阿呆な事言っている事くらい! だからこっちは本気で怒ってるの! ふざけるな! 私はあんたの言いなりになってあんたの大切な物を守る為――あんたの道具じゃない! 私は私の意思がある! 私は私の守りたい者を守る。それは誰にも邪魔をさせないわ!」
初めてであろうユキの本気の怒鳴り声にテイルは何も言えなかった。
怖かったからとか、真剣だったからとか、そういう事ではない。
涙目となり、手を震わせ、誰が見てもわかるほど怯えていたからテイルは何も言葉にする事が出来なかった。
「良い? 今回の作戦は私が決める。そこの馬鹿には任せられないのは今見てわかったでしょ? 作戦名は『オールアライブ』。誰一人犠牲を出す気はないわ。とりあえずコンピューター室に行きましょう。状況確認と今後について考えないと」
そう言葉にするユキにテイル以外の全員が頷き、ぞろぞろと部屋を後にした。
「テイル。さっさと行くわよ」
そのユキの声にはっと我に返り、テイルは目をぱちくりさせた後慌ててユキの元に走り出した。
「悪かった。俺はユキに自分の都合の良い事ばかり押し付けていたな。本当にすまん」
早歩きになりながらテイルはユキにそう言って頭を下げた。
「普段は良いわよ。でも、ちゃんと私にも、本気で守りたい者があるの」
「そうだよな。すまん。それで、それは誰なんだ? 微力だが俺も手を貸したい」
「……大丈夫よ。その人は皆に守りたいって思われているから。だからテイルは自分の身を守る事に集中して」
その言葉にテイルは微笑んだ。
「そうだな。俺の出来る事は少ない。せめて自分の身位守って迷惑かけない様にしないとな。見たい物も沢山あるし」
「見たい物って例えば?」
「雅人、クアン、ヴォーダンの子供。他の怪人が結婚怪しくてなぁ……。ヴァルセトは何かあればサッカーチームどころか劇団が出来そうな位子供が生まれそうだけど」
そう言って苦笑いを浮かべるテイルにユキは微笑んだ。
「テイルらしいわ本当。んで、自分の方はどうなの? 自分の子供を抱きたいとは思わないの?」
「……あー。欲しくないと言えば嘘になる。が……俺ぶっちゃけるとマトモな教育を受けてないからさ、父親になる事に不安しかない」
「……私がサポートしてあげるわよ」
「――それ良いな。ユキなら安心だ。俺が間違った時絶対正してくれると信頼出来るからな。そういう事なら子供が欲しくないわけではないが……ま、相手が見つからないからまだまだ先の話だがな」
「……それもすぐ見つかるわよ」
そう言ってユキは呆れ顔のままテイルに優しい笑みを浮かべた。
ありがとうございました。