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悪の組織の本懐


 この世界に平等などという物は存在しない。

 もしそれがある様に見えたとしても、それは単なるまやかしか、または子供騙しに過ぎない。

 そんな事、誰もがわかっている。


 だが、そもそも……平等というものは本当に必要な物なのだろうか。

 少なくとも、その男には平等が必要だとは思っておらず、むしろ幸福の為の足枷程度にしか思えなかった。


 例えばの話だが、百の幸せと五十の幸せと零の幸せを持った三人がいたとする。

 それを平等に、そして公平にすれば全員が五十の幸せとなり、誰一人不幸にならない。

 だが、それで本当に良いのか。

 百持っていた者はただ損をするだけで『他に不幸な人が我慢しなさい』と言われ一方的に苦痛を強いられる。

 五十や零の者も、それで幸せになっているわけではなく、ただ不幸ではないだけである。

 それならば百の者をわざわざ無意味に犠牲にせず百のまま、いや百よりもっと幸せになり幸せな者の責務を果たす為二人を助ければ良いじゃないか。

 百の者が百五十になり、五十をわければ幸福の最大数は広がる。 

 その方が、より幸せな人が増え、最終的には皆幸福に行きつくのではないか。


 それがこの男の持論であり、そして男はそれを実行に移すだけの能力を持っていた。

 男は優れた頭脳を持つ優秀な存在、俗に言う天才と呼ばれる存在であった


 だが、当然の話になるが、男の考えている事、平等を排除するという考えは現在の法律では許されていない。

 そして、既存のルールを改変するという事痛みを伴うという事でもある。

 何かを変えるという事は犠牲なくしては成り立たないからだ。

 それが平等を求める世界の法則を変えるなんて大がかりな事なら尚の事であり、世界規模での痛みが発生し、場合によっては人類存続の危機となる可能性すらある。

 男はそれを理解していた。

 だから彼が一般的な道徳に準じるならば、その様な事しようとは決して思わない。


 確かに、男は一般的な道徳を持ち、優秀で、そして人の痛みがわかる人間である。

 だが、それ以上に……男は不完全な社会に対して強い不満を持っていた。

 もっとわかりやすく言うならば……男は今この世界がこのままな事に我慢が出来ずにいた。







 手遅れになった時出て来るのは、いつだって「ああすればよかった」や「こうしておけば良かった」という言葉である。

 だが、そう考えるのはそのどうしようもない未来を知っているからであって、いつだって過去の自分はその時の最善を取って生きている。

 つまり、そう思うのは時間の無駄でしかないという事だ。

 だがそうだと言ってもその二つの言葉を口に出さないでいられるほど人は強くはない。


 はっきり言えば、人は愚かなのだ。


 ユキはパニックに陥り機能不全状態となるARバレットのメンバーを見て、そう思わずにはいられなかった。

 もちろん、ARバレットの一員であるユキも他人事ではない。

 他人事ではないからこそ……溜息を吐きたくなるのを必死に堪えて忙しなくパソコンをいじっていた。


 恐らく、ARバレットが発足してから最高レベルの危機である今回の事態。

 誰かが死ぬわけでもなければ誰かが苦しんでいるわけでもない。

 それはある意味においては目出度い事でもあり、実際喜んでいる人も存外に多い。

 だが、その当の本人であるARバレットは控えめに言って地獄、悪くいえば締め切りが一日過ぎたのに白紙だらけの漫画家の様な状態となっていた。


 では一体何があったのかだが……それを説明するならばまずARバレットの基地上部、地上にある街を説明する必要があった。




