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犠牲のボールは誰の手に


「ういっす。ってあれ? ユキちゃんだけ?」

 何処を切り取ってみても軽そうにしか見えない男は呼び出されたコンピューター室に入り、きょろきょろとわざとらしく周囲を見回した。

 軽薄そうな態度に服装。

 チャラチャラしているとしか言えず長さも色も良く良く変わる髪。

 そしてヘラヘラした態度。


 コミュ能力が乏しいユキにとって本来なら天敵にも近いほど気に入らないタイプの人間なのだが、この男に限っては忌避感を覚えない。

 こんな外見に反して触れて欲しくない所には触れず、して欲しい事を先回りして行う様な、そんな恐ろしい程の気遣いを感じるからだ。

 ちょっとだけ、ユキはホストにハマる女性の気持ちが分かった様な気がした。

「とはいえ……好みじゃないけどね」

 そう思わずぽつりと呟いたユキにヴァルセトは微笑んだ。

「そりゃ。ユキちゃんの好みは黒髪短髪外見はあまり気にしない上にぱっとしないけど適度に清潔感あってー少々子供っぽいけど誰かの為に一生懸命になれるどっかの人ですもんねー」

 その言葉にユキは苦笑いを浮かべた。

「だから誰にでもナンパするのに私にはナンパしないの?」

 言われっぱなしは嫌だから少々やり返したいという子供っぽい気持ちの意趣返し。

 そんなユキの言葉に対しヴァルセトは微笑んだまま、首を横に振った。

「いいや。俺は本来輝くべき女の子がくすんでいるのが我慢出来ないだけ。キラキラと輝いている子を磨く必要はないでしょ?」

「……私が? 輝いている?」

「うん。超輝いているよ。まっすぐ生きる恋する乙女として」

 言葉だけで恥ずかしくなり、ユキは自分の顔に手を当て表情を誰にも、それこそ自分にも見えない様にした。

「うん。やっぱりあんたら親子だわ。性格は違うけど良く似てる」

 その言葉にヴァルセトは嬉しそうに、今までと違い子供の様に笑った。




「さて、少々真面目な話になります。割と本当に真面目な話ですので本当に、真剣に聞いて下さい」

 ユキの言葉にヴァルセトは軽薄そうな笑顔を止め頷いた。

 その顔は以外な事にさっきまでの柔らかい雰囲気はなく、むしろ少々きつめの顔立ちでどことなくヴォーダンに似ていた。

「ああ。まあ俺をここに呼び出すって事は何かトラブルだろう。俺はどうしたら良い?」

「とりあえず、これを見て」

 そう言ってユキはテイルの夢を切り取り鮮明にした映像をモニターに移した。

 その映像の前後は曖昧で良くわからないが、間違いなくヴァルセトは首だけとなり絶命していた。


「……これは?」

「テイルが唐突に見た夢よ。ただし、限りなく現実となる可能性が高い夢……の様な何か。正直良くわからないけど、予言と思って良いわ」

「ふむ。……んじゃ、俺はどっか遠い世界で自殺したら良いかな?」

 その言葉にユキは目を丸くし怒鳴った。

「はぁ!? どうしてそんな選択が出て来るのよ!?」

「だってさ、ハカセの前で俺が殺されるのだけは避けないとダメだろ。ただでさえ背負い込みやすい性格なのに俺の死まで背負わせたら潰れるぜ?」

「……良く見てるのね」

「ああ。親だからな」

「かもしれないわね。でもそれじゃダメなのよ。貴方の他に怪人の犠牲者が二人出る。だから貴方一人が逃げても何の意味もないわ」

 その言葉に顔を顰め、ヴァルセトは後頭部をぼりぼりと掻いた。

「……あー。そうだな。さすがに家族を見殺しには出来んわ。そりゃ俺も頑張らないと駄目だわな」

「そ。そもそもこれ見てる時のテイル死にかけてるから現実になったらテイルもたぶん一緒に逝く事になるわ。だからね。オールアライブオアオールダイ。もうそのどっちかしかないの」