 喫茶店『Gemmi Pass』などARバレット基地は複数の喫茶店と繋がっており、場合によってはその喫茶店から正義の味方がARバレットに侵入してくる事もある。

 要するに、悪の組織の建前の職業という奴だ。

 と言っても、その建前の売り上げによって生活出来ている為建前というよりも本業で、悪の組織は趣味の様な物である。

 そんな喫茶店のある街は他の街とは一つだけ、あからさまに異なる点が存在している。

 この街が他と違う事……それは、この街には都市名と呼ばれる物、街の名前が存在していなかった。


 一応街の人々は『ネームレスシティ』と呼んでいるが、それは架空の名前で名前もなければ正式な長もいない。

 代理人達がやりくりしているだけでトップの座は長年空席であり、それ以前にトップが空席である為正式な市町村に当てはまらないでいる。

 その理由は単純で……前支配者が亡くなりそれ以降支配者亡き土地として残された放置されていたからだ。


 強大な悪の組織であった前支配者、幾たびもの正義の味方を返り討ちにした恐ろしき悪魔。

 そんな彼らは、突如としてこの世界からいなくなってしまった。

 その理由は……どうしようもない理由だった。

 御年百三十八歳、生涯現役で魔王と呼ばれた男、偉大なる支配者の長であった彼も、寿命にだけは勝てなかった。


 魔王と呼ばれたその男は確かに偉大であった。

 土地運営も文句なく完璧に成し遂げ、近所付き合いも丁寧にこなし、子供の喜ぶ顔が大好きなお爺ちゃんだった。

 ちなみに彼の最後の言葉は『子供にアイスをぶつけられて「俺のズボンがアイスを食っちまった」ってカッコよく言いたかった……』である。


 そんな本当の意味で慕われていた彼が亡くなったから『はいじゃあそいつ死んだから痕跡消してここの街解放しーましたー』なんて事正義の味方である彼らには出来ず、結果としてこの街を放置せざるを得なかった。

 未来の誰かが何時か何とかしてくれるだろう。

 正義の味方も、街の人達も皆がそう思いつつ、ずっとこの街はネームレスシティのままとなっていた。


 そして今日、この日、その後継者とも言える存在が現れた。

 その組織の名前はARバレット。

 近所付き合いも良く、企業としても非常に強大で、そして戦闘能力も高い。

 そんな彼らは、望んでいないのに勝手に支配者に認定されてしまった。


 ただし……その理由は彼ら自身にあり、はっきり言えば自業自得としか言いようがないものだった。

 何故ならば――。




 ヴォーダンは無表情のまま、そっと地面に正座をしていた。

 その横でクアンも――なぜか褒められた様な顔でえへへーと笑いながら正座をしている。

 そんな二人は共に首に看板をぶら下げている。

 その看板には、『私達がやりました』と書かれていた。


 ARバレットが支配者に指名された理由、それはもうたった一言で片付いてしまう。

 この二人がやりすぎた。

 ただそれだけの事だった。


 今までなら、多少何かあった所で何も問題はなかったのだ。

 組織階級がB相当と低く、怪人の戦闘力もマックスでA程度。

 その位ならどんな事があっても街を取るほどの活躍も出来ず、調子に乗ればやばい正義の味方に返り討ちに合うというおなじみの展開になる。

 だが……今や組織階級はoAとなり、ヴォーダンの戦闘力はoAプラス、ついでとばかりにクアンすらAマイナスだ。

 そんな二人が、何の遠慮もせず同階級の大御所レベルであるoA級正義の味方を延々とボコボコにし続ければ……そりゃあ征服に成功出来る下地が揃ってしまうというものだ。

 特に、元々ARバレットは下手な正義の味方よりも安全や平和に対しての貢献度が高かった。

 そんなARバレットに知名度が付与され、戦闘力が向上しそして延々と勝ち続ければ誰でも『ああ。本気で征服活動始めたんだなー』と思うだろう。

 

 そんなつもりはなかったのだが……悪の組織の目標は世界征服であり、国から都市部を支配する権限も与えられている。

 つまりこれは国家にに認められたという結果そのものという事だ。

 認められた事は嬉しいのだが……公的という事はつまり……拒否出来ないという事だ。


「おい。お前らも遊んでないで手伝え。反省するなら手を動かせ手を」

 ピンチヒッターで呼ばれた雅人は慌ただしく走りながら反省している二人にそう声をかける。

 周りの皆、それこそ上から下まで全員があくせく走り回っている為、彼らの事が目についてない者も多い。

 そんな状況で二人も遊ばせられるほどの余裕は今のARバレットにはなかった。

「了解。では母の手伝いをしてきます」

 自分の能力を理解し適材適所を心得ているヴォーダンはそう言葉にし、移動を開始した。

 一方クアンは……自分の能力を理解はしているのだが……考えてみると今の自分は役立たずでしかないという答えが見えしゅーんと一人で落ち込んだ。


 書類仕事苦手、難しい事は良くわからない、そしてパソコン不得意。

 こう手の作業で得意な事クアンには何もなかった。

 別にクアンが悪いわけではない。

 そもそも、クアンも生まれてまだ一年と経っていない為それが普通なのだ。


「部屋の隅で三角座りするお仕事で良いかな……」

 周囲皆が忙しそうに走っているからこそ無力感に苛まれ、見ていられなくなるほど落ち込むクアン。

 それを見たテイルはクアンの頭を撫でた。

「安心しろ。お前に出来る仕事もちゃんとある」

「ハカセ……。でも私何も出来な――」

「はいこれ」

 そう言ってテイルはどさっと音を立て大量の書類の束をクアンに持たせた。

「……これは?」

「こっちが行政代理宛、こっちが市民会館、んでこっちが前支配者の家族。……まあ要するに、新参者ですがよろしくという挨拶巡りだ。よろしく!」

「え、ええ!? いや、どうして私何ですか!?」

 クアンが目を丸くし恐れ多そうにそう言葉にした。

 挨拶巡りという事はARバレットの顔であるという事になる。

 そう考えるなら、代表という意味ならテイルだし、実務担当ならユキ、そして戦闘力、知名度という意味でならヴォーダンがいる。

 自分は中途半端で、簡単なお手伝い程度が関の山の小さな存在。

 そうクアンは思っていた。


 だが、実際はそうではない。

「いや、ARバレットの顔はお前だろうが」

 その言葉に全く自覚のないクアンは首を傾げる事しか出来なかった。


「……行かなくても良いけど他に仕事はないぞ? ああ、オートスライサーを使わないでジャガイモの皮を剥き続けるという虚無的な仕事でもするか?」

「今すぐ行かせて頂きます」

 クアンは敬礼しながらそう答え、紙束を持って基地外に走って行った。


「ヴォーダンに模擬戦で勝てないからか最近少し卑屈になっているなぁ。ま、これも良い経験か。一応越朗君に失敗して落ち込んだ場合カバーする様言っておくか」

 そう言ってテイルはスマホを操作し赤羽にメールを送った。




「テイル。出来たわよ」

 そう言ってユキはusbメモリをテイルに渡した。

「あんがとさん。次は……」

「KOHOへの書類でしょ。わかってるわ」

「そうか。助かる」

「良いのよ。でも……もう少し何とかならないかなぁ。都市運営の前提知識なんて何一つないわよ私。前任のノウハウとかないのかしら……」

「一応これからクアンが挨拶回りに行くついで軽く触れてみるが……たぶん無理だなぁ。ご遺族の方じゃあ」

「難しい問題よねぇ……。でも、経験もノウハウもなしに都市運営は無謀よ。ぶっちゃけ早く正義の味方が来て取り返して欲しい位よ」

「それでも……最短で来てくれたとしても一週間は俺達で回さないといかんけどな……」

「地獄の一週間になりそうだ……」

「すまん。覚悟を決めておいてくれ……特にあれやこれやと何でも出来るユキは忙しくなると思う」

「……暇になったら付き合いなさいよ?」

「おう。映画でも飯でも酒でも、何でも付き合うさ」

「んじゃ、それを楽しみに頑張るわ。またね」

 そう言ってユキは優しく微笑みパソコン室に戻っていった。


「……迷惑をかけるな。後で差し入れでも持っていくか……眠気を覚ます系の」

 確実に徹夜となる事を想定しテイルはそう呟いた。


ありがとうございました。

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