「オールって。ユキちゃんは逃げれるじゃん」

「逃げると思う?」

「思わない」

「でしょ。テイルが死んだら私も死ぬに決まってるじゃん。場合によっては世界事道ずれにしてやるから」

 そう言って楽しそうに笑うユキだが、その目は真剣そのもので、口に出しただけで現実になっていないのに復讐者の様な目をしていた。


 ――ハカセを死なせたらダメな奴や。これガチで世界が滅ぶ……。

 ヴァルセトは冷や汗を掻きながら今まで以上に父を護ろうと固く心に誓った。




 部屋の前でテイルは服装の乱れを整え、咳払いをして個室前の扉をノックした。

「はいどうぞ」

 つい昨日まで舌ったらずだった声はどこにもなく、いつの間には女性らしい可憐な声に変っていた。

 それが少しだけ嬉しくて、そしてとても寂しかった。

「……って出会ってまだ数日の仲なのに何を俺は――。ラナ。俺だ。入るぞ」

 そう言ってテイルはそっとドアを開けラナの部屋に入った。

 そこにいたラナは既にユキと同年代に見えるほどに成長していた。


 ちなみに、ユキの実年齢の二十歳ではなく、外見の話の為十四、五歳という意味である。


「あらテイルさん。こんにちは。何か御用でしょうか?」

 黒く長い髪を靡かせながらラナは優しく微笑んだ。

「ああ。ちょっとな」

 その様子を見て、ラナは少しだけ考え込み頷いた。

「お茶を用意しますね。短いお話にはならなさそうですので」

「悪いな。頼むよ」

「――はい」

 それだけ答え、ラナは部屋の奥に歩いて紅茶の準備を始めた。


「……美味い……というか巧いな」

 テイルは紅茶を一口飲んで思わずそう呟いた。

 流石にテイルの知っている中で最上位の腕前を持つ周藤と比べたら落ちはするが、それでも十二分に店を任せられるほどの腕前だった。

「恐縮です。でもテイルさんの方がお上手ではないですか?」

「いや。俺はジャムとかメープルとか……まあその他隠し味で誤魔化してるだけだ。純粋な技量ならラナの方が上だな」

「そうですか。ではお食事の時は私もお手伝い出来そうですね」

 そう言ってラナは口元に手を当て、嬉しそうにははにかんだ。


「さて、本題なんだが――先に言っておく。どんな事情があろうと何をしようと、ラナを追い出すつもりはない。だからこれは脅迫でもなくただのお願いだ。だから嫌な事は拒否してくれ」

「――はい。と言いましても、そうでなくとも私は話せない事が多いです。これは隠し事だからというわけではなく……話す為の権限……んーぷろてくと? されている様なものでして……」

「わかった。言えない時は言えないと言ってくれ」

 その言葉にラナは頷いた。


 さきほどの会話でわかった事は二つ。

 ラナに敵意や害意はない。

 ラナには上司的な誰かがいる。

 とりあえずそれだけは判明した。


「後もう一つ申し訳ないのですが……実は私もあまり物事を把握しているわけではございません。ですので、本当に申し訳ないのですが知っている事を教えて頂けたらと――」

 あたふたした様子でそう言葉にするラナにテイルは頷き、自分の見た夢の話をした。


 息子、娘の誰かが死んだ。

 首だけにされた。

 自分も死にかけていた。

 そして、そんな夢から目覚めたら手の爪は剥がれ、付くはずないのに土が付いていた。


 それだけ伝えると、ラナは泣きだした。

 今までのお淑やかっぷりが嘘のようにわんわんと泣きわめき、『ごめんなさい』と何度も何度も謝罪を繰り返した。


 何が辛かったのかわからないがその涙はなかなか止まらず、結局テイルがラナを慰めるのに三十分もかかった。




「ごめんなさい。痛かったですよね。辛かったですよね……。本当にごめんなさい」

 そう言いながらラナは、包帯に巻かれたテイルの両手を悲しそうに両手で包んだ。

「まあユキに治療してもらったからすぐ治る。それで、責める気はない。ないが、あの夢の様な何かはラナが原因なのか?」

 その言葉にラナは頷いた。

「はい。それは――」

 ラナは口をぱくぱくさせるだけ何の言葉も発せていなかった。


「ごめんなさい。言えないみたいです……辛い思いをさせてしまったのに……」

「いや。構わんさ」

「ですが、安心してください。テイルさんが見た様な景色には絶対に起こりませんから!」

 ラナは目を赤くしたまま、力強く言い切った。

「起きない?」

「はい! 私が起こさせません!」

「……つまり、ラナは未来から来て俺達の仲間をする為のターミ〇ーターの二作目的な?」

「……ごめんなさい。その例えがさっぱりわかりません」

「すまん」

「ただ、これだけは言えます。私はその為だけに存在しています。安心してください。何かあってもきっと元通りの幸せな日々に戻りますから」

 そう言ってラナは微笑んだ。


 その言葉にテイルは酷く違和感を覚え、そしてラナに尋ねた。

「……そのさ、幸せな日々を送る人達ってのは誰だ?」

「ここの基地の皆様です」

「うん。じゃあさ、その皆の中に、ラナは入っているのか?」

 その言葉にラナは曖昧な笑みを浮かべる。

 それが答えだった。




 テイルはラナの部屋を離れた後、ユキとヴェルセトの待つコンピューター室に移動した。

「どう? 何かわかった?」

 ユキの言葉にテイルは頷いた。

「ああ。実証出来ないから真実かどうかわからないが、ほぼ間違いなくラナは関係者だ。んで、敵側ではない」

「そりゃ珍しく良いニュースね。まあそうよねラナだし。んで、他には?」

「ラナはデウスエクスマキナだ」

「つまりは理不尽なまでにハッピーエンドを持ってこれる存在って事?」

「ああ。間違いないだろう。一人で何とか出来るって言い切ってたからな。ただし、その何かをすればラナは死ぬ。下手すればその為だけに作られた端末か何かだ」

「……なるほどね。んで、ヴァルセト。何か意見ある?」

 ユキの言葉にヴァルセトは少しだけ考え、そして言葉にした。


「ラナちゃんってユキちゃんが話してた成長の早い女の子だよね?」

「うん。そだよ」

 ユキがそう返すとヴァルセトはさっきまでの真面目な表情を捨て軽薄な笑顔に戻った。

「俺ってさ、女の子好きなんだよね。愛らしいという意味でも愛すべきという意味でもね」

「知ってる。超知ってる」

 テイルが困った顔でそう答えた。

「んでさ、ラナちゃんって可愛い? いや答えなくても良いわ。可愛くない女の子なんてこの世にいないから」

「強いて言うなら輝夜姫みたいな外見」

「まじかよやべぇ」

「ちなみに俺が名付け親だから」

 そう言ってテイルがドヤ顔をするとヴァルセトは普通に悔しそうな顔をした。

「まじかよ超羨ましい。俺も子供欲しいけど……うん。俺は止めた方が良いのわかってる」

「……恋人を一人に絞れ」

「む・り」

 テイルは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


「超可愛い女の子で、しかもハカセが名付け親なら俺にとっては妹みたいなもんだろ? んでその子が能力使ったら死ぬんだろ?」

「ああ。そうだな」

「んじゃ使わせねー。死ぬ気でハカセ守るけどもしもの時はすまんが一緒にラナちゃんの為に死んでくれ」

 ヴァルセトがそう言葉にするとテイルは笑った。

 高笑いをあげたまま、ヴァルセトとハイタッチをしてみせた。


「よし! このままラナの所に行って何もしない様伝えにゃ」

「よっしゃ! どんだけ可愛いか見たいから俺も行く!」

 そう言ってヴァルセトはテイルの肩に手を回し、二人は酔っ払いの様にご機嫌な様子で騒ぎながらラナの部屋に向かった。


「……全く無理しちゃって」

 ユキは苦笑いを浮かべながらぽつりと呟いた。


 二人とも怖くないわけがない。

 テイルは息子を、ヴァルセトは父を失うかもしれない。

 それが怖くないわけがない。

 だからあれだけバカ騒ぎをしているのだろう。

 ()()()()()()、大切なものが奪われるのが怖くないわけがないのだ。


 だけど、それでも、二人は楽な道を選ばない。

 というよりも選べない。

 二人にとってラナも既に守るべき対象となってしまったからだ。


「んじゃ、無理して頑張るなんていう非論理的な考えの馬鹿は放置して、なんとか出来るよう天才様がちょっと頑張りますか」

 そう呟き、ユキは震える手を抑え込みながらパソコンとにらめっこを再開した。




「あれ? どうしましたかテイルさん。忘れ物ですか?」

 ドアの前で首を傾げるラナを見て、ヴァルセトはテンションを上げそれに呼応してテイルも騒ぎ出した。

「ふー! やっべめっちゃ可愛いじゃん。良いね良いね。ラナちゃん。はじめまーしーてー。俺はヴァルセト。何か困った事があれば何でも言ってね。これ、俺の電話番号とメアドとその他snsの連絡先」

「あ、はい。電話番号以外良くわかりませんがありがとう……ございます?」

 ラナは首を傾げながら渡された名刺を受け取った。


「ラナ。俺は何だ?」

 テイルはきりっとした顔で、後ろでテンションをあげて騒いでいるヴァルセト(馬鹿息子)を放置してそうラナに尋ねた。

 気分は威厳ある父である。


「えっと。テイルさんですよね?」

「そうだ。ラナの名付け親のテイルだ。つまり、一応だが俺はお前の父でもあるという事だ」

 ふんすと胸を張りテイルはそう言葉にした。

「そんで俺はお兄ちゃんという事だ」

 ヴァルセトはテイルに追従しそう言った。


「え、あ、はあ」

 何を伝えたいのか、どうして騒がしいのか。

 意味がわからずラナはただ茫然としていた。


「ラナ。血の繋がりはないが、俺は父だ。だからな、俺は娘を犠牲にして生きようなんて考えない。……一緒に生きよう」

 その言葉にラナはようやくテイルとヴァルセトの伝えたかった事を理解した。

 ラナは驚いて目を丸くした後、同意も否定もせず、困った様な笑顔を浮かべる事しか出来なかった。


ありがとうございました。

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